番外編 六精合体

 「ねえ、最近エメワールとディムニーサの働きが鈍い気がするけど、何か知ってる?」


光の精霊王であるファリーフラが、同じ王の一人であるメルメールに尋ねる。


「あーっ、その件ね。

彼女達は今、引籠りの最中だから」


「引籠り?

一体何で?」


「あれ、知らないの?

先日(時という概念が形式的なものでしかない彼女らには、仮令数十年経とうと、1日2と大して変わらない)、お父様が六精を使役して、一人の人間を蘇生なさったのよ。

でもその際に、近くに居た上級精霊でお済ましになって、私達にお声をかけなかったのね。

お父様からすれば、その程度の事にわざわざ私達をお使いになる必要はないとお考えでしたのでしょうけど、人一倍お父様に構って貰いたい彼女らにしてみれば、耐えられない行為だったみたいね。

エメワールはお父様が彼女に管理を任せた魔獣界に籠っているし、ディムニーサは土の精霊界の奥深くに閉じ籠って、私から貰ったお父様の写真ばかり見ているようね」


「・・・」


ファリーフラは絶句して、その後、長い溜息を吐く仕種を見せる。


あの二人は、以前から他の皆よりお父様に対する執着心が強かったけど、先日そのお心に触れて以来、それが余計に酷くなったわね。


そのくらいの事で仕事を疎かにして引籠ってしまうようでは、先が思いやられる。


わたくしが幾ら注意しても、彼女達は耳を貸さないだろうし、一体どうしたら良いかしらね。


・・やはり、素直にお父様にお願いするしかないかしら。


「因みに他の二人はどうなの?

レテルディアやヴェニトリアだって、その件の事、知っているんでしょう?」


「ええ、彼女達も内心では不満があると思うわよ?

ただ、あの子達は真面目だから、それを表立って表したりはしないだけ。

それにもしお父様にサボっているのがバレて、そのご不興を買いでもしたら、そちらの方が彼女達には耐えられない事だろうしね」


「貴女はどうなの?

平然としているようだけど、思う所はないの?」


「わたくしは大人ですから。

それに、お父様コレクションの収集のために、暇な時は何時でもお父様を拝見致しておりますし。

・・尤も、最近プロテクトの掛かる事が多くて、不満と言えば、それくらいでしょうか」


そう言って、胸の前で組んだ腕の片方を、悩ましげに頬に当てる仕種を見せる。


「わたくしからしたら、貴女が知らなかった事の方が意外ですけど」


付け足すようにそう言ってくる彼女に、ファリーフラは苦笑いでごまかす。


お父様と二人で幸せな時を過ごす、夢の中に微睡んでいたとは言えない。


「とりあえず、状況は把握したわ。

わたくしの方から、それとなくお父様に相談してみるわね。

あんまりあの子達がサボっていると、色々な星に影響が出るから」


「なら序でにお願い。

お父様に、もう少し閲覧の自由を下さるようお伝えしておいて。

特にお風呂」


「・・あんまり期待しないでね」


ファリーフラはそう告げると、水の精霊界との門を閉じた。



 その夜、和也は居城の自室で天井を見上げていた。


天井とはいっても、そこには満天の星空が映し出されている。


己が創造した宇宙に散らばる、無数の宝石の如き星たち。


ベットで横になっている自分の傍らには、全裸のエリカがその右手を彼の胸に添えながら、安らかな眠りに就いている。


数か月振りに城に帰った和也に、『久し振りに如何です?』と誘いをかけてきた彼女。


まるで、和也が相談事を持ち帰ったのを知ってでもいるかのように、口を開こうとした彼の唇を、たおやかな指先でそっと押さえ込む。


『先ずはこちらの方から・・ね?』


そこに初めの頃のような激しさや慌ただしさはないが、触れる唇や指先の1つ1つに、溢れんばかりの愛情が込められている。


エリカの行為に身を任せながら、和也は暫し思考を放棄した。



 「わたくしへの相談事がお有りなのですか?」


数時間後、考えを纏めていた和也の頬を、目覚めたエリカの掌が優しくさする。


向けられた和也の視線に、光に揺れるエメラルドグリーンの瞳を僅かに緩め、穏やかな眼差しで応える彼女。


「先日、紫桜と有紗に、少し気になる事を言われてな。

己の甲斐性の無さを反省し、彼女達に他に報いるものを探そうとしたのだが、どうにも見つからなくて。

情けない話だが、エリカに相談しに来たのだ」


「あのお二人は何と?」


「『自分(和也)の身体以外に、欲しいものなどない』と、そう言った」


「まあ!

随分頑張ったのですね」


からかうようなエリカの言葉に、和也は拗ねて、無言で彼女に背を向ける。


「フフフッ、御免なさい。

冗談ですから」


和也の背を抱き締めるように両腕を回してきた彼女が、その耳元で囁く。


「彼女達の器はまだ、完全には満たされていなかったのでしょう」


意外な事を言われ、和也は身体の向きを戻す。


「器が満たされていない?」


至近距離からの和也の視線を、エリカはしっかりと受け止めて話を続ける。


「わたくしが、あなた専用の『癒しの器』である事は、以前お話ししましたよね?

ですが、あなた専用の器は、何もわたくしだけとは限らない。

数多ある世界に、他にも、転生を重ねながら、あなたとの邂逅を待ち望む、多くの女性がいるのでは。

・・わたくしは、何時しかそう考えるようになりました。

器の特徴として、これはわたくしの経験から言えるものですが、あなた以外に心が反応致しません。

どんな方から、如何なる美辞麗句や行動を示されても、何を頂こうとも、決して気持ちが揺らぎません。

人として見る事はできても、全てを託せる異性として見る事はできないのです。

わたくしの見る所、紫桜さんと有紗さんのお二人は、恐らくあなたの器です。

マリーだけは、純粋にあなたに惹かれた感が強いですね。

そしてこれも経験から言える事ですが、器であるわたくし達は、あなたによって目覚めた後、まるでお酒が注がれる盃の如く、一定期間、執拗にあなたを求めます。

身体にあなたを馴染ませる、とでもいうのでしょうか、ある程度の逢瀬を重ねて、あなたに満たされる事で、やっと安心できるのです。

だから、それが済んで初めて、今のわたくしのように、純粋にあなたとの行為を楽しめるようになる。

紫桜さん達が、あなたにそう告げたのであれば、それは彼女達の器がまだ満ちてはいないという事。

時が来れば、きっと今より落ち着いて、あなたと接する事ができると思うわ」


確かに、エリカも初めの内は、その清楚な外見からは考えられない程、強く激しく自分を求めてきた。


自分と同様に、覚えたての快楽に嵌まっているのであろうと都合良く考えていたが、そう言われるとしっくりくる。


最近の彼女は、他の妻達に遠慮しているのではと思うくらい、変に落ち着いている。


マリーも、言われてみれば、他の妻達のようには求めてこない。


エリカに気を遣ってそうしている訳でもなさそうだし、考えれば考える程、エリカの言う事が真実味を帯びてくる。


「つまり、もう少し時間が経てば、彼女達の興味が他へ向くという事だな?」


「それは少し違うわ。

単に欲求の質が変わるだけ。

お腹が空いて、とにかく沢山食べたいという状態から、美味しい物を味わって食べるようになる、唯それだけ。

わたくし達はあなた専属の器なのよ?

