第7話



優月視点



「我求めるはさらなる力。汝が王に汝が力の権利を授けよ。 解放アペレフセロスィ 『シュトゥルムヴァント』 」



刀は風を閉じ込めたように翡翠に輝く。これが本来のルドラの神器『シュトゥルムヴァント』だ。

その力は先程までとはまるで違う。これならば、確実に攻撃が通るようになるだろう。


『ほう、先程までは本気ではなかったか神器使い。面白い、さあ、その力を我に見せよ!』


僕は抜刀の構えを取り、静かに動く。


月華天真流 居合術 鳳仙花


黒龍からはまさに一瞬で音もなく僕が消えたように見えただろう。

一瞬にして黒龍の懐まで到達した僕は流れるように抜刀しその胴体を切り裂く。今の僕の刀は風と水の二属性が付与されている。そのため自動防御障壁は展開していたが、それはまるで紙のように切れていた。


『なに!』


この戦闘で二度目であるが黒龍の予想を超えた。黒龍は素早く《龍気》を用いて衝撃波による反撃をしてくるが、僕は後退せずに風をぶつけるだけで相殺する。


暴風付与プレステルエンチャント


僕は更に刀に風を付与して威力を高める。


月華天真流 閃華 + 連撃 華天


『閃華』で斬りつけそこを更に『華天』で斬る連撃で黒龍に傷を負わせていく。


暴風壊波エアリアルブレイク


そして追撃として破壊の限りを尽くす暴風を放つ。暴風は黒龍を飲み込み身体全てに傷を負わせていく。加えて、レッグホルダーから出した十本の投げナイフを『暴風付与』を施して、投擲する。が、流石にナイフでは傷をつけるのは出来なかった。まあ、それでも目論見通りではあるが。


僕はここで一度黒龍から距離をとる。一気に連撃したことで流石に息が乱れたからだ。


『ふんっ!』


黒龍は暴風を《龍気》で弾き飛ばすと、こちらを見る。


『やるではないか!ただ、何故もっと速くその力を使わなかった?』


「神気に体を慣らすためだよ。」


僕が今まで使っていたのは神器の力の半分以下だけだ。それは単純にいきなり全力の神器を使うには僕の身体が未熟だからだ。


まだ、神器を手に入れてから日が浅いため、身体が神気に慣れておらず、いきなり大量の神気を流すのは危険だったのだ。それにこれまでの戦いでは、力を解放しなくても圧倒できる相手ばかりだった。


今回力を解放できたのはやはりあの林檎を食べたおかげだろう。あれの効果のおかげで僕は何の危険もなく真の出力全開の神器を使うことができた。

それでも最初は念のためいつも通りで戦ったのだ。自滅は一番嫌いだから。


『まぁ良い。このままでは我が劣勢なのは明らか。ならばもっと力を出せば良いだけだ。我もまだまだ余裕があるのだぞ。

《龍気》解放率100%。固有能力 《漆黒》発動!』


その瞬間、目の前の世界が漆黒に塗りつぶされた。


『これが黒龍の固有能力の一つ《漆黒》だ。効果は単純にあの《漆黒》を操作すること。しかしそれが強い。あの《漆黒》は物魔どちらの特性も持ち、攻守一体。しかも物魔のどちらも最高位レベルの力を内包している上に《漆黒》はほぼ無限。更に、特殊能力として、あの《漆黒》により傷付けられた部位は感覚を失う。能力名は《虚無ロスト》だ。気を付けろ主。』


『分かった。』


どうやらあり得ないほどの凶悪さを誇るらしい。


『それではいくぞ神器使い!』


黒龍がそう宣言するといくつもの《漆黒》が弾丸となって飛んでくる。


「ふっ!」


僕はそれを神器で捌いていきながら再度接近を試みる。漆黒の弾丸は一発一発がリーナの『影毒竜』相当の魔力量を持っていて、《魔刃》のスキルと風で魔法を斬っていく。


ふと[超直感]が反応して、反射的にその場を飛び退く。すると、地面から漆黒の槍が何本も生えてくる。回避が少し遅れたため頬に一筋の傷ができる。


『我の《漆黒》は変幻自在!神出鬼没!我にここまで力を出させたのだ。もう少し我を満足させよ神器使い。』


《恢気癒功》で傷を瞬時に治して、一度頭をリセットする。余計な思考を省いていき、集中力を上げていく。そして、【全見ビジョン】を発動する。頭の中では《漆黒》への対応を瞬時に分析し始め、戦闘は反射の域で行う。


