第8話

 その夜、和也は1軒の家を訪ねていた。


精鋭六人の内の一人、鬼塚影鞆の家である。


夜の訓練を終え、風呂で汗を流して一息ついたであろう頃、家の玄関から呼びかける。


「夜分に失礼する。

鬼塚影鞆は居るか?」


声量自体はそれ程でもないが、よく通る声が家の奥まで響き渡り、程無く、本人が姿を現した。


「これは御剣様、ようこそおいで下さいました。

男一人所帯故、むさ苦しい所ではございますが、どうぞお上がり下さい」


「遅くに済まない。

是非一度、お前と話をしてみたくてな」


「将来の御当主様をいち早くお迎えできて、光栄でございます」


「やはりお前も知っていたか。

紫桜には、困ったものだ」


「姫様は、普段はとても思慮深く、口の堅いお方でございますが、この件に関してだけは、寧ろ積極的に御披露目なさっていらっしゃいますので。

・・わたくしとした事が、いつまでも玄関先で御剣様を立たせておくなど、とんだ失礼を。

ささ、どうぞ奥へ」


影鞆に案内されて、縁側に面した和室に通される。


開け放たれた障子の先には、月の光に照らされた、極平凡な小さな庭。


家の中にも、生活に必要な物以外は何もない。


「酒でも飲みながら話さないか?」


「有難うございます。

お相伴にあずかります」


和也は和室のテーブルに、酒の入った徳利と肴を並べる。


今宵の肴は、6種の刺身の盛り合わせと、あわびの肝焼き、金目鯛の煮付け、白レバー、かしわ、つくねの焼き鳥3種である。


「今回も凄いご馳走ですな。

姫様や他の五人の方々にも分けて差し上げたいくらいです」


「後で皆にも振る舞う故、遠慮なく食べるが良い」


「では、お言葉に甘えて」


杯に酒を満たしてやると、美味そうに飲み干しながら、料理に手をつけ始める。


「食べながらで良いから、聴いてくれ。

お前の家は代々、当主の護衛に就いていたと聴いたが、花月家は男が当主になるのか?」


「いいえ、本来なら天帝様同様に女性がなられます。

ただ、御屋形様の場合は、花月家の正統な血を引くお方が御屋形様しかおらず、大奥様も早くにお亡くなりになられた上、御屋形様には絶大なカリスマ性がございました故、誰も文句を言う者がおりませんでした」


「紫桜の祖父とは、お前から見て、どのような人物であった?

他の者から色々と聴いてはいるが、中々の人物だったようだな」


「御屋形様は、素晴らしいお方でございました。

本国では、この島に進んで来たがる者は誰もおりません。

ですが、御屋形様が移り住むと聞いて、七人もの部下が、妻と離縁してまで同行を願い出たのです。

・・七人。

それをたったの七人と、お笑いになる人もいるでしょう。

ですが、本国にいれば何不自由なく暮らせるのに、島行きを拒む妻や子と別れ、毎年魔獣との戦いで命の危険に晒されながら、得るものといえば、日々の食事すら十分ではない暮らしのみ。

それを受け入れてなお、共に移り住んで下さった七人を、わたくしは、僅かとは、口が裂けても言えませぬ。

四人は花月家縁の者ですが、残りの三人は、御屋形様のご家来の方々でした」


空になった杯に、酒を注いでやりながら、話の続きを聴く和也。


「わたくしの祖父は、御屋形様の1つ前のご当主様にお仕え致しておりました。

護衛任務というものは、御当主様をお守りする武力も然る事ながら、お守りする際の気配りが、非常に要求される仕事です。

増してやそれが異性のお方ならなおの事。

長時間の外出では、ご当主様も様々な場所にお立ち寄りになられます。

厠、湯浴みは別の女性護衛官が付き添いますが、お食事やご休憩の際には、我ら男性は、ご当主様の視界に入らないようにして、警護する事が求められます。

『普段は視界に入らず、いざという時には前面に出て、命を捨てる覚悟でお守りする』

これが、我ら男性護衛官の鉄則です。

ご当主様がお食事をなさる店の陰で、慌しくおにぎりを頬張り、安全な場所におられる時に、夜の寝ずの番に備えて短い仮眠を取る。

女性であれば、屋内の、御屋形様のお近くでお守りする事を許されるのに、雨の日も、雪の日も、屋外から密かにお守りしなくてはならない。

祖父は身体を壊し、5年でお役目を退きました。

・・その後、わたくしの家は暫くお暇を言い渡され、祖父は失意の内にこの世を去りましたが、父の代になって、ご当主様が亡くなられ、御屋形様に代替わりされて直ぐ、花月家に呼び戻されたのです。