その優先順位のトップは、常にあなたにあるわ」


エリカが念を押すように、真っ直ぐ自分を見つめてくる。


「・・お前はそれを、煩わしく感じた事はないか?」


他者との会話や触れ合いを望み、人の暮らしの中に降りてきた和也。


酷い乾きでひび割れた大地のようであったその心は、彼女達のお陰で潤い、他者への恵みをもたらすまでに回復した。


その事で、以前なら怖くて聴く事のできなかった言葉を、今は口に出せる。


「本当なら、ここであなたをひっぱたく所ですよ?

先程までのわたくしの行為に、あなたは一体何を感じて下さったのかしら。

性欲?

嫉妬?

それとも打算か同情なのですか?

・・わたくしはね、これでも凄くプライドが高いのです。

自分がしたくない事ははっきりと言うし、嫌な相手には指一本触れさせない。

王女という立場でさえ、口を利かないどころか、視線すら向けない事だってありました。

そのわたくしが、あなたにしている事をよく考えてみて下さい。

向けている視線の温度、触れる指先の柔らかさ、絡める舌の動きに、そんな感情が微塵にでもありましたか?」


エリカが怒るというより呆れたといった方が正しいような眼差しで、和也を見つめる。


「自分は以前、寂しさのあまり、力で人を生み出そうと考えた事がある。

だがそれは、その者の心の幅を制約しかねない、そう考え直して、何とか踏み止まった。

自ら生み出したのではなく、世界が贈ってくれたとはいえ、それがお前達の心を必要以上に縛ってはいないかと、少し心配になった。

済まない」


彼女達に失礼な事を口にしている自覚はあるが、与えられる愛情の大きさ、一途さに、自分にそこまでの自信がない和也は、不安を覚えたのだ。


「エレナにも似たような事を言われましたが、わたくし達だって、機械や操り人形ではないのです。

熱い心を持った、自己の嗜好や行動に対する決定権を持つ、独立した存在なのです。

ほら!」


エリカの手が、和也の手首を捉えて、それを自らの胸へと当てる。


張り詰めた、えもいわれぬ柔らかさの先に、ドクン、ドクンと自己主張する、確かな鼓動がある。


「あなたって、自己評価は低いし、時に酷くご自分を卑下なさるけれど、ちゃんとわたくしを虜にする、素敵な所もお持ちです。

今回は許して差し上げますが、次に口にしたら、暫くあなたとは口を利いてあげませんからね」


「分った。

・・有難う」


「この状況でのお礼なら、言葉より、態度でお願い致します」


空いている方の手を、こちらの後頭部に回してくるエリカに、望むまま、行為で返す和也であった。



 「エリカは他に望むものはないのか?」


誘惑の多いベッドから出て、共にシャワーで身体を流した後、衣服を整えた二人は海辺へと転移し、その砂浜を散歩する。


素足で波と戯れるエリカを見ながら、和也は先程の話を再開させる。


「・・そうですね、あなたと旅がしてみたいです。

各地を放浪するというよりも、誰もわたくし達を知らない、何処かの一か所に暫く留まって、恋人同士のような暮らしがしてみたいです。

わたくし達は、普通のカップルが順を踏んで気持ちを高めていく過程を全て省略してしまったようなものですから、初々しい二人が行うちょっとしたデートやお喋り、何かの記念日やイベント等を、二人で静かに楽しんでみたいんです」


夕焼けの美しい浜辺で、波の飛沫を僅かに上げながら戯れるエリカ。


黄金色の髪がそよ風に揺れて、陽の光を反射する様は、まるで一幅の絵画のようだ。


「あなたがわたくしを大事にして下さるのは知っていますが、もう人ではないのだし、仮令一人の時に何かあったとしても、十分に対処できます。

この指輪だってあるのですから」


空間障壁等の魔法が込められた結婚指輪を、未だに嬉しそうに眺め、そう言ってくる。


「・・旅・・か。

そうだな。

初めはそうする積りだったよな。

妻達が増えて、色々やっている内に、結構な時間が経ってしまったが・・。

城のあるここを拠点にして、妻達其々に星を宛がうのも良いかもしれん。

有紗は地球で決まりだが、セレーニアや神ヶ島のある地は誰に任せるか。

そういえば、まだ星の名前も決めていなかったな。

本来なら、あの星はエリカにこそ相応しい気がするが、先程の話からすると、エリカは何処か別の星が良いよな?

ならばあの星はマリーに任せ、スノーマリーと名付けよう。

紫桜も、それで文句は言うまい。

お前と彼女には、後で相応しい星を贈る事にする」


「マリーに無断で決めてしまっても宜しいのですか?」


波と戯れる事を止めたエリカが、風に揺れる髪を押さえながら、そう聴いてくる。


「後で知らせておくが、きっと大丈夫だ。

文句が出るとすれば、星のネーミングセンスくらいだろう」


「フフッ、気に入ってくれると良いですね」


「どんな星が良い?」


「わたくしのですか?

そうですね・・人がまだあまり文明を発達させていない所が良いですね。

素朴で、自然が沢山あって、生き物が豊富な所が好きです」


「それではスノーマリーと同じではないか。

やはりそちらをお前の星にするか?」


「いいえ、頂けるなら別の星が良いです。

あの星は勿論大好きです。

お母様達の下に生まれ、エレナやマリーと共に育ち、紫桜さんとも知り合えた。

何よりあなたと出会い、結ばれた場所ですもの。

・・でも、良くも悪くも、あそこではわたくしはあまり自由に振る舞えません。

その名ばかりが独り歩きして、本当のわたくしという存在を、極近しい者を除けば誰もが見ようとはしません。

あなたが現れるまで、あまり心を開かなかったわたくしにも非はあるのでしょうが、少し疲れてしまいました。

だから、ここでの生活は、ある意味凄く楽しいのです。

まだ他に人は居りませんが、あなたのお気に入りのゲームをして、書棚に揃えられた本を読み(お好きなページに小さな折り目があるのがまた良いですね)、その奥にひっそりと隠された、エッチな内容の雑誌をめくる(胸の大きな女性ばかりが裸で出てくる写真のようでしたが。・・水着のも、ありましたね)。

食べたい物を好きなように口にし、城はおろか其処ら中を探検して回り、人目を気にする事なくゴロゴロできる。

楽しいです。

わくわくします。

わたくしって、実はこんな性格だったのですね」


夕日に映えるその笑顔は、本当に楽しそうだ。


『しかしあれを見られたのか・・。

別に女性の裸身というだけで、極普通の写真集ではあるのだが、少し気不味いな。

邪な意図はなく、その造形の美しさを愛でていたと言っても、恐らく信じてくれまい。

今度からはもっと慎重に隠すとしよう。

・・いや、もうあれは必要ないか。

世界が生み出した最高の芸術でもある妻達が、その傍に居るのだからな』


「・・今度一緒に探してみよう。

良い星が、きっと何処かにあるはずだ」


「はい。

それと、無理して捨てる事はないですよ?

