第9話



優月視点



脇腹の負傷がある程度回復して動けるようになった僕は、失った血を得るためにアイテムボックスから増血剤を全て取り出して摂取していた。


そして刀を取り、神装を纏い直して立ち上がる。眼前には神格を得し怪物である黒龍ニーズヘッグ。その力は戦いを得るごとにどんどん強くなっていて、遂には世界に認められないはずの能力ですら使っている。


対してこちらは満身創痍にもほどがある。既に回復手段はなくなり、集中力も尽きかけ、気は枯渇寸前で、魔力も《魔力炉》スキルが奪われたため、半減している。


神装は長時間使用により、段々と神気が消費され、発動できる時間ももう多くはない。

打てる手も既に尽き、切り札も通用しそうなものは全て使い果たした。


『ルドラ、『貪食グラ』の能力分かる?』


『ああ、話には聞いていたが、本当にあったとは…

エーオスが生み出した龍たちはそれぞれ神格を持ちいくつかの固有能力を有している。無龍で言えば『創造』だな。そして黒龍は先程までの《漆黒》そしてそのほかに二つあると聞いている。』


『ちょっと待って。それじゃあ『貪食』以外にもう一つこのレベルの能力があるの?』


『そうだ。先程言ったように、黒龍は基本的に三つの神格を持っているからな。だが、我もいくつかあるということを知識の中で知っているにすぎず、黒龍がどんな能力を所持しているのかは知らないのだ。

何はともあれ『貪食』だ。能力名からも分かると思うが、全てを喰らう能力だ。主に《漆黒》を通じて使われるようだ。能力は《略奪》同様スキルを食う。しかし、《略奪》と違うところは、それがユニークスキルでも称号でも食うところだ。その本質は魂を喰らうこと。つまりは魂に根付いているスキルや称号は喰らうことができるというわけだ。

さらに、喰らうのは魂だけでなく全て、魔力、無機物、有機物、何でもアリだ。

そして喰らったものは自身の糧として取り込む。純粋なエネルギーとして攻撃、防御、回復にエネルギーを使うことができる。

さらに最も厄介なのは喰らったものを自身の強化に使用できることだ。』


『は?』


『そう、黒龍は『貪食』でものを喰らえば喰らうほど際限なく強くなるのだよ。それこそ正に限界などなくな。しかも、その過程で新たな能力を発現したりするからなおのことタチが悪い。とまあそんな感じで名に恥じぬほどの能力というわけだ。』


『…ルドラはどうしてそんなに詳しいの?』


『そんなの奴らを倒すために決まっているだろう。何せ我々はわざわざ他の世界から奴らを殺すための手段として呼ばれたのだ。この程度の情報もなければ、戦いようがないだろう。』


『それもそうだね。』


『それでどうするつもりだ?』


『さあ?もうこれだけ化け物だと打てる手が本当にないんだよね。あの無限に溢れる一撃必殺並みの《漆黒》ですら厄介なのにそれに加えて『貪食』とかどうしようもないよ。』


『諦めるのか?』


『まさか。僕はね、黒龍のせいでリーナが死んだことを忘れてないんだよ。僕、意外と執念深いから。しかもこの感情だけは残ってるし。だから、ここで全てを使って奴を倒す。』


『そうか。それでこそだ主よ。それで打開策は?』


『一つだけあるけど、今は無理。何せこの状態でずっと《漆黒》を避けないとだから、また隙を作らないと策を披露する前に負ける。』


『ならば、思う存分我を使え。そして勝つぞ。』


『うん。いこうかルドラ。』


『ああ。』


僕は大きく深呼吸してから、今の自分にできることを頭の中で整理していく。


僕の黒龍に通じる主な攻撃手段は刀術と神装のみ。そして戦闘をサポートできるスキルがいくつか。回復手段は《獣化:白虎》と《大地の息吹》、『聖仙気』だが、《大地の息吹》と『聖仙気』は常時発動型なので効果はそんなに高くない。

