第4話

  その日、数日振りにアリアの下に帰った和也を待っていたのは、彼女の強烈な回し蹴りであった。


「いきなり何をする」


避けながら抗議する和也を見るアリアの目は、彼女が本気で怒っている事を物語っている。


「連絡もせずに何日も戻らなかったのは悪いと思うが、そこまで怒る事だろうか?」


和也の言葉に、彼女の目つきが更に鋭くなる。


「もしかして、悪いとさえ感じてないの?

・・昨日、完成した絵を届けに叔母さんの店に行ったのよ。

貴方、女性二人を無理やり乱暴したそうね。

その娘達、泣いてたって聞いたわよ?

どんな事情があったのかは分らない。

彼女達に、そうされるだけの理由があったのかもしれない。

でも、貴方は神様でしょう?

そんな事をしなくても、他に何かできたはずでしょう?

女の子を抱きたいなら、私が幾らでも代わりになるわよ。

だからお願い、他に何をしても良いけど、無理やり女性を犯す事だけはしないで。

私は貴方がそうしてる姿を、絶対に見たくない!」


余程そう思っているのか、話ながら悔し涙を流すアリア。


ここでやっと和也は、あの時酒場の個室で女主人から浴びせられた言葉の意味を理解した。


「それは君の誤解だ。

自分は彼女達に、そんな事はしていない。

信用できないなら、これからその二人に会わせても良い」


「・・本当?

やってないのね!?

・・良かった。

叔母さんが言う事だから、つい真に受けちゃって。

御免なさい。

疑って、酷い事言っちゃって、本当に御免なさい。

何でもするから、私の事、嫌いにだけはならないで」


頭を下げ、切実にそう告げてくる彼女を見ながら、和也は思う。


あの場所は、夜にはそういう事にも使われると聴いていながら、不用意に女性と用いた自分にも非はある。


自分にはその気が全くなくても、他人からどう見えるかは分らないのだ。


「自分にも非はあるから別に怒りはしないが、何でもすると言うなら、1つやって貰おう」


「何?

本当に何でもするよ?」


「これから3年、毎日この訓練をしろ。

正直、今の君では防御はともかく攻撃に不安が残る。

現状は魔法でカバーしているようだが、身体に余分な筋肉を付けたくないのであれば、もっと技の切れとスピード、技術を学んだ方が良い。

その後でなら、威力は魔法で何とでもなる」


そう言って、和也は彼女の脳に、オリンピックを参考にした体操の床運動と、地球の様々な格闘技の知識を刻む。


「防御障壁があるから、床運動の訓練でバランスを崩して落下しても、怪我をせずに済む。

これらの知識を参考に、自分の技を磨くと良い」


「え?

何これ、こんなに種類があるの?

3年で大丈夫かな」


「1日のどのくらいを訓練に当てるかは好きにして良い。

絵も描きたいだろうしな。

この訓練法が気に入れば、別にずっと続けていっても構わないのだから。

・・自分の助手として戦闘面でも働く気なら、頑張ってそれなりに強くなってくれ。

表立って魔法の使えない世界もあるのだからな」


「へえ、それは色々不便だわ。

頑張るから、ずっと側に置いてね?

あと、時々は訓練に付き合って。

一緒に汗を流して、気持ち良くお風呂に入りましょう」


「自分は君程度に汗などかかないが」


「言ってなさい。

その内、必ず一撃入れてあげるんだから」


「それができたら大概の事は聞いてやろう」


「ほんとね、絶対よ!?」


「ああ。

ところで、腹は空いてるか?

自分はこれから食事して、また直ぐ出かける。

良ければ一緒にどうだ?」


「勿論食べるわよ。

自分だけだと、簡単なものしか作らないから」


二人で賑やかに食事をした後、庭で早速訓練を開始すると言うアリアを残し、和也は再度出かけていく。


やる事は、幾らでもあった。



 「サキュバス退治?