わたくしは全く気に致しませんので」


「・・別に無理などしていない。

確かによく目を通しはしたが、今はお前達がいるのだから」


「わたくし達の方が、少し大きいですものね」


「もう帰る」


「フフフッ、御免なさい。

あなたを見てると、時々どうしようもなく構いたくなってしまうのですもの。

わたくしの、愛情の証ですから」


背中を見せた和也の下に駆け寄り、しっかりと腕を組んでくる。


「こういう会話も良いですね。

何か、付き合い始めた恋人同士みたいです」


「ゲームのやり過ぎなのではないか?」


「あなたがそれを言いますの?

あそこにあるのは、全部あなたの物でしょうに」


砂浜に付けられた二人の足跡を、悪戯な波が徐々に打ち消していく。


長くただ美しいだけであったこの星に、人の息吹が、想いが、少しずつ宿っていく。


その景色を見て、和也の心に寂しさ以外の何かが浮かぶのも、最早時間の問題であった。



 「お父様、少し宜しいでしょうか?」


エリカの手による夕食を堪能した和也は、『眠るまでの間、読みかけの本を読んできても宜しいでしょうか?』と遠慮がちに尋ねてきた彼女に頷き、自分は一人で自室のベットに横になりながら、エリカと紫桜の二人に与える星を物色していた。


後で彼女達と見るにしても、ある程度は選別しておかねば、如何せん、数が多過ぎる。


先ず生命体が存在する星をピックアップし、それから人かそれと同等な存在の住む星を選り分けていく過程で、ベッドサイドの僅かな明かりを通して、ファリーフラの声が響いた。


「どうした?

何か問題でも起きたのか?」


その響きに、やや憂慮すべき側面があるのを感じ取った和也が、意外そうに彼女に問いかける。


彼女達は、創造主である自分を除けば、現時点で最も神に近い存在だ。


四人の妻達も、今後徐々に力を付けていくであろうが、ほぼ宇宙の始まりから存在する彼女達に追い付くには、それこそ億単位の年月が要る。


その一人でもあるファリーフラを悩ませるなど、同種の存在以外には有り得ない。


仲の良い彼女達(和也はそう思っている)にしては珍しく、喧嘩でもしたか。


そう考えた和也の言葉は、傍目には少し呑気に聞こえたかもしれない。


「それが、エメワールとディムニーサの二人が、仕事をそっちのけにして引籠ってしまいまして・・」


「何!?

一体何故?」


これまで一度もそんな事はなかっただけに、和也は少し面食らう。


「お父様、先日六精を使役なさって、一人の人間を蘇生なされたでしょう?

その際、彼女達にお声をかけなかった事を、どうやら納得できないでいるみたいで・・。

エメワールは魔獣界に、ディムニーサは土の精霊界の奥深くに閉じ籠っていると聞きました」


「いやあれは決してお前達を蔑ろにした訳ではなく、そのくらいの事に忙しいお前達をわざわざ呼ぶのはどうかと考えただけなのだが」


「勿論それはわたくし達にも分っております。

おりますが、・・あの二人は特にお父様に固執していますから、頭では理解しても、感情が納得しないのでしょう。

お忙しい所大変申し訳ございませんが、お父様の方で、何か手を打っていただけないでしょうか?」


「分った。

あちこちの星に影響が出ない内に、自分の方で対処しよう。

問題はそれだけか?」


「・・いえ、もう1つございます。

その、メルメールからの嘆願なのですが、もう少しお父様に閲覧の自由を頂きたいそうです。

具体的には、お風呂と・・・」


真面目な彼女は、そんな事まで律儀に伝えようとする。


「・・それは娘であるお前達の教育上宜しくないから駄目だと伝えてくれ。

その代わり、今回迷惑をかけたお前を含め、皆に何か考えておくから」


「はい。

有難うございます、お父様。

それでは失礼致します」


さて、どうしたものか。


会話を終え、選別作業に戻りながらそう考えた和也の視界に、ある光景が映し出される。


「・・これまでは、人の世界に大規模な介入はしないようにしていたが、ちょうど良い機会でもあるし、今回は利用させて貰おう」


そう呟くと、和也は早速準備に取り掛かった。



 地球から遥か数億光年、別の太陽系を形成する惑星の1つが、今、滅びに瀕していた。


星を覆う分厚い有毒ガスの層が太陽の光を妨げ、強い放射能で汚染された大地と、ゴミや工業排水で濁りきった海からは、年を追うごとに、取れる作物や、水揚げされる海産物の量が大幅に減少している。


全宇宙の中においても、極めて高い技術を伴った文明が発達していたこの星は、人が己の欲と利便性のみを追求し、実質を伴わない形だけの権利を振りかざしてきた結果、貧富の差が増大し、それが固定化されて特権階級を生み、貧しき者達は家族という概念からも見放され、孤立化して、無駄に虚しく生きるだけの存在になった。


最早国民からは搾取できなくなった国々は、自国に蔓延する不満の矛先を他国へと向けるべく民を煽り、自国第一主義を唱えて好き勝手に行動し始める。


星の主要な酸素を生み出す広大な森林を、一時的な畑の拡大のために焼き払い、他国に援助をせびり、威嚇するために軍備を増強し、増え続ける人口を支えるために、先を争って領土を取り合った。


その結果、ほんの些細な出来事から、何度目かの世界戦争へと突入したこの星は、敗戦濃厚な国が用いた核兵器が仇となり、実に世界の半分を失う。


数百億いた人類は、僅かに十億人が生き残るだけとなり、ここに至って初めて、人は己の過ちに気付く。


国の垣根を全て取り払い、この大陸は自然保護区、この島は農業地帯と役割を分担しながら生き残りを図ったが、年々腐敗していく海と、放射能に汚染された大地が人々の死期を早め、到頭星を捨て、別の惑星に移住する計画を打ち出す。


残る全ての技術と労力、資源をつぎ込み、数十年かけて100隻にも及ぶ巨大戦艦を建造した彼らは、そこに世界中から集めた志願兵を乗せ、移住可能な星を求めて宇宙へと飛び立った。