防御手段は《空間属性魔法》と【聖気】と【仙気】。主に《空間属性魔法》を使うことになるだろう。


さて、この手札で勝つためには、勝つための手段は一つ。そのためにもまずはここを凌ぐ。


『喰らい尽くせ『貪食グラトニー漆黒カタマヴロス』』


《漆黒》が生き物のように蠢いたかと思うと、空間にある魔素を食い尽くしながらこちらに《漆黒》が何本もの触手のようになって迫ってくる。


「吹き荒れろ『暴風プレステル』」


僕は風を身体全てに纏わせ純粋に身体能力を強化し、刀術勝負に出る。集中力は十分なまでに回復しているため、【全見】を使っている。


超反応で迫り来る攻撃を完璧に捌きながら、時折り放たれる『咆哮ロア』と『息吹ブレス』にも完璧に対応する。


下から迫る《漆黒》に機敏に反応すると《天駆》で空中を足場として蹴り、前方の三本の《漆黒》を斬ると同時に先程いたところから《漆黒》が地面を突き破って出てきている。


僕はそれに目をくれず、再び四方八方から来る《漆黒》、『咆哮』、『息吹』、尻尾による攻撃を刀一本で切り裂いていく。




それは正に神業。剣舞には一切の無駄がなく、合理的に流れるように段々とその速度を上げながら行われている。


しかしルドラはそれを見ながらどこかぎこちなさを感じなくもないと思っていた。


その神業も相手がほぼ無限の攻撃となれば大変なものだ。


疲れは限りなく抑えられており、被弾もしていない。スキルによる効果で動きも速くできるようになっていた。だが、敵の攻撃密度は増す一方に加えて威力、速度がどんどん上昇している。


『ククククッ!最高だっ最高だぞォォ!神装使いィィィィ!』


黒龍は興奮の極みに達したように叫びながらそれに呼応するように《漆黒》の密度、エネルギー量、使用量が跳ね上がっていく。


「ハァハァハァ」


既に息は上がり始めている。体力の消耗に回復速度が全く追いついていない。



そこからは地獄だった。ルドラとの会話で取り戻した集中力は黒龍の『貪食グラトニー漆黒カタマヴロス』により削り取られていく。

強化された《漆黒》を相手に一息もつかせぬ猛攻を凌ぎ切りながらも反撃として『風弾』や『風剣』を放つ。流石に全くの攻撃なしでは、黒龍のリソースが全て攻撃に割かれてしまい、対処不可能となるからだ。


神気を伴った攻撃を放つ限り、黒龍は一定度の警戒をせざるを得なくなるため、攻撃がまだギリギリ捌ける程度に留まっている。


反撃として放つ攻撃はあくまで牽制が目的だが、黒龍に傷をつけるには十分な威力が伴っている。が、黒龍の《漆黒》による自動防御障壁を貫通することはできていなかった。


『クククク、これでも持ちこたえるか。大したものだな。それでは我もお主同様技を用いさせてもらおう。

『黒剣・無限刃』』


黒龍の周囲にゆうに千を超える数の黒剣が出現する。今までの《漆黒》は本当にランダムな神出鬼没さで型にハマらない変幻自在さだったが、ここにきて初めて、そのどちらもを捨て、剣という形に周囲への展開と、場所まではっきりとしている。


『行け!』


合図と同時に剣の切っ先がこちらを向き、黒龍の後ろから一斉に放たれる。黒剣は結構なスピードで発射されると僕に向かって一直線に飛んでくる。


「ふっ。」


僕は短く息を吐くと、最初に来た黒剣を夜天で弾き、次に来た三本を横薙ぎにして破壊し、そのまま回転してから逆袈裟斬りを放つと同時に暴風を解放して迫っていた剣を全て吹き飛ばす。