今までなかった依頼だな」


和也はギルドの掲示板で、緊急と書かれたその依頼内容を読む。


地下迷宮の4階層以降に現れるようになった1体のサキュバスを、速やかに退治して欲しい。


報酬は金貨100枚。


倒した証拠として、その翼か首を持参のことと書いてある。


まだまだこの世界のお金が必要な和也は、早速向かうのだった。



 地下迷宮の6階層。


赴く前に、ざっと迷宮内を透視し、目当てのサキュバスの根城を見つけた和也は、瞬時にそこまで転移し、その館の前まで来る。


貴族の館のような小さな建物は、保存の魔法が掛けられているようで、長い年月を経てなお小奇麗に見える。


扉を開けて中に足を踏み入れた途端、妖しげな女性の声がした。


「人間が一人でこんな所まで来れるなんて意外ね。

余程運が良かったのね」


ホールとなった入り口の正面に、いきなり一人の若い女性が姿を現す。


赤く長い髪に色白の肌、瞳も赤く、闇と同じ色の、鳥とは異なる薄い翼が生えている。


ゲームで描かれるような、細く先の尖った尻尾は生えておらず、翼を除けば人とあまり変わらない。


とても美しい顔立ちをしていて、豊かな胸と尻が、引き締まった腰のラインと共に、男を誘う。


「最近人間を襲っているのは君か?」


「人聞きが悪いわね。

向こうが最初に襲ってくるのよ。

私はそれを撃退してるだけ。

性欲丸出しで襲ってきて、よっぽど溜まっているようだから、それを解消してあげてるのよ。

死ぬまでね」


薄っすらと笑うその顔には、意外な事に、男への嫌悪感が滲み出ている。


「その容姿で誘われれば、並の男など抵抗できないだろう。

程々に可愛がる程度では駄目なのか?」


「馬鹿なの貴方?

私が男なんかに身体を触らせるはずがないでしょう?

サキュバスが皆、男と寝るみたいな考えは、あなた達人間の妄想でしかないわ。

何でわざわざ、下等な人種に身体を許す必要があるの?

精を絞り出すだけなら、魔力で簡単にできるのよ。

ほら、こんな風にね」


彼女の瞳が妖し気に光り、和也からその精気を絞り出そうとする。


「・・え?

そんなはずないわ!」


何も起こらない事に愕然とした彼女は、再度それを試みるが、一向に効果がない。


今まで余裕だった彼女の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。


「貴方人間じゃないの?

太古の魔術師だって抵抗できなかったのよ?」


ただそこに立って相手を見ているだけの和也に、苛立ちをぶつけてくる。


「くっ・・。

死ね!!」


指先から鋭い爪を伸ばし、和也のジャケットしか着ていない胸目掛けて突き出してくる。


和也はその腕を片手で摑むと、ぐっと引き寄せ、もう片方の腕も拘束して、彼女の身動きを封じる。


「いきなり襲ってくるとは躾がなってないな。

今度は自分がお返ししよう」


拘束した腕を通して、彼女の精気を吸い取っていく和也。


「ああっ、嘘、こんなの嘘よ!

いや、止めて、・・死んじゃう・・」


次第に虚ろになっていく両眼から、涙が細く流れ出る。


「・・ご主人様」


何かを思い出しているのか、か細く呟くその声に、和也は行為を中断する。


両腕を放し、意識を失って崩れ落ちた彼女を支え、元居た彼女の部屋のベットへと寝かせる。


「ジャッジメント」


深い眠り就いた彼女を見る和也の眼には、何の変化も起きなかった。



 「・・私、生きてるの?」


暫くしてから目覚めた彼女は、何時の間にか寝かされていたベッドから身を起こし、周囲を見回す。


そして、少し離れた場所で自分を見つめる和也と目が合った。


「・・何で殺さなかったの?」


「主人を思い出して泣いていたからな」


「嫌味な人ね。

・・それで、私をどうする積り?

抱きたいなら抵抗しないわよ?

私も今は、貴方から精気を貰わないと何もできないし。

尤も、私はまだそういう経験が無いから、貴方はあまり楽しめないかもしれないけどね」


「君が寝ている間に、少し過去の記憶を見せて貰った。

確かに君は、正当防衛でしか人を殺めていないし、君の主人は、とても良い人物だったようだ」


「そんな事ができるなんて聞いた事がないわよ?

・・貴方、何者なの?

