第13話

 天井に写し出されたスクリーンで以って事の一部始終を見ていたセレーニア王国の重鎮達が未だ呆けている間に、王宮の謁見の間の床に黄金色の魔法陣が映し出され、そこから和也がゆっくりと姿を現す。


逆手に持った剣をトンと軽く魔法陣に打ち付けると、白銀の鎧姿から、いつもの黒ずくめの姿に戻り、剣を鞘に収める頃には足元の魔法陣も消えていた。


和也が皆の方に視線を向けるよりも早く、エリカが抱き付いてくる。


驚いた和也がエリカの方に顔を向けると、透かさず唇を奪われた。


最初から情熱的に舌を絡めてくるエリカの口づけに、為す術もなくされるがままになっていると、やがて玉座に座る女王から、遠慮がちな咳払いが聞こえてきた。


慎み深いエリカが、皆の前で大胆な行為をするその意図を、何と無く分っていた和也は、エリカの腰を優しく叩いて離れさせ、今度こそ皆と向かい合った。


「自分から話をする前に、何か尋たい事があれば、先に聴こう」


そう話す和也からは、出陣前に痛い程感じられた強者としての威圧感がなく、また、先程のエリカとの睦み合いで、自分達とそんなに変わらない存在なのだと感じられたのか、皆を代表して口を開いた女王の滑舌は、以前と何ら変わらなかった。


「そなたは一体何者なのじゃ?

先の戦い振りを見るに、人とはとても思えぬが」


「エリカを妻として娶った以上、貴女は義理の母に相当する。

嘘は吐けないな。

だが、この場でそれを口にするのは避けたい。

後で内輪で集まって話そう。

それで良いか?」


和也の力を見てしまった以上、この場には、女王に対する彼の口のきき方に、文句を言う者はいない。


エリカの夫になるのであれば、一応、王族にもなるから問題ないだろうという判断もある。


「確かに、その方が良いかもしれぬな。

ではもう1つ。

これからどうするつもりじゃ?

我らとしては、そなたにはエリカの夫として、共にこの国を支えて欲しいと思っておるが、そうもゆかぬのであろう?」


何と無くではあるが、女王には、和也がこの国に長く留まることはないだろうという予感があった。


初めての謁見の後、王族のみで話をした際にも、こことは別の世界から、嫁を探しに来たと言っていた。


それはつまり、嫁が見つかれば、自分の世界に帰るという意味ではないかと。


自分には、エリカ一人しか子がおらぬから、必然的にエリカが次期女王になるしかないが、もし和也がエリカを連れてこの国を出ていくと言っても、女王には最早反対する気はなかった。


子供の頃から何一つ我が儘を言うことなく、様々な国から招待を受けても決してこの国から出ようとしなかったエリカが、今はあんなに楽しそうに笑っている。


傍から見ても、エリカが和也に心を許し切っている事がよく分る。


エリカがやっと摑んだ幸せを、国のために捨てろとは到底言えなかった。


幸い、自分はまだ子を産むのに支障があるような年齢ではない。


夫婦仲が悪い訳でもない。


もう一人くらいなら何とかなるだろう。


和也から受けた祝福の事など分るはずもない女王は、心の中で密かにそう思いつつ、尋ねた。


「自分としては、色々騒がしくなる前に、直ぐにでもこの国を離れたいと思っているが、次期女王になるはずであったエリカを連れて行く以上、果たさねばならない義理がある事も理解している。