彼らに残された時間は15年。


それが、人類が滅亡するだろうと言われる期限であった。



 「艦長、この周辺の解析が終わりました。

残念ながら、我々が居住可能な星は見当たりません」


「・・そうか。

もう1年になるが、そう簡単には見つからないな」


艦長と呼ばれた男は、世界中の人々が、自分達を送り出してくれた時の事を考える。


残り15年で滅亡すると言われる中、できる限りの食料と燃料を差し出して、自分達の帰りを待つと言ってくれた人々。


この船団の中にも、幼い弟や妹を残して志願してきた者が大勢いる。


大切な食料と燃料を、精一杯節約しながら、探査のためのワープを繰り返してきたが、調査の度に出る不運な結果に、指令室に集う者達が醸し出す雰囲気も、暗くなりがちだ。


だがこの数日後、到頭1つの惑星を見つける。


まだ若いその星は、文明の発達が未熟であり、大した都市もないが、自分達の生態に適合する、緑多き星であった。


故郷の星では既に失われた、海の青さと雲の白さが、乗組員達を歓喜させる。


歓声に沸き立つ乗組員達ではあったが、問題も1つあった。


この星の元の住人達をどうするか、である。


探査機から送られる映像からは、どうやら人間の中に数種の獣人が混じっているようだ。


純粋な人間しか存在しなかった自分達の星では、人間のような顔つきをしてはいても、頭に獣の耳が生え、尾てい骨に尻尾の生えた存在は、動物としか見做されない。


共に暮らすようになれば、恐らく彼らはペットとしての存在にしかならないだろう。


ならばいっその事、彼らを統治下に置いて管理した方が上手くいく。


何度かに渡る艦長同士の話し合いの後、そう決断した彼らは、最初の会合での己の立場を優位にすべく、当たり障りのない都市を選んで先制攻撃を仕掛ける事にする。


あまり多過ぎると星自体を傷つけるため、2隻の戦艦が主砲を向けた所で、その異変は起きた。



 「エメワールよ、聞こえるか?」


魔獣界で、憂さ晴らしに人の怨嗟の声を手当たり次第に潰していた彼女の下に、その声は届いた。


「え、お父様!?」


「そんな所で何をしている?

ファリーフラが困っていたぞ」


決して叱る風ではなく、寧ろ心配しているような声音で、そう語りかける。


「大体の事は彼女から聴いたが、あれは別にお前達を蔑ろにした訳ではない。

寧ろ気を遣っての事なのだ。

許してはくれまいか?」


「・・お父様が、わたくし達の事を無下に扱われる事などないと、そう信じてはおりますが、感情が納得してはくれないのです。

自我を頂いてより此の方、途方もない時の中を、わたくし達はほぼ一人で過ごして参りました。

他の五人と話をするようになったのも、そう遠い事ではございません。

まだ城にお籠りになられていた頃のお父様は、いつも寂しそうで、悲しそうで、でも、わたくしにはおかけする言葉も見当たらなくて、ずっと辛かった。

何時かわたくし達の事を思い出していただけると信じて、闇の帳の陰で、ずっと我慢して参ったのです。

だから、初めてお声をかけていただいたあの時は、喜びで身が震える程に嬉しかった。

恥ずかしいから精一杯の虚勢を張ってはおりましたが、本当に、嬉しかったのです。

そのお心に触れる機会を頂いた際は、それまで耐えていたものが一気に爆発して、随分と恥ずかしい事も口にしてしまいました。

・・ねえお父様、わたくしは、我が儘でしょうか?

お父様と過ごせる機会を、一度たりとも逃したくはないと考える事は、贅沢なのでしょうか?」


名を得て、人と同じ様な外見を伴った彼女が見せる表情は、より明確に、その気持ちを和也へと届ける。


「・・済まなかった。

我をそこまで慕ってくれていたのだな。

今後必要があれば、全てお前達に頼むと約束しよう。

だから、今回はそれで機嫌を直して欲しい」


「・・・今回だけですわよ?

次はそう簡単には許しませんわ」


彼女の機嫌が直って、平穏を取り戻した魔獣界を、それまで巣穴に隠れていた3匹の火狐が走り回る。


『元気でやっているようだな。

でも、そろそろ他にも仲間が欲しいか』


「ふむ、では今回用意した贈り物は、次にお前がゴネた時まで取っておこう」


「え!?

酷いですわ!

わたくし、本当に泣いてしまいましてよ?」


「冗談だ。

闇の精霊界、お前しか辿り着けない深淵なる闇に包まれ、それはある。

どうだ、我と一緒に気晴らししないか?

他の者達にも声をかける故、皆で楽しく”遊ぼう”」


「はい、お父様」


彼女の喜びの感情が魔獣界を吹き荒れ、そこに漂う怨嗟の声を一瞬で消滅させてしまう。


遊び相手を失った火狐の子供達が、今度は互いを相手としてじゃれ合い始める。


その母親は、そんな子供達を、穏やかな目で見つめていた。


ここでは食べるために苦労する事はない。


病の心配もなく、生存を脅かす天敵も存在しない。


ある意味暇ではあるが、そのゆっくりと流れる平穏な時間が、彼女らに、深い思慮を与え始める。


和也により、この世界では、種族の垣根を越えて意思疎通ができるようになっている。


彼女達に友達ができるのも、もう直ぐの事であろう。



 「うーむ、折角ディムニーサに会いに来たのに、もしかしていないのかな?

仕方がない、帰る・・・」


「居る!!

お父様、帰らないで」


和也のわざとらしい言葉を遮り、ディムニーサが姿を現す。


その無表情な顔からは想像がつかないが、奇麗にカールさせていた髪が若干乱れているあたり、どうやら少し慌てていたようである。


「ファリーフラから聴いたぞ。

駄目じゃないか、仕事をサボって籠っていては」


「・・あいつ、余計な事を」


告げ口されたと勘違いしたディムニーサの瞳が、僅かに険しくなる。


「こらっ、勘違いしては駄目だぞ。

彼女は仕事に影響が出る事を心配したのであって、お前個人を告発したのではない。

それに、お前がここに籠っていたのは事実だろう?」


土の精霊界、その最も密度の濃い場所に、溶け込むように彼女は潜んでいた。


「お父様が悪い。

私は傷ついた」


「・・エメワールにも言ったが、我はお前達を蔑ろにした訳ではないのだ。

それにそこまで寂しかったのであれば、何故我に会いに来ない?

扉は何時でも開かれていると、以前に伝えたであろう?」


和也のその言葉に、彼女は悔しそうに下を向いて答えた。


「だって、お父様、他の女と仲良くしてたから。

前に一度、会いに行こうと覗いたら、この間の女といちゃいちゃしてた」


「何?」


恐らく紫桜の事を言っているのであろうが、一体どの場面であろうか。


妻達を抱く際と入浴時はプロテクトを掛けているから、その他の場面なのは間違いないはずだが、全く見当もつかない。


「二人で手を繋いで歩いてた」


ああ、そういえば、そんな事もあったな。


地球の桜があまりに見事なので、紫桜が花見に行きたいと言った事がある。


ただ、彼女をそのまま連れて歩くと騒ぎになるから、深夜にこっそり京都の嵐山まで転移して行ったのだ。


月の光を仄かに纏い、淡いピンク色の花を満開にさせた木々の間を、黒い振袖姿の彼女と手を繋いで歩いた。


お互い無言で、衣服の色が闇に溶け、足音さえしない中、小枝さえだを揺らす風が、序でのように紫桜の長い髪をそよがせていく。


その髪から香る、かぐわしい香りが、ひっそりと咲く桜に、ある種の艶を持たせる。


朧月夜に、夜風に舞うように散るその花びらの1枚1枚に、一体彼女は何を見ているのか。


その晩は、家に戻ってからも、お互い会話を必要とする事なく、静かな眠りに就いた。


「・・私は、お父様と手を繋げないのに・・」


和也が回想していたをどう取ったのか、そう付け足してくる。


「そうだったのか。

それは済まない事をしたな。

今後は、精霊を使役する際は必ずお前達に頼む。

だから、今回は許してくれないか?」


「・・・」


「許してくれたら、後で一緒に遊んでやるし、贈り物もしよう」


「本当?