・・御屋形様は、ご自分の母親がした仕打ちを詫びて下さり、女性護衛官の全てを息子の奥方に付けて、わたくしの父をずっとお側に置いて下さりました。

外出時のお食事の時も、お側で御屋形様と同じ物を頂き、決して屋外に出す事をせず、夜の寝ずの番も廃止なされました。

本国で、御屋形様は何度か刺客にお命を狙われましたが、その際は、父と一緒に戦って下さったと聞いています。

ご自身の身を守る父に、いつも感謝のお言葉を口にされていたと、父から誇らしげに聞かされてきました。

・・御屋形様と共にこの島に渡ると父が決めた時、母は父を非難しましたが、わたくしは今でもその事を誇りに思っています。

島に来られてからは、まるで家族のようにわたくし達に接して下さった御屋形様。

お亡くなりになられる前、わたくし達を枕元にお呼びになり、姫様を頼むと申されましたが、仮令そのお言葉がなかったとしても、わたくしは、命ある限り、姫様をお守りする積りでした」


淡々とではあるが、懐かしげにそう語る影鞆の目に、涙が滲む。


・・ここにも、血の繋がりとはまた別の、深い愛情の姿がある。


和也は明るい月を眺めながら、暫し無言で影鞆と酒を酌み交わし、その場を時折吹き抜ける気持ちの良い風に、身を委ねていた。


「時に、この島には娯楽というものがあるのか?」


料理があらかたなくなった頃、和也が尋ねる。


「恐らく、ありませぬ。

子供の遊びはともかく、大人が遊べるものや楽しめるものを、わたくしは知りませぬ。

強いて言えば、共同浴場で風呂に浸かるくらいでしょうか」


「幾ら火狐との戦いに備えているとはいえ、それでは日々の生活が侘しかろう?」


「何分、御屋形様亡き後、御剣様がお越しになるまでは、食べてゆくだけで精一杯でしたので・・」


「・・将棋はできるか?」


「将棋ですか?

はい。

本国でも盛んで、父もこの島に来る際に持参しましたが、数年前、薪が一時的に不足して姫様のお食事が危うくなった時、皆で家にある木材を持ち寄って、薪代わりに燃やしてしまいました」


「・・・」


和也は縁側に、将棋盤と駒を出現させる。


「おお!

これは素晴らしい道具ですな」


「とある国の、タイトル戦で使われる物と同じ物だ。

それからこれも」


そう言って囲碁の道具も出現させる。


「これは何だか分りませぬな」


「?

これはまだなのか?

では、やり方を記した本を添えておこう」


「・・ところで、御剣様は将棋をおやりになるので?」


影鞆の顔が、心なしか嬉しそうに見える。


「一通りは知っている積りだが・・」


「では、一指し、如何ですかな?」


「ほう、自分に勝負を挑むとは。

良いだろう。

相手をしてやる。

自分に勝ったら、好きな物を食わせてやろう」


「これは勝たねば。

では、宜しくお願い致します」


縁側に移動し、月の光を頼りに駒を並べ、指し始める二人。


「むむ、穴熊に向かい飛車とは渋い戦い方をなさりますな」


「そういうお前も美濃囲いに振り飛車ではないか」


「久々なのでじっくり指したい故、角交換はなしでお願いできませぬか?」


「良いだろう。

今夜は月が奇麗だ。

お互いじっくり楽しもう」


「有難うございます」


久々の娯楽に、子供のように顔を輝かせて盤上に目を凝らす影鞆。


2時間程して、角と桂馬で攻めた和也が僅差で勝ちはしたが、満足げに笑う影鞆に、草餅の包みを渡し、一人静かに家路に就く和也であった。



 「間に合ったようだな」


深夜、いつものように風呂に向かい、脱衣所で服を脱いでいた紫桜と鉢合せする。


「やっぱりまだ入っていなかったのね。

脱いだ服が見当たらないから、今日は来ないのかと心配したのよ?」


「この時間は自分にとっても、非常に有意義なものだ。

必ず来る」


「どうして遅くなったの?」


「影鞆と将棋を指していて、家の外まで見送りに来た彼の目を欺くために、一度家まで戻っていたせいだ」


「将棋?

彼が持っていたの?

指してる所、見た事ないけど」


恐らく、薪の足しにしてしまった事を知らないのであろう。


彼女に余計な心痛を与えないように、皆で内緒にしている彼らの姿が目に浮かぶ。


「何よ、じっと見つめて」


「いや、・・服を着ている途中の姿は何度も見てきたが、脱いでいる最中は初めて見るなと。

・・中々良いものだな」


「そんな事言って。

どうせ襲う勇気もないくせに。

こういう事は、口ばっかりなんだから」


笑いながら、最後の1枚を脱ぎ、和也の横を通り過ぎようとする紫桜。


「じ、自分を嘗めて貰っては困るな。

その気になれば、自分だって・・・」


「自分だって、なあに?」


横を通り過ぎようとした紫桜が、ゆっくりと和也の方を向き、服を脱ぎ終えた和也に抱き付いてくる。


湯を介さない、彼女の体温を直に感じて、それ以上、何も言えなくなる和也。


「・・やっぱりね。

でも良いわ。

昨日、とても嬉しい言葉を貰ったから。

さ、湯に浸かりましょう?」


抱擁を解いて、和也の手を取り、共に湯船まで歩く紫桜。


その姿は、心なしか、昨日までの彼女よりも眩しく見えた。


「娯楽?