人じゃないわよね?」


「肩書なら色々あるぞ。

ちりめん問屋の隠居に島のオーナー、グループの会長、ダンジョン経営者。

我ながらよく分らなくなってきた」


「教える気がないわけ?」


「君の話が聞きたい。

ざっと過去を見たが、何故ここで一人暮らしを?」


「・・話しても良いけど、その代わり、少しで良いから精気を分けてよね?」


「良いだろう」


「・・私はね、魔術師達におもちゃにされてたサキュバスから生まれたの。

母の顔も陸に知らないし、その母も既に死んでる。

まだ幼かった私の行く末を、とても不憫に思ってくれた一人の女性魔術師が、ある時私を連れて共に彼らから逃げてくれたの。

その人も過去に男に裏切られて、心に酷い傷を負っていた。

私達二人は、人気ひとけのないこの場所まで逃げてきて、一緒に暮らし始めたの。

追手の影に怯えながら、彼女が研究していた魔力増強と精神魔法の訓練を繰り返し、何とか身を守れるくらいに強くなった。

私が大人になって暫く経った頃、到頭この場所が見つかり、数人の魔術師達が攻めてきた。

でもその頃にはもう私は大分強くなっていたから、逆に彼らの精気を全て搾り取って、皆殺しにしてあげたの。

でも、そうしてやっと得た平穏は、ご主人様の死で無意味になった。

魔力増強の研究に、ご自分の魔力を用いていた彼女は、魔術師が稀に罹る不治の病であっけなく亡くなってしまった。

私はそれから、ここで長い眠りに就いた。

ご主人様以外の知り合いはいないし、守りたいと思う人も、一緒に居たいと考える人もいなかったから。

だから、家の地下に造られたカプセルの中で、つい最近まで寝ていたの。

目覚めてから少し他の階層を散歩したせいで、当時は見かけなかった普通の人間達に見つかり、またいきなり襲われて、仕方なく反撃した。

お腹も空いてたしね。

そして今日、貴方が来たのよ」


「君達サキュバスは、人の精気しか食事にならないのか?」


「魔力もなるわよ?

ご主人様には、定期的にそれを分けていただいてたから。

・・でもやっぱり、精気の方が美味しいけどね」


「なあ、提案があるんだが、自分のダンジョンに住む気はないか?

ちょっと特殊で、ほとんど誰も来ない時もあれば、連続して人がやって来る事もある。

そこでの君の役割は、戦闘ではあるのだが、殺し合いではない。

相手に致命傷を与えても、逆に攻撃を受けても、其々の生命力に対応した仮想ゲージの量が減るだけで、実際には死にもしないし、怪我も負わない。

君が相手を倒せば、その相手からお金を徴収できるから、その分自分の懐が豊かになる。

逆に負ければ、君が強さに応じたお金を落とすから、それだけ自分が損をする。

君は強いし、美しいから、人気にもなる。

どうだろう、自分の下で働いてみないか?」


「言ってる事がよく分らないけど、使役ではなく働かせるというからには、私にも何か利益があるのよね?

それは何なの?」


「定期的に、君が望むだけの精気の量を進呈しよう。

それと、幾分かの能力、命の危険なく暮らせる場所。

もし自分と"契約"までしてくれたら、ずっとその身を守ってもやろう。

君が望む限り、永遠にな」


「・・本当に?

信じても良いのね?」


そう言って、赤い瞳が和也の眼を真っ直ぐに見据えてくる。


「ああ、決して嘘は吐かない」


「契約には条件があるわ。

私を抱いて。

男が私の主になるなら、私の唯一の男性となって、その能力を示して。

間接的にではなく、直接に、その精気の味を存分に味わさせて頂戴」


「うーん、それは少し自分の流儀に反するが・・」


和也は、女性を性欲だけでは決して抱かない。


一度きりの、行きずりの関係も持たない。


抱く相手は、最後まで面倒をみる積りがある者だけだ。


つまり、必然的にそれは妻か眷族、そのどちらかになる。


契約と雖も、それは単なる主従関係に過ぎない。


その相手を抱いてしまう事に、少なからず躊躇いを覚える。


「・・私には、それだけの価値は無いの?」


彼女がじっと見つめてくる。


「・・契約の形を少し特殊にして良いなら、要求に応じよう。

だがこれは、普通の契約なんかより、ずっと重いぞ?」


「良いわ。

貴方が約束を守ってくれるなら、私も全身全霊で応えてあげる」


彼女が静かに立ち上がり、僅かに纏った衣類を脱いでいく。


「さあ、主として、私を満足させてみせて」


それから暫く、辺りには、彼女の嬌声だけが響き渡った。



 「このリングを付けて貰う」


和也が精を放つまでに、何度もその意識を刈り取られ、やっと放たれた後は、今度は死んだような深い眠りに就いた彼女。


半日経って目覚めた彼女は、全身から魔力を漲らせ、その美しさが壮絶なまでの色香を醸し出している。


和也はその彼女の右手を取り、薬指にリングを嵌めた。


「これは?」


「我が眷族の証だ。

君はもう、普通の魔族ではない。

我の眷族として、他とは違う、遥か高みに位置している。

このリングには、それに見合う機能として、アイテムボックスの他、不老不死、万能言語、魔力の泉など、実に様々な能力が備わっている」


「・・ご主人様は、もしかして神という存在なのですか?」


「そうだ。

あと、無理に主人と呼ばなくても良いぞ。

その呼び方は、君にとって特別なものだろう?

