第39話 それだけが、俺が世界を救った、唯一の証拠だった。

 朝食の準備を終えたあと、ちらりとテレビを見た。

 異常気象は収まり、再び冬の気候が戻ってきたらしい。


 時計を見る。そろそろ芽依を起こす時間だ。


 階段を上がり、二階へ。芽依の部屋のドアをノックする。

 どうせ、返事はないんだろうけど……。

 ドアを開けると、芽依は幸せそうに寝ていた。

 どんな夢を見ているのだろう。

 そんなことを考えながら、芽依を揺すって起こす。


「うーん。あと三時間……」


「長すぎるからな」


「じゃあ、あと一時間だけ……」


 寝言でドア・イン・ザ・フェイス・テクニックを使ってきやがる。

 最初に難しい要求をして、少しずつ要求を下げていくっていうアレだ。


「バカ言ってないで、さっさと起きろ」


「は~い」


 渋々といったようすで、芽依が起きてくる。


 俺がいるのに服を着替えようとしはじめるので、さっさと退室する。


 どうでもいいやりとりに、どうしようもなく幸せを覚えてしまう。

 これが、俺の守りたかった日常だった。


 ダイニングで芽依が朝食を摂っているのを眺めていると。

 チャイムが鳴り、ドアを開ける音がした。


 現れたのは月乃だった。鍵を渡してあるのだ。


「おはよ」


 月乃に対し、俺と芽依も返事をする。


「おはよう」


「おはよ~」


 それから三人で学校へ向かった。


 バスから下りて、学校までの道を三人で歩く。

 芽依と月乃が並んで歩く後ろを、ゆっくりとついていく。


 今日は、よく晴れていた。

 青い空には雲一つない。

 最近、世界は、こんなにも美しかったのかと思ってしまうことが増えた。

 少し、潤む。


「あ、明久くん、また泣いてる」


 いつの間にか、俺の隣を早織さんが歩いていた。


「空が、青くてさ。綺麗だなって思って」


「詩人だねぇ。それも、泣き虫の詩人さん」


 この世界と。

 そして、この世界に住む人間たち。

 それらがすべて、愛おしく思えてならなかった。


 なんてな。


 いつまでも、英雄気取りでいるわけにもいかない。

 さっさと、現実へ戻らないとな。

 なんて、思うのだけれど。

 なんだか、妙に感傷的になってしまうのだった。


 俺は、左手の薬指を撫でた。

 指輪には、力を失った灰色の宝石がついている。

 それだけが、俺が世界を救った、唯一の証拠だった。

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