・・そういえば、取り立てて何も思い付かないわね。

でも今は、貴方とのこの時間が、わたくしにとって1番の楽しみよ」


湯船に入り、自然と和也の腕を取った紫桜に向けた、『暇な時は何をしているのだ?』『何か娯楽はあるのか?』という和也の問いかけに対して、彼女が答える。


その豊かな胸の膨らみを、いつも以上に意識した和也は、視線を星空へと向ける事で、敢えてそこから気を逸らす。


「・・昔、おじい様がまだ生きていらした頃は、初夏の夜、小川のほとりでよく一緒に蛍を見たわ。

でも、亡くなられてからは、見る気になれなかった。

それまで幻想的で美しいと感じられたあの光が、まるで、心残りがあるために、天へと昇ってゆけない魂のように思えてしまうから。

・・何もなくても、大きな背中に守られて、細やかな幸せを感じられたあの頃と、祖父や父を失って、この身に圧し掛かる重圧に耐えながらのつい先日までとでは、同じ景色を見ていたはずなのに、あんなにも感じ方、捉え方が違った。

そして今は、何を見ても、何が起きても、貴方という支えがあるから、物事を肯定的に解釈しようという、積極的な自分がいる。

心のゆとりは視野を広げ、思考を深めて、他者に対する思い遣りを生んでくれる。

貴方がここに来てからの、半月にも満たない短い期間は、わたくしにとっては何年分もの時間に匹敵するわ。

身内以外の異性に対する興味、憧れ、愛情、そして嫉妬。

どれもわたくしにとって、初めて経験するものばかり。

それらの感情は、わたくしに今まで気付かなかった視点をもたらし、人という存在を、より鮮明に理解できるようになった。

単なる保護の集団でしかなかった村人達を、一人一人の人間として、個別に認識できるようになってきた。

・・正直、貴方に会う前のわたくしだったら、娯楽なんて言われても、きっとその価値を理解できなかったと思うわ。

『生きていくのに必要なの?』って。

でも、今は違う。

日々を生き抜く傍らで、生きているからこそ楽しめる何かがあるという事を知っている。

これからも、貴方と一緒に素敵な時間を共有していける事を、ずっと祈り続けていくわ」


自分が先程、紫桜を眩しく感じたのは、彼女を保護するように覆っていた心の壁が崩れ始めて、本来の輝きが漏れ出ているせいかもしれない。


エリカからは、愛される喜び、制御が難しい愛情の大波を教えられ、マリーからは愛に溺れず自立する強さを見せられて、紫桜には、愛を育む時間の楽しさを学ばせて貰っている。


遠くから、人の営みを羨ましそうに眺めるだけだった自分が、身に余る素敵な女性達に囲まれて、充実した時を過ごしている。


有り余る時間を、無駄に費やす手段でしかなかった睡眠が、何時の間にか、目覚めた後の、新たな楽しみを享受する区切りへと変化している。


果たして自分は、彼女達に、受けた恩恵の一部でも返せているであろうか。


紫桜が湯の中で座る場所を移し、その背中を自分に押し付けながら、腕を抱え込んでくる。


すっかりこの位置が気に入ったようである。


日を追うごとに、多彩な表情を見せてくれるようになった彼女をしっかり抱き締めながら、今日もまた、穏やかに眠れるであろう事を感謝するのであった。



 昇る朝日を背景に、鶏たちに餌をやる和也。


今日は粟や稗ではなく、各地から餌になりそうな害虫を転移させては、広い敷地に撒いていく。


20羽の鶏たちは、先を争って害虫たちを殲滅せんめつし、勇ましい雄たけびを上げていた。


そんな中、先程からずっと、お馴染みの視線が自分に向けられている。


今日の視線は、今までよりも若干きつかった。


「き~くのさん、あ・そ・ぼ」


和也は苦笑しながら、視線の主に声をかけてみる。


向けられる視線が、少しきつさを増した。


和也は、木の棒に白い手ぬぐいを結びつけて、ゆらゆらと振ってみる。


「・・何のお積りですか?」


威嚇するような、小さな声が返ってくる。


「全面降伏」


「私、怒っているんですからね」


「悪かった」


何に対して怒っているのかを尋ねれば、きっと良くない事が起きる。


それぐらいは和也にも分ったので、とりあえず謝っておく。


「私だってもう大人なんですよ?

