第4話



優月視点



戦闘は静かに始まった。両者ともに戦闘の仕方が暗殺者スタイルなため足音もなくまた武器で打ち合うこともあまりない。ひたすら相手の隙を突き攻撃を繰り出しまたそれを回避する。いろいろな駆け引きが行き来し、傍から見れば単純そうなその戦闘は、しかし対峙している二人からしたらとても複雑なものと化していた。


(技量は互角といったところ…。このままじゃ多分決着は体力と集中力の差になるな。どれだけ今のクオリティの戦闘を維持できるか、それが勝敗を分けてくるはず。ならこのままいく無駄なスキルや魔力は全てカットしてこの人をどう組み伏せるかに思考を集中させる。)


勿論今は《身体強化》を発動している。僕は《読心》をやめて、彼女との戦闘に再び集中する。


なぜ《読心》を切ったのか、それはいくら読心と言っても相手の考え全てが手を取るように分かるわけではないからだ。なぜなら人が考えていることなど何十とある。例えば勉強しながら今朝読んだ本の内容について少し考えればそれだけでもう二つだ。


要は人は一度に一つしか考えられないということはない。特にこのレベルの戦闘ができる人ならば幾つもの思考を同時に行うことができる。そして《読心》はその中から一つの思考を読み取るスキルだ。幾つもある思考のなかから目的の一つを探して読み取るだけでも中々の苦労を伴う。それをさらに高度な戦闘中に行うというのだ。それがどれだけ大変かは少し考えればよく分かるだろう。


ここまで長々と《読心》スキルについて考えたのはつまり、このスキルは戦闘に使用するものではないということだ。一歩間違えれば自身の死に直結するような戦いでこんな大変な事をしていれば必ず大きな隙が生まれてしまう。だからこのスキルは使用用途が違うのだろう。



では《支配ノ瞳》というスキル自体戦闘に用いるものではないというのはことかと聞かれればそんなことはないとも言える。それは《命令》というスキルがあるからだ。



そして今このスキルを使える状態にもあらず使わないのは、単純にこの女性の技術が素晴らしいからである。


僕はこと暗殺に置いて自分の技術に剣術と同等いやそれ以上の信頼をしている。その分野であれば誰が相手でも勝てはしなくても負けることもないと思っている。


それが今自身の技術と同等の技術を持つ者が目の前にいる。ならばそれを踏み台にしてこの先の技術へと到達したいと考えてしまうのも仕方のないことだろう。



僕は戦闘に意識を引き戻し今の均衡を崩すための手を探りながら戦闘に集中する。



《スキル見切りを獲得しました。》



スキルの獲得アナウンスがきたが無視する。むしろ今の状況ではアナウンスなんぞ邪魔である。


脚を常に動かし回避を怠らないようにする。眼前に素早い刺突がくるがすぐさま回避し逆に左手に持ったナイフを相手の目に向かって投げ牽制する。彼女はそれを頭をずらして避け右手の短刀で僕の左手を切断しようとしてくるが、手に魔力を流し強度を上げることで短刀を受け流す。そして、逆に短刀を切断しようとするも彼女も魔力を流したようで弾かれる。少し体制を崩すもすぐさま右手の小太刀で脇腹を狙うが、彼女はそれに対してバックステップで回避する。



(やはり埒が開かない。このままじゃ本当に体力切れを待つことになりそうだ。だけど僕も彼女もまだ一手二手は手札を残している。それをどのタイミングで切るか、それが勝敗を左右しそうだな。)



戦闘を続けていると、彼女がいきなり大きく離れる。


そして地面を足の爪先でコツコツと叩く。その行動に疑問を覚えた瞬間魔力の動きを感知する。脚を強化してそこからすぐさま飛び退く。


飛び退いた後には影から伸びた黒い槍が至る所から僕のいた場所に突き出ている。恐らく彼女の魔法は影属性魔法なのだろう。先程も今も影を使っている。その点今は彼女の魔法の独壇場だろう。何せ夜のせいであたり一帯が暗い上に月が照らしているため木から伸びた影も至る所にできているのだから。



再び魔力の動きを感知する。僕はすぐに動き出し脚を止めずに彼女に接近する。そしてナイフを彼女に向けて投げる。それと同時に先程から練っていた魔力で転移を発動する。するとナイフが消えたと思った次の瞬間には彼女の眼前に現れる。彼女は驚愕に目を見開きながらも何とか回避しようとするが間に合わない。



 “勝った”  



そう思った次の瞬間ナイフが弾かれた。しかし彼女が防御をした仕草は見られない。僕はそこである予想を思いつく。再び集中して見ると黒くて細い糸がそこら中に張り巡らされていた。



「糸まで使えたんですね。」



「無論だ。むしろこれが私の主武器と言ってもいいだろう。それにそちらもやるではないか。まさかここまで手こずるとは思わなかった。だが今度こそ終わりだ。私の糸は確実に相手を殺す。」



