第15話 それ、出さないと収まらないって本当?
朝ということが、窓から射し込む日光でわかる。
カーテンが遮ってくれているはずの日光が、なぜか俺の目を刺激する。
うんざりした。もう少し寝かせてほしいものだった。
俺はぎゅっと目を閉じて、うつぶせになった。これで再び眠りの世界へ逆戻りだ。
しかし、ゆさゆさと体が揺さぶられる。
「やめてくれ。芽依、お前、いつもは俺が起こすまで寝てるくせに、なんで今日に限って。俺は昨晩、竜と戦って疲れてるんだ」
「竜? 何それ。ゲームでもしてたの?」
「いや、俺は天使でな。羽が生えてて、頭に輪っかもあって……」
「夢の話? 随分ファンシーな夢見てるんだね。可愛い」
少しずつ意識が覚醒しはじめる。うーむ。芽依ではないな。きき覚えのある声だった。
「ほら、もう朝だから、早く起きなって」
「月乃か……」
「そうだよ。朝、起こしてほしいってあんたが言ったから、わざわざ来てあげたの」
……俺、そんなこと頼んだか?
なんて考えている間に、布団を剥ぎ取られそうになる。
いかん。いかんぞ! 朝はいかんのだ!
イプノスが来て以来、俺の秘めたる力は一度として開放されていないからな!
「大丈夫だ。月乃。ばっちり目が覚めた。完璧だ。すぐ起きるから待っててくれ」
「は? そう言って、また二度寝するつもりなんでしょ。わかってるって」
「違う違う。完全に目が覚めてる。任せてくれ」
「往生際、悪すぎ。ほら、さっさと起きて」
そう言って、月乃は無理矢理、俺の布団を引っぺがした。
「あ……」と月乃が絶句する。
「良いか? 俺もお前も、少しずつ成長し、大人になっているんだ。お互いにいろいろな事情があったりするわけで、そういうことを少しは考慮してくれても良いのではないか?」
「……バカ」
「バカはお前だ!」
「バーカ! バーカ!」
「バーカバーカバーカ!」
「朝から騒々しいですねぇ……」
イプノスが起きたらしい。ティッシュケースから顔を出していた。
俺と月乃は無言のまま見つめあってしまった。
先に視線を逸らしたのは月乃だ。少し顔が赤く染まっている。
「良いか。これはただの生理現象だからな。勘違いするなよ」
「知ってる。男の人は、朝、そういう風になっちゃうんでしょ」
「なる。お前に対して興奮しているとか、そういうわけではないから勘違いするなよ」
「してない!」
「それなら良いけどさ」
月乃は、ちらりと俺の下腹部に視線をやる。むっつりスケベだな。こいつ。
「何見てんだよ!」
「べつに見てないし! 見てないけど……。それ、出さないと収まらないって本当?」
「いや、収まるよ。少し待ってたら収まる。目を瞑って深呼吸してれば収まる。お前、彼氏がいるんだから、それくらい知っとけよな。騙されていろいろさせられるぞ」
「……最低」そう言って、月乃は俺の部屋から去っていった。
最低なのはどっちだよ。まったく……。
「そう怒らないでください。西條さんは、明久さんを起こしに来てくれたんですよ」
「べつに頼んでねえし。あいつが勝手に起こしに来たんだし」
「でも、喜んでいるでしょう?」
「喜んでねえよ!」
「アモーレが貯まってますけど」
「……いや、それは反則だろ」
たしかに、誰かに起こされるというのは久々のことだった。母親が亡くなって以来、俺は朝、誰かに起こされたことがない。ちょっとだけ喜んでいたのかもしれない。それは認めよう。しかし、それは月乃に起こされて嬉しいとか、そういうわけではないのである。誰に起こされても同じくらい嬉しいはずだ。香芝さんだったら、もっと嬉しかったに違いない。たぶん。
「素直になれない人ですね……」
「俺はいつだって素直だ!」
そう叫んだ瞬間、こんこん、とノックの音がする。
「はい!」
「さっきから何叫んでんの? さっさと着替えて下りてきて。朝ご飯できてるから」
勝手に我が家の食材まで使ってやがる。犯罪だぜ。
「喜んでるくせに……またアモーレが貯まってますよ」
「わかってても言わないでくれ……」
俺は少しツンデレなところがあるのだ。
それから、さっさと制服へ着替えを済ませた。部屋を出て、隣の部屋にいる芽依を起こそうとしたが、ドアが開きっぱなしだ。部屋のなかを覗いてみたが、芽依の姿がない。階段を下りてダイニングへ移動する。
すると、テーブルには眠そうに目をこすっている芽依の姿があった。
「おう、早いな」
「早すぎるよ……。わたしの感覚だと、まだ夜だよ」
「ばっちり朝だけどな」
芽依が普段起きる時間より、三十分ほど早いだけだ。俺がダイニングへ入ってきたのを見て、月乃が料理をキッチンから運んでくる。目玉焼き、焼いた食パンにバターを塗ったもの、サラダ、焼いたハムなど。極々標準的な朝餉だと言えた。
結局、俺の前に芽依、芽依の隣に月乃という配置で朝食がはじまった。
若干の緊張感があった。俺たちは無言で黙々と食事をつづけた。
「あのさぁ。もしかして、兄さんと月乃お姉ちゃん、つきあってたりする?」
芽依がおずおずと声を出す。
「しないな」と俺は即答した。
月乃は何も言わず、じっと俺のことをにらんでいた。なんだかよくわからんが恐ろしい。
「なんだ。仲直りして、つきあいはじめたのかなって思っちゃった」
「仲直りも何も、べつに喧嘩してないから」月乃はそう言って、コーヒーを飲んだ。
素直になれないやつだ。しかし、まあ、そういうところも可愛いと言えば可愛いか。
俺は月乃のことも、巨大赤竜から守ってやりたいと思った。
「……起こしてくれて、ありがとうな」
「は?」と月乃はコーヒーを置いて、驚いたような目でこちらを見ていた。
「なんだ? そんな驚くほどのことか?」
「べつに……驚いてないけど」少し照れているようだった。素直じゃないのはお互い様か。
巨大赤竜という敵を見てしまったからか。月乃と仲違いをしたままなのは、嫌だと思ってしまった。せめて世界が滅ぶのだとしても、仲直りをしておきたかった。心残りがないようにしておこうと、俺は強く思った。
そうこうしているうちに食事が終わる。食器洗いは俺がやることにした。
芽依は自室に帰って、学校へ行く支度をしている。
俺が食器を洗っている間、月乃がダイニングのテーブルについて、こちらを見ていた。
「あんた、何かあった?」
「え? いや、何も?」
あったけどな。天使が落ちてきたり、竜と戦ったり……。
「最近、頭の病院とか行ってない?」
「行ってないが?」
なんだ? 遠回しに、俺に頭の病院へ行けと言っているのか? 失礼なやつだ。
「なんでもない」
そう言って、月乃は黙ってしまった。
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