ああいう状況で、その気もないのに、女の子に目をつぶれなんて言っては駄目です」


「済まない」


力を使う際の自分の瞳の色を、あまり近くで見せたくなかったのだが、彼女には他に理由があるようなので、再度、謝っておく。


「・・今回は許してあげます。

その代わり、ギュって抱き締めて下さいね?」


「分った」


「・・じゃあ、仲直りです」


ゆっくりと近付いて来て、自分に対して両手を広げる菊乃。


和也は、柔らかく、丁寧に、彼女を抱き締めてやる。


その最中に、自分の胸に、リセリーみたいに頭を擦り付けてくる菊乃を、父親がいなくて寂しいのだなと、微笑ましく感じる和也。


彼女が堪能するまでに、それから暫くの時間を要した。


ベンチに並んで腰を下ろし、オレンジジュースを飲みながら、機嫌を直した菊乃と話す。


「ヒールが使えるようになっていたんですが、御剣様のお力ですよね?」


「そうだ」


「他人に魔法を授ける事なんて、普通にできる事なんですか?」


「他の者には難しいだろう。

だから、君に口止めしたのだ」


「魔力も増えてましたよ?

今朝お湯を沸かそうとして、いつものように火種に火魔法を使ったら、その威力にびっくりしてしまいました」


「ヒールを使うのに、それまでの君の魔力量では無理があったからな」


「お陰で母に、変に勘繰られてしまいました」


「?」


「母もその、父とそういう事をした後に、少しだけ、魔力が強くなったそうなので・・」


顔を真っ赤にして、そう口にする菊乃。


「??」


「だからその・・はっきり言わせないで下さい!

御剣様のエッチ」


「何故そうなる?」


理不尽な菊乃の抗議に、訳が分らぬ和也であった。


「・・それで、この事は、他の精鋭の方々にも秘密なんですか?」


「できれば戦いの当日、実際に使うまでは内緒にしてくれ。

色々と説明が面倒なのでな」


「分りました。

それと、有難うございます。

お礼を言うのが遅くなって済みませんでした。

これで少しは、皆さんのお役に立てると思います」


「体調の方はどうだ?

何か不安はないか?」


「今年は今までと違って、栄養のある物を沢山頂いたので、体調は凄く良いです。

それは皆さんも同じみたいで、戦いの直前なのに、雰囲気がかなり良いんですよ?」


「そうか。

少しは役に立てたようだな」


「少しだなんてとんでもないです。

私、今まで志野さんがあんなに穏やかな表情をなさっている所、見た事がありません。

あやめさんだって、いつも以上に笑みを浮かべておいでです。

皆、御剣様のお陰だと思いますよ?」


「・・・」


菊乃にそう褒められはしても、これから起きる事をある程度予測している和也としては、素直に喜べるものではない。


本来なら、彼女達に何の苦労もさせずに、助けてやる事だってできるのだ。


それを、菊乃達がこれまでしてきた努力を無駄にし、自ら未来を切り開こうとする彼女達の意思に反するからと言い訳をして、自分は彼女達が危なくなるまで、手を貸さないでいるのだから。


人の成長と自立を促すために、無制限に手を貸す事はしないと決めてはいるが、なまじその場で当事者達に接しているせいで、自分が裏切り者のように思えてしまう時がある。


菊乃が帰るまで、そんな思いを顔に出さないようにと気を付けながら、今では赤い満月を待ち遠しくさえ思える自分に、嫌悪感を抱く和也であった。



 与えられた家で昼まで惰眠を貪り、嫌な事を忘れようとしたが叶わず、気晴らしに紫桜の所へ昼食を食べに行く。


「天よりも気高く、星よりも眩しい、その美しさは本国随一との誉れが高い紫桜さん、自分と一緒にお昼ご飯を食べませんか?」


いつものように平淡な口調で語られるせいで、言っている意味の半分も伝わらないであろうその言葉に、志野が微妙な顔をして奥から出てくる。


紫桜を褒められれば大概喜ぶ彼女にしては珍しい。


「御剣様、どうかなさったのですか?」


「何故だ?」


「姫様が、『あんな本国の馬鹿貴族のような口説き文句を言うなんて、彼の偽物に違いない』とお怒りです。

それに、いつもの人を小馬鹿にしたような笑顔に、余裕が感じられませんが」


「・・お前は一体どういう目で自分を見ている?」


「難攻不落の姫様を、僅か数日で落とした天性の女たらし」


「・・・」


「冗談です。

姫様と村人達に希望を与えて下さった、この島の恩人です」


初めの頃は生真面目な顔しか見せなかった志野が、そう言って微笑んでいる。


彼女も自分を信頼しているのかもしれない。


和也の心がまた少し痛む。


「さ、奥へどうぞ。

姫様も、口ではああ言いながらも、本当は嬉しいのですから」


「いらっしゃい」


志野に案内され、通された先で、紫桜が少し頬を膨らませて迎えてくれた。


だが、自分の顔を見ると直ぐに、心配そうな顔をして尋ねてくる。


「・・何かあったの?」


「何故だ?」


「無駄に偉そうないつもの表情が、鳴りを潜めているわよ」


「・・・」


「冗談よ。

何だか辛そうに見えるから」


「・・君は自分を信用しているか?」


「自分って、貴方の事よね?

