第11話
優月視点
(これは…まずいな。まさか九節詠唱をしてくるなんて。)
詠唱というのは基本的に技の発動のための補助として用いられる。魔法の場合は決まった定型文が存在し、スキルの詠唱の場合は自然と脳に最適な詠唱が浮かぶものだ。
それは神装発動時の詠唱やニーズヘッグの能力発動時も変わらない。そして詠唱には節というものが存在して、それが多いほど、つまり詠唱が長いほどこれから発動される能力の規模や強度が強いのが察せられる。
詠唱は基本は二節ほどで、あまりにも高難易度だったり、初めてだったり、魔法の強度を上げる為の補助に使うとかいう理由がなければ、全文詠唱の必要はない。
そして詠唱というのは超高難易度魔法でも、多くても五節だ。例えば、僕の発動した『光輪ノ聖天』も《神聖属性魔法》の中では最高難易度の一つで、五節の詠唱が必要だった。
そしてその中でも神装や龍気結界などは特別で、あれは短縮などできず、必ず全文詠唱の必要があった。ニーズヘッグの龍気結界と『貪食』は六節、神装は七節詠唱だった。
しかし、ニーズヘッグの『
僕は冷や汗を流しながら、それでも闘志を絶やさない。
ヘラクレスの神装により今の僕は【仙気】よりも圧倒的に濃密な緑色のオーラを纏っている。また服装も緑の衣に変化している。
対してニーズヘッグは濃密な赤いオーラを発しており、目も黒から赤に変化している。オーラからはあり得ないほどの強烈な力を感じる。
僕は刀を納刀して抜刀の構えを取る。ニーズヘッグは突進の構えを取っている。
荒れ果てた部屋の中一瞬の静寂ののち、僕たちは同時に動き出した。
「月華天真流 居合術壱ノ奥義 天華」
『ガァァアァ!』
ニーズヘッグは絶大な破壊力を持った爪を、僕は月華天真流の奥義をそれぞれ使って衝突した。
僕は緑色のオーラである生命力を腕に集めて腕力を強化して爪を迎え撃つ。
爪と激突すると、先程までとは全く違いニーズヘッグの力があり得ないほどに強すぎる。ヘラクレスの神装を纏った僕も力負けしている。
「
ヘラクレスの神装の能力を発動する。
ちなみにこれがヘラクレスの神装の能力だ。
________________________
神器 イロアスジィナミ
契約者 十六夜優月
起句 : 捩じ伏せろ
能力
剛力無双 : 力が爆発的に上昇する。
半人半神 : 人の身で神気を無条件で扱える。
思考加速 : 処理能力を大幅に引き上げる。
武装術 : 自身の所持する武器の性能を上昇させる。
抗体 : 体で受けた攻撃に対する耐性が上昇する。
神装 アフィティビトス
契約者 十六夜優月
能力
神器能力向上 : 神器の状態の能力を引き継ぎ、その能力を向上させる。
生命の輝き : 生命の力を解放して体に纏わせることで、その部分を向上させる。
└1.獅子の硬皮…自身の体の頑丈さを向上させる。
2.毒竜の再生力…治癒能力を向上させ、再生を可能にする。
3.黄金角鹿の神速…自身の脚力を向上させる。
4.百頭竜の一斉攻撃…自身の攻撃の威力、効果を倍加する。最大百倍だが、倍加しすぎると身体に多大な負担がかかる。
5.暴れ牡牛の怪力…自身の力を向上させる。
6.人喰馬の暴食…自身の武器による攻撃で傷つけた相手の生命力を喰らう。その量は傷に比例する。
7.地獄番犬の魂保持…魂への直接攻撃を可能とする。更に能力を三つ組み合わせることができる。
不屈の英雄 : 自身がピンチの時ほど全能力が向上する。
________________________
そして今の僕は重傷をまだ治していないためピンチであり、『不屈の英雄』が発動する。身体が全能感に満ち溢れ、『暴れ牡牛の怪力』と相まって、ニーズヘッグの膂力に負けない程度にまで力が上がっている。
「月華天真流 流水月」
しかしこのままでは押し潰されてしまうため、奥義をキャンセルして爪を受け流す。
爪と足はそのまま地面に振り下ろされ、部屋の地面を破壊する。僕は即座にそこを跳躍して離れてから、着地と同時に、ニーズヘッグの横から攻める。
