第6話

 『○○沼のラミアの討伐。各金貨1枚。複数可。証拠の品は首』


近年、子供が攫われては食い殺される被害が出ているとのこと。


その日もギルドで掲示板を眺めていた和也は、1枚の新しい貼り紙に目を遣る。


そして僅かに眉を顰めると、その場を後にした。



 昨日、初めてアリアに給料を支払った。


オリビアから貰った金貨1枚(日本円にして約30万円)をそのまま差し出し、給与の額は毎月金貨1枚だと告げると、首を傾げ、それから何かを思い出したかのように笑った。


『ああ、そういえば、そんな事言ってたわね。私としては、もう貴方の妻の積りでいたから、給料と言われてもピンとこなかったわ。これからは生活費と言ってくれる?』


堂々とそんな事を言ってくる彼女を庭に連れ出し、訓練の成果を見てやろうと告げて、模擬戦を開始する。


彼女の攻撃を避けながら、紙のハリセンで何度も尻を叩いて、思い違いを訂正してやる。


ふてくされた彼女は、『今に見てなさい』と捨て科白を吐いて、自分を風呂場まで引っ張って行った。



 先日の、オークの集落があった森とは町を挟んで反対側、湿地や沼地の多い、樹木より多くの草が生い茂る林。


和也がざっと透視した中に、ラミアは6匹。


ただ、少し距離を置いた所に、1匹だけ離れて存在しているものが居る。


先ずはそちらからどうにかしに行く和也。


直ぐ目の前に転移した相手は、上半身は女性の身体、下半身は蛇という魔物だ。


裸の身体に、胸を覆う布を巻いているが、何だか全身に引っ掻かれたような傷が多い。


顔は比較的綺麗だが、人間より口がかなり大きい。


いきなり目の前に現れた和也に、驚いて襲い掛かって来る彼女。


蛇独特の動きで素速く近付いて来て、その鋭い爪で和也を引き裂こうとするが、何だか少し勢いが足りない。


とりあえず腹に1発蹴りを入れて、相手を吹っ飛ばす。


相手はそれだけで戦意を喪失してしまった。


「人の言葉が理解できるか?」


倒れ伏したまま、諦めたように動かない彼女に、和也は一応の接触を試みる。


直ぐ殺されると思っていた相手は、意外だったのか、ゆっくりと身体を起こし、自分の顔を見て頷いた。


「今の所、こちらに君を殺す意思はない。

だから少し話をしないか?」


再度彼女が頷く。


「人の子供を攫って食べているのは君か?」


「!!」


彼女が大きく首を横に振る。


どうやら理解はできても話す事はできないようなので、和也は相手の思考と直接会話する。


「これからは、言いたい事を頭に思い浮かべてくれ。

それだけで、こちらに通じる。

・・何でそんなに傷だらけなんだ?

どうして他の仲間と離れている?」


半信半疑であったようだが、彼女はやがて、頭に言葉を浮かべてきた。


『体の傷は、他のラミアから付けられたものです。

私があいつらと戦ったから。

あいつらは、私が保護していた人間の子を、私が餌を取りに行っている隙に攫って食べた。

だから怒って戦ったけど、向こうの方が数が多くて負けた』


「子供を保護していた?

君達の好物は、柔らかい肉だと理解しているが?」


自分の思考が理解されている事に目を見開いた彼女は、その後も同様に言葉を浮かべる。


『確かにそうです。

でも、魚や果物だって好んで食べます。

私は人間の子供を食べた事はありません』


「何故人間の子を保護したのだ?」


『・・私には、子供がいました。

私達ラミアには雄がいないため、雌同士で子供を作ります。

番の相手は人間に殺されましたが、私は生き残り、子を産みました。

ですが、不幸にもその子は他の魔物の餌食になり、・・死にました。

傷心の私は、ある日、林の中で人間の赤ん坊を拾いました。

ここの林は人間の町からそう遠くなく、極偶に、口減らしなどの理由で、親が生まれたばかりの子供を捨てに来ます。

普通は私達に見つかれば、先ず食べられてしまうでしょう。

でも私は、自分に向かって懸命に小さな手を伸ばしてくるその子を、どうしても食べる事はできなかった。

そのままそこに置いておけば、直ぐに他の魔物に食べられてしまう。

私はその子を抱え、自分の巣で、失った子の代わりに育て始めました。

幸いにも、私は子を産んだせいで母乳が出ましたし、私達の乳は人の子にも適したようで、1年程、他から隠れて暮らしていました。

ですが、私が自分の餌を取りに行っている間に、私を探して巣から這い出たその子を、他のラミア達が見つけてしまったのです。

私が帰って来た時、その子はもう、・・・無残に食べ尽くされた後でした』


俯いて、悲しげに笑っている彼女。


「それで、君は戦って負けたと。

・・よく殺されなかったな?」


『その代わり、散々に犯されましたけどね。

私が人間を食べないので、嫌がらせに、周囲の他の食べ物も、ほとんど彼女らに取られてしまいますし』


そう言った途端、彼女の腹が、空腹に耐え兼ねたように音を奏でる。


彼女の話す、ある単語を聴いて、和也の顔が一瞬無表情になるが、その音に僅かに頬を緩めて、尋ねる。


「鶏肉と豚肉だが、生と焼いた物のどちらが良い?」


『?

