第24話 わたしで興奮してるの?

 脱衣所で、俺たちは向かい合って立った。目をあわせる。月乃は恥ずかしそうに顔を伏せた。


「先に入ってて。あとで行くから」


「お、おう……」


 そういうもんだろうか? 一緒に服を脱いだりはしないのか?

 あまり、そのあたりのマナーが良くわかっていない俺だった。


 月乃が脱衣所を出た。


 俺は、さっさと服を脱ぎ、風呂場へ。うーん。全裸というのは、なんというか、心もとない。一応、タオルでも腰に巻いておくか。イプノスにも見られたくないし。

 風呂の蓋を外し、なかのお湯に手をつけてみる。二時間ほど前に入れたお湯なので、ちょっと温くなっていた。ボタンを押して、再度お湯を温めておくことにした。


 しばらく待っていると、月乃が脱衣所へ入ってきた。

 ゆっくりと制服を脱いでいるのが、磨りガラス越しにもわかる。少しずつ肌色の面積が増えていく。緊張はある。同時に興奮もあった。同い年のクラスメイトの裸を、いまから見ることになるのだ。興奮せずにはいられない。はっきり言って、硬くなっていた。何がとは言わんが。


「うーむ。なかなかのモノですね」


「見るなよ……」


「隠さなくて良いですよ。私は、雄々しくて良いと思います」


 雄々しいとか言われると、なんか照れるな。


 それからしばらく待っていると、ようやく月乃が顔を現した。


「……入るよ」そう言って現れた月乃は、白いバスタオルをまとっていた。


「風呂にタオルをつけるのはマナー違反だぞ」


「それは温泉のルールでしょ。ここは温泉じゃないから良いの」


 クソ。そんなのってありかよ!


「っていうか、あんたも腰に巻いてるじゃん」


 ……まあな。


 月乃は、じっと俺の股間を見ていた。


「興奮、してるの?」


「まあ、そりゃな」


「わたしで興奮してるの?」


 こういうとき、彼氏なら、なんというのだろうか。


 俺は少し考え……迷いを吹っ切った。今日、俺は月乃の彼氏だ。そういうことにしておこう。


「好きな女の子と、一緒に風呂へ入るんだ。そりゃ、興奮するだろ」


「変態。エッチ。でも、嬉しい」


 バカバカしいカップル同士のやりとりだ。嬉しいような、少しこそばゆいような……。


 これで、ちゃんとアモーレが貯まっているはずだ。


「じゃ、一緒に入るか」


 我が家の風呂は、二人が一緒に入れるくらいには広い。


「明久、シャワーは? もう浴びた?」


「いや、まだだけど」


「それなら、わたしが流してあげる」


「お、おう……」


 月乃がシャワーヘッドに手をかけ、栓をひねって水を出す。


「えい」


 そう言って、俺に水をかけてきた。まだ冷たい水を! 冬だぞ! まあ巨大赤龍のおかげで春くらいの気候だが。


「やめろ! 心臓が止まるかと思ったぞ!」


「止めようとしたの」


 なんてことをしやがる。一歩間違えば殺人だぞ。


「えいえい」


 そう言いながら、月乃は再度俺に向けてシャワーで水をかけてきた。


「うわ! やめろって! つめた!」


「あはは。可愛い」


「なにがだよ」


 意味わからん。


「小さな頃……外で、こうやって遊んだよね」


「そういえば、そうだったな」


 ある夏の日を思い出す。

 俺と月乃、そして芽依は庭でよく水遊びをしたものだった。

 水鉄砲を使って、何度も水をかけあって……。そんな風にして遊んだことを、思い出す。

 次第にシャワーヘッドから流れる水がお湯へ変わっていく。


「ごめんね」


「いや、まあ、べつに良いけど」


 月乃は、ゆっくりと俺の体にシャワーをかけてくれる。


 冷水で縮こまっていた体が、徐々に解きほぐされていった。


「嬉しい」


「なにがだ?」


「こうやって、明久と一緒にお風呂に入れて、嬉しい」


「……そりゃ良かった」


 ちょっと照れたような月乃の表情を見て、俺の胸は少し痛んだ。


 本来、俺ではなくて、彼氏に向けられるべき表情だ。

 それを、催眠能力を使って、奪っている卑怯者。それが俺だ。

 でも、仕方がない。俺は世界を救わないといけないんだから。

 これくらいの胸の痛みは、我慢しないとな。わかってる。大丈夫だ。ちゃんとやれる。


「じゃあ、一緒に入ろっか」


 そう言って、月乃は浴槽を指し示した。


 俺が先に浴槽へ入り、その上に月乃が入る、という形だった。

 体が密着している。まあ、実際に密着しているのはバスタオルなのだが。

 俺の顔のすぐ隣に、月乃の頭があった。良い匂いがしている。

 あまりにも濃厚な女性の香りに、頭がくらくらする。

 香水でもつけているのだろうか。それとも、月乃の体臭なのか……。

 決して悪い香りではなかった。微かに甘酸っぱいような香り。

 ずっと嗅いでいたいと思わせられる。暖かいお湯と、月乃の柔らかい肉体。

 俺は、幸せを感じていた。しっかりばっちりアモーレが貯まっているはずだ。


「幸せだなぁ」


 月乃が、そうつぶやいた。ちょっと大きな声だったので、風呂場で反響してしまう。


「わたし、明久と一緒にいられて、本当に幸せ」


「あぁ」


「すごくすごく幸せ」


「……そうだな」


 そう返す他なかった。いま月乃が感じているのは、まやかしだ。すべては、指輪が見せている夢に過ぎない。ただ、いまだけは……。この瞬間だけは、その夢を現実として信じたかった。

 俺は月乃とつきあっている。

 そして、一緒に風呂へ入っている。あり得たかもしれない……しかし、実際にはあり得なかったその幸せを、かみしめていたかった。

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