第2話
「おめえ、どうやって姫様に取り入ったんだ?」
昼過ぎに牢にやって来た源は、不思議そうにそう尋ねてくる。
「出ても良いとよ。
空き家が1つあるから、これからはそこに住みな。
姫様は、お前を屋敷の離れにでも住まわせるお積りだったが、そんな事はこの俺とあいつが許さねえ。
何時姫様に襲いかかるか分らねえからな」
鍵を開け、自分を促す源。
「家まで案内してやるから、付いて来な」
「タバコはないのか?」
「はあ?」
「自分が知っている場面では、牢から出して貰った者は、その建物の前で、迎えに来た者から貰ったタバコを美味そうに吸っている事が多かった。
様式美なのかと思っていたが、違うのか?」
「なわけねえだろう。
ガキがナマ言ってんじゃねえよ。
あれば俺だって吸いてえよ」
「タバコは身体に良くないぞ」
「喧嘩売ってんのか、てめえ」
「何をそんなに怒っている?
適度な会話をして、お互いの友好関係を築こうとしている自分の配慮が分らないとは」
「・・我慢しろ~。
我慢するんだ。
姫様から、手出しをするなと言われてるじゃないか」
下を向き、握り締めた拳を震わせながら、そう呟く源。
「中々上手くいかないものだな」
何時か地球のテレビで見た、漫才のボケとツッコミを演じて場を和まそうとした和也は、自分には向いてない事を自覚するのだった。
その後、どうにか怒りを収めた源に連れられて、空き家の前に来る。
「なあ、本国の奴じゃないんだよな?」
「違う」
「じゃあどうやってこの島まで来たんだ?
1番近い隣の島まで50㎞
まさか泳いで来たとでも言う積りか?」
「転移魔法だ」
「マジか?
こんな距離を?
・・それって他の奴も、一緒に移動できるのか?」
「そんな事を聞いてどうする?」
「俺達にもしもの事があったら、姫様だけでも連れて逃げてくれねえか?」
「結界魔法は大丈夫なのか?」
「あれはこの島の周囲を覆ってはいるが、お前には効かなかった。
なら、お前が抱えていれば大丈夫かもしれない」
「”普通”の転移魔法は自分一人しか転移させる事ができない。
厖大な魔力量が必要になるからな。
無理をすれば、途中の何処かに落ちる事もある」
「そうか。
まあ、そう都合良くいかねえわな」
「お前達に何かある予定なのか?」
「・・いや、ねえよ。
あっちゃならねえ。
・・その家は好きに使いな。
あと、捕虜じゃねえんだから、これからは自分の飯くらいどうにかしろよ?
暫くは面倒みてやるけどよ」
そう言って、去っていく源。
宛がわれた家を見る。
2、3年くらい放置されているようだが、まだ十分住める。
浄化の魔法を掛けてから、中に入って行った。
午前1時を過ぎた頃、昨日と同じ時間に露天風呂に入りに行く。
程無く、紫桜が入ってきた。
「ちゃんと居てくれたのね」
嬉しそうに近付いて来る彼女は、相変わらず無防備だ。
小さな手ぬぐいを持ってはいるが、取り立てて自分の身体を隠そうともしない。
湯を浴び、湯船に入ってきた彼女は、自分の正面に座り、話かけてくる。
「今日は御免なさいね。
本当は、離れの部屋を使って貰おうとしたのだけれど、あやめさん達がどうしても許してくれなくて。
貴方なら大丈夫って、何度も頼んだのだけれど」
「気にするな。
あそこも手を加えれば、十分住める。
源という男から、今後は食料も自分で何とかしろと言われたので、森に入っても良いか?」
「駄目!!
絶対駄目!!!」
いきなり、強く拒否された。
「散歩しながら近くまで行ったが、森への入り口に門があり、結界と封印が施してあった。
何か理由があるのか?」
「見えたの?
あの魔法が?
・・それより、じゃあ、あそこも見たのね?
闘技場も」
「あの血で汚れた広場の事か?」
「ええ。
・・ここに滞在する以上、話しておかないと駄目ね。
ちょっと長くなるけど、しっかり聞いてね」
湯から上がり、湯船の縁に腰掛けた彼女が語り出す。
「この島はね、元は罪人の流刑地なの。
死罪にならない程度の罪を犯した者達を、本国から遠ざけるためのね。
それが2代前の天帝から少し変えられて、今では罪を犯した者達の家族が送られて来る」
「家族?
その者達も何らかの罪を犯しているのか?」
「いいえ、何もしてないわ。
ただ罪人の家族というだけ」
「では何故島流しに遭う?」
「天帝曰く、罪を犯した者の血が、その家族にも流れているから。
遠からず、罪を犯す可能性を持った、『穢れし者』だからだそうよ。
可笑しいでしょう?
彼らはまだ何もしていないのよ?
