少女人魚ブリュンヒルデよ、海上で平和の歌を歌え

木谷日向子

ローレライ伝説

 その日の夜は、これから生命が活発にはばたきだす予感を感じさせる初夏だというのに、いやに月がえていて肌寒かったと、当時25歳であったジークフリート・アドルフは鮮明に思い出すことができる。

 窓から差す月明かりが、船の中の灯りよりもぼんやりと真白く、粉雪のようなかすかなきらめきが、夜色に染められた船内を照らしている。

 鈍い赤と橙が入り混じったのひかりをもたらしていた船灯を消してしまっても、首から下げたペンダントの中にある、小さな写真の中の少女が見えるのではないかと思うほどであった。

 くすんだ古いペンダントは、円の中央にアイスバーグの薔薇の紋章が彫られている。紋章のすきまに、焦げた銅のさびがかすかについている。紺色の地に、草花をかたどった金の刺繍の施された軍服の中に隠されたそれを首から出し、手のひらに乗せると親指でぱちりと弾いて中を開く。

 金色のまつげにふちどられた、夜のとばりが完全に訪れる前の空のように澄んだ青のひとみで写真を見つめる。

 写真の中の少女は、月光に照らし出され、少しせた色でうつしだされている。

 少女が座っているのは、普通の椅子ではなく、車椅子の背もたれであった。ワインレッドのベルベッドが使用された、やわらかそうなそれに、少女はしっかりと腰掛け、かすかに寂しそうな表情で微笑み、こちらを優しく見守っている。

 歳は15歳。ウェーブがかった、白い光沢をすじに保つ、長い金髪を、しずく型の小さなルビーのピアスをつけた、ふくらみを持つ両の白いみみたぶの下で、たわみを持ったふたつのみつあみにしている。たらりと淡いふくらみを持つ胸の上に垂らしたそれは、着ている衣服は凪いだ夜の海色のワンピースだったので、月のまばゆい黄色い道のように、その上で映えてしっとりと輝いていた。髪と同じ金の長いまつげにふちどられた、大きなアーモンド型のサファイア色の瞳が、わずかに寂しさをはらんだ湖のような微笑みをたたえている。

 うつされていた写真の色はモノクロであったが、少女の色彩をよく覚えているジークフリートは、愛らしいその姿を、瞳をすがめて護るように見つめていた。

「まーたリリューシュカの写真見てんのかよ。司令官殿」

 背後に衝撃がしたと思ったときには、肩に腕を回されて、手の中のペンダントを奪われていた。

 先ほど写真の少女・リリューシュカに愛情のこもったまなざしを送っていた男と同一人物とは思えないほど冷たい瞳で、横に立つ男を睨む。アイスブルーの冴えた光が滲むように。

「返せ」

 ごつごつとした岩のような手から引っぺがすようにペンダントを引き取る。流星のような金の糸が、彼らの手の間に流れる。

 隣の男は、さらに不機嫌さを増した視線を送る。

「へいへい。あんたは本当に妹至上主義なんだからよ。リリューシュカが嫁に行ったらどうするつもりだ」

 アルべリヒ・ベルツ。

 ジークフリートと同じ25歳。

 赤茶色の髪に、そばかすの浮いた小麦色の顔をしている。鼻は丸く、一見童顔を思わせるが、目つきが悪いので、万人受けのしない雰囲気をしていた。

「俺の家族について、貴様にとやかく言われる筋合いはない」

「ちぇっ」

 ジークフリートはふたたび親指を弾いて、ペンダントをぱちりと閉じると、うすい白の手袋越しにアルべリヒの手脂を拭い取るように、親指の腹ですっと撫でた。そして、すばやく鎖骨の下に戻した。

 まるで愛らしい少女の写真の入ったペンダントなどしていないかの如く、冷静で精悍せいかんな軍人の顔に、薄氷を貼るように戻していた。

「……まあ戦いも一応終わって目途めどがついたし、あんたの愛しい妹と再会できる日も、もうそんなには遠くねえよな」

「……」

 彼らは、ぺデルガンツというヨーロッパの小国の海軍に属している。

 ジークフリートは、艦隊かんたい「キール号」の司令官。アルべリヒはその下につく一等兵だ。

 隣国、アーガナイトとの海での攻防戦になんとか勝利し、生き残った海軍兵を引き連れ、キール号からこの民間の船に乗り換えさせ、ヨーロッパを流れるライン川を渡り、母国への帰路についていた。

