第6話

 女王とエリカは、信じられない思いでマリー将軍の報告を聞いていた。


エリカが同席しているのは、和也がらみの報告だと事前に聞いていたからだ。


王宮の謁見の間で、マリー将軍が、これまで放置されていた討伐依頼を和也が6件も達成したと報告したまでは良かった。


驚愕しつつも、長年の懸念が減ったと安堵しているところに、彼女が更なる追い討ちをかけたのだ。


「なお、今回の件における報酬総額は金貨1万2000枚になり・・」


「暫し待て」


金額を聞き咎めた女王から横槍が入る。


「何故そうような金額になる。

いつもの4倍近いではないか」


「素材処理班の担当者が申すには、あらゆる素材の状態が完璧に近く、特に、1番重視される毛皮は、ほぼ無傷の状態だとか。

これらを使用して作成する防具などの売値を考えれば、寧ろ安いとのことでした」


「無傷?」


「はい。

どのような攻撃手段かは存じませんが、相当な威力で、しかも一撃でなければ無理かと。

残念ながら、我々には実行不可能です」


「我が軍の精鋭が二十人でも倒せなんだ魔獣を一撃?」


呆然としている女王は、マリー将軍からまたしてもとんでもないことを聞かされる。


「報酬の件に戻りますが、本来なら金貨1万2000枚のところ、和也様は金貨100枚で良いと仰っています。

残りは王家に寄付されるそうです」


「は?」


普段なら、怜悧な美貌を崩すことなく、優雅さを失わない女王の口から、間の抜けた声が漏れた。


金貨1万2000枚とは、この国の国家予算の約5分の1に相当する。


人口が少ないながらもそこまで歳入があるのは、偏に、職人組合が作り出す、美術品や家具、魔法具の売り上げによるところが大きい。


だがそれも、貴重な魔獣の素材があればこそ可能であり、通常の素材ならせいぜいその10分の1程度にしかならない。


故に、治安維持と素材確保を兼ねた魔獣討伐は国の大事な仕事であり、義務なのだ。


だが近年は、魔獣が巨大化、凶暴化し、思うように討伐が進んでいないのも事実であった。


その状況をたった一人で覆し、しかも人一人なら1000年程度は遊んで暮らせる額の報酬をほとんど要らないというのだから無理もない。


謁見の間には他に、宰相をはじめ侍従長、近衛騎士団長、魔法師団長と数名の警備兵がいたが、皆一様に呆然としていた。


「どうやら御剣殿には欲というものが存在しないようじゃな。

折角の申し出、有難くお受けしよう。

侍従長、急ぎ晩餐の用意を。

時間がない故、王家の者のみの個人的なものとする」


暫くして、自分を取り戻した女王はそう告げると、マリー将軍を下がらせ、エリカと共に謁見の間を後にした。


エリカも一連の話を驚きで以って聞いてはいたが、彼女の場合、次第に喜びの方が強くなり、最後の方では頬が緩みそうになるのを堪えるのに苦労したほどだ。


自分の夫になる人が、素晴らしい能力を持っていることを誇らしく思い、自分達の結婚を認めさせるべく奮闘していることを嬉しく感じていたが、そんな余裕のあるエリカだからこそ、マリー将軍が和也を名前で呼んだこと、和也のことを話す時の表情が微妙に嬉しそうなことに気付いてしまった。