それなのに、ただその可能性が他より強いというこじつけだけで、ここに送られてくる」
「ここに居た、本来の罪人達はどうした?」
「もう1つ、本国としては数えない小さな島が別にあって、そこで鉱山労働を強いられてるわ。
有毒ガスが酷くて、普通なら人は立ち入れない場所だけれど、貴重な金が採れるの」
静かな空間に、掛け流しの湯が流れる音だけが響く。
「この島は、その3分の2が火山とその麓の森で占められていて、森の資源を有効活用しなければ、多くの人を養うのは難しい。
だから最初の内は、森に入って木を切り、獲物を狩って暮らしていたわ。
でも、ちょうど今頃の秋の終わり、夜空に赤い満月が懸かった夜に、ある事件が起きた。
・・あの火山には、魔獣が棲んでいたの。
とても大きくて、口から火を吐き、爪に毒を持った火狐が。
それに村を襲われて、村人の多くがその餌になった。
その時期が彼らの繁殖期らしく、冬が来る前に、沢山の獲物を狩る必要があったのね。
幸い、赤い満月は年に一度しか懸からない。
襲われる日は分ったけれど、その当時の村人達には、彼らと戦う術はなかった。
舟で海に逃げようにも、結界魔法が張られていて、島から出られない。
どんどんその数を減らしていったわ」
肌寒くなったのか、湯に浸かりなおす紫桜。
「そんな時、偶々この島の近くを通った、私の祖父の乗る船が大嵐に遭って、祖父は一時的にこの島に逗留したの。
そして、生き残った村人から事情を聴いた祖父は、天帝に直訴したわ。
罪人ならまだしも、罪を犯していないその家族まで、そのような目に遭うのはあまりに憐れだと。
でも天帝は言ったらしいわ。
『犯罪分子が減って、ちょうど良いではないか』って。
・・元々、祖父と天帝は、罪を犯していないその家族まで流刑に処す事について対立していたから、余計に聞き入れて貰えなかったのね」
「君の祖父は何者なんだ?」
「天帝の従姉弟よ。
武術に優れ、人望もあったけど、男だから女しか継げない天帝にはなれなかった。
・・祖父はね、よく言ってたわ。
自分達だって食べるのが大変なのに、逗留中に出してくれたおにぎりの味が忘れられないって。
海苔も巻いてない、何の具も入ってない、塩味さえついてなかったおにぎりだけど、村人の心の籠ったその味が忘れられないって。
・・だからなのね。
祖父は、周囲の反対を押し切ってこの島に移り住んだ。
自分を慕って付いて来てくれた僅かな部下と共に、毎年、火狐と戦いながら、村人に武術を教え、生き延びるための手段を与えたの」
「あの門には、外側から入れない結界だけではなく、内側からも出られないように封印がしてあった。
年に一度の襲撃で済むなら、こちらから森に入れなくする必要まではないのではないか?
それに、結界が張れるなら、そもそも魔獣と戦う必要はないだろう?」
「そうね。
向こうから襲ってくるのは赤い満月の日だけだけど、森の奥深くに分け入れば、当然、火狐に出会う可能性もあるし、そこで追われて逃げてくれば、徒に彼らの侵入を許す事にも繋がる。
外側の結界は、この島の周囲の結界を張った人達と同じ、大勢の本国の魔法師達が、後になってから張ったものなの。
随分強力だから、個人でおいそれと張れるものではないし、その開閉には本国の特殊な魔道具を必要とする。
ある理由があって、この島には、祖父の代でも陸に魔法を使える者がいなかったし、今でも満足に魔法を使えるのは、わたくしくらいなの。
そんな訳で、戦うしかなかったのよ。
当時も、そして、今もね。
・・ここから本国に納める税は、何で支払っているか分る?」
「税が課せられているのか?」
「祖父が住み着く以前の、只の流刑地だった頃は、勿論無税だったわ。
でも、祖父がここに住み着いて、お金を作るために、ある物を本国に売ったのがきっかけとなり、重い税が課されるようになった」
「まさか、魔獣の素材か?」
「そう。
・・火狐の毛皮は、とても奇麗な艶があり、武具を作る素材としては勿論のこと、服などの装飾品としても非常に高い価値があるの。
本国は、それに目をつけた。
次の年から、島の人口に比例した数を要求してきたわ」
「どれくらいなんだ?」
「村人三十人当たり1体。
一人でも増えればその分容赦なく取り立てられる。
九十人なら3体、九十一人なら4体になる。
そして、酷いのはここから。
もし人数分の税を納められなかったら、どうなると思う?
