第10話
不眠不休で戦の準備の指揮を取り、怜悧な美貌に隠し切れない疲労の色を浮かべた女王の下にその知らせが届けられたのは、開戦までもう間も無くの、居並ぶ重臣達に今将に激励の演説を始めようとしている時であった。
「申し上げます!」
本来なら、女王がこれから大切な演説をするのを遮って、一伝令に過ぎない兵士が自分の報告をすることなど許されるものではない。
だが、叱りつけようとした者達も、その兵士の浮かべる必死の形相に、何事かと、皆、口を閉ざした。
「魔の森から多数の魔獣が押し寄せて来ております。
更に、上空には竜と思しき姿も確認されております。
もう間も無く、ブレスの射程に入るものと思われます」
「何じゃと!」
周囲の動揺は、女王の発したこの一言に集約された。
「深緑竜のブレスの直撃を受ければ、魔法師団の半分を犠牲にして張り直させた障壁もそんなには持たん。
よりによってこの大事な時に。
・・エレナか。
あやつがそこまでこの国を恨んでおったとは・・・」
だが、後悔するのも考えるのも後。
今は一刻を争うのだ。
そう思った女王は、直ぐに指示を出す。
「残りの魔法師団を全て裏門に展開させよ。
少しでも長く障壁を支えるのじゃ。
民を犠牲にしてはならん。
マリー将軍、弓兵の部隊を城壁に集結させよ。
襲ってくる魔獣を障壁に近付けるでない。
将軍自身は歩兵部隊を率いて正門付近に陣を張れ。
こちらから打って出る必要はない。
あくまで防戦に徹するのじゃ」
只でさえエルクレール帝国との兵力差は約150倍。
相手の最大兵力30万に対して、こちらは2000足らず。
魔法師団が全員揃っても勝てる見込みはほとんどない。
あちらには魔導砲すらあるのだ。
そこへ更に深緑竜と魔獣の群れの襲撃。
居並ぶ重臣達の表情にも、諦めの色が濃く滲み出ている。
それでも皆、泣き言一つ口に出さないのは、
その中で一人だけ、他とは異なる感情を持つ者が居た。
マリー将軍である。
小さな国ゆえ、将軍は自分一人しかいないが、それでも軍を束ねるトップとしての自覚と誇りは人並み以上にあるつもりだ。
今回の戦は、まず勝ち目はないだろう。
自分も死ぬに違いない。
軍人として生きると決めた時から、死ぬ覚悟はできているつもりでいた。
だが、和也に出会ってから、ほんの少し未練が生じ始めた。
軍人ではなく、一人の女性として、和也に接したい。
異性として、人並みの経験もしてみたい。
そう思うようになった。
エリカに対する遠慮は勿論あるが、ほんの少しくらいならと考えてしまうのだ。
でもそれさえも、今となっては叶いそうもない。
せめて、・・もう一度会いたかった。
そんな気持ちを断ち切るように、静かに瞼を閉じたマリー将軍の耳に、この非常時にありながら、規則正しい、穏やかな靴音が響いてくる。
その足音は、まるで悲壮な決意を
段々近付いてくる足音は、玉座の裏にある、王家の居住空間へと繋がる扉の前で止まり、やがてその扉がゆっくりと開かれる。
皆が一斉に振り向いたその視線の先に、相変わらず緊張感のない、だがそれでいて見る者の心に畏敬の念を抱かせずにはいられない和也の姿と、その背後で慎ましく控える、近隣諸国に戦を起こさせるほどの美貌を、壮絶なまでに増したエリカの姿があった。
暫しの沈黙の後、初めての恋をして、その姿に艶と華やかさを増した娘を愛おしげに見ながら、女王が口を開く。
「二人の時間を楽しんで貰えたかの?