何して遊ぶの?」


「フフ、ロボットごっこだ」


「ロボット?

何それ?」


「色々あるが、今回のは、簡単に言えば人型の戦闘マシンだな。

お前達一人一人に専用のロボットを用意した。

それに乗って、ある星を侵略しようとしている宇宙船団と戦うのだ。

どうだ、燃えるだろう?」


「・・普通に破壊するだけじゃ駄目なの?」


「初めてお前達を呼んだ時にも感じたが、かなり手加減しても、その力では直ぐに終わってしまうだろう?

この機体を使えば少しは長く楽しめるし、以前ある星のアニメを見て、我も一度合体というものをやってみたかったのだ。

だから、一緒に遊んで『くれるかな?』」


「分った。

お父様と遊びたい」


「・・少し返事が想定と異なるが、我の願いを叶えてくれる良い子の君には、これを進呈しよう」


和也が視線を向けた先には、何時の間にか、重厚な機体が鎮座していた。


薄いこげ茶色の、洗練されたシルエット。


過度な装飾は一切ないが、その大きさもあって、存在感が半端ではない。


「さあ、中に入ってみるが良い」


促された彼女が、その機体に近付いて行くと、ロボットの胸の辺りが光を帯びて、彼女を吸い込んでいく。


かなり広く感じるコクピットらしい場所で、中央に置かれた操縦席のような椅子に、形式的に腰かけようとしたディムニーサは、強い違和感を覚える。


お尻に何か触ってる。


視線を向ければ、そこには椅子があるだけ。


そしてふと気づく。


先程、自分はここまで歩いて来た。


硬質な床の上を歩く、コツコツコツという単調な音がしたのだ。


「・・お父様?」


ある確信を持って、彼女は声を震わせながら和也に問い質す。


同様に機体の中に入ってきた和也が、ゆっくりと彼女に近付いて来て、その掌で、優しくディムニーサの頭を撫でた。


「お父様」


涙をぼろぼろ溢し、泣きじゃくる彼女。


何億年、何十億年と夢見てきた、自分を生んでくれた親の手。


数多の生命の誕生に手を貸し、その成長を見てはきても、触れる事は決してできなかった、精霊という存在。


自分は今、その理を超え、お父様の温かい掌に撫でて貰っている。


優しい。


柔らかい。


温かい。


それまで想像でしか理解できなかった言葉の数々を、自分は今、確かに実感している。


「この空間にはな、精霊であるお前達にも実体を与える力が働いている。

物に触れ、物を食べ、物を終える。

今後はお前達が寂しい想いをしないよう、定期的に何かを贈ろう。

今回は、これだ」


そう言って和也が差し出したのは、格調高い装飾の施された、1冊のアルバム。


「メルメールに貰った写真を整理すると良い」


その後暫く、これまで無表情でしかなかった彼女の顔は、涙ともう1つ、ある鮮明な感情で満たされていた。



 「本当に宜しいのですか?」


「何がだ?」


「小さな都市とはいえ、あの場所にも数千の人間が暮らしています。

警告もせず、いきなり攻撃して皆殺しにするのは、軍人として恥ずべき行為では?」


副官の、愁いを帯びた言葉に、その艦の艦長は答える。


「それについては、今まで何度か話し合ってきたのだ。

我々には時間がない。

言葉を用いて、あの星の住人達の合意を得ようと努力するための時間が。

我々がここに来た理由を考えれば、これは致し方ない事なのだ」


「・・遣る瀬無いですな」


「せめて、占領した暁には、彼らに少しでも良い待遇を保証してやろう」


その言葉から少しして、他艦から2発の主砲が発射される。


だが、星に届く寸前で、それらは奇麗に霧散してしまった。


「何だと!?」


その言葉は、同じようにスクリーンを見ていた他の艦の者達からも発せられたであろう。


驚愕で目を見開く者達の前に、新たな現象が起きる。


その星の前方の空間が歪みを生じ始め、程無く1体の小型ロボットが姿を現す。


宇宙の闇に映える白銀の機体。


それが織りなす美しいシルエットは、自分達の星にかつて存在したと言われる中世の騎士のようだ。


「何だあれは!?

あの星に、あんなものが造れる技術があるとは聞いてないぞ!」


艦長が声を荒げる中、旗艦に乗船する総司令官から全艦に向けてメッセージが入る。


『全艦隊戦闘準備。

飛行部隊を出し、先制攻撃を仕掛ける。

可及的速やかに敵を破壊せよ』


「全艦戦闘準備。

全砲門開け。

戦闘機部隊の出撃を急がせろ。

主砲エネルギー充填開始。

終わり次第、レベルAのまま待機」


通信を聴いた艦長から、乗組員全員に指示が送られる。


そうこうする内、100隻の艦隊から、各数十機の戦闘機が出撃し、その内の約1割が敵に向かって発進していく。


「少し過剰攻撃のような気も致しますが・・」


「相手の力量が分らん以上、ある程度は仕方あるまい。

それに、少なくとも奴は、我々の主砲を2発は防いで見せたのだ」


副官の言葉にそう返した艦長は、今将に攻撃を仕掛けようとする部隊に目を向けた。



 「攻撃開始」


チームリーダーの指示に従い、各戦闘機が一斉に攻撃を仕掛ける。


ターゲットは、現れたままの姿勢で微動だにしない。


もしかして映像なのではと不審に思う程だ。


だが、何百発ものミサイルやレーザーの攻撃を受けて、それは傷さえ負わなかった。


いや、正確には、相手に届く前に、その全てが不可視のバリアーに阻まれていた。


「攻撃が効かない!?