その時戦闘に参加していなかった村人の中から、足りない分の人数が、鉱山送りになるの。
九十一人で3体しか納められなければ一人が、九十九人で3体なら九人が。
老人や小さな子供、病人など、獰猛な魔獣と戦う事のできない者達は、他の皆が戦うのを見ている事くらいしかできない。
そして、戦っている者が全滅したり、それ以上戦う力を失うと、参加できない彼らの中から誰かが鉱山送りになる。
一度鉱山に送られたら、二度と戻っては来れないわ。
持っても5年、病気の人や子供なんかは1年も経たずに死んでいくと言われている」
紫桜が立ち上がって和也の隣に座り直し、その身体を寄せてくる。
「祖父が健在の頃は、何とか人数分を納めてこれた。
生活に必要な物資の一部も本国から買わなくてはならないから、実際はそれより1、2体多く倒さないとならなかったけれど、武に秀でた祖父とその部下の方々が必死になって倒してくれていたお陰で、誰も鉱山に行かなくて済んでいた。
でも、火狐の爪には遅効性の毒があり、それに何度も傷つけられていると、数年、数十年後には体の自由が利かなくなってきて、やがて死に至る。
普通のヒールでは治せない毒みたい。
皆死んでしまったわ。
祖父も。
部下の方々も」
紫桜の右手が和也の左手を握り、指を絡めてくる。
「わたくしの父も、29歳の若さでこの村に来る時、島に移り住む事を拒んだ母と別れ、当時4つだったわたくしを連れて、祖父と共に戦い、祖父亡き後はその跡を継いで頑張ってきたけれど、年々数を増やしていく火狐相手に、戦って死んだの。
わたくしがまだ13の時だった。
・・その後は、身寄りのいなくなったわたくしを、祖父の部下だった方の息子である源さんと、同じく部下の娘のあやめさんが中心になり、育ててくれた。
他にも二人、部下だった方のお子さんが、今もわたくしを守ってくれている」
彼女が絡めた指に力が入る。
「門の話に戻るわね。
父が死に、火狐と戦える人数が減ってくれば、当然、定められた税の分だけ倒せずに、鉱山に送られる人が出てくる。
向こうに行けば、決して帰って来れないし、鉱山送りになる人は、この村の領主であるわたくしが選ぶ決まりなの。
・・だから、病気で戦えない人や、年老いた村人の中から、森に入って行く人が出始めた。
わたくしに、選ばせる苦しみを与えないために、何時魔獣に襲われるかもしれない森に敢えて入って、課税対象の人数から外れる人達が」
何かを必死に我慢するかのように、力一杯紫桜に握り締められる、和也の指。
「わたくしには、それが耐えられなかった。
わたくしの事を思い遣ってくれた行動だからこそ、余計に辛かった。
だから、外側の結界とは別に、内側からも封印魔法を掛けて、森に入れないようにしたの。
外側の結界は、島の周囲を覆うものと違って、あくまで外からの進入を防ぐ役目しかないから、内側からなら外に出られるのよ。
一旦外に出たら、もう中には入って来れないのに、どういう理由で本国がそうしたのかは・・考えたくは、ないけどね。
それから、本国を騙すために、村の地下に秘密の住居を造り始めた。
昼間に村を歩いた時、あまり男性を見かけなかったでしょう?
彼らは昼間、地下で穴掘りをしているわ。
とりあえず、二百人が暮らせるための空間を掘り進めてる。
そして、赤い満月が懸かる前日、本国からやって来る役人に見つからないように、戦えない人はそこに隠れて貰って、税の負担を軽くすると共に、結果的に、村人を守ってきたの」
「自分に本国の人間かどうかを執拗に尋ねてきたのは、自分をスパイだと考えていたからなのだな?」
「スパイ?」
「密偵の事だ」
「そう。
ここ2年、急に村の人口が減った事を不審に思った本国が、探りを入れに来たのかと思ったの」
「毎年、罪人の家族が送られて来るのだろう?
それでは老人や病人を隠したところで、あまり減らないのではないか?」
「・・この島に流されて、2年以上経つ元気な人は、強制的に戦闘に参加させてるから、そこで火狐に連れ去られ、餌になる人も多いわ。
生き延びるための手段を教えようと、こちらが幾ら心を砕いても、危機感を持てずに陸な努力もしない人の事までは、面倒を見切れないもの。
火狐との戦いでは、源さんやあやめさんなど、長く魔獣と戦ってきた人達が最前列に陣取り、より強い人達が、自分より弱い人達を守るように戦っている。
それでも、全く戦う意志を持てない人達まで、守りきる事はできない」
「村の入り口にある門に刻まれた文字は誰が?」
「祖父よ。
ここに送られて来る人達に、少しでも自覚を持って貰いたかったらしいわ」
紫桜が、和也の肩に頭を凭せ掛けてくる。
「御免なさい。
暗い話になってしまったわね。
でもね、ここ2年は、地下に戦えない人達を隠す事で、何とか税を納め、残った分で生活品を本国から買う余裕もあるの。
送られて来る罪人の家族の数も安定してるし。
もう少し経てば、村の皆も安心して子供が産めるようになるかもしれない。
今は人口が少しでも増えないように、皆我慢してるの。
源さんとあやめさん、夫婦なのよ?