今までの戦闘経験をフル活用して、その場の最善手を反射で導き出し実行する。


部屋の至る所で風と《漆黒》が衝突する。《漆黒》が僕に襲いかかろうとした瞬間に【全見】の未来予測で把握して風をぶつけ、相殺する。全ての行動において未来予測をする僕が先手を取り続ける。


ゆっくりとしかし確実に黒龍との距離が詰まっていく。


『ククク、いいぞ神器使い。その調子だ。それまた速度を上げるぞ!』


黒龍は《漆黒》の操作速度を更に上げてくる。しかし、それすらも【全見】を上回るものではない。こちらの速度も同じだけ上げて、先程と何ら変わらない状況が出来上がる。


そこからは速度勝負となった。黒龍はどんどんスピードを上げていき、僕もそれを追うように対応速度を上げる。流石に身体能力の限界があるので、【仙気】と【聖気】の合成技『聖仙気』を発動させて、身体能力と自然回復力を高める。


継戦能力を大幅に高め、速度が落ちないように維持しつつ、黒龍の《漆黒》の《虚無》による攻撃で傷を負わないように注意する。


そして、先に僕の方が黒龍の元に辿り着き、刀の間合いに黒龍を入れる。


そこまで行くと攻撃の密度は凄まじく、簡単には反撃に出ることは難しい。が、手はある。


「転位」


空間属性超高難易度魔法『転位』。効果は物体と物体の位置の入れ換えだ。今回入れ換えたのは先ほど投げたナイフのうち黒龍の右手側に落ちているものだ。魔法発動のタイムラグもなく、発動の瞬間にナイフと入れ替わったぼくは、攻撃を開始する。


月華天真流 龍月翔 + 連撃 魔天 天降


『龍月翔』で胴体を跳び上がりながら斬りつけ、更に上がった地点から『天降』で同じ箇所を斬る。


『ぐぅっ!』


最早自動防御障壁などものともしない二回の斬撃で深く斬り裂くことに成功する。しかし、技の直後に全方位からの漆黒が僕を襲う。


暴風剣プレステルソード 月華天真流 円月」


刀の風を解放して、『円月』による全方位への斬撃を放つ。《漆黒》は風の威力に押し負けたのか、あっさりと斬れたように思えたが、《漆黒》が斬れた隙間から物凄い速度の尻尾が迫ってくる。尻尾は《龍気》の鎧を纏っており、その威力は計り知れなかった。


「ッッッ!!」


【全見】は基本的に五感、第六感全てで情報を集め、予測をするが、膨大なエネルギーを宿した《漆黒》に全方位を囲まれて仕舞えば、エネルギーによる察知すらもできなくなるため、完全に意表を突かれた。