別に自分は呼ばれ方には拘らないから」


「いいえ、お嫌でなければそう呼ばせて下さい。

きっとあの方も、それを許して下さいます」


和也を見る彼女の目には、最早尊敬と愛情の色しかない。


「早速で済まないが、支度を終えたら移動しても良いか?

この館は丸ごとリングのアイテムボックスに入るから、今は服を着るだけで良いぞ」


和也にそう告げられた彼女は、何故か顔を赤らめながら、いそいそと衣類を身に纏うのだった。



 『○○の森に住む、オークキングの討伐』


サキュバスの彼女(そういえば、まだお互い名前を名乗ってなかった)を自分のダンジョンに案内し、その足で再びギルドまでやって来た和也。


前回の訪問から約1日半。


結局手ぶらで帰って来て、再度掲示板を眺める和也を、ギルドの中には馬鹿にしたように笑う者も居る。


和也は、そんな視線を全く意に介さず、目星い依頼を探していた。


金貨5枚で証拠に首か。


どうでも良いが、この世界の証拠品は結構グロいな。


まあ、他に何か特徴がなければ、それしか確認の仕様が無いものな。


素材になるものがあれば、別なのだろうが。


・・ん?


そういえば、魔物は人が食せる物なのだろうか?


自分が学んだ本の数々では、確か普通の食材として、皆平気で食べていたが。


「済まない、少し教えて欲しいのだが・・」


和也は疑問を解消すべく、受付の女性に尋ねる。


「はい、何でしょう?」


「魔物とは、食べられるのだろうか?」


「・・・極一部に可能な種族がおりますが、普通は食べないかと思われます」


何だか物凄く可哀想な目で見られた気がする。


今度は何を言うか聞き耳を立てていた者達も、大爆笑していた。


「オークとは、所謂豚の事ではないのか?」


「確かにそう言われてはおりますが、通常の豚と違い、人の消化器官に適さない魔力を備えておりますし、食用の豚より遥かに雑食なので、魔物も生で食べます。

ですから、どんな毒や寄生虫が居るか分らず、余程の飢饉でも起きない限り、人は彼らに手を出そうとはしません」


「だとすると、この世界はかなり食料が足りないのではないか?

魔物だって、人が食べる物を食べるだろう?」


「・・ご存じないのですか?

確かにそうですが、それはゴブリンやオークなどの低級の魔物で、魔物のランクが上がれば上がる程、彼らは自分達より弱い魔物を餌とする傾向にあります。

魔物にとって、何より魅力なのは、やはり魔力なんです。

味などは二の次で、より多くの魔力を持った餌を好むのです。

そのため、上位の魔物が低位の魔物を狩ってくれるので、どの地域もある程度のバランスが取れて、人間の食糧事情には然程問題はありません」


「そうなると、また新たな疑問が生じるな。

では何故、魔物の討伐依頼を出す?

上位の魔物が多くいた方が、人の役に立つのだろう?

ドラゴンなんか、わざわざ危険を冒して狩る必要はないではないか」


「ある意味、仰る通りです。

ですが、悲しい事に、人には欲やプライドといったものが存在します。

強い魔物を倒して名を上げたい。

より高く売れる素材が欲しい。

そうした者達が魔物に逆に倒されれば、今度はその親や家族、仲間などが、そのかたきを討とうとする。

そして、自らにその力が無い者は、お金を払ってでも、他の者に依頼するのです。

勿論、そういった事とは無関係の、迷宮で暴れる魔物や、村を襲った魔物なんかを、国やギルドが報酬を出して討伐させる事もあります。

こちらは完全に別物で、地下迷宮はギルドの利益に大きく貢献するため、その管理がきちんとなされていなければ、こちらの売り上げに響きますし、村や町が襲われて、そこの住人達が死ねば、国や領主に入る税の額が減る。

そのような様々な理由が複雑に絡み合って、討伐依頼というものができ上がるのです」


「どの世界も世知辛いのは同じか。

有難う。

随分と勉強になった」


「それは何よりです。

アリアに宜しくお伝え下さい」


彼女の言葉に見送られ、和也はまた新たな仕事に赴くのであった。



 森にやって来た。


先日、アリアと二人で薬草を採りに来た場所から2日程歩く所にある(勿論転移してきたが)、木々の比較的疎らな地域。


そこに、オークの大きな集落がある。


和也が現れた時、その中では2匹の屈強なオークが戦闘を繰り広げており、それを取り囲んで大勢のオーク達がその模様を観戦していたが、いきなり現れた彼に、一瞬ポカンとしながらも、直ぐに皆で襲ってきた。


四方八方から迫る刃を、その身体ごと弾き返し、まだ意識のある者には、強烈な右ストレートをお見舞いしていく。


戦いをしていた2匹は、他より頭一つ分程抜きん出た存在であったが、和也の放つワンツーに、呆気なく吹き飛んで動かなくなる。


「もしかして、何かの祭りだったのか?

