第13話




優月視点



作戦当日の朝、僕は特段変わったことをせずいつも通りに起き、いつも通りに過ごした。今更何かに緊張したりすることはないためだ。むしろ変に変えないほうが平常心を保てて良いのだ。今までの経験からそういうことは分かっている。


そして世界を照らしていた光は段々とその色と輝きを変えていきまた消えていく。


世界は闇に包まれた。今宵は月のない新月の日。地上を照らすものはなく、いつもより早く人は自分の家へと帰る。


そんな中僕たちは最後に訓練場へと集まっていた。リーナは訓練場に設置された台の上へとのっている。



「みんなよく集まってくれた。今より後一刻ほどで作戦が開始される。今まで苦しいこと、悲しいことがそれぞれあったとは思う。しかしそれも今日で一区切りだ。我々は遂に今日、作戦を決行する。まずはこの領と我々を自身のものとして身勝手に扱う、我々の苦しみの元凶にして最大の悪であるデブリット・カナンを殺す!様々な妨害が予想されるが我々はそのための訓練を積んできたのだ。必ず乗り越えられる!そして何よりここには皆を牽引する私と幹部たちがいる。恐れることはない。それぞれが自身の役割を確実かつ完璧にこなすのだ、自身のそして大切な人の尊厳を守るために!


……─────正義は我々にある!


やるぞ!!」



「「「「「「オオォォォォォォー!!!」」」」」」



リーナの演説にこの場にいる全員が湧き立つ。拳を突き上げ雄叫びを上げる。僕はその声が外に漏れないか心配だったが、どうやらその心配はないようだ。リーナが僕にジェスチャーでここが防音設計であると教えてくる。




仲間の士気は最高潮に高まり、全員がやる気に満ち溢れた顔をしている。そして遂に作戦開始時間となる。


僕は改めて武装の確認を行う。今の僕は夜天一式にナイフ、ワイヤーなどの暗器を仕込んでいる。また刀は腰に差さずに《アイテムボックス》内にしまってある。その代わりに精霊剣を腰のポーチ内にいつでも取り出せるように準備している。最後に小太刀二本を腰に装備する。


今回は完全に暗殺のための格好をしており、長物や重いものは装備していない。



武装の確認の完了と同時にリーナの声が響き渡る。



「総員、作戦開始!」



その言葉とともに参加者は班ごとにまとまり領主の館を目指す。


僕もリーナや他十人と共に夜の街をかけて行く。領主の館は街の中心に位置しており、割とすぐに到着した。正面の門には兵士が二人常駐しており、他は高い塀が館の周りを囲っているためそこからしか侵入できない。僕は《感知》を発動し館内の人の動きを把握し始める。当初の計画通り今この館内で起きているのは護衛と思われる者が八人領主の部屋の両隣にいる。僕はそこで《感知》に《魔素感知》を併用する。すると護衛たちの魔力量が分かる。魔力量から察するにCランク相当が三人、Bランク相当が三人、Aランク相当が一人、そして他の護衛とは一線を画すほどの魔力量の持ち主、Sランクガウス。この内容をリーナに伝える。



この内容は予定の範囲内だが、Aランク相当がいるのは正直言って厄介だ。ここにはSランク相当のリーナがいるが、Aランクを抑えていられるほどの実力の持ち主はいない。そうなると僕がAランクの担当になるだろう。本当なら僕はリーナと共にガウスの間する予定だったが、素早くAランクを片付けて援護に向かえばいいだろう。



戦力の確認後、まずは門番の排除を始める。作戦は簡単。《魅了》スキルの持ち主である女性に出て行ってもらい、誘惑し、思考能力、感覚を低下させたところを一撃で気絶させ縛りそこらへんに放置する。



《魅了》スキルは名前の通り相手を魅了して思考能力の低下や感覚の鈍化などを起こさせる。また最たる効果としては相手が自身に性的な意味で惚れるということ。これにより相手を自身の虜にし、自由に操ることができる、とても凶悪なスキルだ。