彼らもずっと、子供ができないように気をつけてる。
・・貴方が何時までここに居てくれるのか分らないけれど、この村を、嫌いにならないでくれたら嬉しいわ」
満天の星空を見上げながら、もう少しだけ、二人きりの湯を楽しむ和也と紫桜であった。
「さて、どうするかな」
自分の食い扶持を稼ぐ手段を考えていた和也。
別に物を食べる必要などないのだが、娯楽として取り入れた習慣の中でも、食べる事、散歩(人間観察含む)や音楽を楽しむ事、そして風呂に入る事は、3大娯楽として彼の中で定着してしまっている。
何時でも、何処でも、そのどれか1つはないと、退屈でたまらない。
森には入らない事を紫桜と約束してしまった(させられた)ので、他に手段を講じなければならない。
短い期間の滞在故、田畑を借りて耕すのも論外だ。
あとは、・・海しかないか。
そういえば、この島の住人は、結界魔法のせいで門の外には出られない。
紫桜もそうなのだろうか?
後で聞いてみるか。
とりあえず外に出て、散歩がてらもう一度島の様子を見ようとした和也の所に、人が訪ねてくる。
「御剣とやら、居りますか?」
がたついた扉を開け、顔を出すと、紫桜との対面の折、側に控えていた二人の内の、あやめとは別の女性が立っていた。
牢に居た時、自分におにぎりを持って来てくれた人物だ。
「姫様からのご伝言を仰せつかって参りました。
これからは、食事時に、屋敷まで食事を取りに来るようにとの事です」
「源という男から、自分で用意するように言われているが」
「田畑も持っていない貴方では、それも無理だろうとのご配慮です。
有難くお受けしなさい」
「そうか。
飯時とは何時ぐらいだ?」
「日に2回、朝7時と夜6時です」
「?
1日3食ではないのか?」
「この島で日に三度の食事ができるのは、姫様を除けば、私達、極少数の側用人だけです」
「食料が足りないのか?」
「皆がお腹一杯食べられる訳ではありませんが、食料自体は多少の余裕はあります。
ただ、もしもの時に備えて、ある程度の備蓄は必要ですから。
私達側用人も、本来なら2食で良いのですが、そうすると、姫様が3食お食べになりませんので」
「では、あの時紫桜が持って来てくれたおにぎりは、やはりそういう事か」
女性の眉がピクリと動く。
「姫様を呼び捨てにするとは、良い度胸をしていますね。
死にたいのですか?」
「本人の同意を得ているし、呼び捨ては、自分の知る世界では親愛の証だ」
「姫様が同意を?
・・貴方、姫様に何をしたのですか?
もしかして・・」
女性が短刀の鯉口を切る音がした。
「何もしてはいない。
お前達が側に控えているのだから、そんな事は不可能だろう?
ただ、歳が同じくらいだから、大目に見て貰っているだけだろう」
「・・そうですね。
まあ、姫様がそう仰ったのなら、目をつぶりましょう。
ですが、あまり調子に乗らないように」
まさか二人きりで風呂に入っているとは夢にも思っていないこの女性は、渋々納得する。
「ご伝言、
では」
多くの星で、様々な人種の観察を行なってきた和也は、何でも正直に言えば良いというものではない事くらいは知っていた。
「ちょっと聴いても良いか?」
その夜、風呂に入りに来た紫桜に声をかける和也。
「何ですか?」
「君はこの島から自由に出る事ができるのか?」
「いいえ、今は領主としてこの地を治めている事になっていますから、本国の許可なしには、島の外へ出る事はできません」
「門の外側にもか?」
「ええ。
あの結界魔法は、それ程融通の利くものではありませんから。
単純ですが、その分、強力なのです」
「では海の魚はどうやって食べているのだ?」
「ほとんど食べられません。
年に二度、年貢の受け取りと罪人の家族を輸送してくる本国の船が来た時、そこに積んである生活物資を余った魔獣の素材と交換する際に、鰹節以外にも何かあれば買う程度です」
「魚をほとんど食べないのか?
森に入らなければ、肉も手に入らないだろう?」
「魚は、島を流れる川の魚を食べます。
それ程量は獲れませんが、週に一度くらいは皆に行き渡ります。
肉は本国との物資交換以外には手に入りません。
野鳥ですら、結界があるため、島に入っては来れませんから」
「大豆はあるのか?
塩はどうしてる?」
「大豆は麦と共に二毛作で植えますから。
塩は本国から買います」
「・・・」
海の直ぐ側に住みながら、魚も塩も陸に摂れず、肉もほとんど食べられないとは。
この島の住人は、何もせずにただ施しを受けるだけの存在ではない。
魔獣との命を懸けた戦いを強いられ、十分とは言えない耕地を大事に使っている勤勉な者達だ。
少し怒りが湧いてくる和也。
「そういえば、君がここで身体を洗っているのを見た事ないが、浄化魔法で済ませているのか?
それとも、石鹸がないのだろうか?」
いきなり紫桜に睨まれた。
「あのね、殿方の前で、そんな恥ずかしい真似ができる訳ないでしょう?
