第8話
優月視点
「 暴風と慈雨の化身よ
汝が王の求めに応じその身を顕現せよ
其は世界の理なり
故に我が命運は汝とともにあらん
怒りと癒し 咆哮と絶叫
汝が力を我が意志の下に集わせよ
天を衝いて吹き荒れろ 汝神風の神格者なり!
神装 『フォナゾテオス』 」
「さあ行くよ、黒龍ニーズヘッグ」
『ああ、来い!神装使い十六夜優月!』
「
万物に有害な風が部屋中に吹き荒れる。それは黒龍がいくら消し飛ばそうとしても全く消える気配を見せない。
(これは環境変化だ。簡単に消せはしないはずだ。)
『小賢しい!
「風塵」
全方位に漆黒の衝撃波が放たれるが僕の周囲では風に弾かれている。しかし代わりに『風害』は難なく吹き飛ばされて消されてしまう。
「月華天真流 瞬華・飛天」
一閃の翡翠色の斬撃が飛び、衝撃波をいとも容易く斬り裂いていく。翡翠の斬撃は黒龍まで飛ぶ。黒龍はそれを察知して、衝撃波を集中させることで相殺するが、それにより、僕が自由に動けるようになる。
「ふっ!」
風の推進力を使い、一瞬にして黒龍の後ろに回り込むと刀を一閃する。
刀は何の抵抗もなく尻尾を切断し、続けて黒龍の胴めがけて振るう。
『ガァァアァ!』
深くまで斬った手応えを感じ、黒龍も堪らず声を上げる。神装で斬った傷は《龍気》では治せず、初めて有効な攻撃を与えることに成功する。
そのまま連撃を仕掛けようとしたが、黒龍の《漆黒》が高まっているのを感じ、一度退く。
『流石は神装!まさしく対龍特化型武器であるな。しかしこのままで終わるわけにもいかぬ。我も心置きなく力を解放させてもらうぞ。』
やはりと言うべきか、まだまだ力が隠されていたようだ。
黒龍の《漆黒》が更に膨大なエネルギーを秘め始める。そして、新しく性質を得ている。
『あれは、《略奪》の能力だな。』
『《略奪》?』
『ああ。能力は確か、《漆黒》で攻撃した相手のスキルや能力を奪って、自身のエネルギーとするものだったはずだ。』
『それはまた強力だね。神装展開してるけど、そう簡単に勝てそうにはないな。』
『気を引き締めていくぞ主よ。』
『うん。』
僕は神気を体に巡らせ活性化させると、翡翠の刀を一閃する。先程同様翡翠の斬撃が黒龍の元まで飛んでいくが、先程よりも強化された《漆黒》に阻まれてしまう。
正直なところ少し不利な状況だ。
なぜならルドラの神装はこの場所と相性が悪い。それは単純に力勝負で劣ってしまうということだ。ルドラの神装は風という気候の具現化だ。
それなのに、外という気候を利用できる場所と違い、密閉されたこの空間は間違いなく黒龍有利に働いている。
何せ僕の神装は最大威力を発揮できず、僕の逃げる場所も限定されているのだから。
そして、その不利を解消するための一手が先ほどの『風害』だったのだが、やはりというべきか、結構な神気を込めたにもかかわらず容易く破られてしまったため、形勢的にはこちらが少し不利といった感じだ。
黒龍の漆黒のブレスや神出鬼没の攻撃を完璧に対処しながらも、この状況を変えない限り僕は自身の勝利への一手を探し続ける。
今すぐできる打開策の選択肢としては二つ。
一つは水晶を取り出してからの、新ジョブの獲得。
もう一つは神装の力を溜めてから一気に放ち、一撃で致命傷を与えるための時間稼ぎを神装が制限される中でやること。
一つ目はあまり可能性が高くない上に、この状況を打開することのできるジョブがあるか分からないという博打要素満載の作戦だ。
いくつか候補はあるが、それが表示されるとは限らないので、悩みどころである。
二つ目は正にハイリスクハイリターンの手段だ。決まれば形勢逆転どころか王手をかけることもできるが、チャージ中に一撃でも食らえば防御が間に合わずに即死亡。