なら答えは『いいえ』よ」


「姫様?」


志野が驚いて、つい口に出す。


「わたくしは貴方を『信用している』のではない。

愛しているの。

ただ信じているというだけじゃない。

貴方のする事、その思想や思考の全てを受け入れて、それでもなお、貴方を心から愛しいと言える。

貴方が間違っていると思えば意見し、道を踏み外したのなら、仮令殴ってでも連れ戻す事だってあるでしょう。

だけどもし、貴方の選択で命の危険に晒されたとしても、死ぬまで、いいえ、死んだ後でも必ずずっと一緒に居るわ。

・・わたくしの、貴方への愛とはそういうものなの。

だから、『信じている』なんて言葉で、この気持ちを表現したくない」


紫桜が、和也の目をじっと見据えながら、まるでその心に刻みつけようとでもするかのように、そう告げてくる。


普段は自分の事をからかうような素振りも見せるが、時々こうして、自分の心を覗いてみせるような事もする。


「君だけではない、君の大切な者達が酷い目に遭っても、それでも、自分を最後まで信じきれるのか?」


「勿論よ。

わたくしが愛した人だもの。

それに、わたくしを愛してくれた人だから」


「・・有難う」


目を閉じ、薄く笑うような表情で、彼女の言葉を噛み締める和也。


そんな二人の遣り取りを、志野が何処か羨ましそうに眺めている。


「あら、いらしてたんですか?」


どうやら外出していたらしいあやめが顔を見せる。


「御剣様、先日は有難うございました」


部屋に入るなり、三つ指ついて頭を下げるあやめ。


「源からも、くれぐれも宜しくとの事でした」


「何かして貰ったの?」


紫桜があやめに尋ねる。


「自宅の庭に、浴場を造っていただいたんです。

姫様にご報告する前に、先ずは御剣様にお礼をと思いまして、黙っておりました」


「そう。

それは良かったわね。

子供ができたら、色々と大変だものね」


嬉しそうにそう告げる紫桜。


「風呂は大事だからな」


「ええ、とても大切よね」


その重要性を力説する二人。


「皆、腹が減ったであろう。

昼飯にしないか?」


紫桜の言葉で、心の陰りが晴れた和也が、いつもの調子を取り戻す。


「今日は何かしらね?

貴方のせいで、すっかり食いしん坊になってしまったわ」


お道化たようにそう言って微笑む紫桜を見つめながら、この女性を愛した自分を誇らしく感じる和也であった。



 それからの数日は、とても慌しく過ぎていく。


和也は、島の住人との触れ合いを続けながら、養鶏場で鶏たちに各地の害虫を食べさせ、海で魚を獲り、夜中には紫桜と二人で風呂を楽しむ毎日。


和也に望む言葉を貰った紫桜は、以前のような不安定さを二度と見せる事もなく、風呂の中でお気に入りの場所に陣取りながら、幸せそうに笑っていた。


菊乃達は赤い満月に向けての最後の調整に余念が無い。


地下住居もとりあえず完成し、和也からの間接的な食料支援と薪や衣類等の配給を受けた村人達の表情も、例年より大分明るかった。


赤い満月の前日、本国からの役人達が徴税のためにやって来る日を明日に控えて、和也は、精鋭六人を領主屋敷に呼び、ご馳走を振る舞う。


魚料理だけではなく、肉料理もふんだんに用意し、体力と精をつけさせてやる。


村人達にも、其々の家ごとに、刺身や焼き鳥の大皿を差し入れて、日々の苦労を労った。


存分に飲食の宴を満喫した精鋭達が、饅頭の入った折り詰めを土産に帰宅し、深い眠りに就いた深夜。


和也と紫桜は、まるで長年連れ添った夫婦のように、二人でのんびり風呂を楽しんでいる。


夜の少し肌寒い風に、赤く色づいた紅葉が舞い、冷えた空気が、月の輝きをより一層際立たせる。


「今日は朝から忙しくて大変よ。

役人が来る前に、戦いに参加しない村人達を地下住居に避難させないといけないし、彼らが家々を回って、課税人数を確定する際にも、付き添いの兵達が村人に対して変な事をしないように、源さん達が同行する必要もあるし。

まあ、役人は屋敷で接待せずに、舟の上で寝泊りさせるから、その分の気苦労は無いんだけどね」


「本国の役人なのに、よくそれで通るな」


「だってもし万が一、皇族のわたくしに少しでも傷を付けようものなら、やって来た人達の一族郎党とも、本国で皆殺しの刑になるわよ?」


「・・その割には、本国からかなり嫌がらせを受けていると聞いたが」


「経済的な・・ね。

4歳までとはいえ、お嬢様育ちのわたくしが、この島の生活に順応しているのが天帝は気に入らないみたい。

おじい様の代よりも、火狐の毛皮の交換比率が大幅に落ちたせいで、貴方が助けてくれなかったら、数年後にはどうなっていたか分らないわ」


「君も天帝とやらと仲が悪いのか?」


「小さい頃に何度か会っただけだし、お互いによく相手を知らないから、特に仲が悪い訳ではないと思うけど、向こうが勝手にわたくしに対抗心を燃やしているみたい。

毎年この島にやって来る役人達から、わたくしの事について、色々と報告を受けているようね」


「貴族からの求婚も多いと聞いたが・・」


「フフッ、馬鹿ね。

もしかして妬いてるの?