全弾を打ち尽くせ。

何としてもバリアーを破壊するのだ」


リーダーの声に焦りが生じ始める。


更に数百発の攻撃を受けたはずの相手は、相変わらずの無傷であった。


一方、和也は少し困惑していた。


ある程度の危機的状況(?)になるまで、彼女達には出番を待って貰っている。


こういう戦闘には、お約束ともいうべき流れがあるからだ。


最初から全力で叩き潰してしまっては、ドラマにならない。


相手にもそれなりに活躍して貰わなければ、自分達の攻撃が見せ場にならない。


その後も暫く何もしないで攻撃を受けていたが、簡単な障壁すら破壊できない相手に溜息を洩らし、小五月蠅い戦闘機を退けて、後ろに控える艦隊に期待する事にした。


直後、和也の機体の周囲を、6色の曼陀羅が覆う。


金、黒、赤、青、緑、茶色。


其々の魔法陣が強い光を放つと、それは銃の弾倉のように緩やかに回転し始め、そこから1体ずつの機体が躍り出てくる。


其々の魔法陣の色をそのまま機体に反映させたようなロボット達は、敵機に向けて各々が示威行為を展開した後、元の魔法陣の前で和也の機体を囲む。


「お父様、素晴らしい贈り物ですわ、これ。

わたくし達が物に触れる事ができるなんて、こんなに嬉しい事はございませんわ。

本当に有難うございます」


エメワールがかなり興奮ぎみにそう話すと、他の機体からもぞくぞく通信が入ってくる。


「お父様、とても嬉しいです。

物には其々の重さがあり、其々に個性がある。

今、初めて実感できています」


ファリーフラがモニター越しにそう微笑む。


「お父様、偉大なる全能の神よ、心から感謝致します。

身体を動かすという行為は、このような感覚なのですね。

とても新鮮です」


レテルディアが緩みがちな頬を精一杯に引き締めながら、そう伝えてくれる。


「服を着ているというのは、こんな感じなのですね。

何だかとても安心致しますわ」


メルメールが胸を抱き締めるようなポーズを取って、穏やかに瞳を閉じる。


「お父様、このご恩は如何様にしてお返ししたら宜しいですか?

こんな、こんな事、叶えらえるなんて考えてもみませんでした。

改めて、お父様のお側に居られる事を誇りに思います」


ヴェニトリアが瞳を潤ませ、そう言葉を紡いでくれる。


そんな中、ディムニーサ唯一人だけが、ずっと不気味な笑い声を発し続けていた。


「フフッ、フフフフフフッ、フフフッ」


「・・ちょっと貴女、その可笑しな笑いは何ですの?

変な物でも食べたのかしら?」


エメワールが若干引きながら、彼女に問い質す。


「お父様に撫でて貰った。

優しく、何度も撫でて貰った。

フフッ、フフフフッ」


「「「!!!」」」


他の五人が一斉に息を呑む。


「・・お父様、わたくしは?

わたくしには、何かして下さらないのですか!?」


切羽詰まったような声でそう尋ねてくるエメワールの言葉は、一人を除く、他の四人の気持ちも代弁している。


「頭を撫でるくらいなら何時でもしてやれるが、他に何か望みでもあるのか?」


「抱き締めて下さい。

優しく、力強く、想いを込めて、抱き締めて下さい。

ずっと夢見ておりましたの。

お父様に包まれる、その喜びを。

わたくしの闇は、他者を包みはしても、わたくし自身を包んではくれない。

ファリーフラの光は、わたくしにその存在を感じさせる事はできても、決して包み込む事はできない。

それができるのは、この世で唯お一人、お父様だけ。

望んでおりました。

ずっと焦がれて参りました。

どうかお父様、この願いを叶えては下さいませんか?」


「勿論だ。

他の皆も、して欲しい事があれば遠慮するな。

お前達は、我の娘なのだから」


「嬉しい、嬉しいです」


いつもなら、和也の前では背伸びをしたがるエメワールも、この時ばかりはまるで子供のように涙を流している。


「有難うございます、お父様。

後程希望をお伝え致しますが、先ずは先程から無粋に攻撃をし続けてくる彼らを、どうにか致しませんか?」


ファリーフラが嬉しさ半分、煩わしさ半分といった表情で、和也に答えてから敵に目を遣る。


相変わらず障壁すら破れないので気にも留めなかったが、彼らは父娘の会話の最中もずっと攻撃を繰り返していた。


「そうだな。

一向にピンチにならないし、適当にあしらって本命をどうにかしよう」


「ピンチになる必要がお有りなのですか!?

お父様と私達がいて、それは不可能かと・・」


レテルディアが驚いたように言う。


「戦闘の途中でお前達と合体して、1体の巨大ロボットになる予定であるのだが、合体の発動には、このままでは駄目だ、皆で力を合わせなければという暗黙の条件がある。

そういった状況を俟たずに合体しては、『何故最初から1体のロボットとして出て来なかったんだ?』と、子供達に疑問が生じてしまう」


「・・そ、そうなのですか。

合体とは、奥が深いのですね」


「うむ、ある意味ロボットアニメの最大の見せ場だからな。

では、そろそろ行動に移ろう。

お前達であの戦闘機を好きに攻撃してくれ。

被害は考慮しなくて良い」


「分りましたわ」


「はい、お父様」


6体のロボットが、其々の攻撃を開始する。


「ホーリーカッター」


ファリーフラの機体が、輝く刃で一度に数機の敵を切断する。


「ファイヤーランス」


レテルディアの機体が数十本の炎の槍で敵機を貫く。


宇宙空間であるのに、その燃え盛る炎は衰えを知らない。


「お父様、攻撃ボタンにわざわざ名前が書いてありますが、これは何か意味がお有りなのでしょうか?」


ヴェニトリアが、律儀にそう尋ねてくる。


「お前達が独自に攻撃を生み出して、毎回異なる攻撃を仕掛けては、子供達が混乱するであろう。

だから、その機体にはこの攻撃しかないという事を、予め設定しておいたのだ」


「・・あの、何故子供達が出てくるのですか?」


メルメールが躊躇いがちにそう聴いてくる。


「・・我が参考にしたアニメは、その視聴者が主に良い子達であったため、ついその子達が見る事を前提に造ってしまった。

・・まあ、その辺の細かい事は、あまり気にしないでくれると助かる」


「こら、ディムニーサ、ちゃんとわたくしの分も残しておいてよ?」


「めそめそしていて、何時までも攻撃しない方が悪い」


「何ですって!」


精霊王達が繰り出す攻撃に、待機していた分も合わせ、あっという間に2000機の戦闘機が全滅する。



 「・・・味方戦闘機、全滅致しました」


通信士の呆然とした声が、静まり返った艦橋に響く。


「一体あの者達は何なのだ?

あの未開の星に、こんな高度な戦闘ロボットがあるはずがない。

何処かの星が、味方でもしているというのか?」


艦長の怒りと諦めの混ざったような声がする中、旗艦より通信が入る。


『これより、全艦隊での総攻撃に移る。

目当ての星に射線が被らないよう、各艦は順次移動して、主砲発射準備。

態勢が整い次第、攻撃に入る』


「・・我が艦は敵左下方より攻撃する。

速やかに移動に移れ。

総員、着席してシートベルト及び遮光ゴーグル着用。

命令が下り次第、総攻撃に入る」


100隻の艦隊が、その内の何隻かを護衛に残して、移動を整える。

その間、和也は宇宙に散らばる戦闘機の残骸を全て回収し、金属部分は一度原子レベルに分解して浄化した後、インゴットにして収納スペースへと放り投げる。


『?』


ファリーフラとエメワールが何かに気付いたようだが、敢えて口にはしない。


『総攻撃を開始せよ』


旗艦の総司令官の命令に、各艦が一斉に主砲を発射する。


その集中砲火を全て消滅させながら、和也は、遠く離れた彼らの故郷である星の、その空中の至る所に巨大なスクリーンを設け、そこに住む者達に、この戦闘が見えるようにした。