僕もそのスキルの存在を初めて知り、その凶悪さに驚いたところ、《魅了》スキルを習得した。まさかの事態に、リーナたちは、今まで蓄積されていた経験値があったため知識を得たことで獲得するに至った。と考察していた。


だが、正直獲得したくないスキルだった。このスキルの厄介な点は常時発動であるというところだ。しかも《感知》などと違ってオンオフがない。要は常に《魅了》の効果を無差別に他者に発揮しているということだ。

これは専用の魔術具(この世界では魔法具という)で防げるとのことだったので今は僕も装備している。



作戦通り門番は頰を上気させ女性に惹きつけられていく。それはまるで蜜に群がる虫のようだった。僕とリーナは素早く飛び出して一撃でかつ無音で気絶させることに成功する。


持ってきたロープで縛り、目立たないところに放置すると門からの侵入を開始する。中に警備用の魔法具による罠等がある可能性が高いため僕が先に侵入する。案の定、侵入者を感知して音を出す物や足止め用のゴーレムを生成する物が置いてあった。その全てを《空間属性魔法》でこの空間から隔絶する。要は《アイテムボックス》と同じ要領だ。


《月天ノ隠帝》の《生体遮断》と《知覚遮断》は既に発動済みなので魔力がバレることはない。全ての仕掛けを封じるとリーナたちを呼び侵入に成功する。それに続いて第二、第三班も侵入に成功し、ここからは別行動を始める。


僕たちは裏庭に回り込みそこから鉤縄を使って領主の部屋のベランダに引っかける。先に隠密能力の最も高い僕が行き、罠を確認する。万が一のことを考えて《隠帝》を発動させ、登っていく。


予想通りベランダにも魔法具が設置されており、それを空間から隔絶すると上から紐を垂らすことで合図する。《隠帝》発動中は絶対に誰も僕を見つけられないからである。その合図と共にリーナ達が登ってくるが、全員ではない。他の六人は決死の覚悟で左の部屋のC、Bランク相当がいる部屋の方へと潜入し暗殺を試みるのだ。《隠帝》を解除した僕とリーナだけが領主の部屋に侵入する。窓の鍵を開けて、中に入る。部屋の明かりは消えているが《夜目》のおかげではっきりと見える。


趣味の悪い部屋だ。そう思わずにはいられなかった。金をふんだんに使った装飾品に恐らく相当な逸品だろう絵画、極め付けに自身の肖像画だ。しかも相当美化されている。素朴さなどかけらもなく部屋中に自身の財力、権力を誇張するようになっている。部屋の中心には大きなベッドがあり、そこには眠っている全裸の領主と、ぴくりとも動かない、目も焦点が定まっていない女が二人いた。


その周辺には媚薬と思われる物と拷問道具のような物も置いてあった。そしてとても臭い……。



僕とリーナは女性を運び出し、毛布で裸体を隠す。そして遂にこの時がやってくる。領主であるデブリットはいびきをかいて寝ており起きる気配は全く無い。念の為身代わり系や攻撃反射系、防御系の魔法具がないかを確認すると今度はスキルを確認する。スキルも脅威になるようなものはなくリーナと目を合わせ頷く。そして確殺できるように喉を狙い、苦無を取り出して切っ先を喉に当てる。苦無には即効性の超強力な神経毒が塗ってあり刺した瞬間に領主に凄まじい激痛を与えると共に声が漏れるのを抑える。


しかし、ここで僕の手が少し震える。心がこれでいいのかと僕の決断を疑ってくる。隣にはリーナがいるが何もせずじっと僕を見てくる。不意にその口が動く。



「ユヅキにとってこれが初めての意思を持った暗殺なのかは知らない。けど、お前は決めたはずだ。私が提示した選択肢の中からこれを選び取った。後戻りはもうできないし、もう一回というチャンスはない。私がお前にこいつの暗殺を任せたのは、私より確実だと思ったこと以外には、ここでお前を変えようと思ったからだ。」



