第3話



優月視点



それからさらに十七階層下って、今は二十階層に到着したところだ。ここまで三日掛かった。


因みに、二階層以降はずっと魔物の大群との連戦だった。二階層と同じ草原のため隠れることもできず、また、階層内に魔物が溢れかえっており、その量ゆえにそれを倒していかないと前へ進めなかった。



そして今来た二十階層ではある変化が見られた。今までは草原だったのがいきなり火山の内部のような灼熱地帯になったのだ。基本的に階層はマグマであり、その中に細い道があって、そこを通るしかないようだった。また、いるだけで肌が焼けるように熱く。すぐに喉も渇く。耐性を持っている僕でさえ耐えられないほどだった。


《アイテムボックス》から魔力変換水筒を取り出して魔力を水に変換し頭から水をかぶることで熱を少しでも和らげようとするが、水を被った瞬間に蒸発するので意味がなかった。


仕方なく、そのまま灼熱地帯に足を踏み入れ慎重に歩いていく。一応視認できる範囲に魔物はいないが、どこから出てくるか分からない。刀の柄に手をかけながら少し早歩きで進んでいく。本来ならゆっくりと進むところだが、この暑さには耐え難い。


マグマの間の道を通っていくと、不意に《感知》に魔物の気配が引っかかる。その気配の場所はすぐ横だった。すぐさまバックステップで距離を取る。道は横幅が無いので前後にしか動けない。


刀を抜き魔物の全貌を確認する。種族名は「ラヴァイクテュス」。魚の魔物で、胴体はマグマの中にあるようで首から上がこちらを向いている。


ラヴァイクテュス(以降ラヴァとする)は鯉のような口を膨らませるとなんとマグマを吐き出してきた。堪らず回避行動に移る。刀を納刀し、居合の構えから『魔空牙』を放つ。ラヴァは回避行動を取るも三本目の刀が命中し倒すことに成功する。ラヴァを一体倒し終えると今度は四方八方からラヴァが出現する。回避しつつも『魔空牙』を連続で放ち続け数を減らしていく。


灼熱の中、体を動かし続けると体温はすぐに上がり、水分は急激に減り、脱水症状が出始める。《生活魔法》の『クリエイトウォーター』で水を口の中に出し何とか凌いでいく。


《スキル適応が発動します。対象者十六夜優月の体を適応させます。

………適応完了。

これにより熱への完全耐性を獲得します。》


そのアナウンスとともに今まで感じていた身を焼きそうなほどの熱が感じられなくなった。それにより動きやすさが増して、一気にラヴァを片付ける。



一通りラヴァを殲滅すると『クリエイトウォーター』で水を口の中で出し、水分を摂取する。ちなみに水を口の中に直接出すのは、外で出すと水が熱で熱湯になってしまうからだ。いくら熱への完全耐性を得たとはいえそれは僕自身であって他のものには作用しないのだ。


水分と塩分を摂取すると再び歩き始める。《感知》はマグマの中までは索敵できないため、先程のように唐突に魔物が出現する可能性がある。神経を研ぎ澄まし全方位を警戒しておく。熱への耐性を得たものの、マグマに触れればひとたまりもない。僕がいる場所は相手にとって謂わば家。圧倒的に不利なのは依然としてこちらなのだ。



そこから道中幾度となく魔物の襲撃に遭う。どの魔物も基本的にマグマから出ようとはせず、遠距離から一方的にこちらを攻撃してくる。マグマを利用した攻撃は厄介で忍耐の必要な戦いが続いた。



戦い方は単純で、相手の攻撃を絶対に回避しその合間に攻撃を仕掛ける。出来るだけ一撃必殺を心がけ無駄な労力は極力減らす。途中隠密で切り抜けられないか試しては見たが、この階層に足を踏み入れた瞬間からロックオンされていたらしく、スキルでも隠密を看破されてしまう。

そのため正攻法?で攻略しているわけだ。



その後は取り立てて何かあったわけでもなく、マグマの海の階層を切り抜けることに成功する。環境に適応さえしてしまえば正直後は魔物の襲撃に気をつけるだけだったので容易だった。 


一休みした後、次の階層に向かうと、下からとてつもない冷気が漂ってくる。


二十一階層は二十階層と真逆の環境だった。辺り一面氷で覆われ、上からは雪が降ってくる。所々に氷山があり、また吹雪が吹くこともあった。さらにホワイトアウトが起こり、視界が遮られる。


ただしこの階層の魔物はやはりこの環境に完璧に適応しており環境を味方につけて攻撃してくる。


最初に襲ってきたのは真っ白なアザラシだった。種族名は「ヒョニフォック」。吹雪の中でも平気で攻撃を仕掛けてくる上に全て遠距離攻撃のため、倒すのが難しい。本来ならここは刀ではなく銃を使うべきなのだが、今は何となく刀を振い続けていた方がいいという気持ちが脳内の判断を否定して、胸を占めていた。