毎年毎年、相も変わらずに、役人達が其々の上官に当たる貴族連中から文を預かってくるけれど、薪を燃やす火種の代わりにしかならないわ。

貴方のお陰で、それも今年限りで終わると思うと清々するわよ」


「初めて君を見た時、清楚で上品なお姫様のように感じたものだが、かなり辛辣だな」


「何よ!

わたくしだって、誰彼構わずにこう言う訳ではないのよ?

自分達は決してこの島に来ようとはせず、安全で豊かな場所から、会った事もないわたくしに、噂や人伝で興味を抱いて文を寄越す者達に対してだけよ」


そう言うと、自分に背を預けていた紫桜が身体の向きを変え、正面から抱き付いて、耳元で囁いてくる。


「今日と明日の2日間、貴方は何処かに隠れていてね。

本国の役人に、貴方の事を説明するのは面倒だし、島の結界を易々と無効化する貴方を、本国が放って置くとは思えないもの。

蔵の物資を見られれば、貴方の力をある程度は知られてしまうけど、村の皆には、貴方の詳しい事は口止めしておくから」


「火狐との戦いに、自分を参加させようとは思わないのか?」


「そうしてくれたら心強いけど、これはこの島の住人の戦いだから。

源さんやあやめさん達だって、いつまでも戦えるという訳じゃない。

島の住人には、自らの力で、自由と命を守れるようになって欲しいから。

・・尤も、貴方が今直ぐわたくしと結婚して、この島の住人になってくれるというのなら、話は別よ?」


まるで自分を挑発するかのように、口元に笑みを浮かべて、至近距離から瞳を覗いてくる。


「それは無理だが、別の場所から島の様子は見ていよう。

君は勿論、源達の命を脅かす状況になった時には、手を貸す積りでいる」


「有難うね。

わたくしだけではなく、彼らの事も大切に思ってくれて、とても嬉しい。

・・お礼の前払いをさせてね?」


紫桜が、ゆっくりと唇を重ねてくる。


何度も何度も息継ぎを必要とするくらい、穏やかではあるが、長く、濃密な口づけであった。



 その日の昼過ぎ、島の唯一の港近くに、巨大な軍船と商船の2隻が錨を下ろす。


移動用の3隻の小船に乗った兵士と役人達が、島の正門付近まで辿り着く。


女官を含めた四名の役人の内の一人が、門の前まで進み出て、持参した、赤い漆塗りの木箱の中から小さな鏡のようなものを取り出すと、それを門へと向ける。


すると、門の表面に、魔法で描かれた家紋のような絵柄が浮かび上がり、それが一瞬輝きを増してから消えた。


その後、兵士二人が左右から門を押し開き、村の中に、本国の役人と護衛兵、総勢十名の人間が足を踏み入れる。


門の内側で、役人達が入ってくるのを待ち構えていた源とあやめが、彼らに言葉をかける。


「遠路、ご苦労様です。

姫様がお屋敷でお待ちです。

我ら二人が、皆様をご案内致します」


源が役人達にそう告げて、先頭に立って歩き出す。


彼らはその言葉に頷き、黙って付いて来る。


あやめは、列の最後尾から付いて来た。


領主屋敷に着くと、六人の護衛兵達は三人ずつ門の左右に立ち、役人四人だけが屋敷の中に入る事を許される。


源に案内され、四人が向かった広間の、前方へと通じる襖は閉じていて、彼らが皆腰を下ろし、畳に両手をついて平伏すると、源がゆっくりと襖を開く。


その先には、1段高い場所に座る紫桜の姿があった。


御簾越しに、彼女が役人達に声をかける。


「面を上げなさい」


その言葉に、役人達がゆっくりと上体を起こし、紫桜に謁見の挨拶を述べる。


「紫桜様にはご機嫌麗しく、恐悦至極に存じます。

今年もまた、課税審査の時期がやって参りました。

恐れながら、お屋敷並びに村の集落における調査のお許しを頂きたく、謹んでお願い申し上げます」


役人達の上官と思しき者の言葉に、紫桜は答える。


「許可しましょう。

調査の際における注意事項は、1点を除き、例年と同じ。

屋敷内の調査は女官のみで行なう事。

村人に危害を加えぬ事。

それから、これは新たな注意事項ですが、今年からできた施設や、村人の所持品の出所を、彼らに直接尋ねぬ事。

そのような質問は、全てわたくしか、源やあやめ、志野の、案内の者が答えます。

これは必ず守って貰います。

良いですね?」


「畏まりました」


「宜しい。

では、先ずはこの屋敷からお調べなさい。

男性方は、別室で待つように」


四人が再び平伏すると、脇に控えていた源が、ゆっくりと襖を閉じる。


それを待って紫桜が退室すると、四人は上体を起こし、その後、いつもの如く、源に本国の貴族達から預かってきた文を渡す。