あと数日はここに滞在するつもりだ。

その間にやるべき事をやり、その後、エリカを連れて様々な国を回ろうと考えている」


和也がそう答えると、謁見の間はどよめいた。


王国の者から見れば、自分達が命に代えても守りたいと思っている、しかも次期女王のエリカを、国から連れ出すというのだから無理もない。


だが、皆が何かを言う前に、女王が口を開いた。


「そうか。

エリカを頼むの。

妾達セレーニアの民の宝物じゃ。

大切にしてやってくれ」


親として精一杯の気持ちが込められたその言葉を、和也は確と受け止める。


見れば女王の傍らに控える宰相も、父親として言いたい事もあるだろうに、黙って自分に娘を託そうとしてくれていることが感じられる。


男として、エリカの夫になる者として、和也はこれだけは言わねばならなかった。


「自分は今、ここに誓おう。

生涯において、エリカの笑みを絶やさぬことを。

エリカが異性に向ける愛情を、一身に受ける者として、喜びの涙しか流させぬことを。

常に、エリカに相応しい自分であることを」


女王を見据え、力強くそう和也が宣言した時、その身体から無意識に七色の波動が漏れ出て、謁見の間と言わず、王国中の民が、確かに感じた。


森が、湖が、大気までもが喜びに震えている感覚を。


全ての魔素が、精霊が、何かを祝福していることを。


未だ嘗てないその感覚に驚き、慌てている皆を尻目に、和也に抱き付きたい気持ちを懸命に抑えて、エリカは言った。


「皆さんも、夜を徹しての戦の準備やらでお疲れでしょうし、一先ず解散に致しましょう。

その後の詳しいお話は、王家での話し合いの後、陛下からなされます。

陛下もそれで宜しいですね?」


一刻も早く、和也と二人きりになりたいエリカは、女王にそう問いかける。


「そ、そうじゃな。

では、これにて一時解散とする。

日を改めて今後の事を皆に伝える故、先ずはゆっくりと身体を休めよ」


未知の感覚に自身も驚いていたことに加え、エリカからの、笑顔ではあるが有無を言わせぬ迫力に当てられた女王は、何とかそう言うと、宰相を連れて玉座の奥へと姿を消して行った。



 女王が退出したことで、重鎮ら家臣達も謁見の間を後にし始める中、エリカと共にそれを見送っていた和也の下に、マリー将軍が近付いて来た。


エリカに遠慮しつつも、和也に向けてはっきりと言葉を告げる。


「この国をお出になる前に、僅かばかりのお時間を頂けないでしょうか?

二人でお話したいことがあるのです」


和也の力を見てしまった今では、友達として話すのは難しかった。


自然に言葉遣いが丁寧になってしまう。


それでも、後悔はしたくないからと、精一杯の勇気を振り絞って和也に語りかける。


緊張のあまり、少し震えてしまっていた。


「分った。

時間ができたらこちらから会いに行こう。

兵舎で良いか?」


「はい。

ありがとうございます」


エリカの手前、もしかしたら断られるかもしれないと少し不安だったマリーは、安堵に身体を弛緩させ、エリカに一礼すると、静かに去って行った。


「あなた、お母様達とのお話し合いの前に、少し二人だけでお話しませんか?」


マリー将軍の姿が見えなくなると、エリカが口を開いた。


先程のマリー将軍とのことを問い質されるのかと、少し動揺したことなど微塵も見せずに、和也は頷く。


「では、わたくしのお部屋に参りましょう。

あなたもお疲れでしょうし、紅茶でも飲みながらゆっくりとお話ししましょう」


そう言いながら、笑顔でしっかりと腕を組んでくるエリカに引きずられるように、和也は謁見の間を後にした。



 部屋に着くなり、お付の侍女に女王への伝言と、暫く誰もこの部屋に近付けないように指示を出すと、エリカは先ず紅茶の用意をし、手持ち無沙汰で所在なさげに立っている和也を、椅子ではなく、自分のベットの上に座らせた。