リーナはそう力強く言ってくる。決意を目に宿し、僕の目を真っ直ぐ見てくる。



「まだまだ、精神の幼いお前にこんなことを強いるのは辛いだろうと私も思った。だが、ここでお前を変えなければいけないとも思った。今お前は自身の決断を疑っているのだと思う。私も初めての時はそうだったから。だからお前にこの決断をさせてしまった後に考えた。どうすれば私はお前に償えるのかを。」



「償うなんて…別に僕はそんなの気にしてないのに。」



「大袈裟だと思うかもしれないが。私にとってはそれぐらいのことだったんだ…

──お前は今日、今、もう一度決断しなければならない。自身の選択を信ずるか、信ざるかの。

選べユヅキ、私はそれに反対しない。」



気づけば震えは止まり、僕の心も落ち着いていた。『自信を持て。』親友に何度も言われた言葉だった。僕は息を吐くと精神を落ち着ける。



「僕は自分の決断を信じる。それに自信を持っているから。だから僕は今日、今、自身の意思を用いてこの悪党を殺す…」



「そうか。自信を持つのはいいことだ。持ちすぎはダメだがな。私からお前に罪悪感を消す言葉と私の暗殺への心構えを教えてやろう。

相手を暗殺するときはこう思うことだ。

これは『』なのだと。」



正義。人の数ほどあるそれは本来ならば信用にたるものではないが、この時ばかりはその言葉に絶対の信用を感じた。


僕は切っ先を固定して音もなく振り下ろす。血飛沫が舞い、デブリットは目を開けて驚愕する。それと共に体を回った毒が激しい痛みを与えと体の自由を奪う。そして数秒後一言も発することなく領主デブリット・カナンはその生を終わらせた。



「お疲れ様だユヅキ。良くやってくれた感謝する。」



リーナはそう言って頭を下げてくる。僕は頭を上げるように言い、今後の行動についての話をする。



「ユヅキはこれから三班に合流して女性二人の身を預けてくれ。その後必要であれば私達の援護に。必要なさそうなら二班の手伝いを頼む。」



僕はその言葉に頷くと、毛布にくるんだ女性二人を担いで窓から脱出する。そして正門の方へと行き、そこに待機していた三班所属の人に身柄を預けるとすぐにリーナの援護に向かう。


館の門は開きっぱなしになっており中に入ると誰もいない《感知》を使い下を調べると地下に人がいるのが分かる。どうやら三班の人たちは問題ないようだ。さらに《感知》を広げていき二班の様子を調べるとこちらも問題はなさそうだった。そして最後に一班の方を調べろうとすると、裏庭から轟音が鳴り響いてくる。《感知》するとどうやらリーナ対Aランク、ガウス。その他のメンバーはC、Bランクとの交戦を始めていた。


僕はすぐさまそちらへ向かうと、リーナのそばに立つ。ガウスもそれに気付いたようでこちらに視線を向けてくる。



「おいおいねぇちゃんよお。なんでこんなところにガキがいんだぁ?早く退かせよ。そんなんがいたら楽しめねえだろうがよぉ。」



「生憎とそんなつもりはないな。というかその顔をやめてくれないか?見てるだけで気分が悪くてしょうがないんだ。」



リーナはガウスの言葉に対して挑発する。だがまあ挑発でなくても本当に顔が気持ち悪いことは間違っていない。勝利を確信した余裕とその後のナニを期待した笑みに、下品な視線を放つ目。どれも気持ち悪いことこの上ない。



「はぁ?舐めてんのかお前。…ちっ、まぁいい。お前そのガキの相手をしろ。俺らの方が終わるまで適当にあしらっておけ、ただし殺すなよ。その後の楽しいショーに使う予定だからな!くくっ!やべえ想像しただけで笑いが止まらねえ。」