それなら悪い事をしてしまったな」


周囲に動く存在が居ない事を確かめると(勿論、魔物と雖も無闇に殺したりはしない。全員気を失っているだけ)、和也は集落の家捜しをしながら、お目当てのキングを探す。


時々、粗末な住居の中で、お金や人が使用する武器等が見つかり、それらはいきなり襲ってきた迷惑料名目で、有難く頂く。


どうせ彼らには、あまり意味などあるまい。


ふとその頭に、以前やったゲームの光景が思い出される。


勇者が町や村で、勝手に他人のタンスや戸棚を開けては、そこにあったアイテムやお金を黙って持ち去るシーン。


目の前に家主が居るのに、彼らが何も言わないのを良い事に、堂々とそれをやっていた。


和也はそれを見た時、このゲームはR18指定にすべきではないのかと本気で考えたが(倫理が確立した大人がやるべきだとして)、今自分が似たような事をしているのは、命を狙われた事への慰謝料であると考えて、それとは別物だと己を納得させる。


少なくとも自分は、己に好意的である人物からは、お金や物を奪わない。


家捜しを半分終える頃には、和也は、少し前から自分を見つめる視線の存在に気が付いていた。


どうやら自分の隙を狙っているらしく、弓矢を持っている。


「出て来たらどうだ?

そんなものでは自分を倒せないぞ?」


「!!」


相手が怯んだ隙に、目の前まで転移する。


慌てて矢を番えようとする彼女の腹に当身を食らわせ、気を失った相手をまじまじと見る和也。


「ん?

彼女がオークキングなのか?

・・これは少し厄介だな」


明らかに他のオーク達とは違い、顔は人間のようで、身体の色も体臭も異なる。


口から僅かに鋭い牙が覗くが、髪は奇麗な亜麻色だし、中々に整った顔立ちをしている。


身体は、人間の女性より一回り厚い筋肉で覆われているが、胸も大きく、身体全体が引き締まった奇麗なラインをしているので、何も知らなければ、オークとは絶対に分らないだろう。


そろそろ気絶させたオーク達が起き出す頃なので、和也は悩んだ挙句、二人で森の泉まで転移する。


元から、こちらを攻撃してこなければ、殺す積りなどなかったが、少し当てが外れた。


それなりに理知的で強ければ、ダンジョン要員にスカウトしようと考えていただけに、彼女を見て、どうしたものかと頭を悩ます。


そうこうする内に、意識を取り戻したらしい彼女が、こちらを見て怯えた。


「大丈夫だ。

君が何もしてこなければ、自分も君に危害を加える積りはない」


人の言葉が理解できるらしく、万能言語に頼るまでもない。


「・・貴方、誰?

とても強い。

それに、凄い魔力」


「自分の名は御剣和也。

君に名前はあるのか?」


「メイ。

お母さんがそう私を呼んでた」


「母親?

それはもしかして・・」


「そう、人間。

私はオークと人間のハーフ」


「・・その母親は?」


「随分前に死んだ。

何人も子供を産まされたから。

・・私が人間の顔で、他より強い魔力を備えて生まれてきたから、他にも産まそうとした。

でも、私以外は普通のオークばかりだった」


「言葉はその母親から?」


「そう。

私は唯一人、お母さんと似てたから、可愛がられた」


「・・君があの集落の王なのか?

オークキングと呼ぶらしいが・・」


「そう。

でも形だけ。

私は確かに魔力が強いし、力も一般のオークよりはある。

でも、発言権は無い。

部族の象徴。

ただ、それだけ」


「あの時、他のオーク達は外で戦いを見物していたのに、何故君は他の場所に?

戦いは嫌いか?」


「別に嫌いじゃない。

けど、あの戦いは見たくなかった。

私の夫が決まる戦いだったから・・」


「あいつらが嫌だったのか?」


「嫌。

あいつらも、他のオークも皆嫌!