そして、自分もその隣に座ると、和也の肩に頭を凭せ掛け、悪戯を見破った姉のような表情で、口を開いた。


「わたくしが、先程のマリー将軍との会話を気にしているとお考えなのでしょう?」


いきなり核心を衝かれた和也は、気の利いた台詞の1つも言えず、恐る恐るエリカを見る。


だが、エリカの表情の中には怒りは露ほども存在せず、寧ろ嬉しそうに笑っていた。


「良い機会なので、少しお話させて下さい」


和也の肩に頭を凭せ掛けたまま、瞼を閉じてゆっくりと語り出す。


「わたくしは、あなたを自分一人で独占しようなどとは考えてもおりませんし、それができるとも思っておりません。

あなたは全世界の創造主。

唯一の神なのですから。

そのお力は無限で万能。

あなたがその気におなりになれば、できない事などないのですから。

あなたに抱かれ、そのお力の極僅かを頂いただけでも、それがよく分ります。

そんなあなたを、わたくし一人が独占して良いはずもありませんし、したいとも思いません。

寧ろそのお力で、これから出会い、あなたに惹かれていくであろう多くの女性達を幸せにしてあげて欲しい。

心から、そう思います」


あくまで穏やかに、そう語りかけてくるエリカに、和也はこれまで自分が観察してきた数え切れぬ程の男女の関係を思い出し、疑問に思って尋ねてみる。


「男女を問わず、好きな人を独占したいと思うのは、当たり前のことではないのか?

少なくとも自分は、エリカを誰にも取られたくないし、他の男に触らせたくもない」


「それがお互いに普通の人であったなら、そうでしょう。

特別な力がなければ、一人を幸せにするだけで精一杯なのです。

それにわたくしも、あなた以外の異性に心を許す気はありませんし、身体を触れさせるつもりもありません。

わたくしは、あなたに近寄って来る全ての女性を愛して欲しいと言っている訳ではありません。

自分が身を委ねるのはあなた以外に考えられない、そういう女性だけを受け入れて欲しいと言っているのです。

他の男性に身を任せるくらいなら死を選ぶ、そういう女性だけを受け入れて欲しいと。

・・人の巡り合わせとは不思議なものです。

自分ではどうしようもない。

わたくしは運良く、あなたの最初の女性として、あなたに出会えました。

ですが、もしその前にどなたか別の女性とあなたが出会われていて、あなたがその方だけをお選びになっていたらと思うと、正直、正気を保てる自信がありません。

その上で、この国のために世継ぎを設けなければならない身として、他の男性に身を任せることになったとしたら、その前に躊躇いなく死を選んだでしょう。

・・お互いの相手は一人だけ、それはそれで素晴らしいこととして尊重致します。

ですが同様に、お互いが納得さえしていれば、そうすることで互いが幸せになれるのだとしたら、一人が多くの異性を抱えたとしても問題はないと、わたくしは考えます。

倫理や道徳は大切ではありますが、人の心を踏みにじってまで守るべきものではないと、わたくしは思います。

行き場のない気持ちを抱え、絶望の涙を流す人の手助けができるのなら、自分が強くそう望むなら、そうするべきだと、そうして欲しいと、わたくしはあなたに、心から願います」


長い独白を終え、甘えるように、頭を和也の肩に擦り付けるエリカ。


その話に深く感じ入った和也は、1つだけ疑問に思った点を尋ねてみる。


「だが、果たして自分のことをそんなにまで愛してくれる女性が、エリカの他に現れるだろうか?

エリカでさえ、半分以上はこの世界がそうしてくれたようなものであるし」


和也がそう言った瞬間、まるで時間が止まったかのように、場の雰囲気が一変する。


エリカがゆっくりと上体を起こす。


その顔は笑顔ではあるが、とてもそうは思えない独特の雰囲気を醸し出している。


「あなたはご自分の評価が低過ぎるのですわ。

それと、たとえあなたであっても、わたくしのあなたに対するこの気持ちを、否定なさることは許しません。

そんな前提がなくても、僅かな時間しかあなたに接していなくても、わたくしがこの身の全てを懸けて愛するだけのものを、あなたは既にお示しになられてます」


ベットから立ち上がり、冷めてしまった紅茶に保存の魔法をかけて適温を保たせると、エリカは再び和也の側までやって来て、自分の失言に冷や汗を流す和也をベットに押し倒す。