知っての通り、この国は間も無く帝国との戦に入る。
おまけに先程、深緑竜と多数の魔獣が押し寄せているとの報告があった。
せめて、そなた達二人だけでも逃がしてやりたいが、それも無理かもしれん。
これからが楽しい時だというのに・・済まんの」
娘に対する、今できる精一杯の愛情を込めた女王の言葉に応えたのは、エリカではなく、和也であった。
「僅かな滞在の間に、この国は自分に様々なことを経験させてくれた。
何より、エリカという、掛け替えの無い存在を与えてくれた。
自分は今、この国を、この世界を本当に愛しく思っている。
故に、自分の大切なものを守るため、我が力の一端を示そう。
皆は戦に出る必要はない。
エリカとの有意義な時間を与えてくれた礼だ。
ここで休んでいるが良い」
普段の和也とは大分話し方が異なるが、その事に誰一人違和感を覚えない。
今の和也が醸し出す圧倒的な強者の雰囲気、その身体から溢れ出す厖大な力の波動に、皆、口をきくことさえできない。
唯一、エリカだけが和也の前に進み出て、全幅の信頼をのせた笑みで言葉をかける。
「この国の未来、そのお力に託します。
民の暮らしを、その夢と希望を、どうかお守り下さい」
エリカの言葉に、柔らかな笑みで以って応えた和也は、ゆっくりと謁見の間の中央に進み出る。
そして腰の剣を引き抜くと、その足元の床に軽く打ち付けた。
刹那、和也の足元に黄金色の魔方陣が浮かび上がる。
その魔方陣から、光の輪が分離し、ゆっくりと、足元から和也の姿を変えていく。
「「物質変換!!!」」
「信じられん、そんなことが本当に可能なのか!?」
和也の視線から外れたことで、その圧力から解放された周囲の者達が、変わりつつある彼の様を見て、悲鳴にも似た声を洩らす。
その視線は、光輝く白銀の鎧を身に付け、純白のマントと、目元と鼻を覆う白銀の兜を付けた和也の姿に釘付けだ。
力の行使に服装など関係ないのだが、以前地球で観たアニメに感化された和也は、自分も一度、変身というものをやってみたかったのだ。
姿を変えた和也が、徐に天井を見上げる。
すると、天井の一部が消失したように、朝焼けの空が顔を覗かせた。
「行ってくる」
自分をうっとりと見つめるエリカに一言告げて、和也は上空へと飛び立つ。
一連の出来事をただ呆然と眺めていた者達に、エリカがまるで悪戯をする前の子供のような笑みを浮かべながら、声をかける。
「折角の和也さんの勇姿、是非この国の民にも見ていただきましょう」
そう言うや否や、和也が飛び立って元に戻った天井に、ワイドスクリーンのような映像が浮かび上がる。
同じ頃、外の様子が騒がしいことに異変を感じて起き出してきた人々の頭上に、突如、国を囲むようにして同様の映像が現れる。
その映像には、今将にブレスを吐こうとしている深緑竜に、不敵な笑いを浮かべながら対峙する和也の姿があった。
この
話は少し遡る。
深緑竜が怒りに任せて巣穴から飛び出そうとした時、1体の地竜が訪ねて来た。
見覚えのあるその竜は、念願の子を授けてくれた自分の
「何の用?
今忙しいのだけど」
本来なら、こちらに用がない時は相手にもしないのだが、子供ができたことで多少は話を聞く気になった。
「特に用がある訳ではないんだ。
あ、怒らないでくれ。
子供に一目会いたいと思っただけなんだ。
君の子なら、さぞかわいらしいだろうと思ってね」
「そう。
でも残念ね。
今いないわ」
「こんな夜遅くにかい?
まあ、一目で君の子だと判るだろうから、他の魔獣も手出しはしないと思うけど」
「魔獣ならね」
「?
どういう意味だい?」
「エルフに捕まった可能性があるわ。
黒い方の。
200年振りくらいかしら。
またあの嫌な臭いを嗅がされたの」
「エルフ?
・・ああ、例の魔獣を操るとかいう秘薬か。
でもあれ、俺達竜族には効かないだろう?」
「・・私としたことが。
じゃあ、まさか人間族に?
あの子は凄く可愛いから、ペットにでもするつもりで?」
その瞬間、巣穴の雰囲気が一変する。
強烈な殺気が周囲に撒き散らされ、番の竜も思わず身を竦ませた。
「その可能性は少ないと思うが、念のため俺達も出向こう。
故郷の森に顔を出そうと思って、ちょうど仲間達を連れて来ているしな。
今日はその途中で寄らせて貰ったんだ」
「必要ないわ。
あんな小さな国、私一人で十分よ」
地竜は、会話するのももどかしく、今にも飛び立とうとする深緑竜を必死に引き止める。
子供ができたことで、自分がもう用済みになることを恐れ、何とか自分の有用性を売り込もうと言葉を続ける。
「エルフの国だけなら確かにそうだろうが、もしかしたら、既に何処かに運ばれているかもしれないだろう?
