第14話
優月視点
随分と離れていたらしくリーナたちの元へ戻るのには少し時間がかかりそうだった。《隠帝》と『湖月』の影響で体力は結構消費しているため《大地の息吹》では回復し切ることができない。
《隠帝》は破格の効果を有する代わりに《命令》と同じで体力を大きく消費する、燃費の悪い技なのだ。そして極め付けに『湖月』のせいで今の体力は三割ほどしかない。
いつもなら五割を残しておくのが僕の中の鉄則だったが、今はそれを破ってまで急ぎたい理由があった。先程からリーナたちのいる位置から轟音が鳴り止まないのだ。リーナにあのような轟音を巻き起こす技は無いため十中八九ガウスの攻撃だろう。そしてあの規模の音から察するにまず間違いなく範囲型の攻撃。
さっきいた裏庭はお世辞にも広いとは言えない。範囲攻撃に晒された場合回避する場所は無いだろう。つまりリーナの方がジリ貧なのだ。だが、僕が行けば《空間属性魔法》を使って防ぐことができる。だからこうして急いでいるというわけだ。体力が少ないため必然的に走るのが遅くなってしまう。本来ならば三割有ればもっと走れる。しかし、戦場で培った経験から出来るだけ体力を残しておかなければすぐに死ぬという戒めのようなものが僕の頭に体に影響を与えていた。
(このままでは着くのが少し遅くなってしまう。しかし魔力は温存しておきたいし、なら【仙気】や【聖気】か、いやでも【仙気】や【聖気】はとっておきのようなものだからここで使いたくはない。加えて後から気づいたことだけど、どちらも使いすぎると反動で疲労が凄いし。あとはスキル。スキルツリーにある[活性化]か?いやあれは長時間使うものじゃない。すると最後は…《闘気》か。あれは生命力を使った技で、【仙気】の超下位互換みたいなものだ。だけどその分体に負担がかからない。今の状況にはちょうど良い。)
スキル発動 闘気
《闘気》を発動すると体から透明なモヤのようなものが出てくる。そして、体が軽くなる感覚がする。《闘気》は生命エネルギーを操作する技で基本的なスキルだがあるとないとでは雲泥の差が出るらしい。かくいうリーナも、僕との戦いの時は発動していたらしい。また《闘気》の扱い方でその冒険者の力量を見たりすることもあるらしい。
僕はその制御をあっさりとマスターし体に循環するように纏わせる。すると自然治癒力や体力回復速度が早まる。僕は足に《闘気》を多めに流し、速度を上げる。さらに《超加速》を発動し《闘気》と《大地の息吹》の回復効果を加速させる。それにより体力は急速に回復していき、裏庭に着く頃には六割にまで回復していた。
裏庭の様子は一変していた。綺麗に整えられていた芝生は黒こげになり、木や花も全て薙ぎ倒されているか消滅していた。そしてその中央には余裕綽々のままを浮かべたガウスと服は所々破け血を流してボロボロのリーナ、そしてガウスのそばにいる一班のメンバー。
この構図を見て何が起こったのか大体の予想はついた。だから、僕は夜天を抜いて一班のメンバーを殺そうとする。
「待て!」
僕が踏み出す一歩前にリーナから静止の声が聞こえてくる。
「待ってくれユヅキ…頼むから待ってくれ…」
リーナは僕にそう懇願してくる。
「でも、あの人たちを殺さないとリーナ負けるよ?僕はリーナが死ぬのは看過できない。だから彼らを殺す。それに彼らもそれを望んでいると思うよ。だってもう、すでに一度死んでるんだから。」
「くっ…それは…」
そう他のメンバーはすでに死んでいるのだ。魔素はもう体内になく、それでも動いている素振りを見せていることから先程の護衛たちのようにアンデット化したのだろう。そしてそれをやったのは確実にガウスという男だ。そのためリーナは迂闊に手を出すことができなかったというわけだ。
「おいおい、なんでガキが戻ってきてんだよ?他の奴らはどうしたよ?」
ガウスも僕の方に気づいたのか怪訝そうな顔をしている。
「殺したに決まってるじゃないですか。あんな雑魚ども。」
「は?お前、仮にもあいつはAランク冒険者だぞ。それに俺が差し向けた死鬼どもの反応がねぇ。まさかマジでお前みたいなガキが殺ったていうのか?」