・・もしかして、頂けるのですか!?』


「ああ」


『できれば、その、生で・・』


「分った」


和也は、以前地球である男を助けた際、大量に買って保存しておいた3割引きや半額の肉を、木の大皿の上に山盛りで出してやる。


慌てて食べて喉につかえないように、果物のジュースも添えてやる。


「全部食べて良いぞ」


いきなり目の前に現れた大量の肉に、喉を鳴らす彼女にそう言うと、自分は少し離れて後ろを向く。


暫く、彼女が食事をする音だけが流れた。


「足りたか?」


『はい、久し振りに食事ができました。

有難うございます』


「・・君はもし、こことは違う世界があると言ったら、そこに行きたいと思うか?

争いのない、食べ物に困らない、だが陽の光だけは当たらない闇の世界。

闇といっても薄暗いだけで周りが見えない訳ではないし、魔族や魔獣しかいないが、お互いに、好きなように生きていける」


『・・そうですね。

ここに居ても、同じ種族からも、人間からも嫌われる。

もう疲れてしまいました。

そのような所があれば、行ってみたいですね』


「なら連れて行ってやろう。

だが、その前に・・」


和也は、彼女の身体の傷を全て奇麗に治してやる。


そして、少し眉を顰めた。


「どうやら、君の腹には新しい命の芽があるようだ。

まだ生命とは言えないし、嫌な相手とのものだろうから、ここで消す事も可能だが、どうする?」


『!!!

・・・産もうと思います。

死んだ子の代わりに、静かな場所で、育てていきたいです』


「そうか」


親に愛されずに育つ子は不幸だが、事実を知って、なおそう言える彼女なら大丈夫だろう。


「では、送るぞ?」


和也の掌に、黒い球体が現れる。


『色々と有難うございます。

ご恩は決して忘れません』


そう告げて、彼女は球体に吸い込まれていった。



 『新たな住人が来たようだな』


ガルベイルは、己の背中の上で遊ぶ火狐達に、そう話しかける。


彼らはピタリとじゃれ合いを止めると、一目散にその場所まで駆けて行く。


姿を現したラミアが、自分を待ち構えていたような火狐の子供達に挨拶する。


『今日は。

仲良くしてね』


嬉しそうに彼女の周りを駆け回る火狐達を見ながら、ラミアは微笑む。


『まさか本当に異世界だったなんて・・。

あの方、一体どなただったのかしら』


陽の差さない、見知らぬ風景に驚く彼女の呟きに、誰かが反応する。


「わたくしのお父様。

とても素敵でしょ?」



 彼女を見送った和也は、もう一方の、ラミア達が固まって存在している場所に転移する。


彼女達は、ちょうど昼寝の最中で、音もなく転移してきた和也に気付かない。


「ジャッジメント」


和也の眼が、片方だけ紅に染まる。


和也は掌に真っ赤な球体を浮かべると、そこに居たラミアの3体を吸収する。


「お前達は自分のダンジョンで敵と戦うが良い。

己の命を懸けてな」


そう呟くと、彼は残りの2体には目もくれず、さっさとその場を後にした。



 場所は変わって、ここは日本のとあるスーパー。


その食肉売り場では、以前和也に助けられた男が働いていた。


前の店が閉店した後、一旦は別の職種に就いていたが、高齢に差し掛かった男の身には、工場での生産ラインで何時間も動き詰めの仕事はきつく、内容よりスピードと体裁を重視する仕事にも馴染めずに、またこの仕事に戻って来た。