ここに来る前に、内風呂で洗ってきてるのよ。
それと、石鹸くらいあるわ。
・・本国から買うしかないから、わたくし以外はあやめさん達しか使えず、大事に使っているけれど」
頬を朱色に染めながら、視線を逸らして、段々その声が小さくなっていく。
「恥ずかしい?」
「当たり前でしょう」
自分の前で、惜し気もなくその裸身を晒しておきながら、身体を洗う所を見られるのは恥かしいというその感覚が、今一つ理解できない和也であった。
「大体、それを言ったら貴方だって、身体を洗っているのを見た事ないわよ?」
「女性の前で、そんな恥ずかしい真似ができる訳ないだろう。
君が来る前に、素早く洗っているのだ」
真顔で平然と言い放つ和也。
まさか、新陳代謝がないとは言えない。
「嘘を吐きなさい!
手ぬぐい1つ持っていないではないの!
・・明日、石鹸を持ってきて、背中を流してあげる」
そういえば、様式美として作り出した手ぬぐいは、いつも脱衣所に置いたままだ。
紫桜と一緒に風呂から上がるので、魔力で身体を乾かす事をせず、一々拭いているからだ。
「嫁入り前の、うら若い乙女のする事ではないぞ」
「・・わたくしの裸を見たくせに」
呟くように言う紫桜。
「?
済まん、もう一度言ってくれ」
「責任取ってと言ったのよ!」
「何のだ?」
「それくらい自分で考えなさい!!」
この日の紫桜は、何故かずっと不機嫌だった。
風呂から戻った後、和也は暫く考えていた。
この島のために、何かしてあげたい。
他ならぬ、紫桜の為に。
日に2食のこの島で、自分の為に慣れない手つきでおにぎりを握り、わざわざ牢まで持って来てくれた彼女。
風呂に共に浸かっている間は、領主としてではなく、只の少女のままで笑える彼女。
高貴な生まれにも拘らず、島の皆と貧しさを分かち合える彼女。
外見の美しさは言うに及ばず、その心まで美しい彼女。
その彼女の為に、自分ができる事をしよう。
本格的に挑戦するのはまだずっと先の事かもしれないが、とりあえず、今は行動の時。
言葉が通じない訳ではないのだから。
秋晴れの爽やかな日差しを浴びて、10万以上の人々が訪れる、日本の競馬場。
そこのパドックで、周回する馬を見ながら、溜息を洩らす女性が居た。
「は~。
今日負けたら、暫くご飯が食べられない。
何であの時、ちゃんと断れなかったのかな」
20代後半に見える、きちんとしたスーツ姿の女性は、己の過去を振り返り、そう言葉を洩らした。
彼女は約1か月前、それまでこつこつと貯めてきた、400万円のお金を全て失った。
早くに親を亡くし、親戚中をたらい回しにされた後、奨学金を借りて必死に勉強し、やっと教師の職を得た。
奨学金を返しながらの生活は、あまり豊かではなかったけれど、それでも必死に貯金して、やっと全額返済できる程のお金を貯める事ができた。
だが、そこで魔が差した。
奨学金を全額返済するために、銀行の窓口でお金を下ろそうとした彼女に、担当した行員が小声で話しかけてきた。
「お客様、今なら超お得な投資信託が1口空いているのですが、如何ですか?」
「いえ、これは直ぐに必要なお金ですから」
「この投資信託は、本来なら個人のお客様にはお売り致しません。
利率が年10%もあり、しかも元本保証なので、絶対に損をしません。
当行が、限られたお得意様にのみ、極秘に売り出すものです」
「年10%?
この超低金利の時代に、そんなものがあるんですか?」
頷く行員。
「この商品は、当行の利益を度外視した、お得意様へのサービスなのです。
それが偶々、お一人だけ資金の都合がつかず、直前になってキャンセルされました。
今日が申し込みの最終日です。
1口400万円。
如何ですか?」
いつもの冷静な彼女なら、こんな話には騙されなかっただろう。
だが、借金の全額返済の目処がつき、心にゆとりが生まれた彼女の頭に、これまで我慢してきた色々な事が浮かび上がる。
学生時代、部活や異性との付き合いを満喫している同級生達を尻目に、少しでも上位の大学に合格するために、脇目も振らず、勉強してきた事。
第1志望の大学に合格し、周りがサークルや旅行などの娯楽に勤しむ中、奨学金では足りない分の学費と生活費を稼ぐために、夜遅くまでバイトをしなければならなかった事。
何倍もの競争率を勝ち抜いて、やっと高校教師の職を得てからも、ボーナスを貰う度、飲み会や欲しいものを手に入れていく同僚を羨ましく思いながら、全額を、返済のための預金に充てねばならなかった事。
私だって、もっとお洒落したかった。
奇麗なお店で、美味しいものを食べてみたかった。
色んな所を旅行して、美しい自然や歴史ある建物を肌で感じて、心を豊かにしてみたかった。
・・こんなに頑張ってきたのだもの、少しくらい、良い目をみても、罰は当たらないよね?