「折角、夜まで我慢しようとしていましたのに台無しですわ。

幸いまだ時間もあるし、今からたっぷりと、わたくしのあなたへの愛を教えて差し上げます。

二度とそんな事を言わせないように。

覚悟して下さいね」


そう言って、にっこり笑いながら、和也の服を脱がしにかかるエリカに、彼は最早為す術がなかった。



 数時間後、エリカの愛をその身にたっぷりと叩き込まれた和也は、自分の胸を枕代わりに横になっているエリカに尋ねた。


「そういえば、先程自分にマリー将軍の話をする際、妙に嬉しそうな顔をしていたが、何故だ?」


「だって、あなたが他の女性から好意を向けられるのが嬉しいのですもの。

それも、マリー将軍のような素敵な方から。

わたくしの旦那様は、こんなに素晴らしい方なのよと、自慢したくなるのですもの」


「確かにエリカを連れて歩けば、自分も、もう一人ではないと誇らしく感じるだろうが、自分はエリカに集まる男達の視線を喜ぶ気にはならないな」


その時の光景を想像しているのか、苦笑いする和也。


「わたくしも、今まではそういった視線に嫌悪感しか抱きませんでしたが、あなたという確固たる存在ができましたから、これからはもうどんな目で見られようと平気です」


和也の胸から顔を上げ、片手でその長い髪を払いながら彼にそっと口づけると、エリカは少し名残惜しそうにしながら告げる。


「もうそろそろ、お母様達とのお話合いの時間ですわ。

一緒にお風呂で汗を流して向かいましょう」


気が付けば、まだ明るかったはずの窓辺の日差しが、夕暮れの赤みを帯びて、人々の1日を労っていた。



 「お母様、お父様、お待たせして申し訳ありません。

お話し合いに参りました」


以前、和也を招いて私的な晩餐会をした王家のプライベートルームで、夕食後のワインを楽しみながら待っていた両親に、エリカは詫びる。


「構わぬ。

御剣殿もお疲れであっただろうし、今は二人きりの時間が何より楽しい時でもあろう?」


目の縁をほんのり赤く染めながら、妖艶な雰囲気を漂わせて女王が答える。


「今は、ではなくて、これからもずっとです」


母親の軽口を笑顔で往なしながら席につくエリカ。


人払いしてあるので側にメイドは控えておらず、和也が自分からエリカの隣に座ると、会話が始まった。


「さて、先ずは先程聞けなんだ御剣殿の素姓から伺いたいが」


女王の、ある意味根源的な質問に、和也はエリカの顔を窺い、その顔が僅かに頷くのを見ると口を開いた。


「これから言う事は嘘偽りない真実だ。

信じて貰えるかどうかは分らぬが、エリカに誓って本当の事しか言わぬ」


そう前置きして、更に和也は言葉を続ける。


「自分はこの世界、より正確に言うと、全宇宙を創造した唯一の神だ」


和也が前置きの台詞を口にした際、手にしたワイングラスをテーブルに置き、真剣に聞く姿勢を示していた女王と宰相は、次の台詞を耳にして、何とも言えない表情をした。


和也がエリカに誓って嘘偽りないと言った以上、今和也が述べた事は真実なのだろう。


しかし幾ら何でも神とは、それも、宇宙がどんなものかは分らぬが、この世界を創造したとは、到底想像もつかなかった。


二人の様子から、俄には信じられないようだと判断した和也は、1番簡単な方法を採る事にした。


即ち、自分の創造した宇宙を、実際に見て貰うことにしたのだ。


「では、我の創りし宇宙をお見せしよう」


神としての力を振るう和也の言葉遣いと雰囲気が、それに相応しいものに変化する。


次の瞬間、和也達の座るテーブルを中心とした僅かな空間を残して、辺り一体が深い闇に包まれる。


突然の暗闇に不安を感じた女王が、隣の宰相の手を握ると同時に、周囲の壁がワイドスクリーンと化し、そこに、和也が無から全宇宙を創造してゆく様がまるでビデオの早送りのように写し出される。



