第40話 おかえり

 俺はアウトドアチェアに横たわり、ぼんやりと空を眺めていた。

 最近、空を眺めている時間が長くなっている。

 どこか遠くの星で、あいつが頑張っているのだろうかと。

 つい、そんなことを考えてしまう。


 夜空から視線を外し、そっと指輪を撫でる。


 そのとき、指輪が淡く紫色に光った。

 驚いていると、夜空に紫色の、一筋の光。

 激しい閃光とともに、その星が降ってくる。

 あのときと同じように。

 激しい音を立てて。

 揺れる。地球が揺れる。

 そして、世界に鳴り響く轟音。


 静寂。


 俺は思わず立ち上がった。部屋を出て、慌てて階段を下りていく。

 一階の風呂場から、バスタオルを纏った芽依が出てきた。


「何? 地震?」


「わからん!」


 そう言い残して、俺は庭へと出ていった。

 庭の隅から、白い煙が立ちのぼっている。

 スマホで照らしながら、煙のほうへと近づいていく。

 またしても、俺の家庭菜園に穴が開いていた。

 ゆっくり掘り起こすと。

 そこにいたのは、あの小さな天使だった。


「……また会いましたね」


「なんだよ。なんで、ここにいるんだよ。また地球に、巨大赤竜が襲ってくるのか?」


「戦いで力を使い果たしたので、本来の力を取り戻すのに、ちょっとばかり時間が必要でして。休暇をもらうことにしたのです」


「そうかよ」


「そういうわけで、また明久さんの家に厄介になろうかと思うのですが、良いですか?」


「仕方ねえな」


「それでは、よろしくお願いします」


 そう言って、イプノスは小さな手を差し出してきた。


 俺は人差し指を出して、イプノスの白く小さな手と触れあわせた。


「少し力が戻ったら、私も生徒として学校に通ってみようと思ってます。よろしくお願いしますね」


 無茶なことを言う天使だ。


 しかし、まあ。こいつがいてくれたら、退屈することはないだろう。


 イプノスの笑みを見て、俺も、思わず微笑んでいた。


 これから、騒がしくも楽しい日々がはじまるような。


 そんな気がしてならなかった。


 俺はイプノスを、そっと手のひらの上に乗せた。


 ゆっくりと口元へ近づけていくと、イプノスも答えてくれた。


 小さくて可愛らしい感触が、唇に触れる。


「おかえり」


「ただいまです」


 そのとき、指輪が微かに紫色に光った。


 どうやら俺は、幸せなようだ。


 願わくば、この幸せが、長くつづきますように。


 俺は心の底から、そう願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る