第11話



優月視点



『 平和は剣によってのみ守られる。

    ─────アドルフ・ヒトラー 』



武装を解除し、着替えて風呂に入りベッドに倒れ込むとそんなことを思い出す。この言葉は今の状況で言えば暗殺により平和を守るか、今にも平和が崩れそうな今を維持するか。その二つの選択肢しか僕にはない。


例えば暗殺をして領主を変えられたとしよう。それに伴いこの都市の人々は新たな方針に戸惑い、今の生活を送れなくなる可能性も出てくるだろう。


例えば暗殺をせず今の状態を維持するとしよう。それによって今の生活は維持できる。しかし、あの勝手気ままな領主によりどんな理不尽が襲って来るとも分からない、そんな日々を人々は送るだろう。



さて、この場合どちらが良いのだろう。しかし答えなどない。何せこの都市の人の数だけ意見が存在するからだ。


例えば既婚者の者は妻が危険にさらされないように領主の暗殺を望むだろう。


例えば独り身の男性は自分が安定した職業に就き、安定した生活を送ることが幸せと感じ変化を望むことはないだろう。


例えば……



数え上げればキリがない。だがそんな市民の声を無視して今僕は選択を迫られている。


今までも暗殺はしてきた。ただしあの男の指示があったからだ。

そう、僕は自身の意思で暗殺を行ったことは一度もない。命令されるがままにターゲットを提示され殺す。これを繰り返してきた。やらなければ罰を受けるのは僕であり、やればその分の褒美が出る。

子どもが暗殺に手を染めるのもあの状況でこの選択を迫られたからだ。どちらを取るのかなんぞ分かり切っている。人間とは自己中心的な生き物だ。他者を第一に考えられるものなどほんの一部だろう。

僕もその大勢の中に入っている。罰の苦痛を一度、二度、三度と教え込まれていくうちにもう暗殺するしかないとしか思えなかった。



さて、今はどうだろうか?



あの男から解放されても口調のようにまだ僕の根底にはあの男がいる。だからもしかしたら暗殺はできないのではないかと少し考えてしまう。


僕は今日初めて僕の意思で何かを決断しようとしている。蒼葉に入ったときとは違う。復讐などというものに突き動かされた訳でもない、僕に関係のない場所に割って入る、まさに感情や損得を無視した純粋な決断だ。


……………………

………………

……………

…………

………

……


随分と長い時間考え込んでいた。思考は今までにないほど沢山のことを考え、昔のこと、今のこと、全てを踏まえた上で決断力を高めていく。



『 永いこと考え込んでいる者が、いつも最善のものを選ぶわけではない。

          ───── ゲーテ 』


そんな格言があるが、今回に限ってはゲーテの言葉を無視してでも、長考し、最善を探し出す。


僕は目を閉じて、力を抜き、ゆっくりとゆっくりと思考の海に沈んでいく…



****************



リーナ視点



先程の言葉は失態だったかもしれない。少なくともユヅキを計画に誘うなどあってはならないことだった。


私から見たユヅキは薄氷のようだ。武力、知略においては圧倒的な才と実力を示すが、精神はそこらにいる子供と同等、いや正確に言えばその幼い精神の上に達観した、冷静で冷徹な理性を被り、今の壊れそうな状態を保っている。そんな感じがする。


言葉遣いは曖昧で人格の形成がなされていないことがわかり、表情は凍結したようにその機能を果たしておらず彼の中にある喜怒哀楽は外に出せない。


一体何を経験すればこうなるだろうか?


そんなこと私には分からない。理解できない。幼少の頃から温かい家族と温かい食事に恵まれ、何の不自由のない生活を送ってきた私には…


私が家を飛び出したのは一重に正義のヒーローに憧れたから。たったそれだけの理由で家出しこうして本当に悪に立ち向かおうとしているのだから運命というものがあるとすれば、それは面白おかしく歪められているのだろうと思う。



だって、ユヅキにはあんな仕打ちをしといて私にはこんな舞台を用意するのだから。




とまあ、運命などという不確かで曖昧なものについて語っても意味はないのだが…



私はこの前、ユヅキを勘違いで襲ってしまった。あの時、私は自身が感知されたことをユニークスキルである《逆探知》により察知し、スキルの効果で場所を特定できたため即座に行動に移った。しかしその時もう一つのユニークスキル《悪意感知》が発動していないことに気づくべきだった。それに気づかず場所を知られたことに焦りを感じ、襲ってしまった。あの戦いでは私は正真正銘全力だったにもかかわらず、完膚なきまでに負かされた。『鳥籠』や『影毒竜』までも使ったが、その全てを踏み越えられ、しかも無傷で魔力枯渇をしていた私の前に悠然と立っていた。