その言葉とともに彼女は小太刀を鞘に納め、黒い手袋をつける。それに対して僕も小太刀を鞘に納める。そして魔力を操作して魔力のみで形成した魔力刀を展開する。これはどうやら相手の糸が魔力でできていると思ったため、魔力で対抗しようと考えたからである。



《魔力感知》を全開で起動させ糸を見逃さないように神経を鋭敏化させる。


そして彼女が指を動かす。その途端四方八方から魔力の糸が迫ってくる。僕は冷静に斬りながら突破口を作ろうとする。しかし糸の生成速度が速く中々抜け出すことができない。


段々と檻のようなものが形成されていき僕の動きが封じられてくる。



「形成完了。魔糸操術 鳥籠」



まさに技名通り。僕の周りには糸の束でできた壁ができていた。



「魔糸操術 流星糸弾」



そして唯一の穴である頭上から糸の雨が降ってくる。



魔障壁を即座に発動してその雨を防ぐ。しかし一発一発が速く、強い。さらに数が多いため魔障壁すらも破ってくる。僕は多重魔障壁を使い破れた瞬間に新たに張り直すことで凌いでいく。ここで空間障壁は使えない。あれは防御力はピカイチだが、発動にまだ慣れていないせいで即座に発動することができないのだ。



《スキル多重詠唱を獲得しました》



《スキル無詠唱を獲得しました。》



魔障壁とは魔法なのか?という疑問を抱きつつ、アナウンスが流れる間にも逆転の目を探る。そしてあることを思いつく。


すぐさま精霊剣を握り《速度上昇》を、さらに《加速》を発動する。そして《息吹》で意識的に魔力の回復をしていく。それを《加速》で加速させる。


《速度上昇》と《加速》は汎用性が高く自身に関することならなんでも速くしたり、加速させることができる。


そして多重魔障壁を解除して代わりに剣を握っていない左手に《夜護》を発動する。《夜護》に回復させた魔力を全て注ぎ込み強度を限界まで上げる。


ここまでが下準備で、ここからが肝である。まず《速度上昇》と《加速》を使い脚を強化する。そして《付与魔法》にある支援魔法を使う。


付与魔法 エンチャント アジリティアップ


無詠唱で魔法を発動する。そしてこれで敏捷性を充分に上げたため準備が完了する。


そして仕上げに《天駆》を発動する。それにより天を駆けることができるようになり、強化した脚力を生かして一気に駆け上がる。当然上に行くにつれ弾の威力、量ともに増えてくるが《夜護》による結界と身のこなしで全て避けていく。そして遂に『鳥籠』の最上部まで到達する。しかしそれは流石に察知されていたらしい。



「ーッ!極糸弾!」



ここで速度、威力ともに最高峰の弾を放ってくる。流石に『流星糸弾』を弾の密度、威力が高い状態に加えてこの弾を受ける手はない。



だが死ぬなんていう選択肢は無い。だからこそ最善手を即座に見出す。迫ってくる『極糸弾』を持っていた精霊剣を投げることで相殺する。精霊剣の効果は消えるがここまで到達しているのならば関係ない。開いた左手に《アイテムボックス》から取り出した夜天を抜身の状態で持つ。



《スキルかn‥‥》



アナウンスはすぐにカットして目の前のまだこちらが不利な状況を打開するための手を打つ。



月華天真流 聖技 瞬華・飛天・連



【聖気】を使用した『飛天』を数十と放ち斬撃の雨を生み出す。さらに《劍帝》の《連なる重み》が加わり威力が上昇していくことで相手の弾幕を相殺どころか押している。このまま押し切れるかと淡い期待をするが相手もそう甘くは無い。



彼女の魔力が急激に膨れ上がる。恐らく大規模魔法を放つために詠唱をしているのだろう。そして遂に魔力の高まりが最高潮に達す。



影毒竜シャドウヒュドラ



微かに聞こえる彼女の声。それが魔法の完成を意味していた。斬撃の雨を食い破りその化け物が姿を見せる。真っ黒に染め上げられた体に九本の首に九本の尾、体長は二十メートル以上はあるだろう。すると首の先が割れて口ができ、そして昏く光る紫の目が二つ現れる。さらに割れた口からは紫の毒々しい息が漏れ出ている。



「はぁはぁ、これで貴様も終わりだ。この影の竜に勝つことはできない。もう一度警告する。全てを白状しろ!」



「先ほど行ったことが真実なのですが…」



「あくまで話さないと…ならば仕方ありません。やりなさいヒュドラ!」



その言葉を受けた計十八個もの目が僕を一斉に捉える。そのプレッシャーは大きくそれだけこの魔法で造られた竜の脅威を示していた。しかしこれだけの魔法、やはり魔力の大量消費は免れず、彼女の消耗も激しい。彼女からの手出しはもうないと見るべきだろう。



僕は地上に降りて夜天を構える。そして挨拶がわりに『円月・断閃』をお見舞いする。斬撃はヒュドラの首に飛んでいきあっさりと切断する。あまりにも手応えのない、そんな印象を受けずに入られないが、よく考えてみれば彼女はこの竜の魔法名を『シャドウヒュドラ』と言っていた。