 何もない、何も見ることのできない空間に、数多の小さな光が生まれ、それは時間と共に様々な色に変化していく。


引かれ合い、ぶつかり合っては大きさを変え、形を変えて別の輝きになる。


やがて、それは幾つかの集団を作り、受け入れられないものを互いに弾きながら距離を取っていく。


ここで、視点がゆっくりと、その中の1つにズームアップされ、炎を撒き散らしながら輝く、一際大きな星の周りを、幾つかの小さな星が周回する様が見て取れた。


互いに一定の距離を保ちつつ、規則正しく回っている星たちの中には、その星専用の、少し小さめの別の星を従えているものもあり、それが、中心に位置する炎の星からの輝きを反射して、自らが付き従う星に、昼夜の区別を生じさせていた。


更に視点が絞られ、その内の1つに迫っていく。


大気を掻き分け、雲を払って見えたその景色は、見ている者に、ある種の懐かしさを感じさせる場所であった。


ごつごつした、剝き出しの岩石だらけの地表を、時折、火山が噴火した際に溢れ出た溶岩が舐めていく。


強風が吹き荒れ、嵐が大地を蹂躙し、火山灰で曇った空が強い日差しを遮ると、気温の急激に下がった世界に、様々な生命が芽吹き始める。


海ができ、森が生まれて川が生じ、草原が姿を現す頃には、地上には沢山の生物が満ちていた。


それらの進化の過程を一通り映し出した後、場面が変わり、スクリーンが、とある人族の集落の様子を見せ始める。


人間とは少し異なる容姿をした、美しい種族のそれは、エルフ族、エリカ達セレーニア王国のものだ。


何かのお祭りでもあるのか、王宮のような建物の周りに人々が集っていた。


視点がその建物の中に入ってゆく。


辿り着いたその先には、一人の女性が、たった今産み落としたばかりの娘に、疲れた笑みを見せていた。


「・・母上」


侍女と思しき女性に大切に抱えられ、産声に疲れたのか、やがて眠りに落ちた娘を愛しげに見つめる女性を凝視しながら、女王が信じられないように口を開く。


若くして病に倒れた母の姿を再び目にした女王の瞳から、ゆっくりと、一滴の涙が頬を伝って流れ落ちた。



 約2時間程の映像はそこで途切れ、部屋に明るさが戻る。


和也によって障壁が張られ、映像を盛り上げるための効果音が現地さながらに流れていた空間は、目にしたものの衝撃から立ち直ろうとする者達の作り出す、深い沈黙に包まれていた。


