第15話



優月視点



鬼装を使ったガウスに対して僕も体力が八割にまで回復していた。僕は《闘気》も発動して纏い、出方を窺う。


僕が待っているのに気づいたのかガウスは先手を取りに来る。



「行け!餓鬼口がきこう!」



その命令に口のついた触手十五本が一斉に襲いかかってくる。リーナはまだ決心がつけられないのか、まだ死鬼の相手をしていた。これではリーナの方へ行ってしまうと思い『餓鬼口』を斬ろうとするが悪寒がして咄嗟に避ける。『餓鬼口』が地面に当たると口が開きそこにあった土を食べる。一口で直径五十センチほどの噛み跡ができる。



(これは一発受けたら腕ごと持ってかれて終わりだな。)



「食い尽くせ!餓鬼魔口!」



触手が僕を襲っている間に今度はガウスの大剣に一際大きい口が開き何かを吸い込み始める。すると空気中の魔素をを吸収していき、さらには木などの植物などからも魔素を吸収していく。そして僕やリーナからも。


吸い取られていく魔素は微量だが、流出を防ぐことができない。しかし《大地の息吹》による自然回復量の方が勝っているため魔力は減ることがない。


ガウスは更に空間拡張が施されているだろうポーチから何かを取り出す。それは死体だった。兵士や冒険者、子供や女の人もいる。よく見るとその中に僕が決闘したモーブルの姿もある。

そしてそこにガウスが吸い込んだ魔素を流し込んでいくと、死体が動き始める。



(さっきの護衛やメンバーを死鬼にしたのは鬼装の力だったのか。厄介だな。)



「行け!死鬼ども!奴らを食い散らかせ!」



その言葉とともに死鬼がこちらに向かってくる。僕は刀を納刀し、触手を避けながら『静天』と『魔空牙』を合わせて放ち、口のない先端以外の部分を切り裂いていく。『静天』により触手は残り五本となり、さらに『魔空牙』で三本を斬る。そしてそこであることに気づく。《劍帝》の《剣舞》が発動しており、しかも相当効果を高めているのだ。

よくよく考えてみれば戦闘が始まってから何気に全力で刀を振るってないにもかかわらず威力が高かった。スキルツリーの影響もあったがそれでもまだ三割だ。しかしその理由は《剣舞》による効果だったのだ。触手をずっとかわし続けていたおかげだろう。そこからは速かった。身体能力が上がっているのだと分かればわざわざ体力を使うが威力の高い剣技を使わずに触手を切断し、死鬼どもを躊躇なく殺していく。その間にも身体能力は高まり続けている。


だが少しの焦りも感じていた。それはリーナの魔力残量だ。『餓鬼魔口』により魔力は依然として吸われているため、リーナの魔力量が減り続けているのだ。魔力枯渇に陥れば動けなくなってしまうためそれまでに最低あの技をなんとかしなければいけないのだ。僕は死鬼を全て倒すと、一度、《闘気》を解除して、剣を正眼に構える。



