第18話



優月視点



扉を開けた先は大広間となっていた。中心には大きな魔術陣があり、それ以外は何も無い場所だった。


(これはこの魔術陣を発動しろ、ということか。どんな罠があるかわかったもんじゃないけどそれ以外にやれることはないし、対応できるようにしながら発動させるか。)


僕は血濡れの小太刀を抜き、それを構えながら魔術陣に向かって歩いていく。魔術陣の前に立つと、《身体強化》を発動する。五割ほど強化しておき、魔法陣の真ん中に立つ。魔術陣は魔力を流していないため発動する気配は無い。


僕は息を吐き、体をリラックスさせる。そして魔力を流していく。すると魔術が輝き出す。僕はその瞬間魔術陣から跳び去る。魔術陣はなおも輝きを増していき、遂には目を開けられないほどになる。僕は手で目をかばいながら、その様子を見る。すぐに光は収まったため手をどかして魔術陣の方を見ると、そこには1人の男がいた。その男には顔が三つあり、片手には弓を持っている。



「我が名は『ルドラ』暴風の神である。其方が我が迷宮の試練を受けし者であるか?」



圧倒的な神気だった。以前に相見えた神とは別次元の強さを感じる。流石にセレーネ様よりは下のようだが、明らかに下位神ではない。いや、確かに彼女からしたらこの神も下位の神なのだろうけど。



「はい。」



「其方1人か、強さもなかなかのものだし納得だな。それでは試練を課そう。我からの試練はこれだ。」



そう言うと、ルドラの掌に何かが現れる。



「これは我の眷属だ。此奴は風でてきていて、力こそないが速さはある。其方にはこいつを殺さずに捕まえてもらう。我を操るには速度が重視されるからな。時間制限はなしで良いだろう。それでは始めだ。」



すると、ルドラの手からその眷属が降りてくる。そして、目にもとまらぬ速さで動き出す。



「そうだ、1つ助言をしてやろう。此奴には体力などと言う概念はない。要は疲れることがないということだ。疲れるのを待つなどということはしない方がいいぞ。」



「了解しました。」



僕はそう一言返すと、《身体強化》を最大にまで上げて、目に魔力を集中させる。それにより、僅かにその動きを捉えることに成功する。


(速いな。なんとか目で追えてはいるが捕まえるのはこの状態じゃ無理そうだな。ここはあれを使うか。)



考えを打ち切り僕は目を瞑る。そしてゆっくりと深呼吸をするとEXを発動させる。



EXスキル発動 走馬灯



その瞬間脳内でスイッチが切り替わる。すると、体から無駄な力や動きが消える。目を開くと先ほどまで目で僅かに捉えていたものが随分と捉えられるようになっている。



*********


EXスキル 走馬灯


このスキルはいわゆる『ゾーン』と呼ばれるものだ。『ゾーン』は自身のパフォーマンスを最大限まで高められる。集中力がとても高いという状態だ。特に肉体面に大きな効果を与える。しかしそんなものはEXとは呼べない。では、この『ゾーン』の状態をさらに高めたらどうか。そこで『走馬灯』だ。走馬灯というのは死の間際に起こる現象だ。何年間もの思い出が凄い速度で、しかし認識できる速度で一瞬のうちに脳内に再生される。これは相当凄いことだ。死の間際に脳の限界を超え、こんなことができる。しかし、走馬灯は脳の限界を超えるだけで肉体は対象外だ。

さて、ここで話を戻そう。もし、『ゾーン』の状態に『走馬灯』を加えたらどうなるのか。結果としては成功した。『ゾーン』で肉体の限界を超え、『走馬灯』によって脳の限界も超える。すると、脳の反応速度についてくと肉体と、肉体を扱うに足る脳が完成するということだ。そうすることによって『ゾーン』と『走馬灯』は両立し、一つになった。それがこのEXなのだ。


ちなみに、EX名は、あくまで走馬灯あってこそなので、ゾーンの名は入れなかった。


*********



僕は1人緩慢な世界にいた。周りは止まっているように見える。しかし、眷属だけはそれなりの速度で動いて見える。だが、あくまでもそれなりだ。今の僕からしたら遅すぎる。僕は縮地を使い眷属を捕らえに動き出す。一瞬にして眷属の進行方向の前に躍り出て掴む。しかし、風でできているからか、手の間からすり抜けてしまう。


(そうか。単に捕まえるだけでなく、風をどう捕まえるかがこの試練の肝か。)


しかし、一口に風を捕まえると言っても今の手札では結構厳しい。なんせ、物理にばかりスキルが偏っているからだ。しかし唯一空間属性魔法だけは使えそうだ。要は結界のようなものを作ってその中に入れさえすればいい。


(よし、やることは分かった。それじゃあ始めるか。)


そして、もう一つのEXを発動させる。



EX発動 全見ビジョン



*********


EX 全見


このスキルは未来予知のようなものだ。しかしこれは異能ではなくあくまで脳内で計算などをして予測するもので、未来予知というよりは未来予測と言った方がいいだろう。これは『走馬灯』の応用で脳の限界をなくしたため超高度な計算ができるようになり、それを利用して行うものだ。

また、副作用といっていいのか分からないが、普段も思考能力等が大幅に高くなっている。


*********



【全見】により未来予測をして眷属の進行方向を割り出す。そして、そこに魔法で空間を削っておき、四角の箱を形成する。わざと一面だけは作らず、空けておく。あとはここに眷属が入った瞬間に閉めるだけである。今の反応速度と魔法の発動速度であれば、そう難しい事でもないだろう。そしてその一瞬後に眷属が入ってくる。その瞬間魔法を発動させる。眷属は壁にぶつかり、自分が閉じ込められたことに気づく。それは1、2秒程度の出来事であったが、僕の体感では中々長く感じた。