『後で二人きりになった時、和也さんに確かめなくては』と、密かに誓うエリカであった。



 和也が王宮に戻ると、王宮全体の自分に対する風当たりが弱くなっていることに気付いた。


居住区を警備している近衛兵にも睨まれなかった。


部屋に入ると直ぐ、エレナから声がかかる。


「和也様、入っても宜しいでしょうか?」


「どうぞ」


「失礼致します。

こちらがマリー将軍からお預かりした、討伐報酬でございます。

それから、本日のご夕食は女王陛下主催の、王家の方のみご出席の晩餐会になります。

準備が整いましたらお呼びに参ります」


エレナだけはいつも通りだった。


「1つ尋ねたいが、風呂に入ることはできるか?」


「可能でございますが、只今の時間帯は王家の方がご使用中ですので、晩餐後になります」


「分った」


「では、失礼致します」


用件だけ言うと、エレナは直ぐに退室した。


明日のことを色々考えていると、再度エレナが呼びに来る。


「準備が整いました。

ご案内致します」


エレナに連れられ出向いた先は、ちんまりとした、過度な装飾はないが、とても趣のある、静かな空間だった。


威勢を放つ必要のない身内で、ただそこに流れる時間を楽しむだけの、私的な場所である。


既に皆が揃っていて、女王から声をかけられた。


「今宵の晩餐は、王家への心遣いに対する礼じゃ。

先ずは座るが良い」


和也が席に着くと、ワインが注がれ、女王から食事の挨拶がある。


「本日は、我が国に御剣殿を迎えることのできた、素晴らしい日じゃ。

互いの友好をより深めることを願って、乾杯」


「「乾杯」」


寿命の長いエルフならではの、100年もののワインを初め、出てきた料理はみな素晴らしい味であったが、1品だけ、和也だけに追加されたメニューがあった。


何かの肉のステーキである。


後でエリカに尋ねてみると、エリカ自身は嫌いではないそうだが、エルフ族はあまり肉を食べないそうだ。


食事の最中に交わされる会話に適度に加わりながら、和也は女王を観察する。


年齢が判りづらいエルフではあるが、それほど高齢ではないだろう。


言葉遣いのせいで誤解しがちになるが、寧ろ、若い部類かもしれない。


まだ女性としての艶が滲み出ている。


これなら十分、子を成すことができるだろう。


続いてその夫である宰相も観てみる。


寡黙ではあるが、中々の切れ者らしい。


時々こちらを見る眼には、知性と理性の輝きがある。


家族を見る眼差しには、それに加えて深い愛情が感じられる。


和也は満足しながら観察を終える。


エリカの家族が、エリカにとって居心地の良いものであろうことが分り、また、これから家族が増えても大丈夫だと確信できたからだ。


目を閉じ、その眼に魔力を込めて再び女王を見据える。


子供のでき難いエルフではあるが、その確率をせめて人間並にするよう祝福しながら。


自分達の目的のためでもあるが、この家族には幸せでいて欲しい。


そんな願いを込めて。


だが、一仕事して、デザートワインを堪能していた和也は気付かなかった。


自分を見つめるエリカの瞳に剣呑な光が宿っていることに。


給仕として参加していたエレナの顔が、暗い影を纏っていたことに。



 晩餐後、部屋で寛ぐ和也に、扉の向こう側からエレナが声をかけてきた。


「浴場の準備が整いました。

以後、明日の朝まで何時でもご使用可能ですが、私は今日はこれで失礼させていただきます」


「分った。

ありがとう」


実は和也は風呂好きであった。


創造神ゆえに新陳代謝とは無縁の身体ではあるが、観察先で見て以来、檜の露天風呂がとても気に入り、自らの居城にも取り入れて楽しんでいたほどである。


口から摂取した物は全て体内で消滅してしまうので、排泄物は出ないが、汗や唾液や涙、精液は、魔力を用いることで、出そうと思えば可能だ。


風呂に入る際は、流れる汗の感覚も気持ちが良いので、この所ずっと、出るようにしたままだ。


不思議なもので、そうすると以前よりずっと人の気持ちが理解できるようになり、自分の表情も多少豊かになったような気がする。


様式美として作り出したタオルを片手に、浴場のある場所へと急いだ。



 王宮の浴槽は、檜ではなかったが、大理石を敷き詰めて、中央には植物が植えられた小島のようなものがあり、まるで庭園の中にいるような感覚を持たせる、風情あるものだった。


所々に置かれた石像から常に湯が流れ落ち、源泉かけ流しのようなイメージを持たせている。


文明の程度を考えれば、王族ならではの贅沢な湯の使い方だ。


広々とした浴場で一人、湯に浸かりながら、これまでで最も充実した1日を振り返っていると、誰かが入って来る気配を感じた。


自分専用の風呂ではないので仕方ないと思いながらも、多少の無粋さを感じて視線を送ると、そこには全裸のエリカが、白い肌を羞恥で紅に染めて立っていた。


和也の思考が止まった。


何も考えられず、唯、眺めるだけしかできない。


かなりの大きさなのに、全く垂れずにその形を留めている美しい胸、その先端の桜色の突起は可憐で、湯に浸かれば溶けてしまいそうな儚さがある。


僅かにへこんだ切れ長の臍、いつまでも撫でていたくなるような芸術的なカーブを描く腰の曲線、その下の黄金色の陰り。


細過ぎず、かつ無駄な肉の一切ない、しなやかな両脚。


美しいとは思っていたが、生まれたままの姿のエリカは、自分がこれまでに観てきたどの生き物より美しかった。


いつまでも動こうとしない和也に、エリカはゆっくり近付いて行く。


静かに湯を浴び、和也の隣に座ると、その肩に頭を凭せ掛けて、耳元で囁いた。


「何も言って下さらないのですか?」


その声に自分を取り戻した和也は、内心の動揺を抑えながら言う。


「いきなりどうした?