『ルドラ。神器を使う。奴の能力も大体明かせたし問題ないと思うけど、どうかな?』



『ああ我も問題ないと思うぞ。それにあれは上位鬼の鬼装。それに対してこちらは神器。比べるまでもなくこちらの方が強い。』



『それもそうだ。』



僕はこの状況を打破すべく、遂に人前で神器を使う。



「 《起句》 吹き荒れろ 『シュトゥルムヴァント』 」



起句とともに僕の刀を中心に風が吹き荒れる。体中を神気が少量巡り体を活性化させる。更に



「 慈雨よ彼の者に癒しがあらんことを 」



『慈雨』をリーナのところへ降らせ、魔力の回復をする。



「嘘だろ…まさかお前が神装使い!そんなバカな!あれは誰も攻略できないもののはず。あの化け物のSSランクですら諦めたんだぞ!なんでお前がそれを使える!」



ガウスは神器を見て動揺を表している。リーナもこちらを見て驚愕している。



「その迷宮を攻略したからだよ。僕も鬼装使いは初めて会ったけど、神器対鬼装、どちらが強いかはっきりさせよう。」



「上等だ。俺の餓鬼の方が強えことを証明してやる!」



ガウスは言い終わるや否や突っ込んで来る。



「エアリアルバースト」



「飲み込め餓鬼大口!」



僕は風を収束させ、解放する。放たれた風はガウスを切り刻もうとするが、その前に出た大きな触手を切り刻むに終わる。ガウスはなおも突っ込んでくる。



エアリアルよ」



今度は風を刀に集めていく。風が渦のように刀の周りを渦巻き、大きさを増していく。



暴風プレステル付与エンチャント



集めた風を刀に全て込める。刀は翡翠色に輝き、暴風が止む。



「爆熱王剣」



ガウスは先ほどまで鬼装で溜めた魔力を使い、『爆熱剣』の威力を増大させた技を放ってくる。



風剣エアリアルブレード



僕はそれに対して刀を一振りする。それだけで風で構成された刃が発生し炎を切り裂いていく。風の刃の威力は収まることなくガウスの元まで届く。

ガウスは咄嗟に身を捻って回避するが、刃がガウスの近くに来た時を見計らって、「バースト」と唱える。刃は内包している風を解放してその場で暴風が発生する。ガウスは吹き飛ばされ、壁に打ち付けられさらに風により切り刻まれる。



「ガァァ!くそっ!やりたくねぇが、やらなきゃ死ぬ。 餓鬼よ今こそ汝が力を我の体に貸し与えたまえ 鬼装解放!」



するとガウスを中心に強い力が発生し暴風が吹き飛ばされる。リーナの方を見ると、死鬼はリーナがやったわけでもなく、倒れており、ガウスがそちらに割いていた力を自身に戻したのだと分かった。

力が収まるとガウスの体は大きく萎んでおりガリガリに、体は緑を汚したような汚い色に、額からはツノが消えて変わりに頭から長い赤髪が生えていた。その容貌は正に鬼にふさわしいものだった。


そしてこちらを見ると驚異的な速さで接近してくる。大剣は既にガウスの手にない、しかしガウスの手から生えた爪は長く鋭く、刃物となんら変わりないものだった。右手から爪の一閃が指の数分放たれる。僕はそれを風の風圧を用いた一閃で相殺し、『エアリアルバースト』を放つ。夜天は未だに翡翠色に輝いているため、刀に内包された風により威力が増す。しかしガウスは口を開けて、火を吐いてくる。風は相殺され、ガウスは一旦下がる。


僕は再び『暴風付与』をかけ直し、『神の咆哮』を発動する。刀を納刀し、居合の構えを取る。

ガウスも土を木を花を空気を吸って吸って吸って、全てを火に変換している。口の端からは漏れ出た火がチリチリと舞い、緊張感が高まる。『餓鬼魔口』は既に消えており、僕も慈雨の発動をやめていた。


そして三十秒ほど経ち、一斉に動き出す。ガウスは溜めた火を解き放ち、僕は『神の咆哮』で更に増幅された風を解放する。



月華天真流 居合術壱ノ奥義 天華



風を伴った奥義はその高い威力を更に大きくし、火を斬り裂いていく。そして遂にガウスを捕らえその体を斬る。ガウスは胴体が真っ二つになりその場に倒れる。


《スキルポイントを獲得しました。》


ふぅ、と息を吐き、神器を解除する。それとともに、反動のより体に重い疲労がのしかかる。



「ユヅキ。大丈夫か?」



リーナも死鬼となってしまっていたメンバーを横にして、こちらはやってくる。



「うん、これでもうこの作戦も終了だね。あとは帰還してみんなに報告してっていう感じかな。」



「そうだな。死んでしまった仲間もいることだし、速く供養してあげないとな。さあ、拠点に戻るか。」



そう言ってリーナはこちらに笑いかけてくる。僕もそれに頷き、この場から移動しようとする。






そのとき胸にまた奇妙な感覚が到来する。


ガウスを倒し、あとは帰るだけなのにこの変な感覚は一向に消えない。むしろ強まってくる。

ふと殺気を感じる。とても大きく、悍しい殺気を。それとともになんらかの力が高まるのも感じる。僕がそれに疑問を感じた瞬間、既に手遅れだった。視界は黒い光りで埋め尽くされ、熱を感じる。咄嗟に、全魔力を総動員して魔障壁を発動させる。一枚しか生成できなかったが、それでも今ある《魔力炉》にある魔力も含めた全魔力を込めたそれは強固な障壁となり僕たちを守る、はずだった…