 夜色に染まった水面は、月の光でさざなみがきらきらと光っている。てのひらで、はらりと細やかな星の花弁を散らしたように。

 本来ならば上官であるジークフリートに対し、部下であるアルべリヒが軽口を叩くことは許されないのだが、彼らは同い年で、共にペデルガンツの中の田舎村・ルーピウスの出身である幼馴染であった。オリーブの小さな丘が、海に面して集まったような、太陽の穏やかさを持つ故郷。白い黄色のひかりが、粒となって、まだらに空気の中を漂っているような。

 ただ、決して仲が良かった訳ではなく、腐れ縁と言える。

 軍に入隊してから軍人としての才能を開花させたジークフリートは、アルべリヒを置いていくように出世してしまい、その若さで異例の司令官の地位を手にしてしまった。

 そんな幼馴染に対し、心の底で嫉妬の感情を抱いていることを、アルべリヒは隠そうともせず、時折2人きりになると、嫌味をあらわにする。

 鼻筋が通り、うなじを刈り上げ、ブロンドの長い前髪をオールバックにし、切れ長の瞳で整った顔立ちのジークフリートに対し、アルべリヒはそばかすの浮いた童顔で、鼻も丸く、垂れ目で、癖の強い茶髪に悩んでおり、そういった見た目の点でもジークフリートのことが気に入らない。

 妙齢で小物を発揮するアルべリヒに対し、ジークフリートは気にも留めないし、どうでもいいとさえ思っているが、この世で一番大切に思っている体の弱い妹のリリューシュカのことを引き合いに出されると、反応してしまう。

 アルべリヒのせいで母国で自分を待つリリューシュカへ想いをせるひとりの時間を奪われてしまったと、不機嫌になった。

 わずか昂った気持ちを沈めるため、つめたく穏やかな海の潮風で頬を冷やそうと、甲板へ向かう。

 すると何故かアルべリヒも後をついてくる。

 ジークフリートは真横に並び、こちらを見上げてくる彼を無視して、すたすたと歩く。

 2つの軍靴が縦に並ぶ。

 背の高い男が、ふたり並び、言葉もなく足音を響かせて廊下を歩いていくのを、モップを持った清掃員は、不思議そうに見ていた。


 甲板に出ると、かすかに船内で感じていた潮の香りが一気に増した。前髪がゆるりと湿ったのを感じたので、ジークフリートは細く長い指の先で、つまんで確かめる。

(このライン川は、北海と繋がっているので、海の香りがするのだ)

 3度まばたきをし、外の風のつめたさに肌を慣らさせると、ゆっくり縁へと歩み出し、より川に近付いていく。

 波が船を打つ音。静かなさざなみの輝き。曇った月あかり。果ての無い黒い川。

 海とは違うが、広大なこの川は、海と変わらないように見える。海は、自分達の戦場だ。人の命を殺め、また殺められる戦地。海は人の血をさらい、白い飛沫しぶきを上げ、沈黙しながら飲み込んでいく。

 だが、ジークフリートは、そんな狂った面を持つ海のことを、心から愛していた。

 ルーピウスにいた少年の頃のことである。羊や牛の世話を一日中した後に、タオルで汗を拭いながら、浜辺にひとり降り立って、金色のさざなみを起こし、赤い夕陽を飲み込んで、自らも赤く染まる海を眺めるのが大好きだった。

 本当は漁師になりたいと思っていた。

 だが、身体能力の高さを見込まれ、より収入の高い海軍兵になったのは、父母を病で亡くし、たった一人の家族となった、生まれつき足の不自由な妹のリリューシュカを、ずっと守っていく為であった。

 海軍なんて危ないところに行かないでほしい。ずっと自分のそばにいてほしいと、車椅子に座ったまま、自分の腰に泣きながら抱き着くやわらかくちいさな妹の背中を抱きしめ返しながら、これも運命のひとつであり、自分の人生なのだ、とどこか諦観ていかんを持ち、またいつの間にか、海に想いをせていた。