だがやはりこの店でも、どうしても売れ残りの問題は出る。


最近は、コンビニのような小型店形式で、数だけ増やして営業する大手もあり、相変わらず競争は厳しい。


豊富な品揃えと丁寧な下処理、確かなさばきの技術で対抗しているが、以前の店程ではないにせよ、やはり日々廃棄処分となる肉はある。


己が老後に貰える年金の額を考慮すると、これからは少しでも預金に回したい男は、もう自腹でそれを購入する余力はない。


溜息しか出なかった男の下に、和也は再度現れた。


黒服のVIPの再来に喜ぶ男に、今度は仕事を持ち掛ける。


この店の廃棄予定の肉を全て自分が買い取るので、それをある程度の量になるまで冷凍保管して、溜まったら纏めてある場所に送って欲しいと。


肉の買い取り代金は事前に50万円まで渡され、毎月減った分が足される。


男の報酬は月額10万円。


店に知られないように、全ては秘密裏に契約された。


そして毎月彼から送られてくる肉を、包装容器などの余分なごみを取り除いて、和也は魔獣界へと転送させる。


魚や果物は豊富だが、肉は存在しなかった魔獣界。


今回、ラミアのような生肉を好む魔族が増えた事で、和也はある程度の肉を供給してやる事にする。


魔獣界の住人が増えて、もし男の店だけでは足りなくなれば、他からも買い取る積りでいる。


住人に、互いに殺し合って肉を得るという手段を禁じている以上、そのくらいの事はしてやろうと考える和也であった。



 その時、和也は風呂に浸かっていた。


相変わらず、アリアも一緒に入っている。


「ねえ、偶には体を洗ってあげる。

だから私の背中もお願いできないかな?」


湯船から出たアリアが和也にそう言って、彼の方を振り向いた時、その和也は、顔からいつもとは異なる汗を流していた。


「・・どうしたの?」


「・・不味い。

この世界のラスボスが来る」


「え?」


逃げようとした和也の頭に、その相手から念話が送られてくる。


『あなた、逃げたらどうなるか分りますね?』


湯船から動けない和也の視線の先に、脱衣所への扉を通して、転移して来た人物の姿が映る。


その人物は、こちらを見て、ゆっくりと衣服を脱ぐと、扉を開けて、徐に中へと入って来る。


「・・エリカ、起きたのか?」


「ええ、つい昨日。

あなたが隣に居ないので、城中を探してしまいましたわ。

駄目ですよ、情事の後の妻を独りにして、ご自分だけ何処かに行かれては。

もっとピロートークを大切になさいませんと・・あら?」


自分が10日以上も寝ていた自覚のないエリカは、ここで初めて、傍らで呆然と自分を見つめるアリアの存在に気付いたように目を見開く。


「御免なさい、どなたかしら?」


女性同士だし、取り立てて身体を隠す仕種も見せずに、エリカが問う。


尤も、和也が居る以上、自分の裸身を他の異性に見せる事は有り得ないので、その辺りの事には割と無頓着なエリカである。


「・・・綺麗」


暫しエリカに見惚れていたアリアは、やっとそれだけを口にする。


「フフフッ、有難うございます。

貴女も凄くお綺麗ですよ?」


そう言われて、慌てて自分の身体を隠そうとするアリア。


何だか顔が少し赤い。


「それで、この方はどなた?」


俯いてもじもじしているアリアに代わり、和也に改めてそう尋ねるエリカ。


「自分がこの星で雇った助手だ。

・・既に自分の正体を教えてあるので、眷族に迎え入れる積りでいるが・・」


エリカがアリアの指に目を向ける。


「まあ、新しい妻の方なんですね!?

初めまして、わたくし、彼の妻の一人でエリカと申します」


左の薬指に嵌めてあるリングを見て、エリカはそう笑顔で挨拶するが、そこである事に気付く。


自分がここまで飛んできた魔法陣のあった謁見の間には、まだ新たな椅子が存在しなかった。


それに、妻のリング特有の、素材の変化が現れていない。


「妻というのは、今の所彼女の自称だ。

自分はまだ、彼女に何もしていない」


エリカの疑問を察した和也が、そう付け加える。


「酷い、ちゃんと約束したじゃない!」


我に返ったアリアが、そう和也に抗議してくる。


「何だかよく分りませんけど、まだ人間なのね?

でしたら、よく温まって、身体を洗った方が宜しいのでは?」


そう言うと、自身はさっさとかけ湯をして、和也の隣に入って来る。


それを見たアリアがとりあえず身体を洗い出すと、エリカは和也に尋ねた。


「何故お一人でここに?」


和也からの愛情が最大の喜びでもある彼女は、和也が自分をからかう事へのお返しに、プロテクトを完全に外して臨んだ行為にさえ、嬉しさ以外の何の感情も湧かない。


体力の限界まで追い詰められ、何度意識を飛ばされても、そこに彼からの愛が感じられる限り、喜んで身を任せる。


彼の妻達とは、そういう存在なのだ。


だから、和也が気不味くて、ほとぼりを覚ましに来たなどとは、彼女は考えもしない。


「・・お前に与える星だから、その前にざっと下見と下準備をしておこうと思ったのだ」


嘘は言っていない。


「有難うございます。

ですが、やはり隣で寝ている妻を放っておいて、お一人で、行く先も告げずにいなくなるのは駄目です。

目が覚めた時、真っ先にあなたのお顔が見えませんと、抱かれた後の幸せが半減してしまいます」


頭を和也の肩に凭れさせ、そう言ってくる。


「済まない。

今後は気を付ける」


彼女が何日も眠っていた事は伏せ、そう謝る和也。


「・・ところで、彼女、何て仰るの?