嫁入り前の女性がするには大胆過ぎると思うが」


「わたくしはもう”あなた”の妻です。

少なくともわたくし自身はそう思っています。

あなたは違うのですか?」


心を落ち着けるための質問に質問で返され、何も言えなくなる和也。


そんな和也にエリカは独り言のように呟く。


「マリー将軍と何かあったのですか?

先程の晩餐会では、母を品定めするようにご覧になっていましたが、もしかして気がお有りなのですか?」


エリカの更なる意外な問いかけは、益々和也を追い詰めていく。


何かを答えなくてはと、焦りばかりが先に立つが、全裸で寄り添うエリカの肌の柔らかさ、艶めかしさに、心が乱れて思うような言葉が出てこない。


いつまでも和也からの返答がないことに、エリカは何かを決心するように瞳を閉じ、やがて再び見開いた時には、そこに決意の光が灯っていた。


「今夜、あなたのお部屋にお伺い致します」


そう言って、静かに立ち去って行くエリカの後ろ姿を、肝心な時には何も言えなかった和也は、尻のラインも素晴らしいなどと考えながら見惚れていた。


愛した男の為に、自らの裸身を初めて晒す乙女の行為に、一体どれほどの勇気が要るのかに彼が気付くのは、もう少し先のことであった。



 部屋に戻った和也は、先程の己の腑甲斐無さを深く恥じると共に、間も無くやって来るであろうエリカについて考えていた。


こんな自分にあれ程までの愛情を示してくれる女性。


今までずっと渇望してきたものを惜しみなく与えてくれる存在。


そしてこれから、恐らく自分に抱かれるために来る、自分に恋というものを教えてくれた最愛の人。


そんなエリカに対して、今の和也には1つの負い目がある。


エリカに自分の正体を正確に伝えていないことだ。


万能にして不老不死の、全宇宙の創造神。


幸い、エルフ族であるエリカなら、一緒に過ごせる時間は他の種族より遥かに長い。


だがそれとて永遠ではない。


やがてエリカと別れなければならない時が必ず来る。


その時、自分はエリカを手放せるだろうか?


寿命だからと見送れるだろうか?


きっと、いや間違いなく無理だろう。


己の力を躊躇うことなく注ぎ込むであろう確信がある。


自分と共に、永劫の時を彷徨う宿命を強要するであろう自信がある。


そんな、ある意味残酷な宿命を、エリカに何も知らせることなく押し付けても良いのか?


・・本当は、答えは分っている。


知らせるべきなのだ。


ただ、自分は怖いのだ。


自分の真の姿をエリカに打ち明けて、拒絶されるかもしれないことが。


たった1日とはいえ、自分はこの幸せな感覚を知ってしまった。


味わってしまった。


知らなければ、今まで同様、耐えられたかもしれない。


我慢できたかもしれない。


だが、自分は知ってしまった。


人から求められる喜びを。


抱きしめられる嬉しさを。


その、温もりを。


全能の神である自分が、こんな些細なことで悩んでいる。


初めは、ただ話し相手が欲しかった。


誰かと言葉を交わしてみたかった。


その内、自分にも仲間が欲しくなった。


嫁が欲しくなった。


そして、今度はそれを手放したくないと思っている。


自分も人間と同じ、欲深い、我が儘な存在だった。


未だ結論を出せないまま、到頭扉の向こうから声がかかってしまった。


「和也さん、入っても宜しいでしょうか?」


「・・どうぞ」


僅かな間を置いて、和也は答える。


結論が出ていない焦りはあるが、エリカを通路で待たせる訳にはいかない。


直ぐにエリカが音も立てずに入ってくる。


薄い、絹のような光沢を纏ったドレス仕立ての寝間着に、純白のガウンを身に付けている。


俯いた顔の表情は分らないが、ガウンの裾を握る手が微かに震えている。


それを見た瞬間、和也は激しい怒りに襲われた。


一体自分は何をしていた、何を悩んでいた。


自分に比べれば遥かに脆弱な存在でしかないエリカが、何度も何度も勇気を振り絞って行動してくれている。


なのに自分はどうだ?


エリカの為に何をした?


つまらない指輪1つあげて、自己満足していただけではないか?