僕はそれを見届けるとEXを解除する。短く息を吐き、ルドラの方へと顔を向ける。



「これでいいですか?」


僕がそう言うとルドラは一瞬驚いた顔をし、その後その3つの顔に笑みを浮かべた。



「うむ、見事だ。これにて試練は終了だ。其方が我が主に足ると認めよう。」



そう言うと、ルドラは手を眷属の方へ向ける。すると魔法が消え、眷属がルドラの手に戻って来て風となって消える。



「さて、では其方には…いや、これからは我を使うのだな、我が主とでも呼ぶとしよう。それでいいか?あと、我に対しての敬語はもう不要だ。」



「分かった。では僕もルドラと呼ばせてもらう。あと、僕の呼び方は何でもいいから。」



「そうか、では我が主のままで良いか。というより、主の名を知らんな。」



「では、改めて自己紹介をしよう。

十六夜 優月だ。姓が十六夜、名が優月だ。異世界からこちらに龍の討伐を頼まれて来た。武器は一応一通り使えるが、主に刀を使う。よろしく頼むよ。」



「では我ももう一度。

我の名はルドラ暴風と雨の神をしておる。ちなみに他にもいくつかできることはあるぞ。我こそ今後はよろしく頼む。それと、ひとつ疑問なのだが良いか?」



「別に構わないけど何?」



「先ほど武器は一通り使えるといっていたが、スキルには表示されていないようだが?」



「ん?ああそのことか。というかステータス見れたの?隠蔽してしかも偽装までしていたんだが。」



「勿論だ。主を最初に見たときステータスも見たからな。我も神の1柱だ。そのくらいは出来る。」



「そうか、自信はあったんだけど…。で、武器スキルについてだっけ。地球、元の世界にいたときは発現していたのが、どうやらこちらでは表示されないレベルだったらしい。最上位世界ともなると、地球とは格が違うせいで、スキルが低いものは表示されないんだ。」



「なるほど。そういうことか。にしてもそんな格の低い世界でよくそのような強さを手にできたものだ。どれだけ厳しい道を歩んできたのか、想像もつかんな。

さて、疑問も解けたことだし本題にしよう。」



するとルドラは手を合わせてからゆっくりと離していく。すると手と手の間に光球が現れる。



「これが主の求める神装だ。これを今から授けよう。」



そう言って光球をこちらに飛ばしてくる。そしてそれは僕の体に当たるとそのまま体の中に吸い込まれていく。



「よし、受け取ったな。それでは神装について説明しよう。

神装とは我々迷宮の番を任命された神と天使が、迷宮を攻略し、我らの課した試練を突破することで所有する資格を得られるものだ。神装の力はその神装の元となった神によって能力が異なる。これは天装も同じだ。能力の強さにもばらつきがあり、また相性もある。その点に言えば、我は当たりの部類だろう。能力的には神装の中でも最上位クラスだからな。相性というのは、例えば火の魔法使いが水の神装を手にしても十全には力を発揮できず、逆に火の神装であれば、強い力を得られるといったものだ。

そして神装は二段階存在する。

一つは神器の状態で使用すること。これだと神装の力を全て発揮することはできない。ただ、能力を使うことは可能だ。

二段階目は神装の言葉通り体全体に装備することだ。そうすると力を全て発揮することが可能になる。しかしこの段階に至るのは難しい。いろいろな技術や我と主の間のズレが少なくならならければいけない。このズレは神気に馴染んでいること、体が負荷に耐えられること、そして、我と主が感覚を共有できるレベルの一体化が可能なことだ。まぁ、主の場合はすぐに出来そうだが。

以上が神装についての説明だ。あとは神器を早速実体化してみてくれ。」



僕はルドラの言う通り神器を実体化させる。すると僕の手に光が集まり形を成していく。そこには弓が存在していた。



「これが神器……。弓は扱ったことがあまりないけど大丈夫かな?」



「ん?ああそうか、主にはあのことはまだ伝えてないんだったな。」



「あのこと?」



「ああ、この部屋の奥には宝物庫が存在していたな、そこに行けば色々なものがあるぞ。主のその悩みも解決するものがあるはずだ。それにもうこの部屋には用はないしな。」



「分かった。それじゃあ奥に行こう。ルドラはどうする?魔術陣…いや魔法陣か、そこから出られないんだろう?」



「それは問題ない。主に神器を渡したことで主に宿ることができるようになっておるからな。それに実体化は出来なくとも会話はできる。では早速宿るとするとしよう。」



するとルドラが煙となって消え、魔法陣も消滅する。



『聞こえているか?』



突然頭の中に声が聞こえてくる。



「ああ問題なく聞こえるよルドラ」



『あまり驚かないのだな。少し残念だ。主のその無表情に何かしらの動きがあって欲しかったのだが。』



「それは残念だったね。僕は感情を表に出すことができないから。心の中では少し残っている感情はあるんだけど…」



『そうか。その感情が何かは知りたいが聞くのはやめておこう。主が許可をくれれば主の記憶を読み取ることもできるのだがな。』



「それは別に許可してもいいよ。覗かれたくないところがあるわけではないしね。」



『そうか。では後ほど見させてもらおう。あと会話は脳内で念じることでもできるぞ。』



「そうなんだ…『こんな感じかな?』」



『ああしっかりと伝わっている。』



『そっか。じゃあ話も終わったし奥に行こうか。』



そうして僕は神器を仕舞い奥の扉に向けて歩き出した…


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