その時は各地に分散して探さねばならない。
数が多い方が良い。
幸い、俺には仲間がたくさんいるしな」
「・・確かにそうかもしれないわね。
分ったわ。
付いて来なさい」
普段はそれなりに思慮深い深緑竜だが、頭に血が上ると思考が単純になる。
その事を熟知していた地竜は、その言葉にほっとした。
本来、自分より遥かに格上の深緑竜が、地竜の自分を番に選ぶことなど有り得ない。
深緑竜の個体数が極めて少ないことを考慮しても、それは破格の扱いだった。
それを可能にしたのは、どんなに邪険にされても、相手にされなくても、ひたすら通い続けた地竜の根性と、力押しが多い竜族には珍しく、相手をよく見て、物事を効率的に運ぼうとする彼の観察眼だった。
「ありがとう。
では俺は仲間達を呼んでくる。
君は先に向かっていてくれ。
直ぐに追い付く」
これ以上、引き止めるのは無理だと判断した地竜は、深緑竜を先に行かせ、自分も全速で仲間達の所に向かうのだった。
セレーニア王国まであと少しの所で、王国の中央付近から、轟音と共に光の柱が天に向かって伸びるのを見た私は、何事かと、空中で停止して見守った。
眩い光が収まると、自分と同じくらいの上空に、黄金色の魔方陣の上に立つ、白銀の鎧に身を包んだ一人の人間と思しき男が現れた。
その男は、自分に眼を向け、こちらが様子を窺っているのを理解すると、徐に視線を下に向け、王国の障壁に突進しようと突き進んでいる魔獣達に目を遣った。
そして直ぐに、その視線が険しいものになったような気がした。
魔獣達に攻撃しようとしているのかと考えた私は、彼らを無駄に殺させぬべく、咄嗟にその男に向けてブレスを吐いた。
スピードを重視したので、威力はそれ程でもないが、人間の男一人を殺すには十分過ぎる力を持ったそれは、信じられないことに、その男がブレスに向けて煩わしげに開いた掌に、簡単に防がれてしまった。
未だ嘗て、私のブレスを防いだ者は一人もいない。
たとえ、本気で放ったものでなくても、弾かれたことがあるのはこの国の障壁くらいだ。
その障壁とて、片手間に放ったブレスの3、4発で砕け散る。
なのに、あの男はまるで虫けらを払うかのように、私のブレスを防いで見せた。
只でさえ我が子を拉致された怒りで沸騰寸前だった私は、自分のプライドを傷つけたこの男に、いとも簡単にキレてしまった。
自分の持てる最大威力のブレスを放つべく、魔力を身体中に漲らせていった。
王国の上空へと舞い上がった和也は、数百m先で、深緑竜がこちらを窺っているのに気付いたが、仕掛けてくる様子もないので、先ずは魔獣達をどうにかしようと考えた。
そして視線を向けたその中に、自分に親切にしてくれた樹人族の魔物がいるのに気が付く。
あんなに温厚で親切な樹人まで、その意に反して襲撃させるダークエルフの秘薬と術式。
和也はそれに怒りを覚え、先ずは魔獣達に掛けられた術を解こうとした時、突然、深緑竜がブレスを吐いてきた。
本気ではないようなので、片手で払い除け、魔獣達に術式解除の魔法を使おうとした際、深緑竜から急激な魔力の上昇を感じた。
自分の邪魔をする彼女に苛立ちを感じながら、そちらに再び目を遣ると、今将に、彼女が最大威力のブレスを吐くところだった。
先程のブレスとは比べものにならない、ブレスの周りを雷光が螺旋状に纏わり付いて迫ってくるそれを、和也はまたしても片手で払い除ける。
だが、その後に見せた表情は、前回と大きく異なっていた。
「お前が今、我に放ったブレス。
それをもしこの国に向けて放っていたら、セレーニア王国は無事では済まなかっただろう。
我の大切な人達が、只では済まなかっただろう。
頭では大丈夫だと分ってはいても、もしエリカに何かあったらと考えると、我はこの怒りを抑えることができない。
力ある者は、その力の行使に常に責任と自覚を持たねばならない。
故に、その考えなしに力を振るったお前には、罰を与えよう。
あの者の母親のようだから、殺しはせん。
