第10話




優月視点



リーナと共に鍛錬を始めて早くも二週間が過ぎた。その間に僕は色々な技術を身につけることに成功した。最初の方は新しく得た能力や制限の無くなった身体能力の制御に少し手間取ったがすぐに自分のものとし生かすことが可能になった。またスキルツリーの効果も知ることができた。

スキルツリーはポイントを振るだけで多大な効果を得ることができる。あるとないとでは雲泥の差である。その上昇による身体と感覚のズレの修正が中々に大変だったがそれが無くなれば以前とは比べ物にならない力を得た。

例えば習熟度では[刀]の項目は上げると刀を扱うときにその扱いやすさが段違いだった。今までの剣技はただ振り回していただけなのではないかと思ったほどだ。これを鑑みて新たに自身の剣技を改良しさらに成長することができた。

[直感]という項目では文字通り勘が良くなった。ふとしたことで大事なことに気づけることがあったり、隠密している相手に対して直感でその居場所を突き止めることもできるようになった。


このようにスキルツリーの恩恵は計り知れないものがあったのだ。


他にもたくさんのことを学ぶことができた。本からは色々な知識を得ることができ、この世界についての知識を増やすことができまた地球でも通ずることを得られた。


本を読んでいく中で最も興味を持ったのが古代語の本だった。最初は解読に時間がかかったが、慣れればすらすらと読むことができた。ちなみにこのことをリーナに伝えると相当驚かれた。どうやら古代語にもいくつか種類があり、これはその中でも解読が難しく専門家たちでもまだ全貌を明らかにできていないものだったらしい。

リーナはその後も古代語で書かれた本をいくつか貸してくれた。どれも興味深い内容ばかりで古代の伝承や文化が書かれた本、魔法の教本、スキルの図鑑、特殊な古代にしか存在しなかった能力の詳細等、どれもこれもが普通の本と一線を画すものばかりだった。

スキルや魔法の教本からは見たことのないものばかりがありリーナとの訓練で有用なものはどんどん習得していった。《天神ノ才》の効果が遺憾無く発揮された結果そのほとんどをこの短期間で覚えられたのは正直我ごとながら内心驚いた。



古代語の本の中で僕は特に伝承や文化、特殊な能力について興味を持った。伝承の中にはあらゆる情報が詰まっており龍の討伐に有用そうなものなどがいくつか見つけることができた。また文化からは古代人が発展した生活を送っていたことが分かった。それなのに古代の人が滅んだのには理由があった。


伝承によるとなんということのない日常のある日、暁の時に現れた何かにより滅ぼされたらしい。勿論古代人も抵抗はしたがその化け物により世界中で魔力やらスキルやらが使用不可能となったらしい。しかし発達した技術を持つ古代人も兵器を作って抵抗する。それらは化け物に効果を発揮はしたが倒すことはできなかったらしい。


そんな戦いが長く続くわけがなく五年と持たず古代人は一人残らず全滅したらしい。古代人はその化け物をこう称した、魔なる神、「魔神」と。何故魔なのかというと、それが通った場所には魔力は一切残らず、人類が使えない魔力を使えたからであり、その威力たるや一撃で、しかもノータイムで国一つを滅ぼすレベルだったらしい。そのため魔を従え、魔を超越する神のようだと畏怖されたらしい。


とまあそんな感じで色々とやっていると二週間が過ぎたわけだ。



今は訓練場の中央にいて目を瞑り集中力を高めている。そして刀を抜き放つ。それと同時に周囲に百人もの人が出現する。彼らは皆剣術や槍術、弓術、格闘術など色々な武術の達人であり今まで僕が戦ったことのある人たちである。