これも中々難しい手段だ。
結局僕は二つの案を保留にして、神装で黒龍を殺す手立てを考えながらも攻撃の手を休めないようにする。特に相手の《略奪》に注意しながらのため、どんどん集中力が消耗していく。
既に【
『ふむ、やはり神装は特別だな。《略奪》を使っても互角どころか傷の一つもつけられておらぬ。ならば、我も戦い方を変えようではないか。』
『 我を染めるは闇より出し純粋な黒
それは全てを漆黒に変えるものなり
我が漆黒は世界の全てを染め尽くすだろう
太陽はなく 月もない そこは正に黒の世界
そこに命はなく 生もなく
あるのは純粋な漆黒のみとなる
龍気結界『
詠唱完了と同時に世界が変わる。
もちろん、詠唱の妨害をしようと攻撃を重ねたが、黒龍の膨れ上がる龍気により全てが阻まれてしまった。
「くっ。」
突然の変化に戸惑う中、視界が全て黒に染まる。
『龍気結界か…また厄介なものを。』
『ルドラ、それ何?』
『龍気結界。龍が持つ神格の具現化世界を展開する結界だ。黒龍の神格は基本的に三つ。その中でも《漆黒》は二番目に神格の強いもので、その特性は永劫不変。自身を変えず、周囲を一方的に変える力だ。この世界はまさに《漆黒》という永劫不変の理により全てが変化させられた世界ということだろう。
我も具体的な効果までは分からん。十分に注意するのだぞ。』
『了解。』
スキルの効果で真っ暗でも問題なく辺りを見ることができるが、本当に何もない。一面黒に染まった大地が続くだけだ。
『我が世界へようこそ神装使い。』
声が聞こえると黒龍が眼前にいた。
(全く気配を感じなかったのに…)
すぐにバックステップで下がり、刀を構える。
『ククク、そう驚くな神装使い。我が世界は不変。この世界ではどれだけ距離を取っても意味はないぞ。』
そう、僕はバックステップで後退したはずなのに、先程と変わらず黒龍が眼前にいる。
『この世界で我が不変と定めた理は二つ。不変の距離と不変の空間。つまりお前と我は常にこの距離であり、戦闘により空間への影響を及ぼすこともないというわけだ。』
『なぜそれを僕に教える?』
『クククク、簡単なことだ。そんな些細なことで我の勝利は揺らぎはしないのだよ。』
確かに、この世界では圧倒的に僕が不利であることに間違いはない。そもそも結界を展開された時点でこのフィールドは黒龍の味方と化す。
その効果が理不尽極まりなくても、それが結界というものなのだ。
『さあ、もう逃げられはせぬぞ。思う存分闘いを楽しもうではないか!』
黒龍が興奮の中そう言うと、《漆黒》が至る所から溢れ出す。
(くっ、エネルギー量と《漆黒》自体の量どちらも先程とは比べ物にならない…
それに対してこちらは主要な防御手段の《空間属性魔法》が使えないのに加えて、回避もほぼ不可能。これは詰み一歩手前ってところかな。
この状況を打開するには、やはりこの結界の破壊が先決。)
『主よ。ここは捨て身で結界を斬り裂く一撃を放つのが最善だ。』
『うん。僕もそう思う。だけど、今は『テリオ・アサナトス』とかの防御手段がほとんど封じられてるから、集中してのチャージが厳しいな。しかも、結界破壊のためには五分は必要だろうし。まぁ、兎にも角にもやってみるしかないか。』
僕は《一意専心》、《超加速》、『聖仙気』、《獣化:白虎》のワンを発動して、回避行動に全力を傾ける。
更に神装の刀に神気を全て流しながら、《神の咆哮》と《増幅》を発動して結界を斬り裂く一撃を準備する。
『なるほど、そう来るか。』
黒龍はそう呟くと攻撃を一層過激にしてくる。僕は刀を左手に持ち、空いた右手や両足で回避と迎撃を行う。右手には何故か使えた《アイテムボックス》から取り出した血濡れの小太刀を持ち、そこに『聖仙気』を流して《漆黒》を捌いていく。