 分厚い鉛色の雲が、太陽の光を妨げるようになって約70年。


昼でも薄暗い、荒れ果てた大地で、人々は大きなシェルターに分散して、ひっそりと生活していた。


そこに突然現れた巨大なスクリーン。


外で作業をしていた者達が、何事かとそれらを見上げる中、そこに宇宙空間での戦闘の模様が繰り広げられる。


騒ぎを聞きつけた人々がシェルターからも出てきて、徐々に集団を形成していく。


見覚えのある戦艦達が、小さな7体の戦闘ロボットに向けて猛烈な攻撃を仕掛けているが、一向に効いているようには見えない。


明らかに、自分達の方が劣勢であった。


手を固く結んで戦況を見守る少女の脳裏には、出発前の兄との会話が浮かんでくる。


『行ってくるよ。

必ず星を見つけてくるから、それまで、元気で待っててくれな』


『兄さんもお気を付けて。

長い航海の間、お身体を大事にして下さいね』


『有難う。

お前達の未来を、希望を、きっと繋いで見せるから』


自分の手を取り、艦の乗組員に優先支給された、貴重なチョコレートを渡してくれる。


『じゃあな』


あの時貰ったチョコレートは、何時か二人で食べようと、未だに冷蔵庫に保存してある。


兄さん、お願いだから、お願いだから死なないで、帰って来て下さい!


別の女性の脳裏には、夫との遣り取りが浮かんでくる。


『息子を頼む。

どうか無事に育ててやってくれ』


『約束するわ。

だから、あなたもきっと帰って来てね』


『ああ。

俺達大人は、世界をこんなふうにしちまった責任を取らねばならない。

仮令それが、爺さん、曽爺さんの責任でも、逃げる訳にはいかん。

大人は何時だって、子供にとっての希望でなければな。

・・行ってくる』


最後にしっかりと抱き締めてくれたあの温もりは、今でも身体が覚えている。


どうか、どうか無事に。


様々な想いで世界が満ちる中、戦況に変化が生じる。



 「そろそろ頃合いだな。

娘達よ、合体しよう」


星が2つくらい破壊されそうな攻撃を浴びて、なお無傷の和也はそう宣言する。


「お父様と合体!

待ちに待っておりました」


「楽しみです。

一体どうすれば宜しいのですか?」


「皆で心を1つにして、虹色に輝いたボタンを一斉に押すのだ。

変形して合体する間は、機械が自動的にやってくれるから、お前達は腕を組むなり、好きな姿勢で座っていれば良い。

・・ではいくぞ、六精合体、エレメンタルオリジン!」


皆が揃ってボタンを押す。


勇壮な音楽が流れる中、風と闇の機体が両腕へと変形し、火と水の機体が両足に、土が胴へと変わり、光が胸部を形成する。


和也の機体は頭部を形作って、順を追って合体していく。


「・・お父様、この流れているメロディーは何ですの?」


エメワールが若干戸惑うような声音で尋ねてくる。


「合体とは、言わば最大の見せ場であり、ショーでもある。

見ている者をわくわくさせ、さあここからだと感じさせる、華麗で勇壮な演出が必要になる。

そこに、気分を盛り上げてくれる音楽は欠かせない」


「・・歌詞も付いているようですが」


ファリーフラも遠慮がちにだが付け加える。


「恐らくは、その戦闘にかける意気込みのようなものを表現しているのだろう。

我は今回、大切なものを守りたいという願いを形にした」


「流石はお父様。

二人共、一体何を恥ずかしがっている。

最高の栄誉の瞬間なのだぞ!」


レテルディアが、感動で瞳を輝かせながら、そうまくし立てる。


そんな中、敵の艦隊は、僅かに様子を見るような間を取ったが、また直ぐに一斉攻撃を仕掛けてくる。


「む、何という事を・・。

合体の最中は、礼儀を持って静観するのがお約束というもの。

そんな事をしては、子供達に『勝てば官軍』のような考えを抱かせてしまうではないか」


和也の不満がオーラとなって、最後のポーズ代わりに、完成した機体を包む。


「待たせたな。

ここからは存分に相手をしてやる。

先ずはこれだ、爆風拳」


和也の機体が右腕を前に出した瞬間、その手首から先が敵へと放たれ、猛烈な勢いで敵艦を打ち抜いていく。


「ハッハハハッ、我が風の威力を、その身を以って知れ」


ヴェニトリアが嬉々として敵を打ち抜く。


「次はこれだ」


右腕が戻ると、今度はもう片方の腕を差し出し、その先に魔法陣を描く。


「グラビティホール」


数隻の戦艦の前に生じた、小さなブラックホールのような空間が、戦艦を呑み込み、圧し潰す。


「理由はどうあれ、お父様に盾突いた報いは受けて貰いますわ」


エメワールの言葉が冷酷に響く。


「お父様、私も攻撃したい」


ディムニーサが、ぼそりと呟く。


「うむ、我が学んだアニメでは、腹からミサイルを出していたが、あれは敵の攻撃を受けた時に暴発しないかと心配であったので、この機体には別のものを用意してある。

いくぞ、メテオキャノン」


胴体部分に浮かび上がった魔法陣が周囲の空間に穴をあけ、そこから銃弾のように、巨大な隕石が敵艦目掛けて飛んでいく。


「死ね、壊れろ、お父様に歯向かう愚か者ども」


船体よりも大きな隕石に猛スピードでぶつかってこられた敵の戦艦は、フルスイングのバットに打たれたトマトの如く、ぐしゃりと潰れていく。



 「第一艦隊壊滅、第四艦隊大破、第七艦隊・・消滅しました。

旗艦からの応答、ありません」


通信士の意気消沈した声が、艦橋の雰囲気を更に重苦しいものにする。


「・・為す術もありませんな」


「天は我らを見捨てたようだ」


「或いは、初めからいなかったのでしょう」


「第二艦隊の司令官より通信入りました」


『お先に失礼します。

ご武運を』


スクリーンに映し出されたその艦橋では、乗組員全員が起立して、こちらに向かって敬礼している。


「待て、貴君らはまだ若い。

自分達が先に逝こう」


『どの道奴には勝てますまい。

ならば、せめて我らが心意気を見届けていただきたい。

こうでもせねば、残してきた彼らに申し訳が立ちませぬ故』


通信を切った艦隊は、その後、全弾を打ち尽くしながら、全速で敵に突っ込んで行った。


「・・皮肉なものだな。

人は絶望を味わって初めて、他者の命の重さに気付く生き物なのかもしれん。

あと100年早く気付いておれば、こんな事にはならなかっただろうに・・」


敵の攻撃で全滅していく第二艦隊に敬礼を返し、第八艦隊の艦長である彼は、艦橋に居る皆の顔を見る。


その視線に、皆が無言で頷いた。


「・・・済まん」


軍帽を深く被り、その目元を隠しながら、彼はそれだけを口にした。



 「お父様、どうやら敵は捨て身の特攻を仕掛けてくるようですが・・」


メルメールが、少し彼らを憐れむような声でそう告げる。


「では、そろそろこちらも止めの攻撃に移ろう」


「それはどんな攻撃ですか?」


レテルディアが張り切って尋ねてくる。


「我が学んだ所では、剣で斬るというものであった」


「は?