私のお母さんを、子供を産む道具にしか見ていなかった。

嫌がるお母さんを、無理やり犯してた」


「!!!」


『他に何をしても良いけど、無理やり女性を犯す事だけはしないで』


アリアの言葉が浮かんでくる。


ギリッ。


和也の奥歯が不気味な音を鳴らす。


「・・どうしたの?

とても怖い顔。

私、貴方を怒らせた?」


メイが少し怯えたように言ってくる。


「・・いや、君を怒っているのではない。

君は、その・・乱暴されなかったのか?」


「うん。

私は景品だったから。

あの戦いで、1番強いと証明されたオスのものになるまで、誰も私に手出しできない決まりだったから」


「・・君は人間の前に、姿を見せた事はあるか?」


「ある。

集落を襲ってきた人間の集団を、倒すのを手伝った。

何人か逃げられたけど。

その内の一人が、私を見て酷く驚いていた」


「・・なあ、相談があるのだが、聞くだけ聞いてみないか?」


「良いよ、何?」


「自分の下に来ないか?

自分は今、己の創ったダンジョンで働いてくれる者を募集している。

かといって、仕事は決して殺し合いではない。

戦っては貰うが、負けても何もされないし、怪我一つ負わない。

協力してくれれば、自分は君に新しい家と、日々の食事、多少の能力を与えてあげられる。

他にも何か欲しいものがあれば、可能な限り、応えよう。

侵入者が来た時以外は、自由に過ごして良い。

ダンジョンの外に出る時だけは、自分の許可が要るが、それ以外なら、普段は何をしていても構わない」


「貴方も私を抱きたいの?」


「いや、そんな事は全く考えていない。

自分には、既に多くの妻がいる。

君には何もしないと約束する」


メイが自分を見てくる。


じっと、何かを探すように見てくる。


「分った。

貴方の所に行く。

もうあんな場所は嫌。

汚いし、臭いし、ご飯も美味しくない。

・・お母さんがよく言ってた。

『もう一度、美味しいパンが食べたい』って。

パン、ある?」


「・・ああ、極上のパンがある。

毎日沢山食べて良いぞ」


『今度また、アンリに何かしてやろう。

それとも、売り子でも手伝った方が良いだろうか』


「楽しみ。

・・行く前に、そこで水浴びしても良い?

汚れと臭いを落としていきたい」


「ああ」


何かの革で作られた、申し訳程度に胸と腰を隠す衣類を脱ぎ捨て、全裸で水に入る彼女。


「これからは、男の前で無闇に裸になってはいけないぞ」


「知ってる。

貴方は大丈夫、そう感じた」


「少しその場で目を閉じてじっとしていろ。

大丈夫、洗うのを手伝うだけだ」


和也の眼が蒼く輝き、泉の水が彼女の全身を包み込むように纏い付く。


髪の毛の1本1本、内臓の1つ1つ、細胞の1片1片に至るまで、浄化と修復を施し、磨き上げていく。


「凄く気持ち良かった。

有難う」


水が流れ落ち、見違えるように奇麗になったメイが、穏やかに微笑む。


「それはもう捨てて、これを着るが良い」


自分の服に手を伸ばそうとした彼女を止め、魔の森で以前倒した魔獣の皮を用いた、新たな服を作ってやる。


動き易い方が良いだろうと、臍上までの黒いノースリーブのベストとパンツ(下着)、短パンのセットで、同色のブーツと、指先の見える手袋も添えてやる。


「カッコ良い」


大分くたびれた元の衣類を焼却処分して、共に転移で移動する。


ダンジョン前に着くと、和也は扉に向けて声を出す。


「居住区」


扉の上部のランプが青く輝き、その下のパネルに『居住区』との文字が表示され、ゴゴゴと扉が開く。


中に入ると、高い青空の下、広大な森と湖、小高い山や草原などが広がりを見せる。


入り口から数ⅿの所にある魔法陣が輝き、そこから現れたサキュバスの女性が二人を出迎えた。


「済まん、まだ名前を聴いてなかったよな?

自分は御剣和也。

君の名は?」


「ルビーと申します、ご主人様」


「良い名だ。

ルビー、済まないが、彼女の世話を頼む。

家は場所を決めた後で自分が建てるから、とりあえず、ここでの暮らしの細かな事を教えてやってくれ」


「畏まりました」


「メイ、彼女は自分の仲間で、この居住区の管理を任せている。

分らない事や困った事があれば、遠慮なく尋ねるが良い」


「そうする。

貴方はこれから何処かに行くの?」


「ああ。

少しやり残した事がある。

・・腹が空いたら、これを食べると良い」


収納スペースから、常備してあるアンリのパンを幾つか出して、袋に入れて彼女に渡す。


「何、これ?」


「パンだ」


「!!

