第5話

 和也が自分の部屋へと急いだのは、そろそろエリカが来るかもしれないという予感があったせいである。


本来なら、あらゆる星を観察していた時に用いた『神の瞳』を使うまでもなく、この星の範囲程度なら、見たい場所を念じればそこの映像を幾らでも見られるが、直接知り合いになり、しかも大切に思っているエリカのような女性に、それを使うのはマナー違反だと自分を戒めている。


エリカとて、入浴やトイレなど、人に見られたくない時間はあるのだ。


緊急時以外、使うつもりはなかった。


王宮の、王族居住区を警護する近衛兵に少し睨まれたが、それ以外はすんなりと自分の部屋へと辿り着き、扉を開けようとして、中に誰か居るのに気が付いた。


どうやらエリカが既に来ているらしい。


自分の部屋なので断りもせずに入ると、エリカに少し睨まれた。


「どちらに行かれていたのです?

伝言を聞いて、公務を急いで片付けて、飛んで来ましたのに」


「討伐依頼の達成報告に行っていた」


「何時の間にお仕事をされたのですか?」


「偶々、ここに来る途中に倒した魔獣が依頼のものらしくてな。

手間が省けた」


それを聞いたエリカは、和也の実力はやはり本物だと認識するが、今はもっと大切なことがあるのでそちらを優先する。


椅子から立ち上がり、入り口付近に立っている和也の側まで来ると、その瞳をじっと見つめて言葉を口にする。


「わたくしを、貴方のお嫁さんにしていただけますか?」


返事をしようと呼び出したのに、再度エリカから求愛されて気勢を殺がれたが、よく見ればそのエリカの肩が僅かに震えている。


自分がフリーズしたせいで返事を先延ばしにされ、不安もあったのだろう。


気の利いた台詞が咄嗟に言えないことは分っていたので、和也は予め、ある物を用意していた。


この国に来る途中で手に入れた蒼い魔素の結晶、それを1㎝程度に圧縮して、そこに自身の魔法を加える。


エリカの同意なしには一定以上近付くことができない空間障壁(これには生物に限らず攻撃魔法や矢などの物質も含まれる)、魔力が枯渇しないための魔力の泉、更に、以前地球のテレビで見た、ヒーローものの変身をイメージした物質変換(瞬時に着たい衣装や装備を身に付けられるもの)。


これら3つの超絶魔法を魔素の結晶に込め、その外観に磨きをかけて宝玉のような輝きを放つまでにして、それをミスリル製のシルバーリングに埋め込んだ代物。


やはり地球で、男性が女性にプロポーズする際に渡していた指輪を真似ただけだが、和也としては、自分の初めての妻になる女性には、品物よりも自分の気持ちを贈り続けていきたいと考えているので、この指輪は形式的なもので良かった。


何も言わず、エリカの左手をそっと手に取り、その薬指に指輪を嵌める。


そしてエリカを抱き寄せ、囁いた。


「自分の妻として、これからの果てしない時の流れの中を共に歩んでくれるか?

自分に人の温もりを、心の温かさを教えてくれるか?」


和也の、万感の思いを込めた言葉に対して、エリカはその抱擁を解くと、泣き笑いのような顔をして頷き、熱い口づけで以て応えた。


エリカの口づけは、長く激しいものであった。


途中から舌で唇をなぞられ、驚いて口を少し開くと、透かさず口内に入り込まれて思う存分蹂躙された。


やっとお互いの唇が離れた時には、その激しさを示すかのように、互いの唇に唾液の橋が架かっていた。


エリカはその痕跡を隠滅するかのように再び軽く口づけると、自分でもやり過ぎたと感じたのか、視線を逸らし、その赤らんだ顔を見せないように抱き付いてきた。


「嬉しさで、自分を抑えることができませんでした。

幻滅なさいました?」


恥ずかしげに、小さな声で聴いてくるエリカに、和也は答える。


「君がしてくれることに、嫌な事など1つもない」


今まで自分がどんなに求め、どれほど願っても得られなかったものを、エリカのような素晴らしい女性が、彼女の方から与えてくれるのだ。


たとえそれが言葉1つでも、和也にとっては何物にも代え難かった。


「フフッ、そんなことを仰って宜しいのですか?