しかし、そこに設置型の魔法陣があることに気づき、すんでのところで止まり、下がる。それとともに魔法陣が発動して、足元から漆黒の槍の山が生えてくる。
(理性を失っているかと思っていたけど違うのか?いや、理性がないのは間違いないな。だけど、それで戦闘に特化した状態になったのか。そして、勝利の為に最善の手を打っているということか。)
僕は《闘気》を限界まで足に込め、高速移動で隙を窺う。しかし、『憤怒』状態のニーズヘッグには死角すらないのかどこからでも隙が見受けられない。更には高速移動も見切られていて時折り爪を振り下ろしてくる。
僕は《闘気》を解除してから、もう一度構え直し再度接近を試みるが、ニーズヘッグから赤いオーラを纏った《漆黒》が溢れ出し、それが触手のように分かれて僕を突き刺そうと襲ってくる。
「【
青い線と点が僕の視界に現れる。
触手は今までの《漆黒》よりも威力、スピードともに段違いで僕を襲ってくる。
左からの触手をステップして避け、前へ進み始める。右と正面からの計五本の触手が迫る。正面の二本は一本を斬り落とし、返す刀で二本目を斬る。
右からの三本のうち一本は敢えて前に踏み出して躱し、さらに追う二本をバク転で飛び越しながら斬り落とす。
そして避けた一本が後ろから追撃するのを振り向きもせずに斬り落とし、前へ進む。
更に触手が六本追加で来るが、一度発動したため慣れたことで一瞬で展開できた『光剣』六本で相殺する。
全く速度を殺さずに触手を破壊して前に進んでいく。
『『黒人形』展開。』
今度は《漆黒》が人型になり僕に襲いかかってくる。黒人形は一体一体がガウスと同等以上の強さを持ち、そこには長年の研鑽で積み上げた技術があった。
恐らくはニーズヘッグが昔戦った相手を再現しているのだろう。
手前の斧使いを下段から斬り上げ両断し、左右から来る双剣使いを神速の二連突きで核を撃ち抜く。更に斧使いの後ろから来た大剣使いを大剣を受け流して首を飛ばし、弓使いが放った《漆黒》の矢を斬り落とす。
そして弓使いへ放たれる矢を全て斬り落としながら走り弓使いを斬る。
一切速度を落とさないままニーズヘッグへと接近するが、そこで咄嗟に大きくバックステップをする。
一歩先には設置型の魔法陣があり、そこから槍の柵が飛び出していた。
バックステップの着地後、僕は頭上に魔法陣を展開する。
「聖なる光よ我らに光の導きを 『聖導』」
これは探知系の魔法で、指定した一種類のものを探知して光で僕に教えてくれる魔法だ。
今回探知したのは勿論ニーズヘッグが仕掛けた魔法陣だ。
『聖導』が発動されると地面のそこら中に魔法陣が仕掛けてある。それもニーズヘッグの周りにばかり仕掛けてあり、また空中にもいくつかの魔法陣が仕掛けてあった。
僕はそれを見て冷や汗をかきながら魔法陣の位置に注意しつつ、再度接近していく。
迫り来る《漆黒》の技を回避し、斬り落とし、受け流す。足を止めることはせずにひたすらに突き進んでいく。それが最も最良の選択だと確信して。
元々重傷の身体は止血だけされているものの、激しい運動に耐えられず、傷口が開き始めている。それでも、『不屈の英雄』を発動するためには仕方がないことなので、止血程度の治癒のみにとどめる。
その後はニーズヘッグに直接ダメージを与えるために接近をしては、ニーズヘッグの力や《漆黒》による技、仕掛けられた魔法陣により後退、という前進と後退を繰り返した。ニーズヘッグは僕が探知するたびに魔法陣をすぐに捨て、再度仕掛け直すため結局は魔法陣の脅威が消えなかった。
だが、もう完全に【全見】で把握した。
「
僕は超強化された脚力で一息にニーズヘッグまでの最短距離を走る。
迫る《漆黒》を最小限の身体の動きで紙一重で躱し、刀を前に突き出しながら走る。どうしても躱せない軌道の攻撃は前に突き出した刀で軌道を晒す程度に受け流して、走り続ける。
【全見】で魔法陣のある場所は全て把握し切っているため、所々魔法陣を躱しながらも速度を落とさず走る。そしてとうとうあと三歩で刀の間合いに入るところまで接近した。