黒い光はそれをあっさりと破り、またこちらに迫ってくる。僕のそばにはリーナがおり、こちらも魔障壁を張っているが、持ちそうにはない。

僕はすぐに【聖気】を発動してありったけを注ぎ込み障壁を展開する。更に【仙気】も発動して【聖気】に合わせて出力を上げていく。障壁をリーナの方まで展開し、なんとか凌ごうとする。【聖気】と【仙気】の同時使用に体は悲鳴を上げ限界を迎えるが、《身体超越》の《限界突破》を使い強引に体の崩壊を抑える。更に《闘気》、[活性化]、[鬼門解放]で身体能力を上げ、《魔素操作》で周囲の魔素を取り込み、《超加速》で《大地の息吹》を加速させ、魔力を急速に回復させて全て障壁に注ぎ込む。しかしまだ足りない、障壁には罅が入り始める。僕はスキルを更に加えていく。《絶気》、《血液操作》、《因子覚醒》、《生贄》。《絶気》で障壁を強化し、《血液操作》で自身の血の巡りを速くして壊れそうな肉体に酸素を行き渡らせるようにし、《因子覚醒》で魔素ひとつひとつを魔力にし、《生贄》で左足を対価とし、魔力を得、また全てのスキルの出力を上げる。


しかしそれでも足りない。《生贄》で左目、右手をさらに追加しても足りない。《劍帝》の《天乃御劍》を発動し、神器をもう一度顕現させる。神気を使って障壁を強化し、神器で風を操り黒い光を押し返す。


そうしてしばらく経つと光が収まる。光が消えた後には都市は僕の周り以外何も残っておらず、更地となっていた。


その上空には黒い龍がおり、あれがセレーナ様の言っていた黒龍だとすぐに分かった。そして先ほどの奇妙な感覚の正体はこの龍だと分かる。



『神器を持つ者よ。我は黒龍。我の一撃を受けてなお立つとは素晴らしい限りだ。我は暇でな、神器を持つ者よ、我と戦え、我はそこの神造迷宮にいる。準備が整い次第、来るがいい。来ないのならばこの世界は我が滅ぼそう。』



脳内に声が響き、そう伝えられる。そして黒龍は都市の前にある迷宮へと潜って行った。



『ルドラ。神造迷宮はなぜ龍が入れるの?』



『恐らく迷宮の主が奴にやられたのだろう。それほどの力があるということだ。主よ戦うのか。』



『少し考えるよ。』



『そうか。』



僕は更地となった都市を見た。人が生存しているような気配はなく、叛逆の使徒の拠点もどこか分からない。《感知》を使用しても誰もいなく、地下の方も見つからなかった。恐らく、他のメンバーは全員がリーナたちの帰りを待って、地上に出ていたのだろう。


そこで僕はリーナは生きているのではと思う。あの黒い光の中僕は自分以外にもリーナに対しても障壁を張っていた。だとしたらリーナは生き残っているはずだった。



「リーナ、リーナどこ?」



後ろを振り返り見るとそこにはリーナがいた。こちらに笑いかけているリーナが、後ろからリーナが。



「は?」



ありえない。僕は黒い光からもリーナを守ったはずなのになぜ剣に貫かれているのか。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…



「くくく、あははハハハ!ただでは死んだやらねぇ。道連れだバァカ。俺も守ってくれてありがとよガキィ。お前は爪が甘いんだよ!鬼装を解放した俺がすぐに死ぬわけねえだろうが!」



そこには胸から下のないガウスが左手でリーナに大剣を突き刺していた。確実に致命傷で僕の攻撃で死んだと思っていたガウスだが、鬼装の力で何とか延命していたようだ。更にガウスはちょうどリーナの真後ろにいたため、僕の障壁によってたまたま守られていたのだ。僕はすぐさま夜天を残った左手で握り大剣を持つ手と首を刎ね飛ばす。ガウスはケラケラと笑いながら遂に死ぬ。