わたくしはまだ自分のしたいことの半分も、貴方にしていませんわよ?」


かわいさの中に妖艶な響きが混じったエリカの言葉に、大きな期待と僅かな不安を感じる和也であった。



 柔らかな抱擁で口づけの高揚を静めた二人は、今後のことについて話し合う。


エリカお気に入りの紅茶を淹れ、テーブルを挟んで向かい合った。


隣に座らないのは、また甘えたくなってしまうかららしい。


笑ったら軽く拗ねられて、慌てる和也であった。


「先ず、自分達の関係だが、暫く皆には内密にしておこう」


「わたくしもその方が良いと思います。

何れは知らせなくてはなりませんが、今はまだ止めておいた方が良いです」


てっきり反対されると思っていたので、エリカがすんなり同意したことを和也は意外に感じたが、エリカにしてみれば、自分の母である女王が如何に自分を大切にしているかをよく知っていたので、せめて和也にもう少し何かの実績を積ませてからにした方が良いと考えていた。


まさか和也が、軍の精鋭でも手をこまねいていた討伐依頼を既に6つもこなしているとは夢にも思っていない。


「王女を娶るにはどのくらいの功績が要る?

幾ら自分が強くても、それだけでは一国の跡取りを嫁にはくれないよな?」


「それについてですが、和也さんはこの国の王になって、国を治めるおつもりがあるのですか?」


建国当初から女王が治めるセレーニア王国ではあるが、エリカは和也が望むなら、喜んで王位を譲る気でいた。


周囲がかなり煩いだろうが、これだけは断固として実行するつもりだ。


「いや、そのつもりは全くないな。

エリカには申し訳ないが、エリカを嫁に貰ったら、なるべく早く他の国を見て回ろうと考えている。

この国がどうこうの話ではなく、自分は長く一箇所に留まらず、色んな世界を見に行きたいと思っている。

尤も、エリカとのことを皆に納得させるのに、暫くはこの国に滞在することになるだろうが」


「それはわたくしを置いて行くということでしょうか?」


「済まない。

エリカがこの国の次期女王であることは分っている。

だが、君を手放すことは決してしない。

常に自分の側に居て貰いたい。

我が儘だとは理解しているが」


和也の言葉を噛み締めながら、エリカは、彼と初めて会った時のことを思い出す。


エルフという人種ゆえ、停滞しがちなこの国に、変化のない日々を物足りなく感じている自分に、新たな風を吹き込んでくれる、そんな気がした時のことを。


「謝る必要なんてありません。

わたくしの方こそ絶対に貴方の側を離れません。

フフッ、後で後悔しても、もう遅いですよ?

しっかりと貴方の言質を取りましたからね?」


その愛嬌溢れるエリカの表情に見とれて、ろくに話を聞いていない和也であった。


「話を戻しますが、この国は王国といってもせいぜい3万程度の人口しか居りませんし、王家以外に貴族も存在しません。

我がセレーニア家が国の象徴であり、その家族のみが王位継承権所持者なのです。

ですから、わたくしを娶るには、本来なら要求されるべき、国を任せられる能力や度量があまり重視されず、わたくしの気持ちが最優先されます。

王家に嫁を迎えるならともかく、婿の場合は、歴代の王が全て女性であることからも、あまり問題になりません」


「自分は婿に入るつもりはないが」


「今のは和也さんがわたくしを娶ってこの国を治める場合のお話です。

ですが、わたくしを娶り、その上で二人とも国を治めないとなると、前例がないので何とも言えません。

それが許されるとすれば、母にもう一人子供ができる以外にはないように思いますが。

それと、自分で言うのも何ですが、母はわたくしをとてもかわいがっていますので、普通に婚姻を認めさせることさえ、必要以上に困難かもしれません」


それを聞いた和也は、国の統治問題に関しては、最後の手段として女王とその夫との間に子供をできやすくすることを考え、とりあえずはエリカの夫として認められるよう、自分の実績作りに励もうと、あれこれと考え始めるのだった。



