第7話

 その朝、和也は今までで最もすがすがしい朝を迎えた。


有り余る余暇の過ごし方として睡眠を取り入れて以来、こんなに良く眠れたことは初めてであった。


エリカの甘く優しい匂いに包まれて、心まで充足している気がする。


起きるのが勿体無くて、そのまま目を閉じていると、自分の腕の中で身じろぎするエリカに気付いた。


その幸せを噛み締めていると、やがて、唇を優しく塞がれる。


どうやら起きたようだ。


朝にしてはいささか濃厚過ぎる口づけの後、ゆっくりと身を起こしたエリカは、傍らに置いてあった衣装を身に付け、係りの者が来る前にと、自らの部屋に戻って行った。


和也は、そんなエリカをベッドの上で見送りながら、今日の予定を考えていた。



 どのくらい時間が経ったであろうか、エレナが来ないことに意外さを覚えつつ、貰った報酬で市場の物でも買おうと部屋を出て、王宮の外まで来ると、向こうからエレナが何やら思い詰めたような顔をして歩いて来た。


こちらに気が付くと、一瞬ビクッと身体を震わせ、その後物凄い殺気を放ってきた。


意図的にそうしている訳ではなさそうだが、溢れ出る殺気を抑えられないようだ。


そこまで彼女を怒らせた覚えのない和也は、とりあえず立ち止まって、相手の出方を待つことにする。


すると、エレナがゆっくりと近付いて来て、無理やり作ったような笑顔で尋ねてきた。


「和也様、本日はどのようなご予定でしょうか?」


「市場で何かを買って、その後、魔の森で残りの魔獣を討伐するつもりだ」


「城壁の隠し扉を開く王家の許可は、もうお取りですか?」


和也が自分の力で障壁をすり抜けて来たことを知らないエレナは、そう尋ねてくる。


「いや、これからだが・・」


「でしたら、それは私が取っておきましょう。

準備ができましたら出口までお越し下さい。

他にお渡しする物もございますので」


「分った。

昼頃に向かうつもりだ」


「では、失礼致します」


エレナは用件のみ伝えると、準備が忙しいのか足早に去って行った。


和也は釈然としないものの、それ以上考えることを止めて市場へと向かう。


昨日と同じような賑わいをみせる通りを歩きながら、今日は買うお金があるので、色々とゆっくり見て回る。


パン屋の前で品揃えを見ていると、店主の女性が声をかけてきた。


「初めてお見かけする方ですね。

どのパンも焼いたばかりです。

お一つ如何ですか?」


未だ不躾な視線を送ってくる者もいる中で、この女性の眼差しは柔らかく、穏やかだ。


少し話してみたくなった。


「どれも旨そうなパンだが、みなパン単体のものばかりだな。

具の有る物はないのか?」


「具ですか?」


「自分の知っている国では、忙しい者達がパンだけで栄養を摂れるように、様々な具をパンに挟んで食べていた。

その他にも、甘い物が好きな子供達が喜ぶように、砂糖や蜂蜜などをかけて焼いたり、でき上がったパンに塗ってある物もあった。

例えば、このパン、白くて柔らかそうだが、これに真ん中から切れ目を入れて、そこに肉や野菜などを挟んで売れば、工房で働く職人達が、作業の傍ら片手で食べることもできる。

手を汚したくない仕事の者には、パン生地に色んな物を一緒に練り込んで焼けば良い。

勿論、パン本来の味や風味を楽しむ者達にとっては、こういうパンだけの物も大事だが」


何時になく饒舌になった和也が、時間を取らせた詫びも兼ね、幾つか購入しようとすると、話を聴いて何かを考えていた女性が徐に口を開いた。


「確かに、今までそういう発想をしなかったことが不思議なくらいです。

とても勉強になりました。

お礼にそちらはお持ち下さい。

お金は結構です」


「ありがとう。

では1つだけ貰って、後は買うことにする。

丹精込めて仕事をされた物には、それなりの敬意を払いたい」


そう言って、金貨を1枚渡すと、その女性はとても感激し、かつ恐縮しながら、『済みません、今はお釣りがありません。銅貨か銀貨をお持ちではないですか?』と尋ねてきた。


少し考えて、収納スペースに入れれば良いかと、釣銭の足りない分を全てパンで貰うことにする。


その女性はそれを聞いて更に驚いたが、今度は申し訳なさそうに、『大変有難いお申し出ではありますが、今あるパンを全てお売りしても、金貨1枚分にはなりません。少しお待ち下さいますか?別の場所でお金をくずして参ります』と言ってきた。


自分の思いつきでかえって迷惑をかけていると感じた和也は、その女性に新たな提案をする。


「ではこうしよう。

足りない分は今度来た時に貰うことにする。

今はここにあるだけで良い」


女性店主はその言葉を聞いて、到頭自らの疑問に耐え切れず、和也に質問をぶつけてきた。


「貴方は何故、今日初めて来たばかりの店を、そこまで信用できるのですか?