どんな出会いを経験したのかしら。

あなたが眷族になさろうとするくらいだから、きっと素敵な方なのでしょう?」


気不味いのか、それとも二人の醸し出す雰囲気に口を挿むきっかけが見つからないのか、珍しく黙ったままのアリアにエリカが気を遣って、そう和也に尋ねる。


「アリアという。

画家志望で、戦闘では格闘系だ。

尤も、まだまだ実践では心許ないが。

ただ、その人間性に関しては、お前の言う通りだ。

出会いはともかく、親しくなったのは、彼女にナンパされたからだな」


「ちょっ・・」


アリアが抗議しようとして、また口を噤む。


「ウフフッ、旦那様は、相変わらずお持てになること。

あなたの周りも、随分と華やかになりましたわね」


「そうだな」


和也は一旦湯から出て、アリアの背中を洗ってやる。


自分が言い出したにしては、凄く恐縮していた彼女にタオルを返すと、再びエリカの隣に戻る。


「そういえば、わたくし、あなたに身体を洗って貰った事がないですわ」


「お前には、もう必要ないだろう?」


和也の行為を羨ましそうに見ていたエリカの言葉に、照れ隠しにそう突き放す和也。


「こういうのは気持ちの問題です。

必要かどうかは関係ありません。

それを言ってしまったら、お風呂に入る事自体が無意味になってしまうでしょう?」


身体を洗い終えたアリアが、申し訳なさそうに、和也のエリカとは反対側の隣に、静かに浸かって来る。


「ねえアリアさん、宜しかったら、この後二人だけでお話しませんか?」


「え?

私とですか?」


和也の身体越しにそう言ってくるエリカに、少し戸惑うアリア。


「心配しなくても、エリカにそちらの気はないぞ。

お前はどうか分らんが」


湯中ゆあたりとは思えない顔の赤さに、訝し気にアリアを見る和也。


「私だってないわよ、・・多分」


何だかエリカを見て自信なさげである。


「あの、私の事、怒ってませんか?

貴女の知らない間に、こそこそ彼に近付くような真似をして・・」


恐る恐るそうエリカに尋ねるアリア。


「大丈夫、わたくし達は皆平等な存在。

彼の妻となる時点で、そういった事も全て了承しています。

この人は神様、唯一神で創造神。

独り占めになんか、最初からできない事は分っています。

だから貴女も、わたくし達に遠慮する必要なんてないのですよ?」


そう告げて微笑むエリカに、アリアは見惚れたように頷く。


「・・はい。

是非ご一緒させて下さい」


「言っておくが、エリカは自分のものだからな」


念のためにそう口にする和也を、エリカが嬉しそうに見つめる。


「大丈夫、私だって恋愛の対象は貴方しかいない。

でも、エリカさんはそれとは別なの。

何かこう、憧れていたお姉様に出会ったような感じ」


「やはりその気が・・」


「ないわよ!

・・恐らくね」


この後、湯から出た二人は、和也を除け者にして、朝まで楽しそうに何かを話し合っていた。


そしてそんな二人を、和也は穏やかに受け入れる。


エリカにまた一人、良い友人ができた。


そんな、深い喜びと共に。



 「それで、エリカの住む場所はここで良いのか?

それとも、何処かに別に建てるか?」


明くる日、二人が遅い朝食を取りに部屋から出てきた時、和也は彼女らに確認する。


二人が何故そんな事を聴いてくるのかという顔をしたので、アリアに尋ね返す。


「ここに新たな住人を住まわせるには、お前の同意が必要なんだろう?

元々ここは、お前の家として建てたのだし、この星の主であるエリカには、それに相応しい家を別に建てても良いのだ。

どうする?」


「勿論、エリカさんなら良いわよ。

というか、寧ろ私の方がここに居て良いのかという問題よね。

一応、まだ助手の身だし・・」


「エリカはどうする?