有難う。

大事に食べる」


「沢山あるから遠慮しなくて良いぞ。

・・じゃあな」


そう告げて和也が消えると、後に残された二人が顔を見合わす。


「・・まだご主人様のご寵愛は受けていないようね」


見るだけで、女性の身体を詳しく分析できるルビーは、メイがまだ生娘である事を瞬時に理解する。


「彼は私に何もしないと言ってた。

私も今は、そこまで考えてない。

普通に大好きなだけ」


「フフフッ、貴女とは良い友達になれそう。

さあ、中を案内するわ。

かなり広いから、迷わないようちゃんと付いて来てね」


「魔法陣は使わないの?」


「あれは自分の家との直通だから。

・・私の家に来る?」


「うん、行きたい。

パン食べるの」


「分ったわ。

お茶を淹れてあげる。

まだ色気より食い気なのね、フフフッ」



 その時、オークの集落は、いなくなったメイを探して、慌ただしく皆が動き回っていた。


そして彼女が何処にも居ない事が分ると、怒り狂って、近隣の村や人間のパーティーを襲おうと準備を始めた。


そこに、一陣の蒼い風が吹いていく。


そして、それは始まった。


「お前達は運が悪かった。

自分達の日頃の行いを悔いるのだな」


その瞳を爛々と赤く輝かせた和也が、集落の中央に現れる。


見覚えのある外見から、メイを攫ったであろう男だと推測できるが、彼から放たれる怒りのオーラに足が竦んで、皆、動けない。


グシャ、ドカッ、ベチャ。


集落の中でも指折りの屈強なオーク達が、次々に頭を魔力で潰され、地面に倒れていく。


残った100匹近いオーク達に、和也は告げる。


「お前達は、直ぐには殺さん。

我のダンジョンで、他の魔獣の餌となれ」


和也が掌に浮かべた真っ赤な球体に、彼らは次々に吸い込まれていく。


頭を潰された死体は、ざっと森の周囲を透視して見つけた、中級以上の魔物の前に放り出してやる。


彼らが喜んでそれを食べ始めたのを確認すると、和也は前回探さなかった集落の家を透視し、そこから金目の物だけを集めて、浄化して、収納スペースに放り込む。


その中に、やはり、今回のお目当ての物があった。


メイの母親の物と思われる、その思念が籠った銀のブレスレット。


これだけは、後で彼女に返してあげねばならない。


集落全体を一瞬で灰に帰させ、浄化した後、そこに1本の木を植える。


無念の思いから、輪廻の輪に加われず、この地に留まっていた彼女の魂をその樹に宿すと、和也は祈る。


せめてこの樹の成長と共に、その魂が救われていく事を。


集落のあった周りを結界で囲み、やがて花咲く野原となるこの地に、邪なものは入り込めないようにすると、和也は静かにその場を去るのだった。



 アリアの待つ家へと帰った和也が、気分転換に風呂に浸かっていると、然も当然のように彼女も入って来る。


かけ湯をして、何時になく浮かぬ顔をしていた和也の目の前に来ると、彼女はそっと両腕を和也の頭の後ろに回して、その豊かに張り詰めた胸の中に彼を抱き締める。


「何かあったの?」


普段なら、小言の1つでも言いそうな事をしてるのに、無言でじっとしている彼に、優しくそう問いかける。


「・・暑苦しい」


直前まで訓練に励んでいた彼女の肌は、家の敷地内という事で、バトルスーツを着なかったせいもあって、まだ熱が籠っている。


「むっ」


腕の力を込めて、更に強く抱き締めるアリア。


和也の顔中に、彼女の良い香りが充満する。


「他のひとなら誰だって夢見る事なのに、貴方って変よ。

やっぱり長生きし過ぎているせいで、既に性欲が枯れ果てているのね」


「男性の中には、起伏の乏しい胸を好む諸氏もいる。

自分のものが、常に最高だとは思わない事だな」


「むむむっ。

でも、少なくとも、貴方は大きい方が好きよね?」


「・・まあな。

程度にもよるが」


「あ・・」


話し易いように、和也が顔の位置を僅かにずらした際、何処かを刺激でもしたのか、アリアが変な声を漏らして腕の拘束を解く。


「エッチ」


真っ赤になって、湯に身体を沈める彼女。


自分を気遣って来たらしい事は理解しているので、それ以上は何も反論せず、外の景色に目を遣る和也であった。



 「ねえ、貴方よね、ガルベイルの鱗を持っている人って?」


その日も相変わらずギルドで掲示板を眺めていた和也に、一人の女性が話しかけてくる。


背が高い。