因みに《アイテムボックス》が使えた理由は、この空間に作用していないかららしい。何はともあれこれは幸運だ。
しかし大きく回避しても黒龍との距離や位置は一切変わらないため、極小のステップと研ぎ澄まされた集中力、超加速された身体能力を持って何とかギリギリ攻撃を回避することに成功している。
もし一撃でも《漆黒》を食らえば、《漆黒》に込められた《略奪》により大ダメージを負うので、その緊張感のせいでスキルにより高められた集中力がゴリゴリと削られていく。
しかし、その代わりに力のチャージは順調に進んでいる。まだ一分ほどしか経過していないが、どんどん力が強くなっているのが分かる。
それからまた一分ほどが経ち、僕の集中力はその大半が削り取られていた。段々と鈍くなる身体の疲労は『聖仙気』で治すことが可能だが、精神は別だ。スキルの《一意専心》も切れる寸前であり、この状態では【全見】や【走馬灯】は使うことができないだろう。
そして遂に被弾する。
「くっ、ぐぅぅぅ!」
《漆黒》が頬を浅く斬り裂く。そして《略奪》が発動してスキルが奪われる。スキルは魂に根付くものであるため、それを無理矢理引き剥がされ奪われるのは経験したことのないような身体の奥底からの痛みだった。
『ルドラ。奪われたスキルや能力は逐一報告して。』
『了解した主よ。今回は《影属性魔法》が奪われたようだ。』
僕は痛みにより鈍っていた集中力が再び戻るのを感じながら、黒龍の連撃を躱し続ける。
《漆黒》は全方位どこからでも襲いかかってくるため痛みで戻った集中力をフル活用して迎撃するが、今度は血濡れの小太刀が破壊される。そしてそのまま腕を深く切りつけられる。
「ぐっ」
僕は小太刀を即座に手放し、《アイテムボックス》から予備の剣をノーモーションで取り出すと迫る《漆黒》を受け流す。更に《恢気癒功》を発動させて傷を癒す。
『《料理》と《解体》が奪われた。』
それを聞き幸運に思う。今ので戦闘系スキルを失わなかったのは本当についていた。
それと先程気づいたが、どうやら《略奪》と《虚無》は同時発動されていないらしい。これは結構な朗報だった。
その後もひたすら回避と迎撃を続けるが、武器がどんどん破壊されていく。そこら辺にある剣では上手く使ってもやはり負担が大きく、《漆黒》に耐えられないのだ。また、他の武器も何回か攻撃を受け流すと壊れてしまう。やはり武器は夜天クラスではないと厳しいらしい。
そして武器が破壊されるのに比例するように僕の被弾回数も少しずつ増えていた。黒龍の《漆黒》がどんどん増える上に強くなっているのだ。
今まで奪われたスキルは《付与魔法》、《換装》、《魔力炉》、《血液操作》、《因子覚醒》、《生活魔法》、《多重無詠唱》だ。因みにルドラが言うには一度奪われたスキルはもう二度と習得できないらしい。それは魂の根本からスキルが奪われるため、スキル習得の可能性ごと奪われるかららしい。
正直言って重要性の高いスキルが奪われていくのはキツい。特に《付与魔法》や《因子覚醒》、《魔力炉》、《生活魔法》などの便利スキルは奪われたくはなかった。
その後は何とか立て直し、被弾は一、二発に抑えることができた。しかし、《気功術》の気量が底をついたため、《恢気癒功》は使えなくなってしまった。普通なら僕の莫大な量の気が尽きることはないのだが、《漆黒》による傷は治りづらくいつもの倍以上に気を使わないと治癒できなかったのだ。
気が枯渇すると全身が痛むため、最低限度は残してあるが、それを使ったら確実に隙を生むので、使えない。これにより最も効果の高い回復手段が封じられてしまった。
その代わりに、力のチャージはほぼ完了していた。今はタイミングを伺っている状態だ。