パッシブスキルをフル活用し一刀必殺を続けていく。因みに、今発動しているスキルは、パッシブ、アクティブ合わせてこんな感じだ。

《英雄祝福》、《武帝》、《一騎当千》、《闘気》、《感知》、《魔素操作》、《把握》、《劍帝》、《身体超越》、《月下ノ暗殺者》だ。特に《月下ノ暗殺者》に内包された暗殺のスキルはスフェラの時からなくてはならないものになっていた。


《弱点看破》で急所を見つけ、《一撃必殺》でそこをつくことで一撃で確実に殺せるようになる。そんな感じで厳しい環境でスキルを使い続けているため今あげたスキルは急激に性能が高まっている気がする。最早無意識下での制御を可能としており、負担になっていない。



そうして吹雪の中魔物を倒していると遂に《適応》が発動し、寒さへの耐性を獲得する。それにより動きのキレが増し、ヒョニフォックをあっさりと殺していく。


灼熱地帯の時と同じように進むごとに魔物が増えていく。


ペンギンの魔物「ピグイノス」。この魔物は嘴を硬化させ嘴から体当たりのように突っ込んでくる攻撃だった。スフェラより早くは無いが、その分途中で方向転換できるようで少しの追尾があったり、嘴が異様な硬さを誇っていたりした。また群れで行動するため群の中で連携して攻撃してくるのがとても厄介だった。

流れるように動き無駄な行動を起こさず一匹ずつ側面から斬っていくと簡単で、割と呆気なく倒し切ることができた。



白い狼の魔物「パゴスリュコス」。ピグイノスのように集団で行動し、この層で最も数の多い魔物だった。しかもその量の魔物が一つの群れとして行動しているため一度戦闘になると群れ全体を相手取ることになり厄介だった。とても素早く、氷の上とは思えない速度で走り撹乱をしてくる。統率も完璧に出来ていて倒すのに苦戦させられたが一匹ずつ殺すことによって数を着実に減らして全滅させることができた。



白熊の魔物「オッソポラール」。高い身体能力と圧倒的な膂力でこちらを攻撃してくる。また爪から繰り出される攻撃には氷属性が付与されており空気すらも凍りついていた。さらに魔法も使ってくる。《氷属性魔法》で氷の塊を形成しこちらに飛ばしてくるのだ。加えてその塊を分解して氷の礫に変形させたり、槍のような形状にしたりと遠近どちらも強い。間違いなくこの層最強の魔物だった。



このような魔物が出てきたが、僕はその全てを撃破して二十二階層への階段へと辿り着いた。



あまり疲れていなかったためそのまま次の階層へ足を踏み入れる。



次の階層は毒に溢れた階層だった。辺り一面毒草やら毒を持った魔物がいた。常に毒の霧が舞っていてこの毒を克服しない限りこの階層の踏破は難しいだろうと思われるが、僕には関係ない。


毒には完全な耐性を既に得ているしもう慣れた物だった。このぐらい地球ですらやらされていたのだから。むしろ僕にとっては楽勝な階層だった。途中で薬草を摘んだり、毒持ちの魔物から毒を抜き取ったりと《毒創造》の材料をどんどん増やしていった。


そんなことをしていたらあっさりとその階層をクリアしてしまい二十三階層への階段に着いていた。

流石にこの階層で休むのは微妙だったので次の階層へと向かう。



次の階層は森だった。周りの木は全て僕よりも背が高く、鬱蒼としていて光がほとんどない。

《感知》を発動させていると結構な数の魔物がいることが分かる。刀を抜き慎重にしかし堂々と歩いていく。森に一歩踏み入れた瞬間に他の魔物に発見されたらしく徐々に魔物が集まってくる。


最初に遭遇したのはハイオーガだった。オーガの上位種で僕からしたらそこまで強い相手ではない。さくっと倒して先に進む。森の中だということもあり死角になっている木々の間などからの襲撃が多い。ウルフ系統の魔物はその素早さを生かしたヒットアンドアウェイで襲ってくるが、スフェラの速さを経験し、対応力の上がった今は、出てきた瞬間、すれ違いざまに急所を突き一撃で仕留められるようになったので全く苦にならない。


しかしこの森は一つ不審な点があった。それは進むにつれて霧が濃くなっていることだ。さらに《感知》が妨害されるようになってきたのだ。ノーマルスキルの索敵系統ならまだしもマスタースキルが霧ごときで妨害されるのはおかしい。明らかにこの霧には何かがあるとみていいだろう神経を尖らせどこから魔物が来てもいいように警戒する。


この濃い霧の中でもウルフ系統の魔物だけは変わらずに襲ってくる。そこでふとおかしいことに気づく。何がおかしいのか、それは先ほどからウルフ系統の魔物しか僕を襲ってきてないのだ。