「残念ながら、先の文に対する、姫様からのお返事はありませぬ」


それを受け取りながら、源も毎年同じ言葉を繰り返す。


役人達もそれは分っているのか、『そうですか』と、さして残念でもなさそうな返事をするのみである。


女官一人が調査のため、志野に連れられ部屋を出て行く中、他の男達は、源と共に別室で茶を飲みながら寛いでいた。


この島に来る役人達は、毎年ほぼ同じ者達である。


『穢れし者』達の流刑地に、エリートの役人は来ない。


出世街道から外された、うだつが上がらない者か、老いて用済みになった下級役人が送られて来る。


なので、あまり仕事熱心という訳ではないが、天帝が強い興味を示している土地でもあるので、手を抜く事だけはしない。


例年、見るべき所を見て、調べた事を詳細に記録したら、後は租税の代わりに納められる火狐の死体を持ち帰り、商船に積んである生活物資を、本国から指示されたレートで余った火狐の死体と交換するのが、彼らの仕事の全てであった。



 その頃、女官と志野は、屋敷内の蔵の前に居た。


「・・蔵の数が1つ増えているようですが?」


「ええ。

今年になって、新たに建てました」


「失礼ですが、この島にそれ程の余裕がおありに?」


まだ20代の若さのこの女官も、ここ6年程、毎年この島を訪れているので、その内情はよく知っている。


火狐のせいで、只でさえ生産性が乏しいこの村に、本国がかなりの圧力をかけている事で、皇族の紫桜といえど、その暮らし振りは、本国の下級貴族よりも遥かに慎ましい。


天帝に報告書を提出する度に、『まだ音を上げぬのか』と驚かれているとも聞いている。


そんな中で、どうやって新しい蔵まで建てたのだろうと不思議に思う彼女の視界に、各蔵の壁に、うず高く積まれた数百の薪の束が目に入る。


「え?」


森に入れないこの島では、薪は貴重品だ。


実際、本国は、塩と共に最も需要がある薪に対して、かなり高い交換比率を課している。


それなのに、どうやってこんなに大量の薪を?


先程から、黙って自分の側にいる志野に声をかける。


「蔵の中を改めさせていただきます」


志野が1つずつ蔵を開けていく。


その中を見た彼女は、思わず大声を上げた。


「ええ!?」


最初の蔵には、いつも通り、武具や高価な骨董品の類しかない。


だが、2の蔵、3の蔵と見ていくと、そこには食材や酒などが、所狭しとぎっしり詰め込まれていた。


米や塩などは、少なくとも数年分はあるかもしれない。


それに、今までは見た事もない、酒や魚、果物も大量にあり、本国から買っていたはずの醤油や砂糖などの調味料もふんだんにある。


これでは今年は、本国から買い入れる品がないかもしれない。


「あの、一体どうやって、これ程の品を手に入れたのですか?」


暫し呆然としていたが、自分に課せられた職務を思い出し、少し苦手意識のある志野に尋ねる彼女。


いつもなら、若干きつめの視線で自分を見てくる志野が、どういう訳か、嬉しそうな笑みを含んだ顔で答えてくれた。


「姫様に、とても頼もしい後ろ盾ができたのです。

これらの品々は、そのお方からの贈り物の、ほんの一部でしかありません」


「後ろ盾ですか!?」


またしても大声を出してしまう。


これは一大事だ。


本国に報告すれば、大騒ぎになるだろう。


折角、何年もかけて圧力をかけ続け、紫桜様を本国に連れ戻すという天帝様達のお考えが無に帰してしまう。


「それはどなたかお聞きしても宜しいでしょうか?

そのお方は、今この島に居られるのですか?

・・いえ、それよりもどうやって、結界を張り巡らせてあるこの島に入れたのですか?」


「落ち着いて」


あまりの事に混乱して、矢継ぎ早に質問を繰り返す私に、志野さんが穏やかに声をかけてくれる。


「私からはその方のお名前は言えませんが、何れ姫様からお知らせ下さるでしょう。

あの方は、今はこの島に居られませんが、近い内にお戻りになられます。

結界に関しては、この島のどんなものでも、あの方には無意味なようです」


こちらの質問に全て答えてくれた彼女の表情は、私が初めて見るものだ。


ほとんど感情を面に出さない彼女からは意外な程、その顔には相手に対する多大な敬意と、僅かな憧れのようなものが垣間見える。


正直な話、彼女には、紫桜様以外、そういったものが欠如しているのではと思っていただけに、かなり驚かされる。


彼女にそんな顔をさせる人物に、私も興味が湧いてきた。


「とても信頼されているのですね」


「ええ。

姫様を、本当に大切になさって下さる方ですから」


え?