リーナは崩れ落ち、僕は片足で近寄っていく。



「リーナ、ごめん。僕結局何も守れなかった。君も、メンバーも、都市の人たちも、何もかも。」



「ゴフッ。いや、お前はよくやってくれたこれは仕方ないことだ。誰も予想できなかった。だからあまり気にするな。お前はこれからたくさんの偉業を成すだろう。そのひとつ目は今まさにお前の前にある。ユヅキ、龍を退治して世界を救え。そうすればお前はまた色々な人と出会い、何かを掴めるはずだ。」



「分かった。そうするよ。」



「そうか。できれば私もそれを見届けたかったが、ここまでだな。ユヅキこれをやろう。」



そう言ってリーナは右手にあるブレスレットを外して渡してくる。



「これは貴重な魔法具でな。装着者の魔力を貯蓄してくれるんだ。しかも無制限に。私が最初に入った迷宮で見つけた大事な物だ。ここで私と一緒に失くなるのも勿体無いし、お前になら預けられる。どうか受け取ってくれないか?」



「ああ、貰うよ。付けてくれないかな?」



そう言って左腕を差し出すと、リーナは「分かった」と言って白く細い手でブレスレットを付けてくれる。そこにあった腕輪は既に龍の攻撃で壊れているため何もない。ちなみに右腕のも同様に壊れてしまっている。

ブレスレットは黒く綺麗な色をしていて、まるで夜空のようだった。



「ああとても似合っている。やはり渡してよかった。」



「ありがとう。大切に使わせてもらうよ。」



「そうか。それは良かった。」



そう言うとリーナはまた血を吐く。既に出血量は相当なものとなり手も冷たくなってきている。もう本当に死ぬ手前だった。



「結局作戦は失敗だったけど、これで私もみんなのところへ行ける。ユヅキ。短い間だったが、楽しかった。ありがとう。」



リーナはそう僕に微笑んで事切れた。リーナの体から力が抜け、死んだのが分かる。

悲しかった。悲しいはずだった。だけど、感情がほとんど動かない僕は涙も出ないし、悲しみに暮れることもできない。あるのはただの喪失感のみ。自分の中の何かが失われる感覚。

こんな自分が嫌いだった。普通の人のように大切な人のために感情を動かすことのできない自分が。そこでふと気づく。自分にとってリーナは大切な人であったのだと。もっと色々な話をすれば良かったなど思う。そして自身の左手に嵌る淡い橙色の薔薇の花の指輪を見る。それは昔の僕にとっての大切な人の形見だ。また形見が増えた。自身の身に付ける装飾品の多くが大切な人の形見だと思うとどうしようもない無力感を感じる。感情が動かないにも関わらず、そんなものを感じるのだから、これもいらないものとして捨ててしまいたい。

そんなことを思いながら、僕は最後の力で《獣化:白虎》をスリーで発動する。すると消えた足などが徐々に生えてくる。本来ならここで理性を失いかけるが、今は神気のおかげでそうはならない。


そこで遂に《天乃御劍》が切れ反動が僕を襲う。発動時間はおよそ五分。そのため合計五日は動かなくなる。そして僕の意識は暗い闇に飲まれていく。



(結局また大切な人を守れなかった。力を得てもそれ以上の何かで奪われる。だからもう大切な人など作りたくない。そうすればもうこんな気持ちにならなくて済むかな…)



そんなことを考えながら、僕は目を閉じて五日間の眠りに入っていく。






この日都市カナンはその街並みも地図からも何もかもが消滅した。




*********



カナン消滅から数日後、世界は動き出す。龍の活動再開に各国は恐れをなす。

カナンのあるオーセリア王国は動き出す。消滅したカナンに向けて『姫騎士』率いる調査隊を派遣してこの災害の調査に。

ゲルド帝国は動き出す。災害との戦いで疲弊するだろう王国を狙って。

エーオス神聖国は動き出す。自身の神の教えに従い。災害を滅っさんと。



そして異世界は混沌の時代に突入する。終わりまでのカウントダウンが開始しているとも知らずに。


*********








    ──第二節 正義の暗殺 完──







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