第17話 私が以前地球に来た頃は、動物の毛皮を着るのがトレンドでしたけどね。

 一月十八日、土曜日。


 デートだった。

 朝から鏡の前で、ああでもない、こうでもないと今日の服装を考える。


「なあ、イプノス。どれが良いと思う?」


「さぁ……。裸でなければどれでも良いと思いますけど」


「お前はセンスの欠片もないな」


「私が以前地球に来た頃は、動物の毛皮を着るのがトレンドでしたけどね」


 いつのトレンドだよ。原始時代か? やはり、ここは地球人の女性の力を借りるべきだろう。

 俺は部屋を出て、隣の部屋のドアをノックした。


「何? お昼寝してたのに……」と寝ぼけまなこをこすりながら、芽依がドアから顔を出す。


「まだ朝だから朝寝だな」


「朝も昼も夜みたいなもんだよ。眠いときは全部夜なんだよ」


 寝起きだからか、意味不明なことを言っている芽依だった。


「ちょっと起きてくれ。俺の人生を左右する大事な問題なんだ」


「え~。何? 整形でもするの?」


「しねえよ! 俺の顔は整形しないとダメなくらいやばいのかよ!」


「いや、わたしは好きだよ。可愛いし」


「可愛いって言うな!」やや女っぽい顔なのは、結構気にしているのだ……。


「それで、何? 人生を左右するほどのことって?」


「ちょっと服を見てもらえないか」


「良いけど……」


 俺は芽依を連れて自室へと戻った。そこでクローゼットから出した服を幾つか見せる。


「どの服が一番良いと思う?」


「どれでも良いと思う」


「真面目に考えてくれ! デートなんだ!」


「え? うそぉ。兄さんがデート? え? 月乃お姉ちゃんと?」


「違う。クラスメイトの子だ」


「可哀想に……」


「なんでだよ! 相手の女の子が可哀想だって言いたいのかよ!」


「違う違う。可哀想なのは兄さん。だって、絶対罰ゲームじゃん」


「罰ゲームじゃねえよ。俺が誘ったんだ」


「うそぉ。兄さん、どうしたの? 頭大丈夫?」


「たぶん大丈夫だ」


 最近、急性アモーレ中毒で何度も頭痛になっているが……。


「はぁ……。兄さんがデートかぁ……。信じられない」


「本当だって」


「妄想じゃないよね? 大丈夫? その女の子、ちゃんと実在してる?」


「してるよ!」


 うーむ。とはいえ、たしかに実在しているのかどうか怪しい存在が近くにいるな……。


「私は存在してますからね」とイプノス


 いままでの出来事がすべての俺の妄想だったりしたら怖いな。


 そっと左手の薬指にはめてある指輪を見る。これは実在している。たぶん。


「最近、怪しいと思ってたんだよね。兄さん、調子に乗ってるっていうか」


「べつに調子に乗ってるわけじゃねえけど。俺が青春してたら悪いのか?」


「良いけどさ。複雑なの!」


 よくわからんが複雑らしかった。


 結局、芽依にファッションを見繕ってもらった。そもそも、俺の服は芽依が選んでくれている。どうやって組み合わせて着れば良いのかも、芽依の言う通りにしていれば問題ない。


「うん。ばっちり。格好良い」


「そうか?」


 鏡に映る自分を見る。うーん。俺だな。それ以外の感想がない。


「あとは性格さえ良くすれば、ばっちりだと思う」


「いまの性格じゃ無理なのかよ……」


「うん。無理」と即答しやがった。


「私も無理だと思います」とイプノス。


 お前は黙ってろ。


 着替えを終えて、バスに乗り、学校へと向かう。香芝さんとは正門前で待ち合わせをしていた。バスに乗っている間から緊張して、吐き気がしてきた。


「軟弱ですねぇ……」


「あのさ、俺に催眠術ってかけられないか? 緊張しない催眠とかないか?」


「ありません」


「あってくれ」


「ないものは、ないです」


 使えない天使だった。


 そうしているうちに学校へ到着する。遅刻しないように、約束の三十分前なのだが。正門前には、すでに香芝さんの姿があった。いつもの制服姿とは違う。短めのパンツにシャツという格好だ。一応説明しておくと、この場合のパンツはズボンのことだ。香芝さんが下着で待ち合わせに来ているわけではない。


「当たり前です」とイプノス。


 まあ、下着で来てくれるのも、それはそれで良いんだけど。


「良いわけないです」


 俺の脳内ボケに、いちいちツッコミを入れてくれるイプノスだった。律儀なやつである。


 近づいていくと、香芝さんはぎこちない笑みをこちらに向けた。


「男の子がデートに遅刻してくるなんて、最低だよ~」


「待ち合わせの時間まで、あと三十分あるんだが……」


「わたしなんて一時間前から来てるからね」


「早いな!」


「あ、間違えた。いま来たところ!」


「いまさら訂正しても遅いからな!」


「違うの。勘違いしないでね。べつに楽しみにしてたとかじゃなくて。なんていうか、その、わたし、普段から一時間前行動してる人だから」


「いくらなんでも早すぎるだろ!」などという掛け合いをした後、駅へ向かった。


 お互いに緊張しているせいか、会話がないまま電車へ乗り込む。休日ということもあって、少し混んでいた。席には座れそうにない。ドアの近くに隣り合って立った。


 そこでようやく、香芝さんはこちらを向いてくれた。


「変じゃない?」


「いや、香芝さんはいつも通り変だけど……」


「わたしは普通! 変じゃない! そうじゃなくて、服とか」


「あー。可愛いと思う」


「可愛いとか言わないで。セクハラだよ」


 どうしろと。


 香芝さんは少し照れているようで、顔をやや赤色に染めていた。


 しかし、なんだか普通にデートみたいだな。

 そういえば、さりげなく手を握れば良い、みたいなこと言ってたっけ。

 俺は、そっと香芝さんの右手を取ろうとしてみた。その瞬間、さっと手が逃げる。

 追う。逃げる。追う。逃げる……。


「うわ~。なんか初デートで手をさわろうとしてくる人がいる。エッチ。変態」


「さりげなく自然な感じで手を繋げば良いって言ってただろ……」


「誰が? 何? もしかして、デートの指南書とか読んできたの? ださーい」


「読んでねぇよ……」


「わたしが読んだ本には、手を繋ぐのは二回目のデートが良いって書いてあったよ」


「お前が読んでるのかよ!」


 それにしてもわけのわからん女である……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る