僕は、回避も詠唱も間に合わず、『聖仙気』を集中させることしかできなかった。


ミシリ、と全身の骨が嫌な音を立てながら、壁まで吹き飛ばされる。


「かはっ!」


壁への激突とともに肺の空気が全て吐き出され、内臓も損傷したのか血を吐く。尻尾を受け止めた両腕は完全に折れていたが、刀は刃こぼれで済んでいた。


「ゲホッゴホッ!ゴホッ!」


僕は堪らず膝をつき、血反吐を吐く。全身もヒビが入っているようで、肋骨は数本折れていた。

急いで、《恢気癒功》を全身に巡らせ回復を図る。更に《大地の息吹》に対して《超加速》を併用して、回復スピードを上げる。


漆黒龍咆哮メラースドラゴロア


黒龍は回復の隙を見せる僕への追撃を放つ。


『まずい!主よあれは絶対に受けるな!死ぬぞ!』


ルドラの危機迫った忠告に僕は【走馬灯】を発動して、《操糸術》で自分の体を操ってその場から退避する。しかし完全に回避は叶わず、両足の足首から先に直撃する。


漆黒龍咆哮メラースドラゴロア』が消えると、僕の両足は残っていたが、足首以下の感覚が一切ない。


『やられたな。これが《虚無ロスト》だ。』


『治せないの?』


『いや、治せないことはないが神気が必要だ。』


『それじゃあ…』


『ああ、今がその時だ。と言いたいが、今はまずこの状況を打開しなければ!』


そう、一撃目を何とか脱したものの、まだ依然として黒龍の追撃は続いている。


龍爪ドラゴニヒ・乱網』


足が使えなくなった今、剣技はほぼ封印されているため、神器の能力頼みとなる。


「登録解除。」


夜天のスキル《夜纒》を解除して、神器を元の弓の姿に戻す。


暴風壊波エアリアルブレイク・束」


破壊の風を矢の形に閉じ込め、一点集中して放つ。反動で身体が痛むが、黒龍の斬撃を打ち破り黒龍の元まで飛んでいく。が、『咆哮ロア』により消されてしまう。


しかしその隙をついて、空間属性超高難易度魔法『転移』を発動させて、黒龍の死角であり、部屋の最も端のところまで移動する。更に《月天ノ隠帝》、《生体遮断》、《知覚遮断》をフル活用して、気配を完全に消す。


「ハアッハアッハアッ」


傷は少しずつ癒えていたが、結構な重傷だったので完治には程遠い。それに、両足首より下が全く動かないため移動もできない。しかも下手に切り落とせば、再生しない可能性もある。


黒龍は一瞬で消えた僕を不審に思い、じっくりと探し出すように周りを見ている。


『ルドラ。見つかるまでにそう時間なさそうだから、あれやるよ。』


『ああ、遂に使うべき時だな主よ。』


『うんそれじゃあ使うよ』


『『神装を』』



僕はふぅと息を吐き、体の余分な力を抜いてから、治療に必要な《恢気癒功》と『聖仙気』、隠密系スキル以外のEXスキルや《国士無双》、《超加速》などを一つずつ解いていく。


(よし。肋骨は一応繋がったし、内臓の出血も止まった。両腕は優先的に治癒したから、肋骨よりはマシ。体のヒビも動くのに支障はない。これならいける。)


「多重空間障壁展開

多重魔障壁展開

多重影属性障壁展開

多重魔糸縫障壁展開

血液操作・多重血界展開

多重聖仙気障壁展開

因子覚醒・魔素、血液成分

多重付与・プロテクト

障壁合成…完了。

多重合成障壁『テリオ・アサナトス』」


僕の前に十枚の障壁が展開される。これが今の状態の僕が用意できる最硬の盾だ。この傷だと、神装展開時は一瞬無防備になるので、盾が必要なのだ。


しかし、魔力の使用により黒龍に見つかる。


『見つけたぞ!神器使い!』


僕は黒龍に見つかるも焦らず詠唱に集中する。


『それじゃあいくよルドラ。』


『ああ。』


僕は神器を両手で持ち、胸の前に掲げる。そして体内の神気をどんどん高めていき、身体の中を神気で満たしていく。


『詠唱なぞ待つわけがなかろうが!龍の息吹ドラゴブレス


神気が高まると同時に僕の体が空中に浮き始め、足が地面から少し離れたところで止まる。


目の前には黒龍のブレスが迫っており十枚ある障壁が次々と破られていく。



「 暴風と慈雨の化身よ

  汝が王の求めに応じその身を顕現せよ

  其は世界の理なり

  故に我が命運は汝とともにあらん

  怒りと癒し 咆哮と絶叫 

  汝が力を我が意志の下に集わせよ

  天を衝いて吹き荒れろ 汝神風の神格者なり!

  神装 『フォナゾテオス』 」

 


障壁の残りが最後の一枚になり、それすらも破られそうになったところで遂に詠唱が完成する。


それとともに僕を中心として暴風が物凄い勢いで吹き荒れ、黒龍のブレスですら消し飛ばす。



暴風は段々と中心に吸い込まれるように僕に纏い始める。風が収まり切った後には、完全に神装を纏った僕がおり、その手には僕の望んだ武器、刀があった。

僕の体には神気で作られた翡翠の衣が纏われており、コートなどは一時的に消えている。

刀には鍔はなく、柄も刀身も全てが翡翠色に輝いていた。刀からは膨大なエネルギーが秘められているのがはっきりと伝わってきた。


「神体回帰」


僕が一言呟くと、傷を負っていた身体はたちまち元に戻る。それは正に治癒するというよりは、時間が戻っているというものだった。そして、消えていた足首から下の感覚も戻る。


神体回帰は神装発動時に使える技で、一日に一回全回復を行えるのだ。ただし、自分自身にしか使えないし、神装発動直後のみしか使えないのだが。


僕は完全に回復した身体で黒龍を見る。


「さあ行くよ、黒龍ニーズヘッグ」


『ああ、来い!使十六夜優月!』



こうして僕と黒龍の戦いは次の段階に移行し、更に激化していった。

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