うちのパンを、まだ食べてもいないのに」


和也はゆっくりと、言葉を選びながら答える。


「自分が金銭に疎い可能性があることは、パン1つ2つに金貨を渡すことで、君には想像がついたはずだ。

釣銭の足りない分はパンで貰うと自分が言った時も、その無知に付け込んで、パンを高く売ることもできただろう。

自分が只の旅人なのは見れば分るだろうから、それこそ二度と来ないことも有り得る。

少しくらい高く売っても、数が数だけに、自分には分らなかっただろう。

だが、君はそれをしなかった。

エルフとして気高くあろうとする以前に、自らの仕事に誇りを持ち、丹精込めた己の商品を、つまらないことで汚したくないからだと自分は思う。

そして、そんな職人が作ったパンが美味しくないはずがないとも。

・・そう考えたからだ」


この時代、この世界において、店先に並んでいる商品に予め値段が表示してあることは珍しく、そのほとんどは店主との遣り取りで価格が決まることが多かった。


当然、気に入らない客には値段を吊り上げたり、金を持っていそうな客には価格を上乗せするような店もあり、馴染みの店以外で高い買い物をするのはある種の冒険であった。


文明の発達した惑星においては当たり前のようなことでも、その星々によってかなり差があるということを、和也は様々な星の観察で学んでいた。


和也の長い説明を黙って聞いていた女性店主は、段々と顔の表情を崩し、仕舞いにはその瞳に涙を溜めて言葉を紡いだ。


「ありがとうございます。

そう言っていただけて本当に嬉しいです。

ご存知のように、我々エルフは職人組合が作り出す美術品や工芸品が特に有名で、職人といえば、それに携わる人達を指します。

私のようにパンなどの食べ物を作る人はとても職人扱いしては貰えず、どんなに情熱を注いだ物でも所詮は食べ物と軽く見られてきました。

時々、お客さんの中にも、『パンにそんな値段を取るな』などと言う方もいて、正直、少し疲れていました。

だからこそ、貴方が私の作ったパンを、丹精込めたものとして尊重してくれたことが何より嬉しかった。

本当にありがとうございます」


「この国は比較的豊かな国だから想像もつかないかもしれないが、パン1つが人の命を救うこともある。

温かな食べ物は心の冷えた者に安らぎを与え、美味しい食べ物は人の心を豊かにする。

どんな職業であれ、己の心血を注いで人の為にする仕事に、貴賎などありはしないのだ」


和也の言葉を聞いて、口に手を当て、嗚咽を堪えるのが精一杯の女性店主に、『君の作ったパンが、皆に感謝される時がきっとやって来る。足りない分は何れ必ず貰い受けるから』、そう告げて、店頭のパンを全て収納スペースに終い込む。


そのまま去ろうとする和也に、その女性店主から途切れ途切れに声がかけられる。


「貴方という方に出会って、消えかけていた私の心の灯火に、再び火が灯りました。

また是非いらして下さい。

何度でもお越しいただけるよう、日々研鑽を積んで参ります」



 和也は次に、職人街に足を運んだ。


エルフ族の収益の中心地らしく、活気に満ちている。


武器や防具を作っている者、家具や装飾品を作成している者が皆、熱心に働いている。


ここでは直接購入できないようなので、商人組合の方へ足を伸ばそうとすると、話し声が聞こえてきた。


「昨日、久々に大量の魔獣関連の素材が納入されたようだが、残念ながら樹人系魔物の物は無かったようだ。

この分だと、暫くは高級家具の作成はできないな。

商人組合に注文を受けないように言っておこう」


これから自分が討伐に行く対象について、肩を落としながら話す職人に、できれば問題のないことを伝えてやりたかった。



 商人組合の地域に差し掛かり、エリカへの贈り物を探そうと、一番格式の高そうな店に入ろうとしたところ、入り口に立つ接客担当らしきエルフの男性から声をかけられる。


「お客様、誠に恐れ入りますが、当店は一見のお客様はお断り致しております。

申し訳ございません」


「・・それは失礼した」


和也が、ばつが悪そうに、慇懃無礼にそう話す店員に詫びて、足早に立ち去ろうとした時、それを見ていたエルフの女性が声をかけてきた。


「もし宜しければ、私のお店をご覧になってみませんか?