 エリカが公務に戻った後、街の中を見て回ろうと部屋を出た和也をまるで待ち構えていたかのように、エレナが声をかけてきた。


「和也様、マリー将軍からのご伝言で、『討伐報酬の件でお話があるので、申し訳ありませんが兵舎までお越し下さい』とのことです」


慇懃無礼に言ってくるエレナに返事を返し、マリーの下へ出向くと、最初とは打って変わって柔らかな笑みで迎えられ、個室に通される。


「早速ですが、先程の報酬についてご相談があります。

実はお支払いする金額が莫大で、金貨だけだと1万2000枚ほどになり、軍に今あるだけではとても足りないので、できれば宝石か金塊でお渡ししたいのですが、如何でしょうか?」


そういえば、まだこの世界の貨幣価値についてよく知らなかったと思い出した和也は、マリーに尋ねる。


「因みに金貨1枚でどれくらいの価値がある?」


「え?

ご存知ないのですか?」


和也が異世界人だと知らされていないマリーは、驚いて尋ね返す。


「今まであまり金に縁のない生活をしていたからな」


和也の言葉を違う意味で捉えたマリーは、とても意外そうな顔をしたが、質問に答えてくれた。


「そうですね、ここの兵士の1か月の給金が金貨1枚ほどです。

わたくしで10枚になります。

パンが1つ銅貨3枚くらいです。

銅貨が100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚になります。

ただ、我々エルフ族は必要以上に金銭に執着しない傾向があるので、他国ではもっと物価が高い場合もあります。

実際、エルクレール帝国などでは金貨の上に大金貨が存在し、その価値はやはり金貨100枚分です」


兵士の給金から考えれば、銅貨1枚で、だいたい地球の30円くらいだろう。


「宝石や金塊の価値はどのくらいだ?」


「宝石(純度と大きさを兼ね備えた、希少価値の高い物だけをそう呼んでいる)の場合は、それがどんな物かによってかなり差が出ます。

ただ、安い物でも金貨10枚くらいはするでしょう。

金塊は1本で金貨1000枚分です。

何れにしても、お支払いには国から追加予算を得ないとなりませんので、少しお時間を頂くことになります」


「報酬は金貨100枚で良い。

残りは全て王家に寄付する」


「は?

今何と仰いました?」


「金貨100枚以外は王家に寄付すると言った」


マリーが信じられないものでも見るかのように、こちらを見てくる。


和也としては、エリカとの婚姻を認めて貰うための実績の1つにでもしようと考えていたが、これまで何度も人間族の冒険者や商人達と報酬の遣り取りをしてきたマリーには、和也が何か別の存在にしか見えなかった。


未だ嘗て、報酬の増額を要求されこそすれ、減額、それもほとんど要らないと言われたことなどないのだから当然である。


エルフとしては年頃のマリーも、既に200年ほど生きている。


その中で初めての経験なのだ。


驚くのも無理はないだろう。


和也はふと、魔素の結晶のことを思い出し、折角なので尋ねてみる。


「魔素の結晶は金になるだろうか?

10㎝くらいの物だが」


暫し呆然としていたマリーが、その目を大きく見開く。


「まさかお持ちなのですか?

魔素の結晶は、高位の魔獣がごく希に落とすか、ダンジョンの最奥に位置するダンジョンコア以外には入手手段がないと言われ、各国の王家がお金に糸目をつけずに集めています。

それでも、10㎝の大きさなど聞いたこともありません。

我が国でも、3㎝くらいの物が国宝として5つあるだけです。

値段など付けられないでしょう」


それを聞いた和也は、エリカへの贈り物に相応しかったと自画自賛すると共に、新たな疑問を尋ねてみる。


「だが、魔獣の素材や魔素の結晶に何でそこまでの値が付く?