しかし、黒剣は発射された次の瞬間には新たな黒剣がセットされるため、剣の一斉掃射が一向に止む気配がない。


さらに、この攻撃により僕からの攻撃の手も封じられた。


『 我を染めるは闇より出し純粋な漆黒

  しかればそれは全てを黒に変えるものなり…』


黒龍は僕の攻撃がないと悟ったのか、もう一度龍気結界の詠唱に入っている。

もしあの詠唱が完成して結界が発動して仕舞えば、確実に負ける。


「我が意に従い暴風をここへ 『風束』

 我が意の下に敵を斬り裂く風刃を 『暴風刃』

 我が刃は敵を斬り裂くまで尽きることなく 我が意の下に集う 『無限錬成・風刃』」


短文詠唱を三つ重ねることで、三つの事象を同時発動して、一つの技に昇華させる。


しかし、詠唱によりできたほんの少しの隙に黒剣が左足の太ももへ突き刺さる。すぐに抜いて破壊し、治癒をするが、『貪食グラ』の効果により魂を攻撃された身体に激痛が走る。


咄嗟に痛みを抑えつけて、詠唱による技が霧散しないようにする。


『主よ。今回は称号が喰われた。喰われたのは『死神』、『絶影』、『支配者』、『竜殺し』、『王殺し』の五つだ。今回は魂への根付きが浅かった称号が持ってかれたようだ。』


称号が喰われたことにより、補正が消えて、体が少し重くなるが、技は完成した。


「行け。『風刃乱舞』」


効果は黒龍の技とほぼ同じ、しかし、黒龍よりは間違いなくこちらの方が早く限界が来る。だが、少しの時間は確実に黒剣と相殺できるため、その隙に黒龍本体に畳みかける。


月華天真流 居合術 鳳仙花


素早く納刀してから、居合術を使い黒龍の下まで一瞬で移動してから、斬撃を見舞う。


『鳳仙花』は黒龍の自動防御障壁を突破すると黒龍の鱗を引き裂いて一撃を与えることに成功する。


ニタァ。


黒龍は僕が一撃を与えた瞬間、確かに笑った。その瞬間背筋に冷たいものが走る。[超直感]が《危機察知》が僕に死の危険を伝えてくる。


『設置型必殺撃『黒点穿雨こくてんせんう


全スキルと全能力を総動員してその場から飛び退こうとするが、完全に遅かった。


足元から直径二メートルの円が広がり、上空から漆黒の雨が降ってくる。



ドドドドドドド!!!!!!



……………

………



黒い雨が止み雨が降った場所はまるで小隕石がいくつも降ったかのように地面が抉り取られており、その中心に僕は倒れていた。


(どうなったんだ…)


僕は身体を動かそうとするが、その意に反して、全く身体が動かない。というより、左手と右足の感覚がなく、右目も全く見えていない。


『ルドラ、状況を教えて。』


『主、生きていて何よりだ。主は先程の黒龍の罠による攻撃を浴びて、咄嗟にスキルと能力を総動員して防ごうとしたが、押し切られたのだ。

今の状態は右手と右足は消失。胴体には小さな穴がいくつも空いている。左手と左足も千切れ掛けだ。

あとは右目が破壊されている。出血も相当なものだ。』


『…喰われた能力の方は?』


僕は朦朧としている意識と激しい痛みの中必死に頭を動かす。


『称号から教えよう。『スケルトン殲滅者』、『神器保持者』、『ゴブリン殲滅者』、『解き放たれし神の才』の四つ。

次、ノーマルスキルは《絶気》、《生贄》だ。

マスタースキルは無事で、ユニークスキルは二つ。《夜霧》と《獣化:白虎》だ。

そしてトランスドスキル《劍帝》の中のスキル《剣士の成長》が喰われた。恐らく今主が動けないのもスキルツリーの補正が突然消えたからというのもあるだろう。

最後に、先程まで展開していた【仙気】と【聖気】が根源から喰われた。もう二度と使用できないだろう。この二つは何回も使用してたからその根源を黒龍が理解してしまい喰われたのだろう。