知らない場所で、二人だけで暮らしてみたいという願いだったから、やはり別に建てた方が良いか?」


「いいえ、ここで結構です。

二人きりといっても、元々あなたの妻の方々を排除しようとは思っておりません。

わたくしが求めるのは、日々の生活で余計な気を遣わずに済むこと。

わたくしの正体を知られずに、誰からも特別視されないこと。

他の妻の方々や、その候補であるアリアさんなら、共に暮らす事に何の問題もありません。

ただ、時々は二人きりでデートして下さいね?

勿論、アリアさんと二人きりの時間を、邪魔したりも致しませんよ」


「部屋数は多く造ってあるし、他の妻達にも其々の星を与えるから、ずっとここに皆で住む訳ではないからな。

お前がそれで良いと言うなら、そうしよう。

お前は、自分(和也)が確保していた部屋と、その隣を使うと良い。

互いの部屋を隔てる壁は取り除いておく」


「え!?」


アリアが、思わず何か言いたげな声を上げる。


和也の部屋がなくなると、夜中にこっそり忍び込んで、一緒に寝る事ができなくなるとでも考えているのだろう。


『あなた、・・アリアさん、間違いなく器ですよ?』


エリカが念話で話しかけてくる。


『あまり焦らさずに、可愛がってあげて下さいね』


ニッコリ、微笑まれる。


「アリアさん、ベッドは大きいですから、三人くらい、十分に眠れますよ?

寂しかったら、何時でもいらして下さいね?

お気になさるようなら、旦那様に愛されてる時だけは、鍵を掛けておきますから」


「えっと、・・良いんですか?」


エリカに笑顔でそう言われたアリアが、遠慮がちに尋ねる。


「ええ勿論。

・・何なら、二人で旦那様に愛して貰います?」


「い、いえ、それはまだ、少し恥ずかしいです」


冗談めかして尋ねるエリカに、真っ赤になって答えるアリア。


・・平和だな。


和也は一人、珈琲を飲みながら、そんな事を考えていた。



 ここは和也のダンジョンから程近い村。


そこの広場に、四人の子供達が集まっていた。


男の子二人に女の子二人。


どの子もまだ12歳くらいで、学校が無いこの村では、親の仕事を手伝うくらいしかやる事がない。


人口が千人程度の村では、小遣い稼ぎをするにも適した仕事が少なく、毎年親の誕生日に細やかな贈り物をするにも、色々と苦労していた。


今年はどうしようか。


彼らはここに集まって、その相談をしていた。


「やっぱりいつも通り森で薬草や茸を採った方が良いんじゃないか?」


リーダー格の少年が言う。


「でも、それだと村で売っても幾らにもならないよ。

去年も目標に全然足らなかったじゃないか」


もう一人の、真面目そうな少年が言う。


「お金で買える物じゃなくて、皆で手作りしたらどうかな?」


元気そうな女の子が提案する。


「私達みたいな素人の作った物なんて、大人にあげても自己満足にしかならないと思う」


最後の一人、利発そうな少女が、そう反論する。


「・・ここでずっと考えてても、お金は手に入らない。

とりあえず森で薬草と茸を採ろう。

もしかしたら、珍しいやつが手に入るかもしれない。

その結果次第で、また考えよう。

何にせよ、最低限のものは確保しておかないと」


リーダーの少年の言葉に頷き、皆で近くの森へと入る少年達。


夕方以降は子供だけで入る事を禁止されているから、探し物をするなら少し急がねばならない。


浅い場所なら魔物も出ないから、武器も持たずにさっさと分け入って行く。


20分くらい歩いたであろうか。


その日はほとんど成果がなく、四人はいつもより深く森に入り込んでいた。


「あれ?

何あの入り口?」


女の子が、何かを見つける。


「どうしたタエ?

何を見つけたんだ?」


リーダーの少年がその子の側に来る。


「あれ。

トオル、あんなの今まであった?」


女の子が指さす先に、洞窟の入り口のような建物が見える。


「見た事ないな」


「私も」


他の二人も近寄って来て、そう口にする。


「行ってみよう」


好奇心旺盛な子供らしく、トオルが走って行く。


「待ちなさい!

魔物が居たらどうするの!?」


「大丈夫だってアケミ、扉閉まってるじゃん」


トオルが少女に向けて反論する。


「やれやれ、トオルは相変わらずだね。

無鉄砲過ぎるよ」


「そう思うなら、貴方が止めなさいよ、マサオ」


「無理だよ。

ほら、僕達も行かないと、彼だけにしたら、本当に中に入りかねない」


「・・そうね」


二人も渋々洞窟の側まで来る。


「どうやって入るんだろう?」


トオルが入り口の扉に手を触れた時、いきなり四人にピカッと光が浴びせられ、その後、扉の上部にあるランプが青く光る。


ランプの下のパネルに、文字が現れる。


『ダンジョンA・・所持金が足りません。ダンジョンB・・年齢が足りません』


因みに、ダンジョンCと書かれた場所は、何も表示されていない。


「ダンジョンに入るのにお金がかかるの!?」


四人の中で、きちんと文字の読めるアケミが驚き、次いで同様に読み書きのできるマサオが言う。


「年齢が足りないって、どういう意味?