170㎝を僅かに超える身体に、漆黒のドレスを纏い、その胸元は、大きな胸を誇示するかのように、深い谷間を作るデザインになっている。


コルセットで締め付けたように細い腰。


黒のストッキングで覆われた長い脚は膝から下が見え、肉付きの良い、引き締まった太ももを連想させる。


腰には黒い鞘の短剣を携え、やはり黒のブーツを履いている。


そして更にそれらを包むように、黒のマントを羽織っていた。


銀色の、腰まで届く長い髪はよく手入れされ、左右で色の異なる双眸は、強い意思と自信を感じさせる。


肌の白さが黒い衣装をより際立たせ、その美しい顔の一部である小さく赤い唇が、濡れたように艶やかに色づいている。


恐らく、アリアさえいなければ、この女性が国1番と称えられても良いくらいの容姿だが、如何せん放つ色香が強過ぎて、一部の者からは敬遠されるのかもしれない。


そんな彼女に、振り向いた和也は一言だけを口にする。


「良いセンスだ」


和也がしていたゲームでは、この言葉は女性を褒める際にはセカンドベストだ。


容姿を褒めるのではなく、服装を褒めているのだから、ある意味当たり前である。


ゲームの中では、面と向かってヒロインに、『今日も可愛いよ』なんて歯の浮く台詞を中々選べなかった和也であるが、この時は別の理由もあった。


先日の件がまだ尾を引いていて、女性の容姿にまで気を配る気にはなれなかったのだ。


あの事例も、数多の世界では別に珍しい事ではない。


寧ろ文明が未発達の星や国では、よくある類の事かもしれない。


和也はこれまで、無数の星を観察し、その営みを目にすると同時に、人々の数えきれない心の叫びを耳にしてきた。


その中には当然、そういった類のものも数多く存在した。


和也が普段はチャンネルを閉じ気味なのも、無意識にそうした声を聞かないようにしてきたせいかもしれない。


今回の件が、ここまで和也の心を重くした理由は、それが己の近しい人物がらみの事だったからだ。


メイが淡々と語ったその内容は、その現場を彼女が見て、感じた事を意味している。


ある程度の年月が、その時の感情を多少は風化させても、核となる思いだけは決して消えない。


まだ幼かったであろう彼女の心に、一体どれだけの傷を与えたのか。


勿論、世のそういった類の事に、全て力を貸す事などできない。


だが、眷族として保護すると決めた者達を除いても、己の知り合いである者、それに属する者達に、今後は力を貸してしまいそうな自分がいる。


そうするべきではないと告げる理性たてまえと、思うままに振る舞えと叫ぶ感情が、その心の中でせめぎ合う。


未だその結論に達していない和也は、自分を興味深く見つめる相手の、己を取り込もうとするような眼差しにさえ、無反応にそう返すのみであった。


案の定、当てが外れたような顔をする女性。


だが直ぐに表情を戻して、再度話しかけてくるような強さも持っている。


「貴方もね。

黒一色なのが良いわ。

その素敵な髪と瞳の色に似合ってる」


今度は振り向きさえしない和也に、彼女は辛抱強く話しかける。


「少し二人でお話する時間を貰えないかな?」


「何かの勧誘や、自分の命を狙う算段をしているならお断りだ」


相変わらず振り向きもせずにそんな事を言ってくる和也に、流石に蟀谷こめかみがヒクヒクとし出す彼女。


「ち・が・う・わ・よ」


一文字一文字噛みしめるように口にする。


その腕が、和也の襟を摑もうと伸びた所で、やっと再度振り向いて貰える。


「何でも良いから付き合いなさい。

断ると、必ず後悔するわよ?」


顔を突き付けてそう告げてくる相手に、和也は述べる。


「そんなに顔を近付けて、キスでもされたらどうする?

若い女性がするには、少し思慮が足りないぞ」


ブンッ。


凄い勢いで平手が飛んでくるが、難なく避ける。


「じゃあ、自分はこれで」


さっさとその場を離れる和也を、彼女を含め、その場に居た者全員が、呆気に取られた表情で見送る。


いつも和也を笑っていた者の一人が、珍しく感心したような声で呟く。


「アリアの時といい、俺、あいつのああいう所だけは、素直に敬意を表するわ」


その言葉で我に返った女性が、慌てて和也を追いかけて行く。


今度もまた、何かが起こりそうなキンダルであった。

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