ヒュドラとはギリシャ神話の怪物でヘラクレスが討伐したと言われている。そしてそんなヒュドラの特性は常時吐く猛毒と再生能力である。特に再生能力は首を増やして復活する。


そしてそんな怪物の名を冠するということは似たようなことができるのだろう。注意深くシャドウヒュドラを見ているとゴポゴポと首の断面が泡立つとそこから二本の首が生えてくる。切断から再生までの時間は約三秒という驚異的な速さだ。


伝承では真ん中にある不死身の首を倒さなければ死なないらしいが、今回もそうかは分からない。もし彼女がその部分を改善しているとするならば弱点を探すところからになる。生憎と火系統は一切使えないため伝承のように、傷口を焼いて再生を止めるということはできない。



(さてどうしたものか。シャドウヒュドラは恐らく複合魔法だろう。影と毒の複合によってヒュドラを再現している。毒は恐らく《明鏡止水》で防げるはず。地球にあった毒は全て効かない体だ。だが侮ってはいけない、ここは最上位世界。何もかもが僕の想像の上をいく可能性があり、それが死に直結する場合がある。だけど冷静に考えればあれは魔法、ということは核が存在しているはず。ならばそこを叩くのみ。)



思考の海から戻り、早速核を探す。すると核はあっさりと見つかる。ただしずっと移動を続けている。体内のどこにでも移動できるようで先程から不規則に移動を繰り返している。


この間わずか数秒である。しかしされど数秒。先手をヒュドラに奪われてしまう。九本、いや十本の首が一斉にこちらに突っ込んでくる。バックステップでそれを回避しつつも毒の吐息が僅かにかかる範囲にわざと身を置く。《明鏡止水》はしっかりと耐えられたようで毒の影響を受けることはない。



その確認が済むと今度は攻勢に出る。あくまでもあれは《影属性魔法》だろうと思われるので、最も有効そうな【聖気】を使った技で攻める。【聖気】はラスタル戦以来鍛えてきた。それにより今では自在に操ることができる。


ヒュドラの胴体部に一瞬で潜り込む。



月華天真流 聖技 百華繚乱ひゃっかりょうらん



*********


月華天真流 百華繚乱


百の連撃を絶え間なく放つ技。この技は他の技を連撃中に組み込むことができるため威力、速度共に変則的である。意味は技名のまんまである。


*********



白銀の光を伴った斬撃がヒュドラを襲う。


『円月』、『閃華』、『龍月翔』、『華天』、様々な技を組み込んでヒュドラの体を削っていく。さらに《夜喰》の効果でヒュドラを形成している魔力が急激に消えていく。


ヒュドラの再生能力と『百華繚乱』、押し勝ったのは僕の技だった。


ヒュドラの核を追い詰め遂に破壊することに成功する。


僕は彼女の方に向き直る。彼女は既に魔力が底をついており立つのもやっとな状態だった。



「もう終わりでいいですか?」



「はぁはぁ、ーー認めよう。お前の勝ちだ。それで負けた私をどうする。殺すか?」



「いや殺しはしませんけど。でも僕の言い分を聞いてもらいます。まず僕は貴女たちがなにをしようとしているのかは知りません。《感知》で覗いたのは純粋に気になったからです。だから貴女が言うようなスパイのようなことはしてないんですよ。」



「そうか。それが本当ならば本当にすまないことをした。申し訳ない。」



彼女はそう言うと頭を深々と下げてくる。暫くして頭を上げると



「そうだまだ名乗っていなかったな。

私の名前は、リーナ、リーナ・クロフォードだ。今回は本当に申し訳なかった。」



「いえ分かってもらえればいいんですよ。

僕の名前は、十六夜優月です。ユヅキが名でイザヨイが姓です。」



「そうか。ユヅキ殿というのか。良い名だな。それにしても貴族の者だとは思わなかったぞ。今思えば言葉遣いも丁寧だし、良いとかの生まれなのだろう。」



「いえ僕は貴族ではありませんよ。僕は俗に言う異界人、異世界から転移してきた者なんですよ。僕のいた世界では全員に姓があったんです。だから貴族ではないんです。」



「ほう、まさか異界人だとは思わなかった。っとそうだ。訳も聞かずに襲ってしまったお詫びがしたいのだが何か要望はないか?」



「そうですね。では貴女の技を僕に教えていただくことはできますか?」



「それは構わないが、それで良いのか?」



「ええもちろん。」



「そうか。では昨日私がいた建物に来ると良い。基本的に私はあそこにいるからいつでも訪ねてきてくれ、と言いたいところだが、私たちにも事情があるのは分かっていると思うが、その事情のため私がいるのは恐らく後二、三週間といったところだ。すまないな。」



「いえ、ではこの後すぐに行かせてもらいます。」



「そうか。ならば私は一足先に戻っておくとする。他の者にも説明は必要だろうからな。では後ほど。」



彼女はそう言い残すと少し回復した魔力で《影属性魔法》を使い影の中に沈んでいく。



こうして唐突に始まった戦闘は終わり、僕は新たな技術を得られることになった。




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