お探し物は何でしょう?」


まるで、恥をかいた自分を慰めてくれるかのような、優しい声色で話してくる。


その心遣いを無駄にせず、和也は自分の捜し求める品を伝えた。


大事な人へのプレゼント。


美しい黄金色の髪に映える、ペンダントを探していると。


それを聴くと、その女性は温かな微笑みを浮かべながら、和也の手を引いて、自分の店へと案内してくれた。


そして、こちらの予算を尋ね、1つのペンダントを奥から出してきた。


プラチナシルバーの輝きを放ち、その両翼を広げて今にも空に羽ばたこうとしている姿の、白鳥の形をしたペンダントを。


和也の目は、それに釘付けになった。


「この鳥は、この辺りに生息しているのか?」


ペンダントから目を離さず和也が問う。


「それはここよりずっと北の極寒の地に住むといわれる伝説の鳥です。

見たことはありませんが、私なりのイメージで作成しました」


「何と言う名の鳥だ?」


「ほぼ全身が真白いので、白鳥と言われています」


「・・このペンダントは幾らだろうか?」


「こちらは、貴重なプラチナを使い、細部を精密に作るために全て手作業で、1つ作るのに6日ほどかかる品物ですので、本来なら金貨5枚頂くところですが、1点もので、もう作ることもできないでしょうから、お客様のような方に購入していただきたいのです。

ですから、金貨3枚で結構です」


確かに、顔の表情や羽の1枚1枚に至るまで、本物そっくりに表現されている。


それだけではない。


ただ真似るだけではなく、そこから躍動感や緊迫感が伝わってくる。


イメージだけで作ったというが、相当の腕前だ。


ただ、1つ気になることを言っていた。


「もう作れないとはどういう意味だ?」


「・・材料が手に入らないのです。

実は、私は職人ギルドに所属していた者なのですが、自分で作った物を、自分で、納得のいく方に売りたくて、商人ギルドにも入ろうとしました。

でも、両方のギルドに入るという前例がなく、双方のギルドの利益を脅かすという理由で、職人ギルドまで除名されてしまいました。

今は個人で手に入れた材料でやっていますが、それももう限界にきているのです。

遠からず、店を閉めることになるでしょう」


そう言われて、改めて店内を見回してみる。


ショーケースもなく、装飾品を売る場所としては何の飾りもない寂し過ぎる店内。


そういえば、店名を表す看板すらなかった気がする。


だが、自らの居城で美しいものを集め続けてきた自分の審美眼が、彼女の作品を認めている。


手放してはいけないと言っている。


恥をかいた自分に優しい言葉をかけてくれた彼女に、温かな手の温もりと共にこの店まで案内してくれたこの女性に、何か手助けをしてやりたかった。


少し考えて、和也は店主の女性に声をかける。


「骨細工もできるのか?」


「今、商品の在庫はございませんが、材料さえあれば作ることは可能です」


「このペンダントは買わせて貰う。

あと、何処か材料を置けるスペースはあるか?」


「?

ありがとうございます。

資材置き場兼作業所は、この奥になりますが」


女性店主は疑問に思いながらも、その場所まで案内してくれた。


自分を信用してくれているようだ。


和也は、収納スペースから2体分の高位魔獣の骨を取り出すと、空いている場所に積み上げた。


突然、山のように骨が出てきたことに、店主が目を丸くしている。


「これは魔獣の骨だ。

代金は要らないから、素材として役立てて欲しい」


和也がそう言うと、店主は急いでこちらにやって来て、その骨を検証する。


「これ全部、高位魔獣の物ですよね?

しかもこんなにたくさん。

素材として優に10年分以上ありますが、本当にこれを只で頂けるのですか?