強さとかならまだ分るけど・・」


「ここは自分の収入源だからな。

文無しの子供に用はないのだ」


「「ひっ」」


いきなり背後からかけられた声に、四人は飛び上がって驚く。


「誰だよ、あんた。

村の人じゃないだろ?」


トオルが他の三人を庇うように一歩前へ出る。


「初対面の相手に天気の話もできない子供に、名乗る必要はない。

家に帰って親の手伝いなり勉強なりするが良い」


「何だと!」


「止めろトオル、おまえが悪い!」


「済みません、私達は直ぐ近くの村の子供です。

今までなかった建物を見つけたので、見に来ただけなんです」


マサオとアケミがトオルを諫め、事情を説明してくる。


和也は、改めて四人の子供を見つめる。


身なりは普通だ。


田舎の村人にありがちの、親の御下がりを繕いながら着ている。


身だしなみは、まあ、こんなものか。


髪はともかく、服はもっと洗うべきだな。


「ジャッジメント・・ほう」


興味本位で四人を調べた和也は、少し考えを改める。


文明が発達した星では見る事が減りつつある、中々感心な子供達だ。


自分達が貰う事ばかりに慣れた子が多い中で、ちゃんと周りの者達の事も考えている。


「少し気が変わった。

お前達さえその気なら、チャンスをやろう」


「こいつ、目の色が変わったぞ。

やばい奴なんじゃ・・」


「・・奇麗な蒼色。

まるで雲一つないお空みたい」


「ほんとに奇麗。

・・あの、チャンスって何ですか?」


アケミが恐る恐る聴いてくる。


「機会という意味だ。

お前達、親に贈り物をしたいのだろう?」


「「!!」」


「・・何故分ったんですか?」


マサオが信じられないといった顔をする。


「そんな事より、どうする?

自分の課す試験に合格すれば、数年は定期的に仕事をやっても良いぞ?」


「本当ですか!?

でも、試験といっても、私達、学校にも行ってないから・・」


アケミが、一瞬喜んだ後、何かを思い出したように項垂れる。


「大丈夫だ。

これから学ぶ事をきちんと覚え、真面目に努力すれば受かる」


「学ばせて貰えるんですか!?」


マサオが興奮して言ってくる。


「意欲があり、努力を惜しまない限り、期待に応えよう」


「「お願いします!」」


アケミとマサオが同時に頭を下げて懇願してくる。


「なあ、二人共、そんなに直ぐに見知らぬ他人を信じて平気か?

こいつが悪い奴だったらどうする?

奴隷に売られちゃうかもしれないんだぞ?」


トオルが二人を心配してそう告げてくる。


「それに、この辺に子供でもできる仕事なんかあるか?」


「成る程、リーダーだけあって、単なる馬鹿ではないな。

だが、仕事の話は本当だ」


「証明できるのかよ!?」


「別に信じないならそれでも良いぞ?

自分は強制などしない。

単なる気まぐれだからな」


和也はさっさとその場を去ろうとする。


「待って下さい!

私、お世話になります!」


「僕も!