今まで生きてきた中で沢山の負けを経験してきたが、絶対に勝てないと思った相手はたったの五人だ。そのうちの三人はSSランク冒険者である『覇王』と『禁術使い《スペルマスター》』、それに『幽幻』。この三人とは手合わせの機会が有ったが、どれも勝てないと思うほどの力量差を感じた。『禁術使い』は多種多様でアホみたいな威力の魔法と膨大な魔力、そして近接戦に持ち込まれても耐えられるほどの硬すぎる防御魔法により攻撃を与えられず、『幽幻』はその姿を捉えることもできずに初撃でやられ、『覇王』に至っては立ち会って構えた瞬間に敗北を悟ったほどだ。


この三人はまだ、技量で劣ったと思えるだけマシだったが、残りの二人は技量云々では無かった。それを覆す暴力、それに私は屈した。


その力とは“鬼装”と“竜装”。


この世界に突如として現れ猛威を振るう化け物を倒すことで得られる至高の武具だ。二人はそれぞれ“鬼装”と“竜装”を所持していた。技量こそ私と同等か、むしろ私の方が上だったかもしれない。だが、彼らの持つその武具に全てをひっくり返された。


圧倒的な力と強力な特殊能力、その武具を使われた瞬間に勝負が決してしまった。



さて、ここで私がユヅキと和解した時、私はユヅキに絶対に勝てないと思った。それほどの力の差を感じた。しかし実際には暗殺能力は互角、魔力も多いが突出しているわけではなく、身体能力も隔絶したものではない。ではなぜ勝てないと思ったのか。

それは端的に言えばその成長力を私が本能で感じていたからだとステータスを見て気づいた。

今私と互角ということは確実に私より強くなる。ユヅキの成長期はこれからでありそれに伴い自然と体は大きくなり、身体能力も高くなる。そして感覚を合わせられればさらなる強さを得られる。


その気持ちはユヅキと訓練を重ねる中で強くなっていった。それとともにユヅキの行き着く先を見てみたいとも。

ユヅキは私が教えていくことをすぐに習得していき自分のものとしていった。私の模倣で止まるのではなく、そこからそれを自分なりにアレンジしていく。今は私ではもう相手になるかどうか分からないほどだ。



……話を最初に戻そう。私はそんな力を持ったユヅキに助力を願ってしまった。今の話を聞けばそれもいいと思われそうだが、その力とは裏腹にまだ十三歳なのだ。最初にも言った通り私から見たユヅキは薄氷のような存在。下手に触れれば壊れてしまいそうだ。以前口調について指摘した時にもその気配が感じられた。私が思うにユヅキは自身で何かを決定したことがない。これは貴族だった頃そのような同い年の貴族の子息をたくさん見てきたからこその確信だった。


誰も彼も自信がなさそうで確固とした存在感がない。まるで上辺だけ繕った中身のない人形のようだ。ユヅキはそれに似た雰囲気を醸し出していた。




そんなことを考えているといつの間にか返事を聞く時間になっていた。私は自室を出てゆっくりと歩いていく。左折し、直進。訓練場を横切ってさらに右折。そして真っ直ぐ歩いていく。



ユヅキの部屋の前に着くと、コンコンとノックをする。すると中から“どうぞ”という声が聞こえてくる。私はドアノブを回し中に入る。そこには相変わらず何の感情も映し出さない無表情のユヅキがいた。



「返事を聞きにきた。」



私は単刀直入にユヅキに返答を迫った。心の中では受けてほしいという気持ちと断ってほしいという気持ちがせめぎ合っている。受けてくれれば戦力が増大し作戦の成功率が大幅に増す。しかし、無関係であり、今の不安定な状態ののユヅキにこれ以上負担をかけたくないという気持ちもある。



