第13話 わたしにできること
「動画やめるのやめた」
わたしはみゃおにそう告げた。
お昼休み、グラウンド前の石垣に並んで座り、昼食を食べていたときのことである。
「なに?」
「お兄さんでしょ~?」
「な、なんで奏くんが出てくるの」
「お兄さんに励まされたとか」
図星も図星だった。みゃおはこういうシャーマンめいた勘のよさを見せることが多々あった。
「またみゃおの千里眼が出た……」
するとみゃおはぷっと吹きだした。
「千里眼なんかなくても、風璃ちゃんの幸せそうな顔を見ればわかるよ」
「わたし顔に出ないタイプなんだけど」
「でもわかるよ。友だちだもん」
「……」
「嬉しそうな顔してる~」
「うるさいなっ」
なんて怒鳴ったのも、ただの照れ隠しだってバレてるんだろうな。
「わたしの顔はどうでもいいの。ネトスト、奏くんがなんとかしてくれるって」
「うん、こういうのは大人のひとに任せたほうが安心だよね」
「だからなにか手伝いたい」
「わたしの話聞いてた~?」
「奏くんにばかり負担をかけたくないの。どうしたらいいかな?」
みゃおは「う~ん」とうなった。
「なにもしないほうがいいかな~」
「……わたしじゃ邪魔になるってこと?」
「そうじゃなくて、ストーカーは下手に刺激すると強硬手段に出てくることがあるから、被害者はふだんどおりにしているのが一番なの」
「そういうもの?」
「認知が歪んでるからね。最悪なのは男友だちとかに頼んで恋人のふりをしてもらうこと。ストーカーは『裏切られた』と考えて暴走したり、『いやいや付きあっているんだ』と思いこんで男友だちに危害を加えたりする」
「……」
『奏くんに頼んで恋人のふりをしてもらえばいいんだ』と考えていたわたしはなにも言えなくなってしまった。
「じゃあ、わたしにできることはなにもないの……?」
軽く絶望する。みゃおに迷惑をかけ、奏くんに負担をかけ、これではわたしはただのお荷物だ。
みゃおは首を振った。
「ひとつ、あるよ」
「なに?」
わたしは身を乗りだす。
「証拠保全」
「証拠保全?」
「ネトストの書きこみをスクショしておくの。内容がストーカー規制法に引っかかれば警察が動いてくれる」
「それを集めておけばいいの?」
「そう」
それならたしかに、なにかあったときのための備えになりそうだ。
「うちに帰ったらさっそく証拠を集めないと」
「大丈夫、そういうこともあろうかと――」
みゃおがスマホをとりだした。
「ここに証拠を集めたものがあります」
「料理番組にかぶれすぎじゃない?」
「YouTubeのコメントは気持ち悪いだけで嫌がらせとまでは言えないからちょっと弱いかも。でもインスタのほうは、風璃の行ったカフェとかの写真をあげてるし、それがつきまといや監視と認定されれば証拠になりそうだよ」
みゃおは証拠画像を保存してあるクラウドのURLをわたしのスマホに送った。
「ありがとう……」
と、礼を言ったものの、わたしはなんだか釈然としない。結局、おんぶに抱っこである。
「で、風璃ちゃんにやってもらいたいのは」
「まだできることがあるの?」
「うん。彼氏がいることを動画で告白してもらおうと思うの」
わたしは首を傾げた。
「それ、やっちゃ駄目なんじゃ……」
「いまはね。わたしが言ってるのは解決したあと」
「?」
ますますわからない。解決したあとにそんな嘘をついてどうなるのか。
「これ以上、変な男が寄ってこないように予防線を張っておくの」
「……でも、それってチャンネル的にはどうなの? 視聴者さんを裏切ることになるんじゃ……」
するとみゃおはニヘラと笑った。
「アイドル気取り~?」
「なっ……!」
顔がぼっと熱くなる。
「そ、そういうのを嫌がる男性視聴者もなかにはいるんじゃないかって話! フォロワーだって減るかも」
「大丈夫大丈夫。それで離れるようなひとはそもそもターゲットじゃないし。フォロワー数より友だちの安全のほうが大事――」
「みゃお……」
「――って言ったらまた嬉しそうな顔を見れるかなあって」
「なんなのっ」
「風璃ちゃんはチョロいね~」
わたしなんかの比じゃないほど、みゃおは嬉しそうな顔をした。
「で、今度の動画で、風璃ちゃんに彼氏がいることをわたしがぽろっと漏らしちゃって、そこからインタビューする感じに――」
「ちょ、ちょっと待って」
わたしは手で制した。
「それは、なんか嫌だ」
「ええ? お兄さんには事前に説明しておけばよくない?」
「ん、まあ、そうだけど――って、なんでそこで奏くんが出てくるの!?」
たしかに、彼氏がいると本気で思われたら困るとは考えたけど。
みゃおはにやにやとしている。ほんと、この娘には敵わない。
「嘘はつきたくない。そういうのって結局バレると思う」
「じゃあ、ほんとに彼氏作っちゃう?」
みゃおは冗談めかして言ったが、悪くないアイデアだと思った。
「そうしよう」
「え!?」
みゃおが目を丸くした。お返しをできてちょっとすっとした。
「風璃ちゃんがそんなガバガバだと思わなかった……」
「ガバガバって言うな! ――そうじゃなくて、動画で告白するの。好きですって」
一瞬きょとんとしたみゃおは、すぐにまたにんまりとした。
「へえ。いったい誰にかな~?」
「か、架空のひと」
「嘘はつきたくないのに?」
「うっ」
わたしは言葉につまった。
「まあ、好きなひとのひとりやふたりいるよね。女子高生なんだから」
「え、みゃおにもいるの?」
「はい、引っかかった~! 『みゃおに”も”』! ちなみにわたしにはいません。しいていうならフォロワーのみんなかな」
ぺろっと舌を出した。
――ウザい……!
どっちがアイドル気取りなのか。
「で、どうかな。迷惑?」
「ううん。風璃ちゃんのやりたいようにやったらいいよ。応援する」
「みゃお……」
「告白とかプロポーズってみんなの関心事だし、再生数稼げそ~」
「そっちが本音か」
みゃおは「うふふ」としなを作った。
「どっちにしろ全部解決してからの話だし、原稿だけでも書いておけば~?」
「うん、ありがとう」
腕時計を見ると、昼休みの残り時間はわずかだった。すっかり話しこんでしまっていたらしい。わたしたちは慌てて昼食をかきこむ羽目になった。
下校中、わたしはずっと告白の原稿について頭を悩ませていた。
なにを書くべきか。または、なにを書くべきでないか。
奏くんに頼れば助けてくれることはわかっていた。
でもそれは
だから相談しなかった。でも奏くんはそんな気持ちなど知るよしもなく、兄としてわたしに救いの手を差しのべた。
とても嬉しくて、とても腹立たしい。
『頭にくる』『悔しい』
あのとき口にした言葉は、半分、自分へ向けられていた。奏くんの申し出を突っぱねることのできない弱い自分へ。
でもいま、原稿を考えているあいだは、兄としてではない奏くんがずっとわたしの頭のなかにいて、それがとても幸せだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます