第36話 じゃ、世界、救ってくるから。

 遊園地を存分に満喫した。あと一時間ほどで閉園だ。俺たちは四人で観覧車へと乗っていた。

 日はすっかり落ちている。街の明かりが綺麗だった。


「楽しかったね~」と俺の隣に座る芽依が、窓の外を眺めながら、しみじみと言った。


「そうだね。また来ようね」と俺の対面に座る早織さん。


「まあ、みんなが来たいっていうなら、わたしも行くけど」月乃はいつも通りだった。


 俺は、芽依、早織さん、月乃と視線を移した。


「また来ような。みんなで。必ず」


「何? そんなに楽しかった?」早織さんは微笑む。


「楽しかったし、幸せだった」


「大げさ~」と早織さん。


 しかし、大げさでもなんでもない。

 俺は、もし今日が地球最後の日だとしても後悔はないくらい幸せだった。

 そして、今日で終わりにはしない。絶対に皆を救ってみせる。そう強く思ったのだった。


 観覧車が一周を終え、地面へ降り立つ。


 俺が観覧車から出ると同時に、空が赤色に光った。空が割れる。その隙間から、赤い瞳が覗いていた。あいつは俺のことを、じっと見ていた。ぎょろりとした、冷たい目。

 俺たち人間のことを、餌としか思っていないのだろう。


「さて、そろそろですね」


 イプノスが俺の肩から、ふわりと宙に浮いた。


「行くか」


「え? 行くって、どこに? もう帰る時間だけど」


 早織さんの言葉に、思わず苦笑してしまった。


 でも、それで良い。世界が終わるかもしれないなんてことは、知る必要はないんだ。


「最後に行きたいアトラクションがあるなら、つきあってもいいけど」


 月乃は俺に言った。こいつはたまに口が悪いけど、やさしいやつだ。


 俺は空を見上げた。禍々しい、爬虫類じみた瞳をにらみ返してやる。

 ちょっと待ってろ。すぐに、そっちへ行ってやるからな。


「で、どこに行きたいの?」早織さんの再三の問いに、俺は正直に答えることにした。


「ちょっと、世界を救いにな」


「は? あんた、何言ってんの?」月乃が眉をひそめ、俺を見ていた。おかしな人間を見る目だった。


「ねえ、明久くん……。体、震えてるよ。大丈夫?」


「大丈夫だ。武者震いってやつだな」


 そんな俺を、芽依は心配そうに見ていた。


 芽依はゆっくりと近づいてきて、ぎゅっと正面から抱きしめてくれる。


「兄さん。頑張ってね」


「おう。任せろ」


「うーん。よくわかんないけど」早織さんも近づいてきて、右側から俺を抱きしめてくれた。柔らかい肉体が感じられる。「えへへ。明久くん、頑張ってね」


 俺が答えようとした瞬間、左方から月乃が勢いよく抱きついてきた。


「ふん。これは抱きついてるわけじゃなくて、タックルだから」


「やさしいタックルだな」


「激しいと反則になるから」


 わけがわからんが、照れ隠しだろう。きっと。


 三人の体温が感じられる。温かい。そして幸せだ。俺は世界で一番、幸せな男かもしれない。

 目をつむり、深く息を吐く。

 もう大丈夫だ。そうだろ? イプノス。


 イプノスは、力強くうなずいた。


「アモーレは、極限まで貯まりました!」

 

そう叫ぶと同時に、イプノスの体が紫色に包まれた。


 そして、光の消失とともに、ひとりの女性が現れる。金髪で白い肌。身に纏う衣服は純白のドレス。あまりにも美しい、その存在の背中には、真っ白な美しい羽が生えていた。いままでとは違う、大人の女性としてのイプノスだった。


「それでは、行きましょう!」


「ああ、行こうぜ」


 イプノスの指先から、紫色の光が発される。その光が、俺にまとわりついてきた。周囲の三人が、俺から離れていく。三人は何かを言っているようだったが、もう何もきこえない。


 静かなものだった。


 俺は微笑み、そして手を振った。


「じゃ、世界、救ってくるから。ちょっと待っててくれ」


 その瞬間、視界のすべてが紫色に包まれた……。

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