前方にはニーズヘッグへの道を塞ぐように核を三つ持つ魔法陣が設置されており、これは回避できないものだった。
「月華天真流 散華」
ほぼノーモーションから『散華』を放ち、【全見:死核】により見えていた魔法陣の核全てを的確に刺突で突き刺し、破壊する。
核を破壊して突破すると今度は上から高速でニーズヘッグの前足が《漆黒》を纏った状態で振るわれていた。どうやら僕が魔法陣を破壊して突破することも予測していたのだろう。
そして僕がニーズヘッグを刀の間合いに入れた隙を見逃さずに当たれば必殺の一撃を叩き込もうとした。
しかし、それは甘すぎる。
「夜刀神夢幻流 斬ノ型
*********
夜刀神夢幻流 斬ノ型 星喰
斬ノ型では奥義を除けば最も威力の高い技。『月喰』の上位版のようなもので、その威力を相手の内外に与えて破壊する。また、『月喰』と違いどこからでも技を放てる。
*********
ニーズヘッグの《漆黒》を纏った前足を破壊する。『月喰』のときのように龍気が阻もうとするが、今回は前回と威力が違いすぎる。龍気の妨害などものともせずに前足を完全に破壊して、更にボロボロになった前足を斬り落とす。
『ギャァァァァ!』
ここに来て遂に『憤怒』発動状態のニーズヘッグに有効打を入れることに成功する。
(このまま倒し切る。)
そう思い、僕は連撃の体勢に入り刀を振るおうとした刹那、視界がブレて吹っ飛ばされる。
「かはっ!」
壁に激突して肺の中の息が吐き出され、身体の傷が開く。
「『
すぐさま治癒を施して傷を塞ぎつつ、『不屈の英雄』は発動状態のままでいられるようにする。
身体を起こして事態の把握に努めると、どうやらニーズヘッグの『憤怒』のオーラが爆発したようになって衝撃波を放ち、それにより思いっ切り吹き飛ばされたらしい。
何とも出鱈目な力だ。
そして今度は『憤怒』のオーラを口に集めて、収束させている。どうやら『
(なら、正面から斬って凌ぐ。)
僕はそれを迎え撃つ準備をする。あのエネルギー量の『息吹』だと逃げ場がないため、迎撃以外の選択肢がないのだ。
「
「
「
七の試練の効果で能力を三つ同時に発動させる。更に生命力操作でありったけの生命力を腕と足腰に流す。反動のなくなった『天乃御剣』を再度発動して、生命力に加えて神気と魔力を込めて、一つの力に変える。
そして『百頭竜の一斉攻撃』でその威力を今の僕が出せる限界である十三倍にまで倍加する。これでひとまずの迎撃準備が整った。
ニーズヘッグの方もチャージが終わったようで『憤怒』のエネルギーが全て収束し膨れ上がっている。
『
「夜刀神夢幻流 斬ノ型奥義
*********
夜刀神夢幻流 斬ノ型奥義
斬ノ型奥義の一つ。夜刀神夢幻流で最も威力が高い技でどんなものでも斬り裂く絶対切断の一撃。最大の力を生み出すための最適な身体の動きを行い、それを一刀に収束させて斬る。
この技で斬れなかった相手はいない。
*********
真紅のブレスと僕の斬撃が衝突する。斬撃により、『息吹』は真っ二つに割れて後ろの壁を破壊している。
僕の方も段々と押されている。
「くっ、ならば《限界突破》発動。加えて《漆黒纏》発動。」
僕は足りていない能力を《限界突破》で無理矢理引き上げ、《漆黒纏》で斬撃の威力を上げる。
『絶壊の息吹』の余波の衝撃波で身体の至る所が傷つきはじめ、身体も限界を迎えて悲鳴をあげている。
「《感知》、《看破》、【全見:死核】、【走馬灯】発動。」
《感知》と《看破》と【全見:死核】で『息吹』の中心を探す。また、【走馬灯】で集中力と身体能力を今出せる最大まで引き出す。
(探せ、探せ、探せ…見つければ破壊できる。)
僕は極限の状態の中、集中力を極限にまで高め、頭が焼き切れそうなほどの状態の中スキルをフル活用して核を探す。
依然として『絶壊の息吹』の威力は衰えることを知らず、むしろ少しずつその威力を増してきている。
対して僕は壁際まで追い込まれていた。だが、僕のスキルと眼は『絶壊の息吹』の核を探し当てていた。
核は僕の正面の奥にあり、それを斬るためにはこの全てを壊す息吹の中を斬り裂き進む必要があった。
