第33話 それじゃ、まずは友人の証として、俺にビンタしてくれるか。
一月二十七日、月曜日。放課後。
俺は校舎裏で人を待っていた。肩にはイプノスが乗っている。
これまでに幾度も繰り返してきた状況に似ている。しかし、今日は催眠能力は使えない。
俺がひとりで立ち向かわなければならないのだ。
しばらく待っていると、二人の少女が歩いてきた。香芝さんと月乃だった。俺から見て左手に香芝さん、右手に月乃という配置だ。二人は少し離れて、隣になって歩いていた。俺の近くまで来て、立ち止まる。二人は俺の顔を見た。
緊張していた。もう失敗は許されない。でも、そんなのは当たり前のことなんだ。いままで、ずるをしていただけ。ただ、本音を告げれば、それで良い。成功も失敗もない。
俺は深く息を吐いて、口を開いた。
「まずは、来てくれて……ありがとう」
香芝さんと月乃は何も言わず、じっと俺を見ていた。
「そして、二人には頼みがあるんだ」
二人は少し眉を寄せる。話の展開が読めないことで困惑しているのか。
「俺と……友達になってくれ」そう言って、俺は深々と頭を下げた。
一秒、二秒……と時間が過ぎていき。五秒ほど経った。
「は?」という月乃の声がきこえてきた。
「どういうこと?」と香芝さん。
俺は顔をあげた。二人は完全に眉をひそめまくっていた。
「いや、だから、友達になってほしいんだ。わかるか?」
「それはわかるけど、意味がさっぱりわかんない」そう言って、月乃は俺を睨んだ。「わたしたち、友達というか、幼なじみじゃん」
「そうだが、何か問題でもあるか?」
「問題っていうか……」月乃は黙る。
次に香芝さんが口を開いた。
「なんで、友達になりたいの?」
「俺さ。香芝さんのことも、月乃のことも好きなんだよ」
さらりと。気負うことなく、素直な言葉を口に出すことができた。
「好きにもいろいろあってさ。考えたんだが、俺は二人のことを恋愛的な意味で好きなのかどうかは、わからなかった。二人と一緒にいると楽しい。一緒にいたいと思う。できれば、これからもずっと、仲良く、楽しい学校生活を送りたいと思ってるんだ。そういうわけで、友達になってほしい」
俺の言葉を受けて、二人は黙っていた。
ダメだろうか。ダメだよな。でも、悔いはなかった。たとえダメなのだとしても。いま俺にできる、精一杯がこれだ。
「意味わかんない……ね」香芝さんが、月乃を見て言った。
「本当に。意味わかんない」
「俺らしいだろ?」
「すごく明久らしいけど」月乃は呆れたように言って、微かに笑った。「このバカ男、どうする?」
「どうしよっか」
「なんかさ、わたし、怒る気失せちゃった」
「わたしも~」香芝さんも微笑んでいた。
うまくいった……のだろうか?
「友達に、なっちゃおうかな」香芝さんがつぶやいた。
「……じゃあ、わたしも」月乃も小さな声で言った。
「じゃ、俺たちは友達ってことで良いな?」
「うん。良いよね?」香芝さんが月乃のほうを向く。
月乃は、小さくうなずいた。
「そういうわけで、友人関係締結の握手をしよう」
俺は香芝さんに向けて右手を差し出した。
「うーん。それはお断りするけど」
「わかってる。手汗がすごいんだよな」
「え? 嘘。なんで知ってるの?」
「友達だからな」
「友達なら知ってるってのもおかしくない?」
まあな。
そんなやりとりをしていると、月乃が手を差し出してきた。
「それじゃ、お先」そう言って、月乃が俺の右手を強引につかみとり、ぎゅっと握った。
「あ、わたしもわたしも」香芝さんが軽く手を制服で拭いたあと、俺の左手をつかむ。
両手をつかまれた状態で、時間は過ぎていく。ゆっくりと、指輪は色を取り戻しつつあった。
少しずつアモーレが貯まっているようだ。アモーレのことを……指輪のことを二人に話せる日は来るだろうか。いまは、まだ話せない。地球を救うためとはいえ……。自身の欲望を満たすために、二人の気持ちを無理矢理ねじ曲げたのだ。いまも、自分の都合の良いように利用しようとしている。すべてが終わったあとに打ち明けよう。
そのためにも、俺は巨大赤竜の戦いに勝利しなければならない。
「よし。それじゃ、まずは友人の証として、俺にビンタしてくれるか」
「はあ?」と月乃。
「浅見くん、何言ってるの? 頭大丈夫?」
「いろいろ、二人には迷惑をかけたからな。けじめというか、なんというか……」
「ふーん。じゃあ、次はわたしからね」そう言って、香芝さんは俺の目の前に立った。
ゆっくりと右手を振り上げ……そして、俺の頬に向かう。
「えいっ」ぐいっと。俺の左の頬が引っ張られていた。「これで許してあげる」
「じゃ、わたしも」そう言って、月乃が近づいてきて、俺の右頬を引っ張りはじめた。
「いひゃいいひゃい」
頬が引っ張られてうまくしゃべれない。特に右頬が痛かった。
「浅見くんのほっぺた、よく伸びるねぇ」左頬も痛みが増していく。
俺の肩に乗っていたイプノスが、小さく笑いを漏らした。
「頬をつねられているだけでアモーレが貯まるなんて、明久さん、レベルが高いですね」
ほっとけ……。
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