第1話 招待

「賞金1億円……」

 教室に向かう廊下の途中、スマホの画面上で踊るその文字を見て、無意識に声が出た。

 クイズ大会『ですろっく』。参加費無料で賞金1億円。誤答すると即死亡の綱渡りルールを制するのは誰だ。参加者募集中——

 Webサイトでは、ずんぐりむっくりのパンダがそんな内容を楽しげに喋っている。

 マスコットキャラか何かだろうか。全然かわいくないが。

「あれあれ。なにそれ、オープン大会? 魚乃木またクイズやんの?」

 肩越しににゅるりと顔を出してきたのは知り合いの大男、岡嶋だった。

「……いや、なんか招待メールが来てたからちょっと眺めてただけだよ。出ない出ない」

「えー」

「それより人のスマホ画面を勝手に覗き込むな。そういうの、ソーシャルエンジニアリングっつうんだぞ」

「でたよクイズ王。お前がクイ研戻ってきたら、浦口のやつも喜ぶと思うんだけどなぁ」

「はいはい。もうその話は聞き飽きた」

 岡嶋を追い払って教室に入り、席に着く。

 ホームルームまではまだ少し時間がある。俺は英単語帳を開いた。

「……」

 なんとなく、もう一度スマホを手に取った。

 まあ……いわゆるフィッシングサイトってやつだろう。参加登録したとたん、登録料だの何だの言って高額な金を要求する詐欺サイトだ。ターゲットをクイズ競技者に絞るなんて、中々変わった違法業者な気もするが。

 今どきテレビ番組でもない素人クイズの大会で賞金1億円なんて、あるわけない。

「いや、……でも」

 サイトを開く。

 クイズ大会『ですろっく』の公式Webサイトはシングルページで構成されているようで、情報はすべてその一枚に収まっている。スクロールしてみるが、細かい大会要領やレギュレーションに関する記述は一切出てこない。開催日時や場所すら、どこにも書かれていない。参加表明した方にだけ詳細を伝えるという文言だけが、言い訳のように添えてある。

 オープン大会含め色んな競技クイズの大会に参加したことがあるが、こんなのは初めてだ。やはりいくらなんでも怪しすぎる。

 なのに。

「企画立案……マサムネ……」

 ページの一番下。見覚えのある名前だった。

 それもこの狭い競技クイズの世界で出会った誰かのはずなのだが……思い出せない。

「……」

 その答えが知りたかったら押せ——と、シニカルな笑みを浮かべたマスコットのパンダがそう言っているように見えた。

 その指は、大きな「参加」ボタンをくいと指し示している。

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