第16話 わたしが思うに、二万円くらい渡すのが良いと思うよ。そしたら西條さんも、渋々デートに応じてくれるんじゃないかな~。

 昼休み。俺とイプノスはアモーレを貯めるための作戦会議を開いていた。


 俺たちは屋上へとつづく扉の前にある空間にいた。階段室とかいう場所だ。


「アモーレを効率良く貯めるには、人間同士のふれあいが大事って言ってたか」


「そうです。単に明久さんが性的に興奮するようなイベントではなくて、もっと、心の底から喜びが生まれるような、そういうシチュエーションが最適です」


「具体的には、どういうことをすれば良いんだ?」


「そうですね。デートなどをすればよろしいかと」


「デートなぁ。なかなか難しいことを言うなぁ」


「ちょっと遊びに誘えば良いだけのことでしょう」


「俺、そういうキャラじゃないからなぁ」


「そうですね。クラスでいてもいなくても変わらないキャラですしね……」


 まあたしかにその通りなのだが、現実を突きつけるのはやめていただきたいものだった。


「まあ、キャラじゃないとか言ってる場合じゃないか。世界を救わなきゃだしな」


「おお! 良いことを言いますね!」


「香芝さんをデートに誘ってみる……かもしれない」


「その意気です!」


「しかし、直接誘っても断られるかもしれないしなぁ」


「どう誘えばデートに応じてくれるか、催眠能力できいてみれば良いのでは?」


 それもそうか。ちょっとずるい気もするけれど。そんなことを言っている場合じゃないか。


 昼休みが終わる前に、俺は席に座っている香芝さんに話しかけた。


「悪いけど、放課後、ちょっとつきあってくれないか」


「え? もしかして、デートのお誘いだったり?」


「いや、違う違う。どうやってデートに誘えば良いか……」


「西條さんをデートに誘う指南をしてほしいってことね?」


 違うが、まあ、そういうことにしておこう。


「わたしに任せといて! デートメーカーの香芝と呼ばれた女だからね!」


 まったく頼りにならない称号をお持ちであった。


「わたしにかかれば、浅見くんに一日十件のデートをセッティングすることもできるよ!」


「いや、スケジュール的に無理だろ。こなせねえよ」


「ひとり五分で済ませたら一時間以内に終わるよ」


「それはデートって言わない気がするんだが……」


 香芝さんといると、俺がツッコミ役になってしまう。


 本来、俺は変なことを言う側の人間なのだが。香芝さんは俺以上に変なやつということか。


 そんな話をしている間にチャイムが鳴ったので、俺は自席へと戻った。


 イプノスが俺の筆箱に腰を下ろし、笑顔でこちらを見ていた。


「やるじゃないですか」


 何がだ?


「教室で香芝さんに話しかけられるようになってるじゃないですか」


 ああ、たしかにな。普段の俺であれば、周囲にどう見られるか、気になっていたはずだ。


 いまは巨大赤竜を目の当たりにしたこともあって、気にする余裕がなかった。


「明久さんも徐々に成長していますね……。私は嬉しいです」


 やめろ。褒めるな。恥ずかしいだろ。


「照れなくても良いですよ~」


 そして無事に五時間目、六時間目の授業を終え、放課後。俺は再び校舎裏へ香芝さんを連れ出していた。というか、他の人に会わずに密会できる場所が、ここと屋上前の階段室しかない。


「えっと、どうやって西條さんをデートに誘うかって話だよね」


「ああ……」それは嘘なのだが……。


「わたしが思うに、二万円くらい渡すのが良いと思うよ。そしたら西條さんも、渋々デートに応じてくれるんじゃないかな~」


「ただの援交じゃねえか!」


「やだ~。いまはパパ活って言うんだよ」


「俺はパパじゃねえ!」


「そうだよね。どっちかっていうとママだよね」


「ママでもねえ!」


「でも、学校の帰りに食材買って帰ったりしてるでしょ?」


「……まあな」


 学校の近くのスーパーのほうが安いときがあるので、そこで買って帰ることがあるのだ。


「さっきのは冗談でさ。浅見くんの家庭的なところとか、女の子、ぐっとくると思うよ~」


「香芝さんも家庭的な男にぐっと来たりするか?」


「うーん。秘密」


 秘密ってなんだよ。それくらい答えてくれても良いのに。というか、まあ、催眠術できいてしまえば良いだけのことだ。さっさと催眠状態にしてしまおう。


「ちょっとこれを見てくれ」


 いつものように俺は眠りの指輪に祈りを捧げた。紫色の光が、香芝さんを催眠状態へと誘う。


「家庭的な男って、どう思う?」


「すごーく魅力的。わたし、料理できないから」


 意外だな。香芝さんのことは、勉強も運動もなんでもできる女子だと思ってたけど。


 まあ、この話題はどうでも良い。本題へ入ろう。


「デートをしたいんだが、どうすれば良いと思う?」


「しないほうが良いと思う」


「なんでだよ!」


「浅見くんにデートは向いてないと思う」


「だから、なんでだよ!」


「デートをしてほしくない」


「そこまで言うほどのことかよ!」


 見守っていたイプノスが近寄ってきて、俺の襟元を握って引っ張る。


「焦らないでください。明久さんの精神バランスが崩れたら、催眠状態が解除されます」


 それもそうか。落ち着け落ち着け……。


 なぜ、そんなに香芝さんは俺にデートをしてほしくないのか。意味がわからない。


 うーむ。ちょっと、質問が悪かったかもしれない。もう一度聞き直すことにしよう。


「香芝さんとデートをしたいんだが、どうすれば良い?」


「見たい映画があるから、それに誘ってくれたら行くと思う」


「なんて映画だ?」


「あの、あれ。名前は覚えてないけど。宇宙に行くやつ」


 大雑把すぎる。しかし、最近やっている映画で宇宙に行くやつというと、あれだな。

 そうとわかれば、早速、催眠を解除してしまおう。俺は指輪に祈りを捧げ、催眠を解いた。


 ぼやんとした表情の香芝さんが、ぱちぱちと目を何度かしばたたかせていた。


「あのさ、香芝さん、映画とか好き?」


「好き。まあものによるけど。大体好きかな」


 オーケー。ここまでは想定通りだ。


「今度、映画見に行かないか? ほら、あの、宇宙に行くやつ」


「あれね! 気になってたんだけど……。ごめんなさい」


 ぺこり、と頭を下げる香芝さん。


「え?」


「ごめんね~」と顔の前で手をあわせて謝る香芝さんだった。


 俺はさっさと指輪に祈りを捧げ、香芝さんを再び催眠状態へと誘った。


「話が違うんだが! 映画に誘ったらデートに応じるって話だっただろ!」


「デートをするかもしれないと思った。でも、誘われてみたら恥ずかしかった」


「恥ずかしかった、じゃねえ! 応じろよ! デートに!」


「興奮してはいけませんよ~」とイプノス。


 ふう。血圧が一気に上がってしまった気がするぜ。深呼吸、深呼吸……。よし。落ち着いた。


「どうすりゃデートに応じてくれるんだ?」


「もうすでにチケットを買ってあるってことにしてくれたら、断りづらいと思う」


「じゃあ、その線で行くか……」


 催眠術っていうチート能力があるのに。

 なんでデートをするのに、ここまで苦労しなきゃいけないんだ……。


「ついでに、デート中に手を繋いだりしたいんだが、どうすれば良い?」


「自然な感じで手を繋いでくれたら、それで良い」


 本当だろうな……。あんまり信用ならないが。


 再び催眠を解除し、正気を取り戻した香芝さんに話かける。


「さっきの話だけど。実はチケットを買ってあるんだ。一緒に見てくれると嬉しいんだが」


「そう? そうなんだ? うーん、なら、まあ、仕方ないなぁ。一緒に映画を見に行ってあげても良いけど」


 なんかむかつくな……。


「香芝さんって、変なやつだよな」


「浅見くんにだけは言われたくない」


「五十歩五十一歩だと思いますけど……」とイプノスは呆れたように言った。


 新しいことわざをつくるのはやめてほしいものだった。

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