珍しいだけではないのか?」


「失礼ですが、もう少し常識をお持ちになられた方が良いかと。

高位の魔獣の革は、魔法防御に大変優れた性能を発揮します。

その上、軽くて丈夫なので、防具としてはミスリルの鎧と共に最上級に位置します。

しかも、希にその魔獣の属性効果の付いた物があり、そうなると値段は破格になります。

魔素の結晶は、それ自体が永久機関のようなものです。

わたくし達は日々様々な魔法を使用しますが、当然、無制限に使用できる訳ではありません。

自身の魔力保有量と相談しながら、なるべく節約するよう心掛けています」


そこまで言って、前回の自分の暴走を思い出したのか、少しばつが悪い顔をしながら話を続ける。


「ですが、魔素の結晶は、それ自体が超高濃度の魔素であるばかりでなく、自らが周囲の魔素を吸収し、自己回復を行い、場合によっては成長していくので、その力を利用できれば、わたくし達魔法師にとってこの上ない物になります。

今の段階では、残念ながらそこまでは至らず、エルクレール帝国以外では、宝飾品としての域を出ませんが」


その言葉を聞いた和也は、自分の実績作りに役立つヒントを得たような気がした。


「それはそうと、実は貴方にお願いがあるのです」


言い難そうにマリーがこちらを見ている。


何事かと話を促すと、躊躇いがちに話してきた。


「わたくしが気を失っている際、下に敷いていただいた毛皮、あれをお譲り願えませんか?

勿論、できる範囲でお支払いは致します。

金貨1000枚までなら直ぐお支払いできますが、それ以上は暫くお待ち下さいませんか?

