第23話 俺はコーラ。

「あんた、学校サボったでしょ」


「ちょっと体調が悪くてな」


「さっきメッセージ送ったのに無視したし」


「ああ? 悪い。見てなかった」


 ポケットに入れてあるスマホを確認すると、たしかにメッセージが届いていた。

 月乃には『とにかく学校帰りに家に来てくれ』というメッセージを送っていたのだが。

 それに対して『何? どういうこと? というか学校サボったでしょ』と返事が届いていた。


「とりあえず上がってくれ。ちょっと待ってろよ」


 受話器を置いて、俺は階段を下りていった。


 玄関のドアを開けると、制服姿の月乃が立っていた。


「……お邪魔します」


「……いらっしゃい」


 お互いに、なんだか他人行儀なやりとりをしてしまった。昔は、ただいま、なんて言ってくれてたこともあったんだけどな。そのことを思い出すと、ちょっとさびしくなった。


 月乃をリビングへと通す。彼女は何も言わずにソファへ座った。


 俺はソファから少し離れたところにある、足置き用の背もたれがないソファへ座った。


「オレンジジュース」


「俺はコーラ」


 二人とも座ったまま動かない。


「来客をもてなしなさいよ」


「いや、お前、昔はうちに来て、勝手に飲んでたじゃん」


「あんただってわたしの家で勝手に飲んでたでしょ」


 そういう時代もあったのだ。


 結局、俺が飲み物を用意することになった。よく考えてみたら当然なんだけど。

 キッチンで飲み物を用意して、再びリビングへと戻る。


 俺がコップを置いた途端、月乃はそれをつかんで、一口飲んだ。


「美味しいか?」


「オレンジジュースの味」


 そりゃそうだろう。違う味がしたら怖いわ。


 月乃は一気にオレンジジュースを飲み干して、俺を睨んだ。


「あんたさ。香芝さんに振られたでしょ」


「……そのような事実はございません」


 なぜか敬語になってしまった。


「振られて、傷ついて、へこんで、学校サボったでしょ」


「……用事があったんだよ」


「それで、慰めてほしくてわたしを呼んだんでしょ」


「いや、べつにそういうわけでは……」


 アモーレを貯めるために協力してもらおうと思っただけだ。


「あんた、クラスで噂になってたからね」


「あ? なんて?」


「香芝さんとわたしに二股をかけてた最低男だって。あと、彼氏持ちの女に手を出してたクズ男だって。あわせて最低クズ男だって」


「……べつに二股をかけてたわけじゃねえよ」


 それに、こっちにだっていろいろ事情があるんだ。

 他のみんなにはわからないだろうけどな。世界を救わなきゃならないんだぞ?

 彼氏がいるとか、二股とか、そんなこと、どうでも良いだろ?


「結局、あんたは……どうしたいわけ? 何がしたいの? 最近、変だよ」


「俺は……」


 俺は、どうしたいんだろう? 香芝さんとつきあいたい。月乃と、また昔みたいに遊びたい。幸せになりたい。そして、世界を救いたい。そうだ。月乃と、こんな問答をしている場合ではない。俺は世界を救わなければならないのだ。


 ふとテーブルに視線をやると、イプノスが悲しそうな目でこちらを見ていた。

 そんな目をするな。大丈夫だ。全部俺に任せろ。ちゃんとうまくやる。

 効率良くアモーレを貯めて、世界を救う。わかってるって。


「なあ、月乃、これを見てくれ」


 俺はそう言って、眠りの指輪を月乃に見せた。指輪に祈りを捧げると、紫色の光が室内を満たしていった。月乃のうつろな瞳。いつものように催眠状態へと移行する。


「月乃。俺は、お前の彼氏だ」


「明久、彼氏……」


「いまから、俺とお前は風呂に入るぞ。そんなにおかしなことじゃない。子供の頃は一緒に入ってたはずだ。最近、つきあうようになって、また風呂に入りはじめた」


「風呂に入る……。おかしなことじゃない……。また入りはじめた……」


 俺は催眠を解除する。さて。本当に成功しているのだろうか。


 現実へと戻ってきた月乃は、俺のことをじっと睨んでいた。


「明久、反省してる?」


「あ、ああ? おう。まあな」


 話の流れがよくわからないが、とりあえず反省しておいた。

 何に反省すれば良いのかは、さっぱりわからないけれど。


「あんたはわたしの彼氏なんでしょ」


「そうだな」


 本当は、違うんだけどな。月乃、ごめんな。


「香芝さんと浮気してたんだよね」


 なるほどな。そういうことになるわけか。


「浮気じゃない。なんていうかさ……。ほら、ちょっと相談に乗ってもらってたんだよ」


「相談って、どんな相談?」


「恋愛相談。ほら、俺と月乃って、小さな頃から一緒にいたじゃん。だから、恋人同士になって、どういうことをすれば良いのか、よくわからなくて。だから、恋愛マスターの香芝さんに話をきいてみたんだ」


 まあ、香芝さん、いままで誰ともつきあったことないらしいけど。


「ふーん。それなら良いけど……。浮気じゃないんだね?」


「まったく違う。俺を信じてくれ」


「……そこまで言うなら、信じるけど」


 ちょろいな。こいつ。大丈夫か? 本当の彼氏に騙されてないだろうな。心配になってきた。


「じゃ、仲直りの証に、一緒に風呂にでも入るか」


「……うん」


「恥ずかしいか?」


「うん。そりゃ、恥ずかしいよ。まだ慣れない。明久は、もう慣れた?」


「さぁ……」


 体が成熟してから、同年代の女性と風呂に入るなんて、はじめての経験だからな。


「じゃ、行くか」


「うん」


 俺は月乃の手を取って、風呂場へと誘った。

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