 海に呼ばれ、海で死ぬことが、自分の運命さだめなのかもしれない。

 自分が死んでも、妹には多額の保険金が行く。それでもういいと思った。

 だが戦場で死を予期させるようなピンチに陥ると、脳裏にはリリューシュカの泣き顔が浮かび、迫る敵を、すばやく銃で撃ち殺していた。熱く渦巻く生命の強い本能に、この身を任せるままに。

 自分は生きなければならない。生きて妹の元へ帰らねばならない。

 先の戦いで心臓が焼け付くように願っていた想いが、ようやく叶うのだ。

(本当に帰れるのだな……)

 夢にまで見たことは、叶わないと思っていたが、本当に現実になるということの実感がいまだなかった。

 一度故郷へ戻っても、ふたたび戦いが始まれば、いずれ戦地へおもむくことにはなるのは当然だが、それでも愛しい妹の、やわらかなブロンドを、骨がわずかに浮いているちいさな体を、この手で抱きしめられる日が、この川をずっと泳いでいけば違えようもなく訪れる。

(リリューシュカ……。待っていろ)

 胸に手を当て、まぶたを閉じる。厚い軍服越しに、中に仕舞ったペンダントを親指で撫でた。

 きっと、家に帰ればリリューシュカは、編み物をしていた手元から顔を上げ、嬉しそうな笑顔で、車椅子ごと自分に近付き、戦争の訓練で硬くひきしまった腰を、やわらかに抱きしめてくれるだろう。自分は暖炉の灯りに、淡い白金の光沢を打つ彼女の髪を優しく撫でているだろう。そしてその後に、彼女が作ってくれた、夕日色に染まったトマトスープを2人で飲んで、はりつめていたこの身を温め、旅の思い出を語っているだろう。

 妹の高い笑い声が、潮騒しおさいと共に、耳に優しく触れて聞こえるようだった。

「アドルフ司令官、知ってます? ローレライ伝説のこと」

 故郷に想いを馳せていたジークフリートの想像を打ち破るように、アルべリヒの鼻につくだみ声が、潮風に乗って響いた。

 舌打ちをするように目を開け、隣に立つアルべリヒを睨む。

 アルべリヒが、にやつきながらジークフリートに話しかけていた。そのうすく開いたくちもとは、前歯が一本欠けている。

「……聞いたことはある。信じてはいないがな」

 溜息をつくように言葉を返す。

「怖くないですか? ちょうどその伝説とゆかりのあるライン川まで来てしまいましたし……。ライン川のローレライ岩って言やあ、この川で一番狭いところにあることもあって、かつては航行中の多くの船が事故を起こしたって話じゃないですか。ハインリヒハイネのうたにもあったでしょ? 何がそうさせるのか、わからないがって……」

「何を言わせたい。貴様、本当に人魚など信じているのか……その歳で。ライン川下りは、ドイツの観光として有名ではないか。変なことは考えず楽しめ」

 人魚などという絵本の挿絵でしか幼い頃に見たことが無い想像上の生き物のことなど、ジークフリートは興味も無かった。

 確かにライン川のローレライ伝説は有名ではあったが、そんなことで自分を怖がらせようとしているこの男の幼さが逆に可愛らしく思えてきてしまい、ジークフリートは右拳を握ると、口の下に当て、え切れず、のどをならすように笑った。

「くくっ……」

「な、なに笑ってやがんですか」

 この割れない氷のようなおもてを持つ美青年が、笑うことなどめったにない。

 彼を少し怖がらせて動揺させてやろうと目論んでいたアルべリヒは、逆にこちらが笑われてしまったことに動揺していた。

 ジークフリートはひとしきり静かに笑いをこぼすと、アルべリヒの背を励ますように、てのひらでばん、と強く叩いた。しかし、この男は並の人よりも腕力が高いことに、自身で気づいておらず、アルベリヒの背に、ぱきっとした痛みが走る。

 思わず背をらせ、瞠目どうもくし、歯を食いしばる。

「いってえ!」

「……すまない。強く叩きすぎたか」

「……べ、別にいいっすよ。俺も軍人なんでこんくらいでもねえや」

 それにしては痛そうにしている。アルべリヒは痺れたような表情で、背を撫でながら体勢をととのえると、打って変わって余裕の笑みを作り、ジークフリートを見た。不揃ふぞろいな前歯がくちびるの間から覗く。