僕は一歩一歩前に足を踏み出して進んでいく。進むごとに威力が上がり、斬撃を繰り出す刀から手に威力が伝わり、衝撃で手が破壊されそうになる。
「
『息吹』の圧倒的な威力に負けそうになるところを、限界を超えて威力を倍増することでさらにさらに前へ進んでいく。
身体の限界を超えた負荷に、身体が千切れそうなほどの痛みが身体を襲うが、この程度今まで経験してきた痛みに比べればどうということはない。そして僕の体もこの程度で壊れることはないと知っている。
「二十三倍」
さらに倍加率を上げていく。一歩また一歩進み、遂に核の目の前まで辿り着く。
「ふっ!」
『天夜叉』による斬撃を力の限り振り下ろし、その絶大な威力を核にぶつける。
一瞬の抵抗ののちに核は僕の必殺の一撃により破壊される。それにより『絶壊の息吹』は崩壊して、溜まっていたエネルギーが爆散する。
僕は咄嗟に『聖壁』を展開して爆発を凌ぎ、僅かに原型をとどめていたブーツの《天駆》のスキルを発動させて空を駆け上がる。
そして、爆散して砂埃舞う中から抜け出しニーズヘッグに接近する。ブーツは《天駆》を数回発動すると壊れたのか、もう発動しなくなるが、この勢いならばあとは落下するだけでニーズヘッグの元に届く。
粉塵の中から出てきた僕にニーズヘッグが気付き、漆黒の槍を放ってくる。
「『聖壁』多重展開。」
僕は防御魔法を多重展開すると《漆黒》を防ぎながら前方に落下していく。物凄い速度で『聖壁』が削られていきニーズヘッグを間合いに入れた時には全て破壊されていた。
しかし、ここまで来れば盾などなくても空中で迎撃と回避ができる。残りの漆黒の槍も全てを凌ぎ、刀を振りかぶる。これが恐らく最後の一撃だろう。先程の『絶壊の息吹』の迎撃にほぼ全ての力を使ってしまった上に、切り札のスキルも全て使い切った。
だからこれで最後。これで勝つ。
「夜刀神夢幻流 斬ノ型 月光」
*********
夜刀神夢幻流 斬ノ型 月光
上段からの一撃で、主に自身の方が相手より上にいるときに使われる。斬ノ型で最も綺麗な斬撃で、その斬撃は斬るときの抵抗を一切感じさせないほどに洗練されている。そのような斬撃が放てるのは角度や太刀筋など全てが最適となるように計算されているから。
*********
狙いはニーズヘッグの無防備な首であり、刀は最適な軌道で動いている。
『漆黒の盾展開』
しかしここで初めてニーズヘッグが自動防御障壁以外の防御技を使ってくる。
この長い戦闘中、防御は全て自動防御障壁に任せっきりで、攻撃一辺倒だったニーズヘッグ。それが最後の最後、僕が渾身の一撃を放つのを見計らって防御技を使ってきた。
今まで何度も何度も突破され傷をつけられても僕に自身の防御方法が自動防御障壁しかないと刷り込み続け、最後の一撃でその刷り込みを利用して絶対の防御技を発動した。
その作戦と、それを実行したニーズヘッグの胆力はすごいものだ。
漆黒の盾が刀の軌道上に展開される。このままでは僕の一撃は防がれてしまうだろう。
しかし僕もまだ最後の一手を残してある。
「スキル発動 《幻想刀》」
それは天朧が持つスキル。今までの戦闘で使えば有利な場面が多くあったそれを僕は最後の一手として残しておいた。正真正銘最後の一手。
刀身が幻想のように揺らいで消え、漆黒の盾を透過する。そして幻は終わり、再び刀身が現れる。
『!!!』
ニーズヘッグはそれを見て驚きに固まる。絶対の防御が意味をなさず、自身の敗北が目の前に迫っているのだ。その反応はしょうがないと言えるだろう。
「ッッ」
鋭く息を吐いて刀を振り切る。刀は豆腐を切るようにニーズヘッグの首を絶つ。さらに着地と同時に返す刀でニーズヘッグの核が存在する心臓を突き、核を破壊して完全に殺す。
『お主の勝ちだ十六夜優月。楽しい戦いだったぞ!』
ニーズヘッグはそう最後に言い残すと、核やドロップアイテムを残して消えていった。
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