ギルドに売れば、金貨1000枚くらいになりますよ?」


「でも、今日初めて会った私に、どうしてそこまでしていただけるのですか?」


女性店主は、素材の評価額を聞いても少しも態度を変えない和也に、新たな疑問を口にした。


「1つには、君の親切が心に染みたせいもある。

もう1つ挙げるなら、君の才能に対する投資の意味もある。

折角の豊かな才能を、つまらないことで潰したくない」


「親切って・・。

私はただ、貴方に声をかけて、店まで案内しただけなのに」


「心に優しさを持っている人は、確かに多いだろう。

だがそれを行動に移せる人は、あまり多くはない。

見知らぬ人に声をかける勇気が必要であり、自分が嫌な思いをするかもしれない不安に打ち勝つことが求められるからだ。

君はそれらを乗り越えて、自分に声をかけてくれた。

それで十分だ」


そう言って、ペンダントの代金の金貨5枚をその手に握らせ、和也は店を出ようとする。


「待って!

金貨3枚で良いと言ったのよ?」


瞳に涙を溜め、感情の高ぶりで敬語さえ使うゆとりのなくなった女性店主に、和也は言う。


「良い仕事には相応の敬意を払いたい。

それに、素材だけで暮らしてゆける訳ではないだろう?」


「せめて貴方の名前を聞かせて!

私の名はミューズ。

必ずもう一度貴方に会って、私の最高の作品をプレゼントしたいの。

お願い!」


ほとんど叫びに近い声でそう言ってくる女性店主に、和也は振り向きざまに自らの名前を告げて店を出た。


「そろそろ時間か」


エレナとの約束の時間にはまだ早いが、王宮でエリカにペンダントを渡してから向かおうと、一度戻ることにした。


 

 その頃、正門を少し離れた森の中で、エレナはエルクレール帝国の間者と連絡を取っていた。


もう直ぐエリカが婚姻すること、急がないと手遅れになることなどを少し大袈裟に伝える。


エレナ自身、エリカが既に和也と結婚の約束をしていることまでは知らなかったが、和也の部屋から出てきたエリカの表情から、その時期は近いはずだとの確信があった。


皇太子から連絡の催促があるのか、慌てて戻っていく間者を見つめながら、エレナは次の準備をすべく、その段取りを頭の中で確認していた。



 王宮の自分の部屋へと戻った和也は、エリカに心の中で話しかける。


『今大丈夫か?』


『どうかなさったのですか?

今は特に用事はございませんが』


直ぐにエリカから返事が来る。


『渡したい物があるので、時間が取れるなら自分の部屋まで来てくれないか?』


『分りました。

少しお待ち下さい』


エリカが来る前に、彼女の好きな紅茶でも淹れておこうと、和也はテーブルの上のティーセットに手を伸ばした。



 昨夜、エリカを抱く前に、和也はエリカに尋ねたことが1つある。


子供が欲しいかどうかである。


エリカは躊躇いがちに、しかし直ぐに答えた。


「あなたとの子供なら是非欲しいですが、それはもっとずっと後で良いです。

わたくし達はまだ出会ったばかり。

あなたとの、恋人としての時間も過ごせていません。

母になる前に、もっとあなたに甘えたいし、二人きりの時間も欲しい。

二人でやりたい事もたくさんあるのです。

そして、もっとあなたに甘えて欲しい。

長く人の温もりを知らずにきたあなたに、孤独な時間を友として、寂しげな笑顔が似合うまでに心が冷えてしまっているあなたに、わたくしの温もりを分けて差し上げたい。

子供ができてしまったら、その時間が半分になってしまいますから。

勿論、その時はあなたに、家族というものの幸せを味わっていただきますが」


そう言って、そのたおやかな指で頬を撫でてくるエリカを襲いたくなる気持ちを必死に抑えて、和也は彼女に告げる。


「では、自分の精液には通常と異なる成分を含ませるとしよう。

エリカの美しさに華を添え、その身体能力と魔力を向上させる成分を。

・・それからもう1つ、言わねばならない事がある。

自分はもうエリカを手放す気にはなれない。

故に、エリカには人としての生を諦めて貰う。

自分の力を使って、神の一員になって貰う。

差し詰め、愛と美の女神といったところか。

不老不死となり、自分と共に、終わることなき時の流れの中で、足掻き、苦しんで欲しい。

きっと、君は自分のことを恨むだろう。

だが、それでも、エリカを失う心の痛みに比べればましだ」


良心の呵責から、目を逸らしつつそう言った和也に、エリカは一度身体の力を抜いて、視線を落とした。


そして直ぐに厳しい視線を和也に投げつけ、その頬を叩いた。


「あなたはまだそのようなことを仰るのですか?