やはり、最初に口を開いたのは女王だった。


「今の光景は、魔法で幻覚を見せられた訳ではないの。

明らかに真実を写しておる。

母上の顔など御剣殿の知る由も無いし、この王宮の1つ前の姿でさえも、知っていたとはとても思えん。

そして、深緑竜や帝国との戦で見せたあの力。

・・どうやら信じるしかないようだの。

御剣殿が、この世界の創造神であられるという事を」


和也の言葉を受け入れた女王の、彼に対する言葉遣いが敬語に変わる。


「知らぬ事とはいえ、貴方様がこの国にお越しになってから、家臣や国民が様々な無礼を働いたと思われます。

その罪は、皆を預かる妾一人のもの。

どうか罰は妾一人に。

他の者達はお許し下さい」


何かを言おうとした宰相を押し止め、座っていた椅子から降りて和也の前で跪き、両手を床に付けながら、ゆっくりと頭を下げる女王。


予想外の事を言われ、女王が土下座するのをつい見過ごしてしまった和也である。


「面を上げよ。

立ち上がり、元の椅子に座るが良い。

話はそれからだ」


和也の、有無を言わせぬ神の威厳に満ちた声に、弾かれたように立ち上がった女王が、椅子に座るのを待って、話を続ける。


「何か勘違いしておるようなので先に申しておくが、我はお前達を糾弾するために素姓を明かしたのではない。

エリカを娶る以上、義理の親となるお前達に誠意を見せたに過ぎぬ。

故に、謝罪など不要であるし、そもそも、謝られる事など何もない。

お前の理屈からすれば、お前達エルフ族の行いも、それを誕生させた我の責任ではないか」


女王が土下座した時は、それを許してしまった自分に腹を立て、つい口調が厳しくなった和也であるが、今は落ち着きを取り戻し、穏やかに話しかける。


「寧ろ我は感謝しておるのだ。

エリカを産み、素晴らしい女性に育ててくれたことを。

愛情を注ぎ、慈しんでくれたことを。

お前達のお陰で、エリカはただの美しいだけの娘ではなく、聡明で、思い遣りのある女性に成長した。

お前達の自慢の娘であると同時に、我の自慢の妻でもある。

礼を言うぞ」


どう見ても10代にしか見えない、清潔感が漂いながらも黒ずくめの簡素な服しか着ていない和也が、きらびやかな衣装に身を包み、女王として過ごしてきた年月の長さから、風格まで備えたエリカの母親に対して、上から目線でものを言っている状況は、見る人が見れば、何とも奇妙な光景に映るかもしれないが、その場に漂う、和也が発する神としての威厳を感じ取れたならば、納得するしかないであろう。


罰を受けるどころか、自分達に礼すら述べてくれた和也の、そのかけてくれた言葉の優しさ、温かさに、涙腺を抑えるのが精一杯の女王に代わり、宰相が深く頭を下げる。


女王が落ち着くのを待って、和也は今後の事について二人に告げる。


「この国の今後について、実は1つお願いがある。

魔の森についてだが、できればあそこは、なるべく保護して欲しいのだ。

勿論、立ち入るなと言っている訳ではない。

必要な素材も多いだろうから、ある程度は仕方がない。

だが、くれぐれも乱獲や無理な伐採はしないで欲しいのだ。

・・あそこは我にとって少し特別な場所でな。

国の経済に負担にならない程度に保護してやってくれ。

ただし、樹人族に関しては、向こうから攻撃をしてこない限り、手出しを禁止する。

これは厳命だ。

その代わり、彼らが亡くなった時、一定数の亡骸を、指定の場所に転移させよう。

奇麗な状態のまま手に入るのだから、お前達にもその方が良かろう?

これらの事をお前達が守るのであれば、我はその見返りとして、この国を守護しよう。

如何なる外敵からも国と人民を保護しよう。

どうだ?」


「それは御剣様がこの国に居て下さるという意味でしょうか?」


「いや、我はエリカを連れて、気の向くままに旅をする。

本来なら、我がこの地に居ずとも、ここで起きた事を把握するのは容易いが、訳あって、この世界に1000年の間、管理者を置くことにした。

暫くの間、その者を通じてこの世界を管理する」


「管理者でございますか?」


「お前達もよく知る人物だ。

名をエレナという」


「え!?」


女王達より先に、エリカが驚いた声を上げる。


「あれ程の事を仕出かして、お咎めなしという訳にもゆくまい。

だが、酌量の余地はあった故、我の眷族として迎え入れ、仕えさせることにした。

因みに、1000年の後、罪を償った後は、我が居城のメイド長に就任する事が決まっておる。

序でに、エリカ専属のメイドにもな」


「あなたったら、本当にもう、・・後でお話があります」


嬉しさを隠し切れない表情でそう言ったエリカの顔に、和也は、やはりこれで良かったと満足した。


和也の視線がエリカから離れ、自分に返答を促すように向けられると、女王は姿勢を正し、この国の未来を決める返事をする。


「お申し付け、セレーニア王国女王の名において、謹んでお受け致します。

この国を宜しくお願い致します」


「そう言ってくれるか。

ならば、我もエリカに誓おう。

約束が果たされている限り、未来永劫、この国を守護すると」


お互いに、最大の懸案事項が片付いた後は、神としての威厳と能力を抑え、緊張感の欠けた状態に戻った和也が、恐縮する女王達に普段通りの態度と言葉遣いを求め、和やかに談笑するのであった。

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