今まではハイオーガ、ヒュージスパイダー、ポイズンスネークなど、多種多様な魔物がいて、僕を襲ってきていたのが何故かここに来ていなくなっている。霧がどんどん深くなっていく中、最大限の警戒をして前に進む。霧のせいで方位がわからないため、前に進んでいるのかも分からないのだが。そしてその原因と思しきものと遭遇する。


どうやらここはウルフ系統の魔物らの縄張りだったようだ。そのため他の魔物は僕を追ってこれず、ウルフのみが襲いかかってきたというわけだ。そんなわけで今僕の前にはウルフ系統の魔物の親分らしき狼がいた。そう「いた」だ。過去形だ。遭遇してすぐに襲われたのでカウンターで『真閃天』を放ち、呆気なく首を落とした。親分を殺されたためかそれ以上は襲ってこなくなり、今は濃い霧の中ゆっくりと進んでいるのだ。


進んでいくと、いつの間にか目の前に荘厳な扉が出現した。明らかに何らかの仕掛けが施されているだろうと察せられたが、この仕掛けに乗るのがこの階層を突破するための最短経路だろう。僕は刀を構えながら、扉を押して開けていく。軽く押すと、キギッという音と共に扉が開いていき中から光が漏れ出てくる。


その眩しさに思わず目を細めるが、それでも何があるのかわからないため目は瞑らずに中の様子を観察し始める。



部屋の中は石でできているようで、床は石畳で、壁の壁面には何かの絵が描かれていた。中に入ると僕の入ってきた扉が一瞬にして幻だったかのように消える。さらに突然自身を照らしていた眩しい光も消え、真っ暗な空間に変化する。


幸いにも暗闇には目が慣れているので慌てることもなくその場に立っている。いや、正確には臨戦態勢を取り続けている。その理由は一つ、目の前に圧倒的な存在感を放つ敵がいるからだ。


僕はその魔物に目を向ける。その魔物は獅子だった。体長約五メートル、茶色い毛色で、四肢はしなやかだがそれでいて力強さも感じる。瞳はこの暗さの中でもこちらを正確に捉えていた。


僕は《看破》を発動してみるがやはり弾かれてしまう。なかば予想していたことだがこれではっきりとわかる。この獅子は僕よりも「種」として上位なのだろう。


この世界ではステータスからも分かる通り「種族」というものが存在する。このことはステータスにこんなことが書かれていない地球でも当たり前に存在する。逆に言えば当たり前すぎてステータスに記載されるようなものではないはずなのだ。確かにこの世界では地球に比べるといろいろな種族が存在している。しかしそれぞれが違った特徴を持つため誰にでも見分けがつく。ではなぜステータスに記載されるのか、それは単純に「種族」という項目が重要なものだからだ。


結論から言えば、この世界の「種族」という項目はその者の種としてのレベルを示しているのだ。

魔物を例えとすればゴブリンなどは顕著だ。上位種になるということが種としての進化とイコールであるからだ。それが僕たち人族、獣人、魔人、どの種にも起こる可能性がある。しかしその条件は未だ不明のままだ。


そして干渉系のスキルというものは大抵、対象が自身よりも格上のときは効かないことが多い。そして目の前にいる圧倒的な存在感を放つ獅子は明らかに種としての最上位に近い。


僕は軽く深呼吸をして、神経を研ぎ澄ませていく。この相手は今まで戦った中でもトップクラスの強さだと直感が言っている。パッシブスキルをフル稼働させ、【仙気】も発動させる。


これは最近習得した技だが、気力系統の技を合成すると効果が増大するのだ。そして今回は《闘気》と【仙気】を合成したのが『仙戦気』だ。効果は単純に【仙気】の強化だ。体に可視化されるほどの濃い緑色のオーラを纏う。


しかしそれだけではなく、そのオーラを身体の内に染み込ませるように納めていく。これは《闘気》の操作性が良いという特徴を受け継いだからこそできた芸当だ。これにより効率化された運用が可能となり、長時間の使用と疲労の軽減ができる。


体をリラックスさせ、適度に力を抜き自然体になる。刀の鋒は力を抜いたことで地面すれすれにまで落ちる。


獅子はゆっくりと僕に近づいてくる。そしてある程度まで近づいてきたところで姿が掻き消える。僕はそれに驚かず冷静にサイドステップでその場を離れる。


その直後獅子の前足による一撃が僕のいたところを破壊する。その一撃は軽く放たれたにも関わらず、あっさりと石の床を粉砕する。そして再び姿がブレる。僕はバックステップで下がりつつも『仙戦気』を使って斬撃を飛ばす。バックステップの直後また獅子の前足による攻撃が床を破壊し、同時に僕の斬撃も足を捉える。しかしその一撃はあっさりと獅子の毛皮に弾かれ傷一つ負わせることもできない。


そのことを確認するとまた回避行動に移る。



そうして戦いは長期戦の模様を見せながら続いていく。





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