わたくしがあなたを恨む?

その言葉は幾らあなたでも許せません。

死ねない?

それが何だと言うのです?

確かにあなたは、これまで果てしない時を生きてこられたのでしょう。

平凡で似たような毎日の繰り返しに、うんざりしていたことでしょう。

でもそれは、あなたが一人だったからでしょう?

これからは少なくとも二人、わたくしが居るのですよ?

・・わたくしだってそうです。

どんな時でもあなたが傍にいて下さるのでしょう?

決して一人にしないで下さるのでしょう?

でしたら、たとえどんなに辛く苦しい事でも耐えてみせます。

その中で少しでも楽しい事、嬉しい事を探して、あなたと分かち合います。

・・もし万が一、わたくしがあなたのことを恨むとしたら、それはわたくしを独りにした時だけです」


自分を叩いた手が痛いのか、それとも心が痛いのか、エリカは叩いた手を、胸の前でもう片方の手で包み込みながら、初めの激しさとは打って変わって消え入りそうな声で、そう付け加えた。


またやってしまった。 


自分は何回、エリカに余計な気を遣わせたら気が済むのだろうか。


もういい加減、エリカのことを疑うのは止めよう。


やっとの思いで摑んだ幸せを失うことばかり恐れ、必要以上に不安になってしまっている、今の自分。


それは創造神としての、自分本来の姿ではない。


自分にそんな人間的な心の弱さがあったことを喜び、そのことを教えてくれたエリカに感謝しつつ、前に進むべきなのだ。


人を信じるという、強い心を育てるために。


和也は目を閉じ、心を落ち着かせる。


そして、次に目を開いた時には、その瞳が魔力で蒼穹の如く輝いていた。


エリカの身体を細胞レベルで作り変えていく。


この世界が自分に与えてくれた、エリカという存在を極力損なうことなく、必要なものだけを改変していく。


数秒で作業が終わり、人でなくなったエリカを無言で抱き締める。


柔らかく抱き締め返してくるエリカを心の底から愛おしく思い、ベッドへといざなうのであった。



 ちょうど紅茶の茶葉が開く頃、エリカがやって来た。


その表情はいつもと変わらない。


自分の眷族として、神の仲間入りを果たした後でも、エリカとしては自分の妻であるという意識の方が強いのか、まるで気にしていないように見える。


試しに行為後、自分の腕を枕にしているエリカにそれとなく尋ねてみたが、『念話ができるのは素晴らしいことですね』という程度の感想しかなかった。


今はまだ、大した力を授けていないが、これから自分との行為を繰り返していけば、それだけでもその能力は相当なものになるだろう。


力に溺れなければ、その使い方を誤ることもない。


いつもと変わらぬエリカを頼もしく思いながら、用意したペンダントを渡した。


「自分で初めて稼いだ金で、エリカに何か買ってあげたくてな。

気に入ってくれると良いが」


渡されたペンダントを暫く見ていたエリカは、やがて一言呟いた。


「付けていただけますか?」


そう言って、両手で己の黄金色の髪を少し持ち上げる。


まるで美しい絵画のような光景に目を奪われながらも、その芸術品の如き首筋にペンダントを付けてやる。


思った通り、エリカの首筋に良く映える。


良い仕事をしたと、自己満足に陥っていた和也の首に、エリカのしなやかな両腕が絡みつき、唇を奪われる。


初めて口づけを交わした頃の激しさはないが、ゆっくりと、しっとりと、味わうように動いてくるエリカの舌の感触は何物にも代え難く、和也を魅了するのであった。


暫くして、やっと満足したらしいエリカが唇を離す。


艶かしい吐息をきながら、輝く笑顔を浮かべるエリカ。


「あなたのお気持ちと、このペンダント、両方とも有難く受け取らせていただきます。

今のではお礼の気持ちが足りませんので、残りは今夜、時間をかけてお渡し致しますね」


魔獣討伐より、エリカとの夜の方が遥かに難易度が高そうだと、和也が思ったのは内緒である。


公務の時間が迫り、戻って行くエリカを見送りながら、自分もそろそろ時間だなと、エレナとの約束の場所へと向かう和也であった。

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