勿論今この場に本人が存在するわけではない。何人かは既に死んでいたりそもそも僕が殺した人もいる。


これは所謂イメージトレーニングだ。自身の体験した戦いからその相手を空想上に作り出し相手する。



百人の達人が四方八方から襲いかかってくる。



右からくる剣を受け流しそのまま後ろの槍使いに攻撃、防がれるも筋力にものをいわせて吹き飛ばす。そしてその開いた空間に体を滑り込ませ目の前の格闘家の首を刎ねる。


後ろから襲いかかってくる剣士、槍使い、そして弓を最小限の動きで躱し剣士と槍使いを殺す。




そうして少しずつしかし確実に一人一人を殺していくといつの間にか百人もいた武術家は十以下に数を減らしていた。


それでも気を抜かずに刀を振り続ける。

そして最後の一人になり、その人を『閃華』で倒し終え、残心を解くと目を開ける。



「ふぅ、体はもう十分調整できたな。」



「ュヅキ」


「これなら以前と同じ感じで以前より高いクオリティを発揮できる。後は…」



「ユヅキ!」



訓練を終え、自身の身体について考えているといつの間にかリーナが目の前にいた。



「何度も呼んだのに無視しないでくれ。」



「ごめん。ちょっと考え事をしていたんだ。」



「まったく。それより少し話しておきたいことがあるんだ。」



「何かな?」



「ユヅキは迷宮に神の作った神造迷宮と魔力溜まりにより発生する魔力迷宮の二つがあるのは知っているだろう?

実は最近この都市の郊外にある森で魔力迷宮が出現しているのが発見されたんだ。そこで今冒険者ギルドではその迷宮の攻略に乗り出そうと冒険者を募っているんだ。そこで頼みなんだがそれに参加してくれないか?」



「参加するのは構わないがどうしてだ?」



「…ユヅキ、口調が変わってるぞ…」



「ああまたか。分かった。教えてくれてありがとう。」



ここ最近僕の口調が変わるたびにリーナはそれを教えてくれる。そのため段々と直ってきているのだがいかんせん昔からだったためそう簡単には直らずいまだにブレが生じてしまうのだ。



「話を戻すが、その迷宮が意外にも難易度が高くてな、調査に出た先遣隊は全滅間近で辛くも生き延びた数人がギルドに報告したんだが、要領を得ず、とにかく難易度が高い、という感じで決まったんだ。

迷宮は放置しているとスタンピードを起こす。もしこの迷宮が今回の攻略で間引くことすら出来ずに終われば、近いうちにスタンピードが起きて都市が壊滅するだろう。それは避けたい。だから、これを攻略するのを手伝って欲しいんだ。

我が儘をいうようで申し訳ないんだが、どうか頼まれてくれないか?」



「……攻略するのは吝かではないけど、ギルドと一緒じゃ無くて一人がいいかな。丁度実戦をしたかったし断る理由はないよ。」



「そうか!ユヅキなら一人でも何とかなるとは思うが、何があるか分からないから出来るだけ万全を期して臨んでくれ。そのための支援は私がしよう。」



「分かった。明日から始めるから今から買い出しやら何やらしてくるよ。支援は…そうだないくつか道具を買ってきて欲しいかな。欲しいのは回復薬ポーション魔力回復薬マジックポーションがそれぞれ十本ずつと体力回復薬スタミナポーション、聖水、強化薬をそれぞれ五本ずつといったぐらいかな。僕はこの後ギルドでクラスに就いて来るから、頼めるかな?」



「ああ、勿論だ。すぐに行かせよう。引き受けてくれて本当に助かった。ありがとう。」



リーナはそうお礼を言うと近くにいたものに指示を出して訓練場を後にしていった。



僕は訓練でかいた汗を流した後ギルドに向かう。建物を出たところでふと奇妙な感覚にとらわれる。



『この感覚、この気配……まさか……』



その感覚に戸惑いを覚えていると珍しくルドラから話しかけてくる。いや実際には呟いていただけで話しかけたわけではないのだろうが。

少しするとその感覚も薄まり僕はそれをルドラに聞くことはせず、話してくれるのを待とうと思い再びギルドへ向かって歩き出す。




あれからギルドにはよく依頼を受けに行っている為、ランクもBに上がっており、慣れたものとなっていた。

ギルドに入るとすぐに受付嬢さんのところへ行きクラスに就くことのできる部屋に案内してもらう。



そこでいつも通りステータスを開き、変化内容とレベルを確認するとレベルが六十四になっておりクラスにつくことは可能だった。


水晶に手を翳す。するといくつものクラスが脳内に浮かび上がって来る。



その中に一際目立つ表示がされたクラスがあることに気づく。


〔月天ノ劍帝〕


そう記されているそれは明らかにユニーククラスであり、今あるクラスの上位互換だろうと分かった。僕は迷わずそれを選ぶ。

するとステータスにあった二つのクラスが一つに統合されており、自身の中から湧き上がる力を感じられた。


《ユニークスキル月夜ノ隠者がユニークスキル月天ノ隠帝に進化しました。》


するとそこであることに気づく。どうやら今のは新クラスという認識ではないようでもう一つ選ぶことができるようなのだ。僕は再び意識を集中させてクラスの選択をしていく。しかしいくつか気になるものはあったがこれといったものがない。