Aランクの男はそれに頷くとこちらに接近してくる。リーナに目配せして任せてもらう。そして全員が自身の獲物を抜く。リーナは小太刀と短刀を両手に持ち、ガウスは背中の大剣を正眼に構える。Aランクの男は腰の長剣を抜き、僕は精霊剣を取り出して刃を出現させる。


そして示し合わせたように動き出す。僕と男は左に移動し続ける。正確には男がリーナたちの元から随分と離れていくためそれを追う形となっている。そして急に止まるとこちらを向いて剣を構えてくる。


男は舐めているのか先の言葉通り適当にあしらうつもりが態度に出ていた。切っ先はゆらゆらと揺らしており構えも崩している。僕のことを所詮はただの子供と思っているのだろう。


僕はすぐにケリをつけるべく、[瞬動]を使う。[瞬動]はスキルツリーに内包されていたもので縮地の進化版みたいなものだ。これにポイントを振っていたので使えるようになっている。


一瞬、相手からは僕が二人に見えたことだろう。そのくらいの速さで移動した僕は精霊剣の間合いに彼を捉える。そして剣を下段に構える。



月華天真流 雷精 円月



精霊剣の精霊、トーネルの力を解放し、雷を纏わせる。そしてそれを『円月』を横ではなく縦にして男を股から頭にかけて真っ二つに斬り裂く。切り口は雷により焼けていて、血も流れてこない。男は呆気なく死に絶えた。


僕はそれを見届けるとリーナの方に向かおうとするが、その前に他の護衛六人が立ち塞がった。そのことに僕は疑問を覚える。リーナが選んだメンバーは全員がBランク相当の実力はあった。同じBランクに負けることはあってもその下に負けることはない。ましてや、一人も倒せないなんてことは。僕は《魔素感知》を再び発動すると、あり得ないことに呆然とする。彼らからは一切の魔素を感知できないのだ。



(まさか、すでに死んでいるのか?いやそれならば他の人たちがいない理由も分かる。おそらくは負けたのではなく、一度は勝ったのだ。だが、なんらかの理由で護衛たちが全員アンデット化したのだろう。そしてこの人たちは他のメンバーを襲ったか、真っ直ぐここに来たのかのどちらかだ。

ここまで来たらもう隠密は関係ない。全力でこの人たちを倒してリーナの元に行く。)



僕は精霊剣を仕舞い、夜天を取り出す。幸いにもこの劍帝に《不死殺し》が追加されたばかりなので殺すことは簡単だろう。またアレを使えばすぐだ。



「聖光剣」



僕はスキルツリーに内包されていた剣技[聖光剣]を発動する。効果は単純で、魔力を供給することでそれを自動的に聖属性に変換してくれるのだ。そして聖属性はアンデットに良く効く。



月華天真流 湖月



*********


月華天真流 湖月


特殊技。流派の中でも特殊な技である。名前の通り湖上の月という意味で、技の内容も同じようなものである。自身の動きを超加速(スキルではなく、足捌き)することによって、敵に二人いるように錯覚させる。つまり自身が放った技が全て二倍になるということである。しかし相手に幻影を見せて回避するというのが本当の使い方だ。


*********




『湖月』により放った技が全て二倍となる。しかもレベルの上昇やスキルツリーによる恩恵で以前よりも技のキレや完成度は大幅に上がり、まだまだ未完成だったこの技もとてもうまく使えていた。僕は『散華』を放ち、聖なる光を纏った三連撃の突きで護衛の頭を吹き飛ばす。そしてそれを打った後に少し遅れて(ゼロコンマ一秒くらい)もう一度『散華』が放たれる。それにより六人いたアンデット護衛はそれぞれ一撃で死に、浄化されていく。



「はぁはぁ」



『湖月』は強力無比な技だがその分体力の消費が激しいため、基礎身体能力が大きく上がった今ですらそれなりの体力を持ってかれる。しかしこれが一番早く倒せたのも事実なため、すぐに呼吸を整えて、リーナの元へ走り出す。胸にあの奇妙な感覚を覚えながら…


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