「その投資信託は、どのくらい預けないといけないんですか?」
「1年経てば、何時でもご解約いただけます」
この言葉が決め手になり、彼女は400万を預けたのだった。
そして、1週間が経ったある朝、出勤前に朝のニュースを見ていた彼女の目に、信じられない画面が映る。
『〇〇銀行女子行員、詐欺の疑いで逮捕。
顧客から預かった金を交遊費に充てる。
被害総額は数千万か』
その後に映った女性の顔は、自分の知る、あの女性のものだった。
その日は1日授業にならなかった。
昼休み、スマホで調べた弁護士の無料相談にも電話を掛けてみたけれど、加害者の手元にお金が残っていなければ、まず戻ってこない。
残っていた場合でも、裁判で取り返すには、初期費用だけでも50万円くらいかかると言われて諦めざるを得なかった。
体調不良を理由にして、3日間の有給を取り、部屋に引き籠って泣いた。
あんな話に騙された、自分が情けなかった。
楽して良い目をみようと考えた、自分が許せなかった。
思い切り泣いて、週末の
『〇〇〇〇、断然の1番人気。
単勝1、8倍。
鉄板か』
競馬か。
そういえば、大学生の頃、同じゼミの男子が3万儲けたって、大喜びしていたわね。
良いなあ。
自分の財布の中身を見る。
もう数千円しか入っていない。
本来なら完済していたはずの奨学金の、今月分の返済をしたからだ。
次の給料日まであと5日。
少しやけになっていた女性は、その新聞に手を伸ばすのだった。
競馬場って、こんなにも人が集まるの?
駅で電車を降りた時から、競馬場まで、人の波が途切れる事なく続いていた。
お陰で迷いはしなかったが、その人の多さに、少し息切れしそうになる。
馬券の買い方も陸に知らない女性は、とりあえず、馬を間近に見て、心を和ませようとした。
手にしたあの時のスポーツ新聞の印を参考に馬を見ても、どれがどう違うのか全然分らない。
諦めて、印の通りに買いに行こうとした時、男性から声をかけられた。
「そこの綺麗なお姉さん、宜しかったら、少し自分の話を聞いてみませんか?」
最初、自分に声をかけているのではないと思って、通り過ぎた私の後を付いて来たその男性が、もう一度声をかけてくる。
「そこのスーツ姿の凛々しい綺麗なお姉さん、宜しかったら、少し自分の話を聞いてみませんか?」
立ち止まり、振り向いたその先には、全身黒ずくめの服を着た、若い男が立っていた。
「あの、私の事ですか?」
学生の頃は、よく男子からお誘いを受けたが、お金がない上、勉強が忙しくて、一度も誘いに乗った事はない。
社会に出てからも、何人もの人が様々な言葉で誘ってきたが、今まで、こんな陳腐な表現で誘ってきた者は一人もいない。
よく見ると、緊張で、がちがちに固まっている。
少し可笑しくなって、ちょっとだけなら付き合ってあげようかな、なんて思えてしまった。
「良いわよ。
でも、忙しいから、ちょっとだけね」
かちこちに固まって、次の言葉が出せない男に、こちらから声をかけてあげる。
私の言葉に力が抜けたように全身を弛緩させ、ほっとしたように見えた男が、かけていた黒いサングラスを取る。
「え?」
サングラスにごまかされていたが、まだ自分の教え子達のような、少年の顔つきだった。
「時間がないので、歩きながら話そう」
多少落ち着きを取り戻した少年が、そう告げてくる。
確かに、買おうとしていたレースまでもう20分くらいしかない。
「ええ。
言いたい事があったけど、後にするわね。
それで、話って何?」
「君は次のレースを馬連の5-8で勝負しようとしていたな?」
言葉が出なかった。
その通りだからだ。
「でも、それは止めた方が良い。
3連単の4-12-7にするべきだ」
「3連単?」
「1着、2着、3着を着順通りに当てる馬券の種類だ」
「それってかなり難しいんじゃ」
「そうだ。
だが、その分配当が良い」
馬券売り場に着いて、電光掲示板でオッズを確かめる。
834倍って表示されていた。
新聞の印を見る。
彼が言った番号の馬には、どれもあまり印が付いていなかった。
「きっと当たらないわよ」
「いや、絶対に当たる」
彼の口にした、『絶対に』という言葉に反応してしまう自分。
つい3週間前も、その言葉に騙されて、なけなしのお金を失ったばかりだ。
「私は買わないわ」
「・・そうか。
では君に1つお願いがある。
お金を両替してくれないか?」
「両替?」
「そうだ。
これを1000円札にしてくれないか?」
そう言って、100円玉や10円玉を出してくる。
「・・良いけど、1枚だけよ?」
「それで良い」
私から1000円札を受け取った少年は、直ぐに券売機まで馬券を買いに行く。
そして、二人でテレビモニターでレースを見た。
印の沢山付いた馬達は、何時でも勝てると思ったのか、皆後ろから走ってきて、最後の直線で周りの馬に邪魔されて、思い切り走れなかった。
その結果、1番前をすいすいと走っていた馬達が、そのままゴールする。
その順番は、4、12、7。
嘘!