今まで悩んでいたのが嘘のように、和也の覚悟は固まった。


「エリカ、君に話さなければならないことがある。

少し散歩をしよう」


何を思ったのか、不安げな表情で見つめてくるエリカの腰を抱き、和也はこの国を一望できるほどの上空へと転移すると、そこに魔法でソファーを作り、驚いて何も言えないでいるエリカを座らせる。


眩いばかりの月の光を背に浴びて、自分もその隣に腰を落ち着けながら、穏やかに話し始めた。


「自分にはまだ、君に言っていないことがある」


そう言った途端、エリカの肩がビクッと震えた。


構わずに続ける。


「自分は人ではない。

勿論、人間族ではない、という意味ではない。

自分はこの世界を創造した唯一の神だ」


まだ僅かに灯る街の灯りを眺めながら、何かを諦めたようにそう告げる和也を、エリカはじっと見つめている。


見ているだけで何も言わない。


和也は言葉を続ける。


「今まで黙っていたことは謝る。

だが、自分に抱かれ、自分の嫁として生きることになるなら、知っていて欲しいし、知らなければならないと思った。

一度でも君を抱けば、自分はきっと君を放さない。

自分と共に、未来永劫、果てしない時の流れの中を彷徨う宿命を強要するだろう。

だから、たとえ今君が、やっぱり自分の嫁にはならないと言ったとしても、それは仕方のないことだ。

そのことで、君のことを責めたりはしない。

君の中の、自分に関わる記憶を消して、直ぐにでも立ち去ろう。

・・話を聞いた今でも、君は自分の嫁になると言ってくれるだろうか?」


「お話というのはそれだけですか?

マリー将軍や母のことではないのですか?」


「?

意味が分らないが」


「マリー将軍が好きになり、あの方を私の代わりに嫁にするというお話ではないのですか?

母のことを気に入ったというお話では?」


小さな声で、何かを探るように言ってくる。


やっとエリカが言わんとしていることに気が付いて、和也は慌てて訂正する。


「君は何か勘違いをしている。

確かにマリー将軍とは色々あって、友人になった。

女王のことなら、多分祝福を与えた時のことを言っているのだろう。

自分達がこの国を離れても良いように、子供を授かりやすいようにしておいただけだ」


エリカはじっとこちらを見ている。


自分の僅かな表情の変化さえ見逃さないような、穏やかだが、嘘を許さない瞳で。


彼女は暫くそうして自分を見ていたが、やがて、そっと呟いた。


「もっと魔素を感じられる場所に連れて行って下さい」


それに何の意味があるのか分らなかったが、言われた通り、魔の森の奥深く、魔素が濃い場所の上空に転移する。


エリカが少し歩きたいと言ったので、ソファーを消して、上空に魔力で道を創る。


二人でその上をゆっくり歩き出すと、エリカが話し始めた。


「わたくしは、あなたが心変わりしたと思っていました。

他に好きな方ができたのだと。

だから、とても恥ずかしかったけれど、一緒にお風呂に入ってまで、あなたに抱かれてまで、あなたを繫ぎ止めようと思いました。

自分でも、出会ったばかりのあなたに、何故こんなに心惹かれるのか分りませんでした。

でも、今やっとその答えが分りました」


そう言って、自分のことを見るエリカの顔に、笑顔が戻っていた。


「わたくしは、この世界が、創造主であるあなたの為に創り出した、あなたの為だけの存在。

世界を見つめる孤独なあなたに、この世界が用意した、『癒しの器』。

魔素の多いここなら分ります。

わたくしの身体を構成する細胞の1つ1つが、身体を流れる魔素の全てが、あなたを祝福しています。

ほら、ご覧下さい」


そう言って、エリカは両手を広げた。


すると、エリカの身体が淡く光り始め、それに呼応するかのように、魔の森から、無数の色とりどりの魔素の輝きが、まるで蛍の光のように立ち昇ってくる。


その光は、二人の周囲を緩やかに回りながら、やがて消えていった。


和也は信じられない思いで、その光景を眺めていた。


エリカが何らかの魔法を使ったのではないということは、自分がよく分っている。


自分の眼を盗んで魔法を使うことなどできないのだから。


だとすれば、本当にこの世界が自分を祝福してくれたというのか。


星を誕生させただけで、後は唯、見守るだけだったというのに。


未だ半信半疑の和也の腕を、エリカがその豊かな胸に抱え込んで、囁く。


「夜はまだ長いわ。

部屋に戻りましょう。

先程のあなたの問いかけ、そのお答えはベッドの中で致します。

折角の決心を無駄にしないためにも、きちんと抱いて下さいね?