「僕はこの話を受けることに決めたよ。」



ユヅキはそう端的に答えを述べた。相変わらずその顔には何の感情も見えない。



「そう……か…。ありがとう。作戦の概要については明日話そう。他の人には今日中に伝えておくから明日まで待ってくれ。」



私は軽い目眩を覚えながらそう伝える。



「分かった。それじゃあまた明日。」



「ああ…」



私はそれだけ告げるとすぐに部屋を出る。そして側近の者にユヅキの参加を伝える。側近たちは嬉しそうな顔を隠しませずに喜びを露わにしている。私はそれを横目で見ながら、最悪の気分を抱え、訓練場に行く。そこでその暗い気分を消すかのようにいつもよりハードな訓練をして、部屋に戻り、風呂に入ってからご飯を食べる。いつもおいしいと感じるそれは、今日はなぜだか何の味もしなくてでも今はそれがちょうど良かった気がした。



武装を解いてベットに寝転がってうだうだと悩み続けていたが暫くするとそれもやめ、私は力を抜き、深い眠りについていく。もう今日は何も考えずに済むように…




****************



優月視点



長考の末僕は結局はその話を受けることに決めた。ちなみに決めては昔の親友の言葉である。ふと時間を確認するとリーナとの約束の時間になっていた。扉の前に気配を感じるとコンコンとノックをしてくる。僕はどうぞと言ってリーナを招き入れる。


そして自身の意思を伝える。その時のリーナの顔はいつもより悲痛そうで何かあったのかと思ったがそれを聞く前に出ていってしまった。



(初めての決断だったな…でも、結局あんなに悩んだのに決め手は昔の友達の言葉か。)



『お前が選択に迷った時のために俺が基準を設けてやる。ありがたく思えよ!

いいか、迷ったら人の助けになる方を選ぶんだ。それが後で絶対にお前の為になる。もしどちらの選択もそうでないとしたらそんな選択肢は捨てろ!そして新しく作り直せ。お前にはその力が有る。

あとはどっちも人の助けになるものだったら、その時はお前が正しいと思える方を選べ。大丈夫。お前ならきっとより良い方を選べる。俺はそう信じてる!』



そんな友達の言葉を思い出し、僕はより多くの人が助かるだろう領主の暗殺を選んだ。決定的な決め手は昨日の昼間の出来事である。あの二人を見てどちらが人のためになるか分かった。



そういえば昨日の昼間に就いたユニーククラスについて何も調べていなかったのを思い出し。詳細を見る。



〔月天ノ劍帝〕… 剣士クラスと隠密クラスの複合最高位のクラス。このクラスでは剣士としての才能の方が大きく現れている。だがどちらのクラスも最高位の時よりも大きく強化されており、この分野において最強ともいえるほどの力を有する。



これにより多くの恩恵がもたらされた。まず身体能力が大きく向上し、次に隠密のさらなる進化。そして剣の扱いやすさの上昇だ。特に隠密はスキルが進化し、また《劍帝》のスキルレベルも上がった。



・月天ノ隠帝 : 月の輝く夜天に隠れ潜む者。その者は何者にも見つかることなく夜天の下で暗躍す。

隠密系統に補正(超)、隠密行動時身体能力上昇(超)、隠密行動時感知に補正(超)、隠密行動時自身の発見率低下(超)

└派生スキル

 ・生体遮断 : 自身の生体より発せられる反応全てを完全に遮断する。

気配、魔力、音、影、存在感、生体反応、熱源反応、等。

 ・知覚遮断 : 相手からの感知系統を全て遮断する。

感知系統スキル、五感による感知、直感等。

 ・潜影 : 影に潜り移動可能になる。ただし潜っている最中は呼吸不可。

 ・隠帝 : 自身の気配、存在感を世界から一時的に消滅させる。

 ・月天の加護 : 月天の加護を受ける。

隠密能力に補正(超)、月天での隠密行動時全能力への補正(超)



・劍帝 : 劍の頂。その劍技の前には誰であろうとも斬り伏せられるであろう。各lvごとに特殊スキルが使用可能になる。

lv.1 : 天乃御劍 : 神気を使用することが可能になる。ただし、使用時間に比例して使用後に代償を払う。代償内容は一定時間の魔力の消失と身体能力の激減である。

lv.2 : 剣舞 : 戦闘中に攻撃を受けない限り自身の速度の上昇と剣の威力の上昇。(連なる重みは統合されました。)

lv.3 : 剣士の成長 : 剣士としてのスキルツリーの開放。

lv.4 : 不死者斬り《イモータルスレイヤー》 : 不死系統の概念所持者や霊的存在への攻撃を可能とする。また、その相手に対して通常以上に攻撃力が増す。



クラスによる影響はこんなところだった。


僕は確認を終えるとベットに横になって寝る準備をする。そして明日からのことに思いを馳せながらいつも通り浅い眠りについていく。


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