「死鬼?あああの護衛たちのことか。勿論僕が殺しましたが。」
「ほぉう。こりゃ驚いた。こんなガキがやったとはな。おいガキ、嘘をつくならもっとまともな嘘をつけ。どう考えてもテメェがあいつらをやれるわけがねぇだろ。」
「はぁ。別に認めてもらわなくても構わないので、さっさと死んでください。」
僕はリーナに目配せして、ガウスに突っ込む。三割ほどの力で。
「分かった。あいつらは私が責任持って相手する!それまで頼んだぞ!」
リーナは僕の目配せの意味を理解してくれたようだ。僕がガウスを足止めしている間に他の死鬼を相手してほしいという意図を。だから三割ほどの力で突っ込み、体力を消費しないようにした。
「はっ!ガキが俺の相手になるわけねぇだろうが!予定通り捕まえて、ショーの観客にしてやる!」
ガウスは大剣を上段に構える。
「爆熱剣!」
瞬間大剣が赤く、熱を帯び、振り下ろされる。すると凄まじい熱波とともに炎が放射される。
この裏庭の惨状を作り出したのは間違いなくこれだろう。これのせいで影も少なくなり結果的にリーナは攻撃を受けざるを得なかった。他の死鬼となってしまったメンバーを守るために。現に今もリーナは魔障壁を死鬼の方にも展開している。
「空間障壁展開」
僕は相手の技の魔素量を瞬時に見極め、相殺できるように空間障壁を目の前に展開する。目論見通り『爆熱剣』を完璧に防ぎ、僕は更にガウスへと接近していく。
「あれを防ぐとは中々やるじゃねぇか。んじゃこれは耐えられるかな?」
そう言って今度は大剣を中段に構える。
「爆砕剣!」
技名とともに飛んできたのはいくつもの炎の弾だった。それら全てが僕の方にやってくる。
「多重空間障壁展開」
僕は先ほどと同じように魔素量を見極め炎弾ひとつひとつに空間障壁を展開する。
炎弾と空間障壁がぶつかると炎弾は小規模な爆発を起こし始める。しかしそれでも魔素量を見極めているのだから関係ない。爆発で威力が上がったとしても魔素の量は変わらないということは、その魔素量以上の威力は出せないということ。
僕の空間障壁は炎弾を全て防ぎ、また僕はガウスに一歩一歩近づいていく。
夜天を納刀し、抜刀の構えを取る。
月華天真流 居合術 鳳仙花
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月華天真流 居合術 鳳仙花
『月華天真流居合術』は他の剣術と違い、『魔天』のように派生しているもので、『瞬華』や『静天』とは違うものである。主に全て一撃必殺を目的としている。
鳳仙花はその中でも初歩の居合術で相手との距離が空いているときに使う。距離を一瞬で消すかの如き抜刀と踏み込みで相手の首を切る技である。意味は鳳仙花の種ように弾けるように飛ぶ様から来ている。
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まだいくらかあった距離を一歩で詰め、抜刀する。刀は吸い込まれるように首に向かいその首を刎ね飛ばす。ガウスはそれに対して何故か笑った顔を浮かべる。その時ガウスの後ろから殺気がする。
僕は瞬時に空間障壁を多重で展開する。
その直後炎が放射される。それは間違いなく先程の『爆熱剣』という技だった。僕はそれを凌ぎながら、違和感と共に切った首の方を見ると、顔の表面が熱で溶けて別の顔が出てくる。その顔は間違いなく、何度見ても間違いなく僕たちが見た惨劇の被害者であるあの夫婦の片割れ、死んだはずの青年だった。そう殺された青年だった。
あの時家の焼け跡から見つかった死体は二つ。僕たちはてっきり一つは燃えて焼失してしまったのだと勘違いしていた。しかしそれは間違いで、死体は持ち帰られていたのだ。確かにあの青年は背格好がガウスとほぼ一致しており、殺され方も妻、赤子より綺麗だった。
その理由は自身の身代わりにすることだったのだ。護衛たちと同じように死鬼にして、その上から自身の姿形を上書きすれば、完成だ。万一があっても確実に助かる。一度きりの完璧な死の回避法。
しばらくすると炎の放射が収まる。そこには先程同様ニタニタと気持ち悪いままを浮かべたガウスがいた。