僕もお願いします!」


アケミとマサオが必死に和也を呼び止める。


「御免トオル。

僕は彼を信じるよ。

このまま村で過ごしても、将来は高が知れている。

学べる機会が有るなら、僕はそれを無駄にしたくない」


「私も。

もっと色々勉強したい。

沢山学んで、技術を身に着けて、都会で働いてみたいの」


「・・タエはどうする?」


「あたしは、・・もう少し考えたい」


「なら俺達二人は少し様子を見よう。

最悪、二人に何かあっても、俺達が残っていれば、大人に事情を知らせる事ができる」


「中々賢明な判断だ。

ではこの二人だけ、とりあえず先に面倒を見てやろう。

明日からな。

今日は先ず、その服と体を奇麗にしてやる」


そう言うと、和也は四人の体と衣服に、浄化を掛けてやる。


序でに服の解れや穴も修復してやる。


「わあ、新品みたい!」


タエが嬉しそうに声を上げる。


「浄化の魔法もまだできないのか?」


「うちの村には、あまり魔法の得意な人が居なくて、誰も教えてくれないから・・」


「風呂は?」


「・・自分の家に風呂のある人なんて、僕達の村には居ません」


アケミとマサオが諦めたように言ってくる。


「・・お前達の親の職業は何だ?」


「俺の家は武器屋」


「あたしの家は宿屋」


「僕の家は商店です」


「私の家は村の名主です」


「辺鄙な村だが、客は来るのか?」


「・・あまり来ないです。

村人以外は、月に五人も来れば良い方なんです」


タエがそう言って、困ったように笑う。


「何時までに親に贈り物を用意したい?」


「あたしが1番早くて来月の末です」


「大体の事は理解した。

今日はもう帰って、明日の午前中にまた二人で来い。

それから、自分がお前達に何かしてやる事を他言するな。

自分は誰にでもしてやる積りはない。

これは厳守しろ。

もし話したら、その時点で援助はお終いだ。

お前達の親には、何れ自分の方から顔を見せに行く」


「「はい、分りました」」


彼らの返事を聴くと、和也はさっさとその場から転移した。


「「消えた!?」」


「いや、多分だけど、転移魔法だと思う。

ほとんど使える人がいないけど、そういう魔法があるというのは父さんから聴いた事がある。

上級商人の中では、それが使える人を雇って、逸速いちはやく情報を遣り取りしているって」


「じゃあ、あの人凄い人なんだ」


「そうね、あの若さで転移が使えるのだから。

明日が楽しみだわ」


「なあ、本当にあいつの下で何かするのか?」


「うん。

彼はきっと悪い人じゃないよ。

少し不愛想だけど、服を奇麗にしてくれて、解れや穴まで繕ってくれたじゃないか。

トオルのくたびれてた服も、新品みたいだろ?」


「まあ、それはそうだが・・」


「大丈夫よ。

何をしてきたかは毎回ちゃんと報告するから、あなた達も、あの人の言いつけを、必ず守ってね?

もし誰かに漏らしたら、・・絶交よ?」


「分ったよ。

タエも気を付けろよ?」


「うん」


こうして、四人の子供達は和也と知り合う。


彼らの未来が大きく変わる事になるこの出会いを、後に彼らはとても誇らしく感じるのであった。



 「フウーッ、良いお湯だったわ」


王宮の大浴場で1日の汗を流し、これから趣味の魔法の鍛錬を始めるため、それ用の服に着替えようと、羽織っていたバスローブをひらりと脱ぎ捨てるヴィクトリア。


大浴場は、王族しか立ち入れないプライベートな場所にあり、この格好で歩いていても、身内以外は誰にも見られないため、湯から上がりたての火照った身体に、直ぐ下着を付ける事を好まない彼女は、その下に何も身に着けていない。


本来なら、複数の侍女達に甲斐甲斐しく世話をされる立場のヴィクトリアであるが、そういった煩わしさや、常に監視されているような視線も苦手なため、彼女は、自分だけでできる事は、自分一人でやっている。


当然、彼女の部屋にも、常駐の侍女は一人も居ない。


用ができれば、魔法で鳴らす呼び鈴が、侍女達の控える部屋で鳴る。


ヴィクトリアが、部屋履き以外の何も身に着けていない状態から、下着に手を掛けようとしたちょうどその時、部屋の中に、いきなり一人の男が転移してきた。


『!!!』


驚きで身体を固めたまま、声も出ないヴィクトリア。


そんな彼女を、和也は、何とも言えない顔で暫し見つめる。


「では、自分はこれで・・」


然り気無く帰ろうとした和也の背後で、ヴィクトリアの怒声が響く。


「ふざけないで!!

このまま帰れる訳ないでしょう!?」


やはり駄目だったか。


大人しく観念する和也であった。



 「それで、一体何の用?」


あの後、手早く下着を身に着け、バスローブを羽織り直した彼女に、散々に詰問された和也。


どうやってこの場所を知ったのか。


どのようにして、最も厳重な転移防止魔法の施してあるこの部屋(王族全般)まで飛んで来れたのか。


序でに、オルレイアの件はどうやったのかまで、厳しく問い詰められた。


人を呼ばなかったり、攻撃してこなかったのは、正にそのオルレイアの件で、彼女が和也にとても感謝していたからに他ならない。


『貴方でなかったら、殺していたわよ?』


そう告げた彼女の眼が、それが冗談ではない事を物語っていた。


和也からの説明を受けた彼女は(『自分が転移前に確認した時は、まだ君はローブを羽織ったままだった』など)、その能力の大きさ(キンダルからここまで一っ飛び)と、対処不可能な問題(最上級の転移防止魔法が役に立たない)を、自分だけの胸に秘め、苦悶の表情をしながらも、彼を無条件で許した。