「へへ、でもそんなに人を惑わすほどきれいな歌声だってんなら聴いてみたいもんですね」

「ライン川を通行する船に歌いかけるうつくしい人魚たちか……」

 ジークフリートの脳裏に、目にも鮮やかなとりどりの色を鱗に灯した人魚たちの絵が浮かんだが、すぐに現実に思考を戻した。

 彼に空想癖はない。

「彼女たちの歌声を聴いた者は、その美声に聞き惚れて、船の舵を取る手が、凍ったように止まってしまうという……」

 考え深けに前方を見つめると、いつの間にか周囲の風景が広い川から徐々に狭まり、灰色の岩肌に囲まれていた。

「噂をすりゃあ、もうローレライ岩だ」

 アルべリヒは楽し気にきょろきょろと辺りを見回す。

 天を突くような、ごつごつとしていつつもなめらかそうにも見える高い岩肌。

 水面にも、孤島のようにぽつぽつと大小の岩が突き出ている。どれも真白く、月光の影響だろうか、わずかに青のきらめきがある。

 その天然の白を目にしたとき、自然に対する畏怖のようなものを感じた。

 ジークフリートは、自分が不覚にも少し動揺していることに気づき、驚いた。

(ふっ、まさかな……)

 くだらない御伽噺おとぎばなしなど誰が信じるというのだ。ましてやこの俺が?

(家に帰ったらリリューシュカへの話のネタにでもして喜ばせてやろう。ローレライの人魚なんて、少女が喜びそうな題材ではないか)

 月光色に染まったまるいまぶたを閉じ、皮肉な笑みを浮かべ、甲板から船内へ引き返そうした時であった。

 

 ルー レイ リア レイ メイ ネイ

 

 かーんと鐘が、耳朶じだを打つように、高く低く歌声が響いた。今まで聞いたことのないほど、玲瓏れいろうで甘い声。透き通っていて、清廉潔白せいれんけっぱくでありながら、色香を含み、惑わすような――。

「これは……」

 喉の奥から枯れた声を出す。気付けば足元がふらつき、倒れそうになっていた。縁に手をかけ、腹にぐっと力を込め、体制を整える。

(なんだ……!? この歌声は……?)

 全身の毛穴から冷や汗が噴き出していた。

 ジークフリートは歌声を聴きながら、自分の体の衝動に覚えがあることに気付く。

 これは――

 女を抱いた後に起こる、気怠けだるさと似ている――

「人魚だ!! 人魚の歌だ!!!」

 アルべリヒの割れるような叫び声で、はっと我に返った。

(人魚……!?)

 先ほど耳半分で聞き流していたアルべリヒの声が脳裏に甦る。

(人魚が……歌っている……)

 ゆっくりと瞳だけを動かし、先ほど無人であった水面の岩を見やる。

 そこにはいつの間にか、赤毛や黒髪、亜麻色のウェーブを打つ長髪を背に垂らし、乳房を露わにした裸の上半身、魚の尾を持つ下半身――人魚たちが座っていた。

 鱗が月の光にさらりとなめられて、オパールのように色彩豊かにきらめいている。その口元は艶やかな笑みを刻んでいた。

「人魚……!!」

 幻想が現実となった。

 船内にいた船員たちも、人魚の歌声に気づいたのか、ぞろぞろと甲板に躍り出てくる。

 しかし、船員たち一人一人の表情を見たジークフリートは、彼らがただ人魚の歌に驚いて現れたのではないと悟った。

 こめかみを汗が流れる。潮を帯びて、ひやりとしていて冷たい汗が。

(全員、恍惚こうこつとした表情かおをしている……)

 船員たちは全員が男である。

 彼らは海軍兵として厳しい訓練を受け、先の戦で激しい銃撃戦と肉弾戦を切り抜けてきた、たくましい戦士たちだ。

 その彼らの眉間みけんはほぐれ、口元はよだれが垂れそうなほどだらけて、笑みを浮かべている。

 歯を食いしばりながら、岩の上の人魚に目を向ける。

 先ほどよりも人魚の数が増え、全員が楽し気に口を開けて歌を歌っている。

 歌声は高く、低く、ビブラートをはらみながら、ぽつぽつと輪郭をともなわず、浮かんでは儚く消える砂糖玉の木霊こだまのように響き渡る。

 再び船員たちに目を向ける。

 船員たちは、ほうけた表情かおで、手を前方へ伸ばしながら、手すりへ一歩一歩近寄っていった。

(まさか……)