だが、相応の報いは受けて貰うぞ」
湧き上がる怒りを、低く、平坦な声音に変えてそう言った和也は、今の自分が直接手を下すのは手加減がめんどうだと判断し、少し考えた末、ある者達のことを思い出した。
「・・お前達、起きているか?」
まるで、独り言のように呟いたその言葉は、時空を超え、次元を超え、意図した相手に正確に届く。
その瞬間、世界が震えた。
そして、何処からともなく、複数の声が響いてくる。
「初めまして、お父様。
やっとお声をかけていただけましたわ」
「遅い、遅過ぎます。
もう少しで、あと1万年は口をきいてあげないところでしたわ」
「我が創造主にして全能なる神よ、貴方様のお力になれることを、心待ちに致しておりました」
「お声をかけていただけるまで、この世界の魔素の一部となって、陰ながらお姿を拝見致しておりましたわ」
「遅いです、お父様。
私のことを忘れてしまわれたのかと、心配しておりました」
「・・寂しくて、引籠りになるところだった」
「済まんな。
皆の成長を心から嬉しく思うぞ。
よく働いてくれているようで、何よりだ」
和也が声をかけた相手、それは、彼が様々な惑星を創造した際、生命の宿る可能性を秘めたものに限って、その後の成り行きを見守らせていた六人の精霊王達である。
光、闇、火、水、風、土を司るこの六人は、和也によって特別に自我を与えられ、人の子が成長するように、長い時間をかけてゆっくりとそれを育んできた。
彼女らが、和也のことを父と呼ぶのはそれ故である。
「早速で悪いが、お前達の力を借りたい。
成長したお前達にも会いたいしな」
逆手に持った剣を再び魔方陣に軽く打ちつけながら、和也は言葉を発する。
「我は命ずる。
世界の根源たる六名の精霊王達よ、我が下に集いてその力を示せ」
刹那、足下の魔方陣の輝きが激しさを増し、和也を中心とした光輝く曼荼羅が、その背後の空間に出現する。
そして、彼を囲むように存在する6つの円形の空間、そのそれぞれの中心にある、各精霊を象徴する紋様が輝くと、その扉がゆっくりと開かれ、六人の美しい女性達が姿を現した。
尤も、人間のように実体が有る訳ではない。
各精霊を象徴する色彩が、人の形態を取っているだけだ。
「こんなに嬉しい日が来るなんて・・お待ちしていた甲斐がありましたわ」
「想像していた通り、お父様は素敵な方です。
お慕いしています」
「何なりとお申し付け下さい。
この力は全てお父様のために」
喜びを表現する精霊王達に和也は告げる。
「我の大切なものを傷つけようとした存在、あの深緑竜に罰を与える。
今の我では加減が難しいのでな。
お前達の力の、そのほんの一部を借りるぞ。
・・風よ、天駆ける自由な風よ、刃となりて我が敵を切り裂け。
烈風刃」
その言葉と共に、曼荼羅を構成する円の1つが輝きを増す。
指名を受けた風の精霊王が優雅に一礼し、その顔を上げた直後、暴風と呼ぶには生易しいほどの威力を持った風刃が、深緑竜目掛けて襲いかかっていった。
信じられない。
信じたくない。
私の最大威力のブレスが、堅牢な城壁で守られた都市でさえ、容易く破壊できる私のブレスが、・・防がれた。
いとも簡単に、まるでハエでも追い払うかのように。
しかもその後、雰囲気が一変したあの男は、何やら得体の知れない者達を召喚した。
精霊のように見えるが、纏っている力が尋常ではない。
私では足下にも及ばないだろう。
それが、・・6体。
どうやら私は、決して手を出してはならない相手に、喧嘩を売ってしまったようだ。
6体の内の1体が輝いた。
これまでのようだ。
あの子を取り戻すつもりが、こんなことになるなんて。
私は、迫り来る突風に目を閉じた。
直後、何かにぶつけられる衝撃に目を見開く。
すると、番の地竜がずたずたに切り裂かれて血だらけになりながら、静かに落下していくところだった。
そういえば、後から追い付くと言ってはいたが。
私を庇った?
いつもぞんざいな扱いしかしてこなかったのに?