和也がその気になりさえすれば、自分達に身を護る手段はない。


ガルベイルを一人でどうこうできる和也に不意に襲われて、この大陸で勝てる者などいないだろう。


本来なら、王族のヴィクトリアが取る選択は、懐柔するか、暗殺を試みるかの2択であろうが、彼女はその何れも取らない。


彼とは対等な関係の異性でいたい。


自分の心に育っているこの気持ちを大切にしていきたい。


それが、以前の酒場での遣り取りを経て、和也のオルレイアでの働きを確認した彼女の、紛う方無き本心である。


気分を落ち着けたヴィクトリアは、和也をテーブルの椅子に座らせ、自分はその対面に腰を下ろして口を開く。


侍女さえ呼べないから、お茶も出さない。


「本を借りに来たのだ」


「はあ?」


「子供が一から学べて、中級魔法くらいまでマスターできる本を、幾つか貸して欲しい。

それと、この国の法律、経済、語学に算術、歴史なんかの本もなるべく多く借りたい」


「貴方の子供をこの国の人間にしたいのなら、大歓迎よ」


「自分に子供はいない」


「じゃあ何、学校でも造る積り?」


「いや、偶々知り合った村の子供達を教育して、手に職を付けてやる事にしたから、そのための教材が要る。

この国の子供達だから、学ぶならここの法律や歴史が良いだろう。

その方が、任官試験なんかでも有利に働くだろうから」


「学校の図書館とかにないの?」


「村の付近に学校などないし、あったとしても、そこに通えるだけの資力もない子供達だからな」


「へえ、貴方にそんな趣味もあったなんてね。

何かの宗教にでも入っているの?」


「・・いや、自分は無宗教だ」


「良いわよ。

この国の人材を優秀な教師が教育してくれるというなら、断る道理が無いわ。

好きなだけ貸してあげる」


「助かる。

では、今から借りに行って良いか?」


「何処へ?」


「王立図書館」


「・・わたくしも行くわ。

今の時間は閉まってるし、あそこには貸出し禁止の本も多いから。

・・ちょっと後ろを向いててくれる?」


「?」


「この格好で行ける訳ないでしょ。

着替えるのよ!」


和也が立ち上がって後ろを向くと、暫く、衣擦れの音が部屋に響いた。



 「貴方の転移って、本当に出たら目ね」


着替え終えた彼女の腰に手を回し、共に図書館の中まで転移した和也。


無人で静寂に満ちた館内に、ヴィクトリアの声が響く。


「他人を連れて、初めての場所まで瞬時に飛べる。

他国が知ったら、貴方を取り合って戦争になるわね。

でも、もう貴方は予約済みよ?」


腰に回された和也の手を上から押さえ、そんな事を言ってくる。


「どの本を貸してくれるのだ?」


それには答えず、和也は目当ての本棚を探す。


「こっちよ」


彼女に先導されて、1階の奥にある、大きな本棚が4つ並ぶ場所へ来る。


数百冊もの本が並んだ書棚を1つずつ指して、彼女は言う。


「この棚は法律、その隣が経済、そして歴史、文学ね。

尤も、ここにあるのは皆、初等学校用の教材。

高等学校、専門学校用の教材は、これとはまた別にあるわ。

我が国は、太古の魔術師の残した遺産を最も多く受け継ぐ国でもあるの。

同じ事を説明していても、著者によって理論構成や使われる定義が違うから、研究書としての価値はあるけど、実際にその事を学ぶなら、各々どれか1冊で良い。

魔法書はまた別の棚、算術や医学、薬学なんかもね」


「・・君はこれを全て読んだのか?」


「まさか、そんなに暇じゃないわよ。

ざっと見て、面白いと感じた数冊だけね」


「どれだか覚えているか?」


「ええ。

ええと、これとこれ、・・これにこれ、・・あとこれね。

この5冊で、初等学校の内容が全て理解できるわ。

この他に、魔法書4冊、算術1冊あれば良い」


「助かる」


和也はそう言うと、その5冊を魔法で瞬時に複製する。


「・・何してるの?」


「ん?

返しに来るのが面倒になったし、教材として使うなら、一人1冊あった方が良いだろうから複製したのだが・・不味かったか?」


「違うわよ!

別に写本とかを禁止していない本だし、それは良いの。

ただ、貴方今、魔法でそれを瞬時にやったでしょう?

そんな事、普通は誰もできないの。

物の移動とかじゃなくて、存在そのものを別に生み出すなんて、そんな事可能なの!?

もしかして、お金や食料なんかもできるの?

もしそんな事ができたら、戦争どころでは済まないわ。

どうなの!?」


これ以上ないくらいに真剣な顔をして聴いてくるヴィクトリアに、和也は何て答えようかと頭を悩ませていた。

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