剣で斬る・・ですか?」


「合体までして、最後の必殺技が剣ですの?」


ヴェニトリアとエメワールが唖然として聴き返してくる。


「我も疑問に思って色々と調べてみたのだが、かなり多くの合体アニメがそうであった。

恐らく、剣自体の重さを、合体しないと支えられなかったのだろう」


「・・・」


「大丈夫だ。

我も流石に剣はどうかと思って、別のものにしてある。

・・『始原の波動』

お前達六精の源が、我に連なる者以外、あらゆる存在を消滅させる」


その言葉が終わると同時に、和也の機体が光り輝き、敵の艦隊に向けて、6色の光波を放つ。


砲撃を浴びせながら突撃を繰り返してくる敵の残存艦隊は、その波動に触れるや、瞬時に分解して消滅していった。



 味方の戦艦が撃墜される度に、集まった観衆から悲鳴が漏れる。


世界各地で同じようにスクリーンを眺め、戦況を注視していた者達は、己の身内が乗船する船体番号の艦の行方を必死で追っていた。


「兄さーんっ!

嫌、嫌ーっ!!」


「あなたーっ!!

あああーっ」


泣き崩れる者達を余所に、その一方的な戦闘は終わりを告げる。


只でさえ薄暗い世界は、世の行く末を憂う人々が放つ絶望の念で、どんよりと濁っていた。



 「・・お父様に歯向かったとはいえ、少し可哀想でしたわね」


メルメールがしんみりと口にする。


「分を弁えない彼らが悪い。

それに、元はと言えば、彼らの先祖の身勝手な振る舞いの結果なのだ」


レテルディアは、相変わらず和也に敵対する者には容赦がない。


「さて、それでは最後の作業をして帰るか」


「え?

まだ何かお有りなのですか?」


ヴェニトリアが和也の言葉に首を傾げる。


「遊んだら、その後始末をしないとな」


和也はそう告げると、瞬時に遠く離れたある惑星へと転移する。


分厚いガスの層が太陽光さえ遮るその星に向け、6色の曼陀羅を展開した和也は、たった一言、呟いた。


「再生」


六精の力を基にした、その曼陀羅からの光は、徐々に星の大気を回復させ、海の色を鮮やかな青に、雲の層を薄い白へ、大地を豊潤な緑へと変えていく。



 「ねえお爺ちゃん、空から来るあの光は何?

何だかとても温かい」


「・・信じられん。

まさか陽の光なのか?

これが、これが太陽光なのか!?」


地平線から、或いは水平線から、新たな時代を告げる陽光が人々を照らし出す。


そして、その遥か頭上から、一人の男の声がした。


「お前達が取った選択は、置かれた状況を考慮すれば、一部を除き、決して許せぬ程の事ではない。

我らの遊びに付き合わせた礼として、今回だけは、特別にやり直す機会を与えよう。

過去に学び、これまでを教訓として、人の幸せとは何なのかを考えて生きるが良い。

地上に残る軍事施設、及び兵器工場は、その代償として我が没収する。

代わりに、大地と生き、海と暮らすための道具は新調しよう。

穢れの取り除かれた大地は、お前達に再び生きる糧を与え、汚れとゴミが除去された海や湖などからは、沢山の恵みが約束されるだろう。

だが二度と忘れるなよ?

欲に駆られて恵みを無駄に採り尽くせば、再び同じ道を歩むという事を。

先程感じた、大切な者を失う苦しみを。

私欲のために他の国や星を攻めれば、その陰には同様の苦しみを抱える者が出る。

自分達がやる事は、立場が変われば、やられる事でもあるのだぞ。

最後に、お前達の大事な者達を返そう。

今回に限り、全員の身柄を引き渡す」


その声が止むと、世界中で老朽化した軍事関連施設が姿を消し、急速に復元していく大地からは緑が芽吹いて、穏やかな風と、心地良い波の音が戻る。


そして、各々の家の前には、新たな星を求めて旅立った、100隻の戦艦の乗組員達が、一人も欠ける事なく立っていた。


「兄さーんっ!」


「あなたーっ!!」


自分達を見つけて、泣きながら駆けてくる者達。


彼ら(彼女ら)は、それを見て、自分達は生きている、そう、強く確信するのであった。



 「お父様もお人が悪いですわ。

わたくし、てっきり皆殺しにしたのかと思っておりましたのよ?」


メルメールが恨みがましくそう言うが、ファリーフラとエメワールは涼しい顔で答える。


「わたくし達は気付いておりましたよ?

冥界の門を訪れる死者の数に、輪廻の列に並ぶ魂の量に、別段の変化があった訳ではなかったですし」


「人としての良心を失っていなければ、一見して善より外れたその行動にも、必ず何らかの理由がある。

己の大切な者の為、他者を犠牲にする行為でも、その全てが悪という訳ではない。

大切なのはその過程、そして程度だ。

我が無闇に人の暮らしに手を出さないのも、その辺りの加減が難しいからでもある。

今回は、最初からお前達との遊びの積りであったから、ある意味楽であった。

だが、もうこういう遊びはこりごりだ。

助ける積りがあるとはいえ、誰彼構わず攻撃するのは性に合わん」


「流石はお父様。

その寛大なお心に、このヴェニトリア、感服致しました」


「貴女は嬉々として攻撃してましたわよ?」


「当たり前だろう。

私にとって、お父様の敵は、これ全て悪なのだから」


エメワールの嫌味に、平然とそう返す彼女。


「お父様、じゃあ次は何して遊んでくれるの?」


ディムニーサが、平淡な口調ながらも、心配そうに尋ねる。


「そうだな、この機体はずっとお前達に与える物だから、その中で、お茶を飲んだり食事をしたり、時には昼寝をしたりして、まったりと過ごそう。

言い忘れたが、操縦席の裏手には、かなりのスペースが空いている。

壁が回転扉になっているから、そこを通れば、広い部屋に色んな私物が置けるぞ」


『!!!』


「一緒にご本も読んでくれる?」


「ああ、読み聞かせるのでなければ、別に構わないぞ」


二人の遣り取りの間、他の五人は其々同じ事を考えていた。


一体何を置こうか(かしら)?


ベッドに洋服ダンス、テーブルにティーセット、アルバムを入れる書棚。


あとは、お父様と相談かしらね、フフフッ。


余談ではあるが、和也が後にディムニーサへ暇潰しにと渡した、とある父娘を描いた数十巻の漫画は、彼女の愛読書の1つとなって、それが縁で、六人の間に本を読む習慣が生まれる。


「ところでお父様、お父様を入れて全部で7体でしたのに、何故六精合体なのですか?」


それは、自分を数に数えなかった、和也の初歩的なミスである。

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