隣の少年の顔を見ると、当たって当たり前だという顔をしている。
834倍の馬券を1000円買えば、83万4000円。
信じられない、本当に来るなんて。
呆然としている私を尻目に、少年が換金を終えてくる。
「次のレースもやるが、君はどうする?」
「・・100円だけ買うわ」
悔しいけど、そう言うしかなかった。
そして、レースが始まる。
その結果は、やはり彼が言った通りの順番で、1、2、3着が決まる。
予想オッズを見る。
382倍だった。
100円買ったから、3万8200円になる。
隣の彼は、10万円分の馬券を持っていた。
10万円!?
3820万円!!
冗談でしょう?
なのに彼はこう言った。
「あまり買い過ぎてもオッズが下がるからな。
ちょっと換金が面倒くさくなった」
ブチッ。
私の中で、何かが切れた。
「ちょっと来なさい」
彼の腕を取り、強引に、
「何事だ?」
「貴方、まだ高校生よね?
未成年は馬券を買えないの、知っているでしょう?」
「高校生?
違う。
自分はもう大人だ」
「嘘仰い。
どう見てもまだ
・・いえ、今はそんな事どうでも良いわ。
良くはないけど、他にもっと大事な事がある」
彼女が正面から和也を見る。
「何で、当たり馬券が分るの?」
「理由などない。
ただ、分るだけだ」
「自信満々だったじゃない。
まるで未来が分るみたいに」
・・未来が分る?
自分で言ってて、少し肌寒くなる。
そういえば、どうして彼は私に声をかけてきたのだろう?
しかも、まるで私に損をさせないで済むような言い方だった。
「何で私に声をかけてきたの?
貴方のこの能力があれば、女なんて選り取り見取りでしょう?」
「・・真面目に、懸命に生きてきた君が受けた仕打ちを、少し憐れに思った。
それだけだ」
『!!!』
「怒らせてしまったのなら申し訳ない。
自分は、まだあまり人とのコミュニケーションが上手く取れないようなのだ。
邪魔して済まなかった」
衝撃を受け、何も言えずにいた私が怒っていると勘違いした少年が、目の前から去ろうとする。
「待って!
・・御免なさい。
貴方は何も悪くない。
悪くなんてない。
・・酷い事言って、本当に御免なさい」
泣きながら、そう謝る。
「だから、もう少しだけ、私に付き合って下さい」
少年が立ち止まり、優しい眼で私を見る。
「お願いしたのは自分の方だ。
・・自分もまだ、君との時間を過ごしていたい」
あんなに泣いたのに、まだ涙が残っているなんて。
私が泣き止むまでの僅かな間、彼は、ただ黙って見守ってくれていた。
「さて、では最後の勝負をしに行こう」
「ええ。
貴方の不思議な力の事は、もう何も聴かないけれど、私まで得をさせて貰っても良いのかな?
絶対当たるって分ってるものにお金を賭けるのは、少し気が咎めるわね」
「こういったギャンブルのシステムは、賭けられたお金の中から、予め運営者の儲けを抜いて、その残りを当てた者に分配している。
損する者は誰もいない。
まあ、強いて言えば、当てた者の受け取る額が下がるのが損と言えなくもないが、それは早めに買う事で予想オッズで確認できるから、許して貰おう」
「・・神様も許して下さるかしら?」
「・・ああ。
きっと許してくれるさ」
今日のメインレース。
大勢の競馬ファンの目当てのレースだけあって、その盛り上がりが凄い。
さっさと馬券を買って、喫茶室のモニターからレースを見る。
彼の予想は7-2-16の3連単で、174倍。
それに、私はここで儲けた分の金額に少し足して、4万円を賭けた。
当たれば696万円。
失ったお金の倍近い。
果たして、結果はその通りに的中し、私は今までで最高の金額を手にした。
彼はというと、100万円の束を100個以上も受け取っていたから、怖くて聴けなかった。
お金を入れる大きな鞄を持っていなかった私達は、彼の助言で、各地の馬券売り場で分散してお金を受け取る事にして、競馬場から直ぐタクシーに乗り、デパートのブランドショップで鞄を買って、その中にお金を詰め込んだ。
高級ブランドの鞄なんて、私には縁のないものだと思っていたけれど、彼がどうせ買うなら良い物を買って、長く使う方が良いと背中を押してくれたので、思い切って買ってしまった。
受け取る金額の大きかった彼が、タクシーで何箇所も馬券売り場を回る頃には、日が暮れて、街に灯りが点り始める。
「まだ時間あるかしら?