 ジークフリートがこれから起きるであろうことを予測し、手すりから重い体を離し、船員たちの方へ走り出した。

 しかし時すでに遅く、先頭を歩いていた船員が、手すりから身を乗り出すと、そのまま頭から海へ落ちていく――。

 大きな水音と共に、白い飛沫しぶきが上がる。

 ああ、と口を開け、手すりから身を乗り出し、船員が落ちた個所を見たジークフリートは大きく目を見開いた。

 落ちた船員の男は、恍惚とした笑顔を浮かべたまま、片足を人魚に抱き着かれ、一瞬にして暗い水底みなそこへ引きずられていった。

「……っ!!」

 言葉が出ない。

 船員の男が消えていった水面には、こぽこぽと小さな気泡が浮かんでいたが、やがて凪になる。

 後にはただ黒い水が残るばかりである。

 状況を理解した体が、怒りを放出するかのように思いきり手すりを殴った。

「……ちくしょうっ!!」

 腹に溜まった息をすべて吐き出し、素早く踵を返すと、残った船員たちも手すりから身を乗り出そうとしている。

 駆け出し、前に立ち、両手を広げ、全員を抱き抱えるように止めようと試みる。

 人魚の歌声に負けじと、口から大きく息を吸い込むと、腹に空気を溜め、喉が切れる極限まで出すかの如き大声を上げた。

「全員、耳を塞げ!!!」

 喉が切れて血を出したのではないかと疑われるほどの怒声である。

 船員たちと同様に、ほうけた表情をしていたアルべリヒは、弾けたシャボン玉のように、はっと目を覚ますと、自分の顔を両手で交互に打ち、耳をふさいだ。

 船員たちも、ジークフリートの指令に気づいた者はことごとく目を覚まし、耳を塞いでゆく。

 しかし、ジークフリートの両手から逃れた者、甲板の後ろの手すりにいた船員は、次々と笑顔で青黒い海に飛び込み、人魚と共に水底へと沈んでゆこうとする。

 人魚たちは歌い続ける。高く、低く、玲瓏に、艶やかに。


 ルーレイ リア レイ メイ ネイ


 ルーレイ リア レイ メイ ネイ

 

 耳から頬、唇、首、肩、胸、腹、脚と、体の感覚が徐々に甘く痺れ、薄らいでゆく。

(このままではまずい……!)

 目の端で、人魚のひとりが空へ手をひらりと仰ぐのが見えた。ゆびさきを広げ、そっと舞い降りる何かを受け止めるかのように。

 雲の切れ目から割れた卵から薄透明の白身がゆったりと落ちてくるような陽光ひかりが差し、人魚たちの肌の輪郭を、白く輝かせる。

 切なくすがめる人魚のひとみは、薄明りに照らされた宝石のようにきらめいていた。

 その姿はまるで、神々しいシスターが、教会で神に祈りを捧げているように見えた。

 その刹那、時が止まったようにジークフリートは見惚れていた。

 人殺しの妖怪とは思えないほどに、ひどくうつくしかった。

 その人魚たちの下に、水面から顔を出しているひとりの少女がいることに気づいた。

(少女……?)

 白くやわらかな肩を水面から出し、月の暈のようにぼんやりと淡く光る波打つブロンドの長髪をゆらゆらと漂わせて、不思議そうにあたりをきょろきょろと見回している。

 水面から、水色と桃色にきらめく鱗をまとった、ピンクサファイア色の尾だけを出していた。

 ――人魚だった。

 ジークフリートの方角、正面を向いたその少女人魚の顔を見た時、今の状況がすべて吹き飛ぶほどに驚いた。

「リリューシュカ……!?」

 他の人魚よりもひと回り小さな体をした、その愛らしい少女人魚は、故郷の最愛の妹・リリューシュカそっくりの顔をしていたのだった。

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