第34話 イプノス、力を貸してくれ。

 家に帰ると、芽依が待ってくれていた。芽依はリビングのソファに座っていた。

 俺も隣に腰を下ろす。


「うまくいった?」


「わかるか?」


「うん。兄さん、幸せそう」


「お前の御陰だ」


「ううん。兄さんが、頑張ったからだよ」


「俺が立ち直れたのは、芽依の御陰だ。本当にありがとう」


「嬉しい」ぎゅっと、芽依から抱きしめられた。


 最近、ちょっと兄妹仲が良すぎる俺たちだった。


「なあ、芽依。明日、学校休めるか?」


「うん。大丈夫だけど」


「明日さ、みんなで遊びに行きたいって思ってるんだ」


「みんなって、香芝さんと、月乃お姉ちゃん?」


「ああ。遊園地に行こうと思うんだが、どうだ?」


「うん。良いよ。やったね。兄さんとデート~」


 デートっていうか……。いや、まあ、それで良いのか。


 その後、香芝さんと月乃にも連絡を入れて、明日は四人で遊園地へ行くことになった。


 すべての準備を終え、俺はベッドに寝転んだ。枕元にイプノスが、ちょこんと座っていた。


「なあ、アモーレは、どうだ?」


「しっかり貯まってます」


「足りるか?」


「こればっかりは、なんとも言えません」


「まあ、もういまさら、焦っても仕方ないよな」


「そうですね。焦らずに、じっくりとデートを楽しんでください」


「そうだな……」


 無言のまま、時間が過ぎていく。


「なあ」


「なんですか」


「デートするか?」


「私と明久さんで、ですか?」


「ああ。ちょっとつきあってくれよ」


「べつに構いませんけど、私とデートをしても、アモーレは貯まりませんよ」


「良いんだ。もう最後になるかもしれないんだ。もし、この地球が滅んでしまったとしても、お前は生き残るんだろ? そしたら、この綺麗な星のことを、ずっと覚えててほしいと思ってさ」


「……わかりました。ちょっと待っていてください」


 そう言って、イプノスは目をつむり、両手を組んだ。紫色の光にイプノスの体が包まれる。


 そして、光が消えたときには、中学生くらいのサイズになっていた。


「折角のデートです。この姿のほうが良いでしょう」


「ありがとう」


 そして、俺たちは家を出て、夜の世界へと踏み出した。イプノスの手を引いて、道を進んでいく。家の近所は電灯もまばらである。このあたりには家も店も少なく、車の通りも少ない。森ばっかりだ。道路に沿って、少し山を登っていくと、開けた場所に出る。そこは簡易式の展望台のようになっていて、ベンチが並んでいた。街を一望することができる。


「ここが、俺の生まれ育った街だ」


「……綺麗ですね」


 夜空の星も綺麗だが、眼下に広がる街の明かりも美しい。

 普段は気にもしないことだが、多くの人間が生きているのだ、ということがよくわかる。


「こんなに平和なのに。世界は、本当に滅ぶのかな」


「滅ぼうとしている、ですよ」イプノスは訂正した。「諦めない限り、希望は繋がります」


「ありがとうな」


「最近の明久さんは殊勝すぎます」


「でも、ありがとう」


「そうですね。私も、明久さんに感謝しています」


「俺、イプノスにとっては、扱いにくい、変な契約者だったと思う。暴走して、自分勝手に好きなことばっかしてさ。ちっともアモーレを貯めようとしなくて」


「私は明久さんのことが好きですよ」イプノスはやさしい目で俺を見ていた。「ダメなところも、愛おしく思えます。明久さんと一緒にいると、毎日が退屈しません」


「もし、世界を救ったら、帰るのか?」


「そうですね。ここは……この地球には、私は不要な存在ですから」


「そっか。さびしくなるな」


「一週間もすれば慣れますよ」


 俺はイプノスと一緒の生活に、随分と慣れてしまった。

 再び、ひとりの生活に戻れるだろうか……。

 まあ、世界を救わなければ、ひとりの生活も何もないんだけど。


「俺、頑張るよ」


「はい、その意気です!」


「イプノス、力を貸してくれ」


「私は、明久さんにできる限りの助力をすることを誓います」


「一緒に、この街を……世界を、救おう」


「はい」

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