もしかして、それって・・


「男性の方ですよ」


「ええーっ!!」


今日何度目かの大声を発してしまう。


これは一大事どころでは済まない。


確実に本国からの干渉を受けるだろう。


でも何故、そんな大事な情報を私に?


「貴女がこの島に好意的だから」


顔にでも出ていたのだろうか。


私の疑問を見透かすかのように、そう告げてくる。


確かに、私は他の本国の役人達と違い、この島を嫌ってはいない。


ここを毎年訪れている残りの三名も、この島に好意的であると言えるだろうが、私の場合は、寧ろ好きだとさえ言える。


それには、私の家の事情が絡んできていた。


私の家は、極普通の平民である。


だが、曽祖父が若い頃に傷害の罪を犯し、1年程、当時は罪人の流刑地だったこの島に流された。


暴漢に襲われていた人を助けるためのものだった事もあり、幸いにも、それで本国に戻れたが、その後、2代前の天帝様が、罪人の家族を『穢れし者』と定め、この島をその者達の流刑地にすると、少し事情が変わってきた。


大きな混乱を避けるため、その決定には遡及効が付かなかったけれど、罪を犯した者の家族は穢れているという意識が国民の間に生まれ、決定前に罪を犯した者の家族も、公的試験や任官試験で色々と区別されるようになった。


どんなに頑張っても、どんなに良い点数を取っても、その家に生まれたというだけで、将来が半分以上決まってしまう。


貴族や金持ちの中には、多額のお金を使って、こっそり家族の記録を書き換える者もいたが、普通の平民には無理な話である。


私は、学校での成績も、任官試験での順位も、かなり上の方ではあったが、仮令『穢れし者』ではなくても、元罪人の家系では、就ける職業も地位も限られ、下級官吏として採用されたのも、毎年この島に査察に出る事を希望したせいだろうと思っている。


役人になって初めてこの島を訪れた時、島の正門に刻まれた言葉に暗澹たる思いがしたが、意外にも、島の住人達は元気に暮らしていた。


明るいという訳ではないが、決して悲観ばかりが漂う訳でもない、長閑な田舎。


何も知らなかった私は最初にそう感じたが、後になって、あの凄惨な火狐との戦いを見せられてからは、寧ろよく平静を保っていられると感心したものだ。


満足な食事もできず、生活必需品にすら困るような暮らしの中で、しかも毎年命の危険に晒されながら、仮令それが上辺だけのものであったとしても、よく穏やかに過ごせるものだと。


そしてその理由も、戦いの後、精鋭と呼ばれる志野さん達側用人以外の、本国の者なら触れる事すら嫌がる者達に、労いの言葉をかけ、傷ついた者にはヒールまで施す紫桜様を見て、何となく理解した。


きっと厳しいながらも、大切にされているのだろうと。


この島の住人達は、使い捨ての駒ではないのだと。


豊かではあるが厳しい管理下にあり、僅かな過ちすら認められない本国と、貧しく危険に晒されながらも、人として伸び伸びと暮らせるこの島と、一体どちらが幸せなのだろう?


でも、蔵の中を見て少し安心した。


これなら暫くは食べ物に困らない。


紫桜様についた後ろ盾のお方とやらは、かなりの資産家らしい。


御負けに、相当な能力の持ち主のようだ。


職業上、本国に報告せねばならないが、個人的にはその方を応援したい。


弱き者が苦しむ姿を見捨てておけず、皇族でありながら、この島で彼らの為に戦い続けた先々代のご当主。


その血を受け継いだ紫桜様。


どうかお幸せになって欲しい。


心から、そう思った。


「お心遣い有難うございます。

職務上、本国に報告せねばなりませんが、私個人と致しましては、紫桜様にはお幸せになっていただきたいと、強く願っております」


「有難う」


志野さんはそう言って、嬉しそうに、にこりと笑ってくれた。


屋敷の査察から戻った私を、仲間の役人達が、広間でお茶を飲みながら出迎える。


「どうであった?」


「はい。

蔵の中も、この屋敷にも、他に隠れている者は居りません」


上役の、形だけの問いに、こちらも形式的な答えを述べる。


志野さんから教えていただいた情報は、まだ伏せたままでいる積りだ。


「そうか。

では、我々も動くとするか」


上役以外の、他の二名の男性も、重い腰を上げる。


「それでは付き添いをお願いします」


上官らしき男が、側にいる源に、そう声をかける。


源は一旦、あやめを呼びに部屋を離れ、直ぐにまた戻って来た。


「お供致します」


二人に付き添われ、屋敷を出る役人達。


門の前で整列していた兵士達を連れて、年に一度の査察が始まった。

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