第9話 髪は長い友と書く2

 風璃の友だちが訪れる当日となった。


「友だちってどんな娘?」


 俺の質問に、風璃はちょっと考えてから言った。


「みゃお」

「え? なんで急にネコの真似したの? 動画撮るからもう一回やってくれる?」

「やらない。っていうか鳴き真似じゃないし。藍原あいはら美弥緒みやおって名前。あだ名がみゃお。でね、すっ――」


 風璃は息を止めて溜める。


「――ごい、かわいい」

「そんなに」

「つぶらな瞳でね、くちびるとかぷくっとしてるし、ふわっとしたショートヘアで、とにかくかわいいの」


 聞くかぎりでは風璃とは正反対のタイプらしい。


「あ、ショートヘアにしようとしてたのは、もしかしてその娘の影響?」

「うん、まあ」


 恥ずかしそうに頷く。


 そこまで深く影響を受けるということは、それほど仲がよいということだ。兄として嬉しく思うと同時に、失礼があってはいけないと緊張もしてくる。


 俺は無意味にリビングとキッチンを行ったり来たりした。


「当人よりそわそわしないでよ」


 風璃はくつろいだ様子でソファに座っている。


「しかしお前――」


 そのときピンポーンと呼び鈴が鳴った。


「来た!」


 と、声をあげたのは風璃。


 彼女は頬を赤くしてせき払いをする。


「ともかく、ふつうにしてて」

「了解しました」


 下手にからかってへそを曲げられると大変なので、俺は素直に返事をした。


 いつでも菓子を提供できるようにキッチンで手ぐすね引いて待機していると、リビングのドアが開き、風璃と友だちが入ってきた。


 風璃から聞いていたとおり、かわいらしい印象の少女だった。その大きな丸い瞳が俺をとらえる。


「お兄さんですか~?」

「あ、うん」

「はじめまして~。藍原美弥緒です」


 ぺこりと頭を下げる。


 甘ったるい声がゆるふわな印象に拍車をかける。なんだかとても男の子に人気のありそうな娘だ。


「どうも、兄の奏太郎です」

「うふふ」


 なぜか笑われた。


「狼さんみたいですね」

「まあ、見た目が怖いって言われるけど」

「でも~、中身はチワワみたいでかわいいって風璃ちゃんから聞いてます」

「みゃお!」


 風璃が藍原さんの腕をつかんだ。


「そういうのいいから。ね? 部屋に行こう」

「その前に。お兄さん、『ネネコズキッチン』で検索――」

「みゃお!!」


 と、風璃は藍原さんをリビングの隅へ引っぱっていき、ひそひそと話をする。


『駄目だった……』『恥ずかし……』『ごめん……』


 などと断片的に聞こえてくる。


 話しあいが終わったのか、ふたりが俺の前にもどってきた。


 藍原さんが言う。


「検索しないでください」

「絶対しないこと」


 風璃が付けたす。


「わかった」


 俺は頷いた。


 ――あとでこっそり検索しよう。


 あんなふうに言われたら余計に気になるに決まっている。


 ふたりは隣の部屋に引っこんだ。


 ――ほんと正反対のコンビだな。


 しかし、凸凹の個性を持った者同士のほうが馬が合うなんて話はよく聞く。


「よしっ」


 あと俺ができるのは、より仲を深められるようアシストすることだ。


 ――頼むぞ、カン○リーマアム。


 俺はファミリーサイズのカン○リーマアムの封を切り、お盆に乗せた。


「おっと」


 一枚だけ袋にもどし、ココアとバニラの各味が偶数かつ枚数が等分になるよう調整する。大丈夫だとは思うが、バランスが悪いと食った食わないで取っ組みあいの喧嘩に発展しないとも言いきれない。


 グラスに牛乳をそそぐ。この牛乳もただの牛乳ではない。九百ミリリットルで千円くらいするやつだ。それもできるだけ新鮮なやつがよかろうと、今朝、駅にある農場直営販売所で買ってきた。


 どうしてこんなに高いかはわからないが、高いんだからうまいんだろう。俺はグラスもお盆に載せて、風璃の部屋の前に運ぶ。


 引き戸の前に立つと、ひそめるような話し声とくすくす笑いが聞こえてきた。


 なんだかほんわかとしたいい気分になる。俺が友だちを連れてくると母さんが妙に張りきるのはこういうわけだったんだなと合点がいった。


 両手が塞がっているので声をかけようとしたのだが、俺ははたと思いとどまった。


 女子高生がきゃっきゃしてるのに、むさい男がいきなり野太い声で水を差すのは無粋なのではないか。それは滅菌された空間に土足で踏み入るようなものではないか、と。


 かといって足で開けるのは礼儀を欠く。いったんお盆を床に置き、声をかけるのではなく控えめにノックをするのがよいだろう。


 すると自然に旅館や料亭の仲居さんみたいな所作になる。なるほど、礼儀作法とはこういう心遣いが基礎になっているのだなあ、と妙に納得がいった。


 ノックをすると「はい」と風璃の返事が聞こえた。俺は「失礼します」と一声かけて、中腰で引き戸を開け、ふたりに向かって折り目正しい座礼をする。


「カン○リーマアムをお持ちしました」

「ふつうに入ってきてよ!」


 俺の礼儀作法は一蹴された。


「笑いとか必要ないから」

「お兄さん、面白いね~」


 藍原さんが肩を揺らしている。


「いや、笑わせるつもりはなかったんだが……」

「ええ? また天然?」


 風璃は呆れたようにおでこに手をやった。


「また、ってなんだよ。俺は天然じゃないぞ」

「天然のひとはみんなそう言うの。――宅配便、わざわざアパートの外で待つじゃん」

「荷物が重そうなときだけだよ。二階まで運んでもらうのは申し訳ないだろ」

「『宅配』。ね? 宅まで配達するから『宅配』。そういう仕事なの。――スマホを落として画面にひびが入ったってスクショを送ってきたこともあったよね。写るわけないのに」

「あれは、お前……、動転して……」

「それから――そうだ、スマホといえば」


 風璃は「ふふ」と思いだし笑いをする。


「わたしがスマホを家に忘れたとき、わたしのスマホに『スマホ忘れたぞ』ってメッセージ送ったよね。何回も」

「でも三回目で気づいただろ」

「ふつうは一回目もないの。――それから」


 風璃がなにかに気づいたように藍原さんのほうを見た。藍原さんは、


「ふ~ん」


 と、意味ありげににまにま笑っている。風璃は怪訝な顔をした。


「な、なに?」

「風璃のそんな顔、初めて見たかも~」

「わたしがどんな顔してたっていうの」

「いい顔。なんかね、乙女って感じ」


 風璃の顔がぽっと赤くなる。


「は、はあ? なに、乙女って。そんな顔するわけないでしょ」

「赤くなってる~」

「なってない」

「照れてる~」

「照れてない」

「乙女~」

「乙女じゃ――乙女だけど! もうやめてよ」


 黄色い声をあげてじゃれあうふたり。


 完全に異物と化した俺。


「カン○リーマアム食べて。牛乳とよく合うので……」


 にじり歩きで下がり、引き戸を閉めた。


 風璃をよろしくね、と挨拶をするつもりだったのにイジられて終わってしまった。


 ――まあ、仲よくやってるみたいだし問題ないか。


 兄が出しゃばりすぎるのもよくないだろうし。


 ――それより……。


 ふたりがさっき言っていたことが気になっていた。


 ――検索するな、なんて言ってたけど……。


 あんな思わせぶりに言われて我慢できるはずもない。


 俺はスマホの検索アプリをタップした。

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