僕は意識を戻し、今回の選択を見送ることにする。そして慌ただしいギルドを出て行く。


ギルドを出た後ふと視界にSランク冒険者であるガウスとこの街の領主、デブリット・カナンが入る。ちなみに領主は以前チラッと見たこともありすぐに分かった。何より二人して下卑た笑みを浮かべており、その視線はあるところを見つめている。

僕はそれが気になり隠密を全開にして、尾行する。彼らは街の外れの一件のお店に向かっており、そこには一人の美人な女性と爽やかな笑みを浮かべたガウスと同じくらいの背格好の青年が仲良くパン屋を営んでいた。彼らは見た感じ夫婦であり、そのそばには赤ん坊の姿もある。

この店は以前リーナに教えてもらった店で、リーナのお気に入りだった。


僕は通信の魔道具を使って状況を伝える。この魔道具はリーナがくれたもので魔力を登録してある片方のものとだけ会話ができる、いわば一人限定の電話機だ。

リーナに連絡するとすぐに行くといって切られる。その数秒後に僕の影から出てくる。


その間にも状況は変化していた。ガウスとデブリットは夫婦に近づいていき何事かを言い放つ。その途端に夫婦の顔は絶望に染まり、しかし青年は反抗の意志を示す。その声は余りにも大きく僕たちの耳にも聞こえてくる。



「ふざけるな!妻を渡せなど、はいそうですかと頷けるわけないだろうが!冗談もいい加減にしろ!」



「いやいや残念ながら冗談じゃないんだなこれが。実はな領主様があんたの嫁さんを大層気に入ってよ。どうしても欲しいんだって言い張るんだ。だから嫁さんは貰ってくぜ。」



必死の青年の反抗もガウスにとっては楽しいのか先程よりも笑みは深くなり、今にも大声で笑い出しそうな程だった。



「まったく。領主である私の命令だというのに聞けないとは困った民だ。いいか!領主の命令は絶対!私が欲しいと言えばそれは私の物。いやこの領の全てのものは私の物なのだ!さっさと差し出せ!」



デブリットはなおも拒否する夫婦に対して遂には激昂し始める。デブリットは顔までまん丸の贅肉だらけの体で怒鳴り散らす。



「これ以上逆らうなら、力ずくだ!やれ!ガウス!」



そして遂には強硬手段に出る。ガウスは一層笑みを深め背中の大剣を抜く。ただのパン屋の青年とSランク冒険者、結果なぞ簡単にわかる。青年の無謀な抵抗も意味を為さず、庇っていた女性は領主の前に引き摺り出される。



「ぐふふふ、思った通り良い顔と体をしている。私の相手ができるのだ、光栄に思えよ。」



「そんなっ!いや!あんたの相手なんかしたくない!助けて、助けてあなた!」



女性は青年に必死に助けを求めるが、青年はガウスに押さえつけられ動くこともできない。その時余りの騒がしさに赤ん坊が起きる。大きな泣き声を出し親を求める。



「うるさい!あいガウス!あの赤子を黙らせろ!」



そこまで言った後デブリットは何かを思いついた顔をする。



「いやその夫婦の前でその赤子をお前の好きなように嬲っていいぞ。」



「ぷっあはははは!それは良い!とてつもなく楽しそうだ。それじゃあやるとするか!」



そこからは酷かった。やめろと泣き叫ぶ夫婦の前で赤子を残虐で惨たらしい殺し方をしていく。そして最後に赤子を殺すと夫婦の前に転がす。夫婦の顔は絶望を通り越して現実を見ることすらできない、そんな顔になっていた。



「あ〜楽しかった。ってこいつらもう諦めた顔になってやがる。しょうがねえなこのままじゃつまんねえし。ここでヤッちまおうぜ領主様よぉ。」



「そうだな。それが良い。この男の前で次は女を犯してやろう!」



そう言うと彼らは放心状態の妻の服を脱がし、夫である青年を椅子に座らせて縛る。



「……介入しなくても良いの?リーナ。」



「……………良いわけないだろう。だが、今ここで介入しても結局は意味がない…何の意味もないんだ!」



「それはリーナたちが計画している領主暗殺と都市の改革の為?」



「ッ!ーー気づいていたのか…そうだ今までずっと…領主がやっていることを知ってから、同志を募り計画していた。厳しい訓練をし、些細な情報でも駆け回って収集し、何回も計画の練り直しをしてきた。それが今ようやく実行に移せそうなところまで来たんだ。今ここで私があの夫婦を救うために出て行ったらそれが全て無駄になってしまう。だから、介入は…しない!」



リーナは唇を噛みしめ、手を握りしめ震わせてそう強く言葉にする。強く握りしめた手と唇からは血が流れ、地面に滴っている。僕はそっと拭くものを渡して、深呼吸をする。


正直に言えば、僕の頭の中では考え事なんてできないほどに昔の両親の光景がフラッシュバックしていた。心の中は憎悪で満たされ、荒れ狂うその感情に心の中のちっぽけな理性が流されそうになる。それでもリーナの気持ちを聞き抑え込む。


今までもこう言う場面はいくつもあった。地球の僕がいた組織でも日常茶飯事。だからその光景には慣れている。だが、慣れているからと言って簡単に見逃せるわけではない。両親の死が毎度毎度フラッシュバックし僕のほとんど動かない感情を揺さぶって来る。僕に残された唯一大きく動くことのできる憎悪、憎いという感情が他の何を置いても表面に出てこようとする。



再度深呼吸をしてせめてその行く末を見ようと目を向ける。


そこには泣きながら犯される妻とそれを目の前で見せられ発狂している夫の姿があった。僕の脳裏にある両親の死際と全く同じのその光景を僕は憎悪を押さえつけながら傍観する。ただただ、目の前の惨劇から目を逸らさず見る。



暫くしてその光景は終わりを迎える。耐えられなかった妻が事切れたのだ。それを見たデブリットはその小さなブツを拭いてしまい、夫の胸を大剣で刺し殺して、家ごと全てを燃やす。



後に残ったのは焼け焦げた幸せがあったはずの家と黒く、炭となった人型だけだった…



「帰ろう…」



リーナはすべてを見届けると踵を返して帰り始める。《影属性魔法》は使わず歩いて行く。

お互いに会話はなく淡々と重い足取りで帰路に着く。ふとリーナが口を開く。



「今日見たガウスという男。Sランクというだけあって強かった。私と互角かそれ以上だろう。計画に大幅な修正を加えたほうがいいかもしれない。」



確かにガウスという男はその性格を除けばSランクという実力者だ。リーナと戦闘した身としては恐らくガウスという男はリーナより少々強いくらいだろう。しかし、リーナが最も強いこの組織に於いてはそれは大きな不安点となる。なんせリーナが負けてしまえば後は全員がそいつにやられてしまうのだから。



「───ユヅキ。本当に申し訳ないのだが、頼みがある。」



そんなリーナの弱々しい言葉に大体の予想がつく。それでもリーナの口から全てを聴くため続きを促す。



「どうか私たちの計画を手伝ってはくれないだろうか。いやもっと正確に言えば、お前の暗殺能力を私たちに貸して欲しい。ーーこの通りだ。」



そう言ってリーナは僕に向かって頭を下げて来る。



「……少し考える時間が欲しい。明日返事をするからそれまで待ってくれないかな。」



僕は少し考えた後、一旦保留したいと返事を返す。どうやら自分でも悩んでいるらしく、口調がまた変わってしまっていたことに気づいたが、それを気にしていられるような気分ではない。



「分かった。それでは明日返事を聞かせてくれ。」



リーナはそう言うと先に地下に帰って行く。


僕もその後に帰るとそこには今日頼んだものが置いてある。僕はそれをもらうと《アイテムボックス》にしまって部屋に戻る。



そして、暗殺についてどうするのか考えをまとめ始めるのだった…………





***********************


予告通り次は来週の月曜日午前0時です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る