身も心もあなたに捧げてこそ、堂々とあなたの妻を名乗れるのですから。

お風呂の時のように何もなさらなかったら、わたくしの方から襲って差し上げます」


全身から妖艶な雰囲気を放ちつつ、あどけない顔でそう言ってくるエリカに、最早、和也が敵う術はなかった。



 その日の朝、エレナはいつもより早めに部屋を出た。


昨日は考える事が多く、早々に自分の部屋に引き籠もってしまったので、やるべき仕事が溜まっていたせいもあるが、和也から目を離してはいけないような胸騒ぎがしたのだ。


最初は、変な男がエリカに纏わり付くのが気に食わなかったが、その男がたった1日で大きな功績をあげ、王家と親しくなるにつれて、それが焦りに変わってきた。


エリカを取られるかもしれない。


エリカの側に居られなくなるかもしれない。


そんな不安と恐怖に襲われ始めた。


エレナにとって、エリカは全てである。


生まれて直ぐに親に捨てられ、王宮に拾われてからは、侍女として、エリカの遊び相手兼世話係として勤めていたが、エリカが成長し、公務に携わることが多くなると、周囲の者達が、自分ではなく他の者をエリカの担当に据えるようになった。


エリカは反対してくれたが、他国に対して外聞が悪いとの理由で、受け入れて貰えなかった。


エレナは、エルフとダークエルフとの間に生まれたハーフである。


そのせいで、肌の色が褐色で、瞳は蒼く、銀色の髪をしている。


顔立ちは、整った、知的な印象を与えるものだが、ハーフエルフという一点で、全てを否定されていた。


ダークエルフとは、元々はエルフよりその体内に魔素が溜まりやすいだけの存在であったが、不幸にも、通常の魔法を扱う能力がエルフよりもかなり劣り、体内に溜まった魔素を吐き出す手段として、魔獣の使役魔法を編み出した存在である。


その体内に溜まる魔素が、魔獣のそれと非常に相性が良く、操ることを容易にしていた。


当然の如く、魔獣が脅威であるこの世界の国々に良い顔をされるはずもなく、種族として孤立し、少数で隠れ住むことが多かった。


結果として、それがよりダークエルフを不気味な存在として位置づけ、彼らの本来の姿以上に、忌み嫌われていた。


そして、エルフとダークエルフとのハーフは、そのどちらからも歓迎されない、中途半端で肩身の狭い立場であった。


そんな中で、エリカだけは自分にいつも優しかった。


どんな時でも自分を庇ってくれた。


直接仕えることはできなくても、せめて遠くからでも毎日見ていたかった。


そんな、細やかで幸せな日々が、和也が現れたせいで壊れようとしている。


絶対に許すことはできなかった。


昨日は部屋でずっと、ある計画について考えていた。


今の自分にとって選択可能な、エリカと離れずに済む最善の策について。


セレーニア王国のエリカ王女といえば、近隣諸国で知らぬ者のいないほどの美姫である。


画家ならば誰もがその姿を画布に止めようとし、吟遊詩人達は競ってその美しさを詩にしようと試みる。


当然、年頃の彼女の下には各国の王や皇子等から数多の縁談が持ち込まれるが、エリカはそれを一顧だにしなかった。


どんな貢物であろうと受け取らず、決してセレーニア王国から出なかった。


そんな彼女に、何とかして取り入ろうと、その侍従達にまで貢物をする国も後を絶たず、エレナにも2、3の国が声をかけてきた。


その中に、近隣諸国最強と言われるエルクレール帝国がいた。


この帝国の皇太子は、エリカを一目見た瞬間からその虜になり、どんな犠牲を払ってでも手に入れようと画策していた。


エレナは、自分をエリカの専属メイドにすることを条件に、帝国がセレーニアに侵攻する際の手引きをしようかと考えていた。


そんな、暗い考えに囚われつつあったエレナは、和也の部屋に差しかかろうとした際、その扉が薄く開かれるのに違和感を覚え、思わず身を隠した。


息を殺して見守ると、そこからエリカが静かに出て来て、辺りを見回しながら自分の部屋に戻って行った。


毎日のようにエリカを見てきたエレナだからこそ、その表情の違いに気が付いた。


気付いてしまった。


エリカが紛れも無く、女の顔をしていたことに。


乙女ではなく、大人の女の色香を醸し出していることに。


・・エレナの中で、何かが壊れる音がした。

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