わたくしの魔力にとても相性が良いみたいで、できれば側に置いておきたいのです」


確かにあの魔獣の毛皮には、氷の属性が付いていたな。


だとすれば、氷魔法の得意なマリーには相性が良いだろう。


そう考えた和也は、伏せ目がちのマリーを見遣る。


自分でもかなり高価な物だと理解しているのだろう。


先程の説明通りなら、高位の魔獣で、しかも属性付なら、相当な値がするはずだ。


それを僅か金貨1000枚程度しか用意できずに、譲れと言っている自分が情けないのかもしれない。


「あれは既にマリーにやった物だ。

金など要らない」


「え?」


またしても、信じられないような目で見てくる。


「この国に来て以来、エリカに次いで、自分に優しく接してくれた二人目の友人に対する、細やかな礼だ。

受け取ってくれ」


少し照れながら、視線を微妙に逸らして話す和也を、マリーは熱い視線で見つめる。


「勝手に呼び捨てにしたことと、友人扱いしたことは謝る」


マリーが何も言わないので、もしかしたら怒らせたかと勘違いした和也が、急いで付け足すように言うより早く、マリーが胸に飛び込んできた。


「ありがとう。

毛皮のことも、そして貴方の友人になれたことも、本当に嬉しい」


そう囁くと、マリーは暫く和也を抱きしめ続けるのであった。



 和也の温もりを十分に堪能したマリーは、そっとその身体を離し、身を寄せるように横に座ると、討伐依頼の報酬について再度和也に確認し、書類にサインするよう求めてきた。


和也がサインすると、後でエレナに報酬を渡しておく旨を告げられ、女王に報告に行かねばならない彼女と共に兵舎を出た。


出口付近でいきなり腕を捕られ、柱の影に押し込まれて素早く頬にキスされたが、『お礼』と言って僅かに舌を出しながら微笑むマリーの笑顔に見惚れて何も言えなかった。



 マリーと別れて和也が向かった先は、王宮を少し離れて囲むように建っている住民街であった。


組合や、療養所もその一角にあり、市場等もあって人口の割りにかなりの賑わいを見せている。


ただ、やはり人間族は珍しいのか、歩いているだけでよく視線を送られた。


市場で売られている物は、野菜や果物、魚、日用品などが多く、肉類はあまり見かけない。


娯楽も少ないようだ。


試しに何か買おうにも、まだこの国の貨幣を持っていない和也は、仕方なく療養所に足を向ける。


国立だけあってその外観は立派であるが、患者は少ないようだ。


入り口から覗くと、職員らしい女性が二人、暇そうに椅子に座っていた。


和也が立ち去ろうとした時、奥の部屋の扉が開き、職員らしき男性に付き添われた一人の少女が出てきた。


どうやら目が見えないらしく、その足取りもおぼつかない。


薄い茶色の髪を僅かに揺らしながら、ゆっくりゆっくり歩いてくる。


途中で、男性から少女に話しかける声が聞こえた。


「気を落とさないように。

今はまだ無理だが、その内きっと見えるようになる。

迎えが来るまでここで休んでいなさい」


今まで何度も同じようなことを言われているのか、少女はただ頷いて、案内された椅子に座る。


そのまま身動きもせず、虚ろな瞳を虚空に彷徨わせていた。


職員が去った後、和也はその少女に興味を覚えて、その隣に静かに座る。


少女は、誰かが隣に座ったのに気付き、目の見えない顔を向けてきた。


「誰?」


覇気の感じられない、か細い声で聞いてくる。


「通りすがりの旅人だ」


自分のセンスの無さに悲しくなりながら、和也は答える。


「何の用?」


「少し君と話がしたいと思った。

構わないか?」


少女は話す事など何も無いと思ったが、かけられた声の響きに、一切の哀れみや気遣いが無いことに意外さを感じ、少しくらいならと頷いた。


「何時から見えないんだ?」


「お母さんは生まれた時からだと言ってる。

自分では分らない。

初めから何も見えないから」


「普段は何をしている?」


「?

意味が分らない」


「目が見えないなら、本を読んだり友達と遊んだりできないよな?」


「友達などいない。

お父さんもお母さんもあまり話さない。

だから、一人で色々考えてる」


「どんな事を?」


普段なら絶対に人に話したりしないのに、何故かこの時は話しても良いと思えた。


「もし目が見えたなら、私の周りにはどんな人達が居るだろう?

どんな友達が居るだろう?

もしかしたら、カッコ良い男の子も居るかもしれない。

自分から誰かに話しかけることができるかもしれない。

毎日の出来事を、笑いながら、時には涙を流して語り合うことができるかもしれない。

その人の顔を見ることができれば、苦しい時、悲しい時、何か言葉をかけてあげられるかもしれない。

・・でも、今の私には何もできない。

一人だけ、遠くから、みんなの姿を想像しているだけ」


聞き終えた和也の瞳から、危うく涙が溢れそうだった。


自分にはよく分る。


どんなに人と話したくても、どれほど人と接したくてもそれが叶わず、遥か遠くから観ていることしかできなかった辛さが、苦しみが。


程度の差こそあれ、この少女もその苦しみを味わっている。


この時にはもう、和也は少女の眼を治すことに決めていた。


神である自分は、本来なら全ての人の願いや苦しみに、耳を傾ける必要があるのかもしれない。


でも自分は知っている。


悲しみや苦しみも人を成長させる大事な要素であることを。


全てを一律に取り除いたら、人は成長を止めてしまうだろうことを。


この少女一人を救ったところで、自己満足に過ぎないのかもしれない。


でも、それで良い。


神は気まぐれなのだ。


自分に出会ったこの少女は、言わば宝くじに当たったようなものなのだ。


「少し眠ると良い。

目が覚めた時、君を取り巻く世界の色が、君の願いを叶えてくれるだろう」


そう言うと、和也は少女の頭を撫で、眠らせる。


そして少女の目が見えない原因を探っていく。


なるほど、魔眼の一種か。


その力が強過ぎて、魔素が眼に溜まりやすくなり、眼球が耐えられなかったようだ。


少し考えて、和也は魔眼の力を削るより、眼球を強化することを選んだ。


人の悲しみ、苦しみを学んだこの娘なら、その力を決して悪用したりはしないだろうから。


処置を終え、去り際にもう一度優しく頭を撫でてから、療養所を後にする。


入れ替わるように中に入って行ったのが母親だろう。


夕暮れの街並みを、王宮へと向かいながら、長い長い1日を振り返る和也であった。



 少女が目を覚ましたのは、それから間も無く、母親に揺すられてからのことだった。


眠りに就く前に聞いた、優しい響きの言葉を思い出しながら顔を上げると、少し疲れた感じの母親と思しき人がこちらを見ている。


何か違和感を覚える。


何故、母親の顔が見える?


周囲をゆっくり見回すと、やはり、部屋の様子が見える。


一瞬で我に返った。


さっきまでの出来事は、本当の事だったのだ。


今までどうしても治らなかった自分の目が見えている。


自分を取り巻く世界に色が付いている。


慌てて先程の声の主を探したが、見当たらなかった。


ただ、彼のものと思しき目映いばかりの魔力の残滓が、自らの眼に映るのみであった。

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