第14話 ……やったか?

 視界に映るのは、黒い世界。それから、白く光る無数の星々だった。

 地球から見える星の比ではない。そのあまりの数に、圧倒される。


「あれを見てください」


 見てください、と言われるまでもなく見えていた。目の前には、巨大な青色の球体がある。地球だ。


「どうです?」


「……正直、感動してる」


「この美しい星を守れるのは、明久さんだけです。よろしくお願いします」


 頼まれるまでもない。この星は、俺が救う。美しい地球の姿を見て、俺はそう思った。


「問題は……」イプノスがくるりと反転し、地球に近づいている赤い光を指した。「あれが巨大赤竜です。ここからは光にしか見えませんが」


「あいつは、なんのために地球を襲ってるんだ?」


「詳しいことはわかりません。あいつらは、生まれたばかりの知的生命体を食い散らすことでエネルギーを得ているようですけど」


「生まれたばかり?」


「人類の歴史は、たかだか二十万年程度です。私のような精神体からすれば一瞬の出来事です」


 スケールのでかい話である。


「それでは向かいましょう」


「あぁ……」


 イプノスに手を引かれ、俺は宇宙を進んでいった。自分の力で飛んでいるという感じはない。特にすることもないので、ぼんやりと周囲を眺める。たくさんの星が、この世界にはあるのだな、ということがよくわかった。小さな頃、母と一緒に天体望遠鏡を覗いていたときのことを思い出した。そういえば、俺の小さな頃の夢は宇宙飛行士になることだっけ……。

 すっかり忘れていたけれど、ほんの少しだけ、夢が叶ったような気がした。

 赤い光に向かって飛んでいる最中、徐々に熱を感じるようになった。


「あっついな……」


「我慢してください。これでも限界まで防護壁を展開してる状態です。生身の人間がここまで近づいたら消し炭になりますよ」


 そもそも、生身の人間が宇宙に出た時点で死ぬけどな。たぶん。


「そろそろですね」とイプノスは前進をやめた。


 赤くて黒い物体から、煙のようなものが溢れている。

 その中心に、イプノスの言う通り、竜がいた。その肌には、びっしりと鱗が生えている。羽は大きい。その竜を構成するすべてのパーツが、禍々しい血の緋色で染まっていた。

 けれども、美しいと思ってしまった。敵だというのに。


「……あいつと、話し合ったりはできないのか?」


「何を寝ぼけたことを。私たちは、これまで幾度もコミュニケーションを取ろうと試みてきました。しかし、一度も成功していません。あいつには知性があるのかないのかすらわかりません。もしかしたら、生命体ではなく、自然現象なのではないかという説もあるほどです」


 地球を守るためには、対話なんて生ぬるいことを言っている場合じゃないか。


「で、どうすりゃ良いんだ?」


「この距離では、あいつにこちらは認識されてません。その不意を突きます。ここで指輪にしっかり祈りを捧げてください」


「ああ、わかった。やってみる」


 俺はイプノスに言われた通り、目をつむり、両手を組んで指輪に祈りを捧げる。

 頼む、力を貸してくれ。まだ俺は死にたくない。誰も死なせたくない。地球に住むみんなを救いたい。だから、力を貸してくれ!

 目を開けると、指輪から紫色の光がまっすぐに伸びていた。光の向かう先は、巨大赤竜の羽である。紐のように伸びていった紫色の光が、巨大赤竜の羽を捉えようとしている。


「集中を切らさずに、祈りつづけてください」


 俺はさらに祈った。そうしていると、紫色の光が巨大赤竜の体を縛りはじめる。竜は身じろぎをしたが、容易には振りほどけないようだ。じっと観察していると、指輪が光を失った。


「……やったか?」


「やめてください! それ、絶対にやってないやつじゃないですか! さっきも言いましたけど、これは攻撃ではありません。動きを一時的に止めているだけです」


「なるほどな。時間稼ぎか……」


「はい。稼いだ時間でアモーレをさらに貯めて、最終決戦に間に合わせましょう」


「わかったよ。あんなやつが地球を襲ったら、やばいもんな」


「わかってもらえてなによりです」


「これからは真面目にアモーレを貯めるか……」


「良い心がけですね!」


 エロいことをしようとしても、どうせ急性アモーレ中毒でまともに楽しめないしな。


 そういうわけで、巨大赤竜を倒すために、アモーレを貯めなければならないのだった。

 どうやってアモーレを貯めればいいのか、難しい話ではあるが……。


 それから俺は、イプノスの空間転移術によって自室へと戻ってきた。さっきまでの出来事がすべて夢のようだ。空を見ると、あの赤色の割れ目は消え去っている。

 ついでにイプノスのサイズも、いつも通りの手のひらサイズに戻っていた。

 しかし、俺は本当に宇宙へ行っていたのだろうか……。実感がわかない。

 とはいえ、人知を超えた力が働いているのだ。あんまり悩んでも仕方がないか。


「しかし、なんか暑いな……」


 暖房を切り忘れているのかと思ったが、そんなことはない。


「暑いのは、あいつ……巨大赤竜のせいです。窓を開けてみてください」


 イプノスに言われるがまま、俺は窓を開けた。いつもであれば、冬の冷たい空気が流れ込んでくるはずだが。少しだけ暖かい空気が室内へ吹き込んできた。まるで、春に吹く風のようだ。


「今後、巨大赤竜が近づいてくるにつれ、ますます気温は上昇していくことになります。しばらくは異常気象の範囲で済むかもしれませんが、この星に住む生命に、どのような悪影響があるかわかりません。さっさとアモーレを貯めて、巨大赤竜を倒しましょう!」


「おう!」


「……ということで、今日は疲れたので寝ましょう」


「……そうだな」


 どうやらイプノスも術を使って疲れているようだ。

 イプノスはティッシュケースへ、そして俺は布団へ入り、明日に備えて眠った。

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