・・今日のお礼に、夕食でもご馳走したいわ」
正直、まだ彼と別れたくなかった私は、遠慮がちに、そう尋ねてみる。
「時間はまだあるが、良いのか?」
「ええ、勿論」
嬉しくて、つい声が高くなってしまう。
頑張った自分へのご褒美に、年に何回か訪れる、お寿司屋さんに彼を連れて行く。
お金の心配がないので、いつもはあまり食べないネタまで、思う存分食べられる。
隣に座る彼も、意外にも、あまりこういう場所には来た事がないのか、色々なネタを頼んでは、珍しそうに食べていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
店を出て、言うべき言葉を捜していた私に、彼は言った。
「大金を持っているし、危ないから、家の近くまで送ろう」
「・・有難う。
是非お願いするわ」
もう一度タクシーに乗り、自分のアパートの近くで降りる。
「では、ここでお別れだ。
今日は色々と勉強になった。
貴重な時間を有難う」
「私こそ、こんなに良い目をみさせて貰えて、とても嬉しかったわ」
寂しいのを我慢して、やっとそう告げる。
本当は、このまま彼を家に招待して、朝まで一緒に居たかった。
この歳になるまで、誰とも付き合った事なんてなかったけれど、この少年なら良い。
心から、そう思った。
「これは貴重な体験をさせて貰った礼だ」
少年が、両手に下げていた鞄と手提げ袋の内から、高級ブランドで買った袋を差し出してくる。
中を見ると、私が買おうとして、2つも買うのは贅沢だからと諦めた、小振りのハンドバックが入っている。
反射的に身体が動いてしまった。
いきなり彼の頭を両手で引き寄せ、その唇に自身のそれを強く押し当てる。
初めてのキスで、陸な技術もなく、夢中で押し当てるだけの、少女のようなキス。
数十秒、そうしてから、少し驚いている彼に言う。
「私の初めてのキス。
ファーストキス。
こんな歳のおばさんからされても、嬉しくないかもしれないけれど、良かったら、貰って」
恥ずかしかったけど、彼の眼をしっかり見て、それだけを伝える。
「自分をそんなに卑下してはいけない。
君はまだ若く、そして、美しい」
「・・ならもう一度、しても良い?
今度は大人のキス」
「君からなら、断る理由はない」
今度はゆっくりと、深く唇を重ねて、別れまでの僅かな時間を、思い残す事なく楽しんだ。
背を向け、静かに去って行く彼の背中を見つめながら、貰ったハンドバックに違和感を覚え、そっと中を確かめてみる。
そこには、100万円の束が4つ、収められていた。
思わず彼の背中に声をかけようとして、その姿が見えない事に気付く。
目を離したのはほんの一瞬の事でしかない。
目の前の道は長い直線の一本道で、視界を遮るものは何もない。
まるで消えてしまったかのように、その姿を見失う。
私は彼の前で、一度も、お金を騙し取られたなんて口にしなかった。
増してや、その金額なんて、絶対に言っていない。
それなのに、全てを知っているかのように、400万のお金が入っている。
溢れ出る涙を止めようともせずに、彼の去って行った道を暫く見つめながら、私はこの日、神様を信じる事にした。
「おっと、忘れる所だった」
競馬で稼いだ2億のお金で、大量の石鹸と数百枚のタオル、醤油、味噌、昆布、わさび、コショウなどの調味料、海苔10キロ、米1トン、黒い柄の振袖一式を買い、異空間の収納スペースに放り込んだ和也は、次に訪れたある島の養鶏場で、20羽の阿波尾鶏を購入した。
文明のそれ程発達していない世界の島に、プラスチックなど処理に困るゴミを持ち込む訳にもいかず、醤油や味噌は木の樽ごと、米は紙の袋の物を、わさびやコショウなどは現物のまま購入し、細かな物は、其々を自身で創った環境にやさしい特殊容器に纏めた。
正規で購入しようにも、夜間で誰も居ないので支払いができず、仕方がないので、申し訳ないが、相場の2倍の料金を置いてメモを残し、黙って持ち去る事にした。
その後、元の場所に帰ろうとして、大事な事を思い出す。
まだお金を返していなかった。
和也が最初に馬券を購入するために使った小銭、それは、和也がこの国の全域を神の瞳で見通し、道端に落ちているお金を拾い集めたものだ。
全部で3000円。
1円玉や5円玉は集めなかったし、短時間で集めたので、このくらいにしかならなかった。
その分を、どうやって返そうか考えた和也は、育英会に寄付を送る事にした。
先程まで一緒だった彼女も、それに助けられて大学卒業まで学べた事は、彼女に声をかける前に密かに行なったジャッジメントで分っている。
育英会の本部に匿名の封筒を送り、勉学に励む者達の糧になればと祈りながら、その中に30万を入れておいた。
「これで良し」
密度の濃い半日を、憧れの星で過ごし、元の世界に帰って行く和也であった。
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