武器の方はもう在庫が尽き、今はルドラの迷宮で得た機械仕掛けの聖剣を使っている。聖剣というだけあり、中々に耐久力が高く、《漆黒》を凌ぐのに役立っている。
僕は一瞬の間を作り出すことが必要と考え、《生贄》スキルを使い、《魅了》を生贄に捧げる。
因みに《生贄》スキルで生贄にしたスキルはもう一度取得可能である。
《魅了》スキルを代価として一時的にあるスキルを昇華させる。昇華させたスキルは《隠帝》。発動と同時に僕の存在は少しの間だけ世界から消える。
漆黒は僕が消えたことに戸惑い、攻撃の手が少し緩まる。その瞬間が絶好の機会だった。
「界を断ち、世界を開け『断界風剣』」
《隠帝》は《生贄》により昇華されていたため、発動時間は《魅了》スキルに依存する。《魅了》スキル一つではその効果はほとんど一瞬だったが、その一瞬があれば十分であった。
五分越えのチャージでその威力を爆発的に上げられた神装は荒ぶる風を刀に押し込め、世界を斬る。
『ぬっ!ならば!』
漆黒の世界が光り閃光とともに崩壊する。
………………
…………
……
…
閃光が収まるとそこは、元の迷宮の大部屋だった。
そして僕と黒龍の間には先程よりも距離が開いていた。要は龍気結界を破ることに成功したのだ。
『…やったよルドラ。』
『主!』
しかし、僕は大怪我を負っていた。脇腹が大きく抉り取られていたのだ。
僕が『断界風剣』を放った直後、黒龍がそれを防ぐのは無理と判断して、大技により隙だらけだった僕に『
『断界風剣』の威力により少しは軌道が逸れたため、腹を貫通することはなかったが、脇腹に大きな穴が空いた。今回奪われたスキルは《帝ノ威》と《魔刃》だった。まぁ、マシな方だろう。
気は使い切っているため、《恢気癒功》は使えず、《アイテムボックス》から取り出した回復薬を飲んで、傷を治す。
しかし、黒龍がそれをただ許すはずがない。しかし、僕は大量の出血により意識が朦朧とする中、素早く空間属性魔法が付与された苦無を部屋中にばら撒き、転移を繰り返すことで、黒龍の狙いを絞らせないようにする。
だが、それも所詮は悪足掻きでしかない。集中力がない中、正確性の求められる転移は既に発動すら困難になっていた。
「ハアッハアッハアッ!」
回復薬は使ったものの、傷を塞ぎ止めるくらいにしか役に立たなかったので、《獣化:白虎》のツーを発動する。ツーは致命傷は治せないが、そこは《絶気》を使い、効果を上げることで、傷の修復をする。また、いくつかのスキルの併用で傷を癒していくが、このままでは黒龍のターゲットとなるのはもはや時間の問題だった。
僕は残り少ない苦無と集中力の中、何とか状況の打開をするために必死で頭を働かせていた。
『ふむ。まさか奥の手の一つである『
『 我が貪欲は満たされるを知らず
我はいつも飢えている
我が口は神樹さえも噛み砕き 魂を貪り尽くす
然れども我が欲は収まることなく
我が飢えは満たされず 止むことなし
飢えを満たすため我は今日も全てを貪ろう
喰い尽くせ『
その存在感は今までに感じたことのないほどの威圧感だった。それだけでこの能力がどれほどの力を持つかが察せられる。
そもそも、食欲という人の三大欲求にして七つの大罪に選ばれるほどの罪源が能力名になっている時点でヤバすぎる。
普通そういう根源に当たる名は能力に付くことはないし、付けることもできないはずなのだ。
何故なら世界がそれを認めないから。しかし、黒龍は今間違いなく根源に触れる名を持つ能力を使った。これはいよいよまずいかもしれない。
僕は黒龍から発せられる圧倒的な存在感の中、そう思っていた…
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