思えばいつも、彼は私のことをよく考えていてくれた。
なかなか子供ができなくていらいらして、彼を殴ったこともある。
暴言を吐いたことは数え切れない。
それでも彼は、必要だと思った時にはいつも側に居てくれた。
そこまで考えた時、先程とは別の1体が輝いた。
後ろを振り向くと、彼が連れて来たであろう仲間達が、空中で平伏している。
下位の地竜でも、あの男の危険性が理解できるようだ。
私は、考えるより先に体が動いていた。
傷つき、今にも死にそうな自分の番を、新たな攻撃から守るために。
地面に横たわって動かなくなった彼の前に立ち塞がった時、蒼い波動が周囲を包み込んだ。
「あれ?
お父様のご指示通り、かなり手心を加えたのに、死んでしまいそうだ」
風の精霊王が酷く驚いている中、和也は別のことを考えていた。
そうか。
あいつにも、守ろうとしてくれる存在がいるのだな。
ならばそう悪い奴でもあるまい。
あの者の母親でもあるし、この辺で許すとするか。
少し大人げなかったしな。
そう思い、再び地上を見遣ると、多くの魔獣達の死に物狂いの突進で、障壁にはひびが入り、その魔獣達も傷だらけで、全身から血を流していた。
ゆっくりはしてられんな。
「水よ、生命を育み、全てを癒す恵みの水よ、傷つき、傷つけられたものたちを回復せよ。
・・天癒」
曼荼羅を構成する、先程とは別の円が輝き、指名を受けた水の精霊王がにこやかに微笑んだその瞬間、魔の森を蒼い光が包み込んでゆく。
魔獣達の傷は一瞬で消え去り、今にも息絶えそうであった地竜は、何事もなかったかのように身を起こした。
魔獣達の突進で踏み潰された草花は、その姿と瑞々しさを取り戻し、幹や枝を折られた木々は、かつての若葉を蘇らせた。
羽を折られた蝶が再び花々を舞い、小鳥達がさえずりを再開させる。
楽園としての一面をもった魔の森が、完全に蘇った瞬間であった。
和也はそれに満足すると、魔獣達に掛けられた術式を解除する。
暫く、何故そこに居るのか分らないような素振りを見せていた魔獣達だが、やがてゆっくりと、元の森へと帰って行った。
『さて、深緑竜よ、我が声が聞こえるか?』
いきなり頭の中に響いてきた声に、酷く驚いた様子ではあったが、深緑竜は素直に頷いた。
『声に出す必要はない。
頭の中で念じれば良い。
お前は何故、この国を攻撃しようとした?
子供を連れ去られたからか?』
以前の深緑竜からは考えられないほど素直に、彼女はその理由を語る。
ダークエルフの秘薬が齎す効果と、過去の
やっと産まれた我が子を連れ去られたと思ったこと。
それらを聞き終えた和也は、少し苦笑いをして、先ずはこれ以上、同じことを繰り返させないように手を打った。
ダークエルフの秘薬の核となる植物、その成分を少しいじって、全く無害なものに変化させる。
そして、深緑竜に子供を返すべく、王宮の自分の部屋を透視すると、寝ているはずの小竜が、自分のベットで匂いを嗅いでいるところだった。
まるで、何かを記憶に留めるように熱心に嗅いでいる。
猛烈に嫌な予感がした和也は、直ぐに小竜をその親元へと転移させる。
いきなり我が子が目の前に現れ、驚きはしたものの、深緑竜は透かさずその子を包み込んだ。
『済まんな。
散歩の道連れとして、我が少しばかり借りていたのだ。
目覚めたら返そうと思っていたのだが、遅くなって申し訳ない』
深緑竜の放ったブレスで、もしエリカが傷つけられたらと、自分でも意外なほど熱くなったことを考えれば、彼女のしたことをそう責められはしない。
自らの非を詫びて、もう一方の敵に向き合おうとしたその時、初めて小竜の声が頭に響いた。
『私、大人になったら貴方様のお側に行きたい。
またお会いできますよね?』
『・・え、縁があれば、その内な』
成竜になれば、そんなことは思うまい。
そう考えて、この時は適当な返事をしてしまう和也。
後にめんどう事に巻き込まれる羽目に陥るが、それはもっとずっと先のことである。
番と我が子を連れて去って行く深緑竜を、少し疲れた目で見ていた和也の背後から、エルクレール帝国の魔導砲が襲ってきたのは、将にそんな時であった。
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