「やるじゃねぇか。正直驚いたぜ。テメェみたいなガキがこんなに強えなんてよ。今の技も相当なもんだったしよ。それにせっかくの身代わりをやられちまったし、もったいねぇことしたわ。」
そう言ってガウスはまた下卑た笑みを浮かべて笑う。
「何故この人がお前の技を使えたんだ?」
「ああ?そんなの簡単だぜ。俺の力の一部をそいつに貸し与えたんだよ。そのおかげでそいつは俺そっくりになり、ここまでお前らを騙せたというわけさ。」
ガウスの言葉から推測するにガウスはスキル、あるいは魔法で死体を自身の下僕とし、また力を与えることもできるのだろう。しかし、それだけとも思えない気がする。
僕は再び夜天を納刀し『鳳仙花』を放つ。ガウスとの距離を一瞬で詰め、刀を振るう。
「危ねぇなぁ!」
ガキン!という音ともに大剣により防がれるが勿論想定内だ。僕はその状態から半回転しガウスの背中に回り込む。
月華天真流 轟天・裏
『轟天・裏』とは本来ならば回避時の回転力を上乗せして放つカウンター技の轟天を応用し、自身で回転力を作り出すことで放つのが『轟天・裏』である。
半回転分の威力を加えて技を放つがガウスも実力はSランクすぐさま対応してきて受け止められる。更に刀を力で弾いてカウンターを放ってくる。
「おらっ!」
『転月』で受け流しつつも攻撃に移る。大剣を持つ両手に狙いをつけて刀を振るう。体制を崩していたガウスはしかし手首をしなやかに動かして防いでくる。僕はそこから更に手首を捻って突きを顔面目掛けて放つ。ガウスはそれを首を左に傾けて体を倒すことで強引に回避して倒れながら魔法を発動してくる。
「赤き火よ フレアバースト!」
今のは《詠唱短縮》というスキルだろう。魔法の詠唱は起句と展開に分けられていて起句で属性の確定、展開で魔法の内容の指定ができる。起句は先程の『赤き火よ』であり展開は内容指定のためそれなりに長い。なので、この世界の大抵の魔法使いは大規模魔法の時以外は起句のみの詠唱で発動させる《詠唱短縮》というスキルを獲得している。
炎の放射がガウスの右手から放たれるも僕は即座に空間障壁を張り防ぐ。ガウスは倒れる直前に大剣を左手で持ち地面に突き刺して倒れるのを避け、『フレアバースト』が続いている間に体制を整える。
しかし僕もそれを見逃すほど手一杯ではない。短距離転移を発動しガウスの背中に回り込み、刀で斬りつける。ガウスは咄嗟の反応で体を前に倒して回避しようとするが、僕の刀の方が少し速かった。背中を右肩から左腰まで斬り裂きすぐに連撃に入ろうとする。
「ぐっ。赤き火よ ファイアボール」
しかしガウスは火の球を作り出して地面にぶつけることで爆発させ僕の連撃を止めてくる。僕はバックステップで下がり、正眼の構えを取って注意深く観察する。
「はぁはぁ。オメェマジで強えじゃねぇか。途中からガチだったのに完璧に一撃を入れられたわ。あーあ、久々にこんな傷負ったわ。」
土埃が晴れたところにいたガウスは背中から血を流しつつも大剣を担ぎ獰猛な笑みを浮かべていた。
「こりゃあ俺も本気を出していくかね。これはあんま使いたくなかったがお前を殺すためには仕方ないよなぁ。」
ガウスはそう言うと大剣を地面に突き刺して叫ぶ。
「 《起句コール》 飢えを満たせ! 『餓鬼』! 」
僕はその言葉にまさかという気持ちが浮かぶ。
『気を付けろ。奴は鬼装使いだぞ。神装と違って二段階ではないが、それでも強力なのに変わりはない。能力を見極めるまで下手に動くな!それと主も神器の準備をしておけ。』
『あれが鬼装…。了解したルドラ、一先ずは観察に移る。』
ルドラの言葉で眼前にあるものが鬼装だと分かる。大剣は赤黒く染め上がり、剣の表面の至る所に口のようなものが現れる。更に剣の根元からは触手のような物体が生え、その先端には口が付いている。
またガウス自身も変化しており、額からは一本のツノが生え、皮膚は赤黒く変色している。
「さぁいくゾォ、ガキィ!お前をコロシテヤル!」
鬼装使いとの初めての戦いが始まる。
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