以上で全てだ。』


『…ありがとう。』


これで回復手段は完全に消えた。《大地の息吹》もあるが、この怪我だともう意味をなさないだろう。焼け石に水というものだ。


(黒龍の罠に完全にハマってしまったな。まさか自動防御障壁をわざと簡単に斬らせ、自分も斬らせて罠にかけるなんて。まさに肉を切らせて骨を断つだな。まだ、スキルを使えば動けるくらいの余力はあるけど、それも長くはない。これは死んだかな。)


僕は何とか動こうとするが、身体は鉛のように重く、指一本動かない。これは本格的にダメかと心の中で諦めの念が浮かび上がる。


『クククク、これで終わりだ神装使い。人間にしてはよく健闘した。我も楽しかったぞ。』


黒龍は楽しげにそう言うと、口を開いて『息吹』を吐こうとする。


『……止むを得んか。主よ、其方はまだ死んではならん。黒龍の相手は我がしよう。その間に逃げるのだ。その余力はまだ残っているはずだ。』


『え?』


『短い間だったが、主との生活は楽しかったぞ。それでは達者でな!』


ルドラはそう言うと、夜天を元に顕現する。そして、黒龍の『息吹』を風の盾を展開して受け止めていた。


しかしその力は最初に出会った時よりも弱い。それもそのはずで、ルドラは今自身の神格を消費して顕現しているのだから。

基本的にルドラたちのような迷宮にいた神は世界に顕現はできない。しかし、例外として自身の命である神格を消費することで顕現できる。だが、それは長く顕現すれば神格ごと消滅して、二度と復活することはできない。


今ルドラは真に命懸けで僕のことを守っているのだ。


黒龍の猛攻に対して、ルドラは防戦一方であり、どんどん、ルドラの力が消えていくのが分かる。もうあと一、二分ほどでルドラが力尽きてしまうのが、いやでも理解できた。


その姿が、誰かと重なる。昔僕のことを命懸けで庇ってくれた友人達や組織にいた彼女。みんなが僕を支えてくれていた。この世界でもリーナやルドラは短い間だったが僕を導いてくれた。


(嗚呼、また失うのか。また何もできずに失うのか…)


ー本当にいいのかよ?


知らない、だけどどこか懐かしい少年の声が聞こえる。


(でももうどうしようもないよ。身体は動かないし、スキル使っても逃げることすらギリギリだ。それに黒龍は迷宮内でも移動できるし、そもそもこの傷じゃ他の魔物に殺されるだけだよ。それなのにルドラを助けるなんて。)


ーそれは貴方が勝手に思い込んでるだけ。貴方は今まで沢山のものを失いすぎたせいで、心の表面がそれに慣れてしまっているの。


今度は慈しみに溢れた少女の声が聞こえる。


(そうだろうね。僕はリーナが死んだ時でさえ、涙すら出なかったし。)


ーだけど、お前の心の奥底はそんなことねえ。失うたびに悲鳴を上げてるぞ。


(そんなの分かんないよ。それにだから何だって言うの?)


ーもうそういうとこは相変わらずね。まぁいいわもう慣れたし。


(?)


ー貴方の封印もこの前のスキルのおかげで緩んだし、そろそろ思い出しなさい。


今度は母性を感じさせる女性の声が聞こえる。


(何を?というか君たちは?)


ーったく、俺たちの声も忘れたのかよ。まぁお前はそんな奴だったな。


ーもう時間がないわね。さあ、思い出して、貴方の封印された過去と本来の貴方を。


ー起きて(起きろよ)(起きなさい)

 

ーユーくん

ーユー

ーユヅキ


(え?まさか…)


少年と少女と女性の声が僕を呼ぶ。


その瞬間、首にある氷の結晶の形をしたネックレスと左手の人差し指にある淡い橙色の薔薇の花の指輪が温かな光を放ち始め、僕はその光に優しく包まれる。



優しい光は僕を包んで、僕の中に入り込む。


《告。条件を満たしたため対象にかけられていたユニークスキル《慈愛》、《氷結》、《封印》が解除されました。これより対象の制限と封印が全て解除されます。

…………………完了しました。》


そんなスキルアナウンスが流れる。それと同時に朦朧としていた僕の意識は覚醒する。



(───思い出した…)






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