第13話 ついでにキスをして、胸も揉んでおいた。
今日は疲れていたので、早めに眠ってしまうことにした。急性アモーレ中毒になった夜は寝つきが良い。眠れないときは、急性アモーレ中毒になるという手もあるな。
「摂取したアモーレの量が多すぎると死にますけどね」
ティッシュケースからイプノスの声がする。まだ起きてやがったか。
俺は目をつぶり、何も考えないようにした。眠るときのコツだが、体の力を抜いて『何も考えない』と頭のなかでつぶやく。雑念を混じらせてはいけない。香芝さんの椅子になったことや、月乃と手を繋いだことを考えてはいけない。何も考えない……何も考えない……。そう念じている間に、俺は眠りに就いた……はずだった。
「起きてください!」
俺の顔の上を、謎の生物が踊り回っていた。虫かと思い、全力ではたいた。
「うぎゃっ」という可愛らしい声がきこえてくる。
最近の虫の鳴き声って可愛いんだな……。なんて考えてる場合ではない。血の気が引いた。やべえ。ベッドライトの電源を入れる。イプノスがベッドの下に落ちていた。
「いや、なんというか、マジですまん」
「……良いですけど」
「というか、飛べないのかよ」
「とっさに飛ぶのは難しいのです……」
難しいらしかった。
「それで、なんだ? こんな夜更けに」
枕元に置いてあるスマホを見ると、時刻は午前二時を回った頃だった。
「外を見てください」
「なんだ? 月乃の部屋でストリップショーでもやってるのか?」
「冗談を言っている場合ではありません!」
いつになく真剣な声のイプノスだった。
俺は窓にかかっていたカーテンを開ける。すると、そこにあったのは赤い空だった。
いつもの黒い空に亀裂が入り、そこから血のように赤い光が漏れている。
「なんだ……あれ」
「巨大赤竜です」
イプノスの言葉と同時に、空の隙間から一瞬だけ巨大な瞳が見えた。
あれが、巨大赤竜……。なんて大きさだ。やべえ。マジでやべえ。
「まだ本格的な侵攻ではないようですが、あれを放置しておくと、世界中で大規模な火災が起きかねません。対処する必要があります」
「あんな大きなやつ相手に、どうすりゃ良いんだ?」
「変身して戦うのです。アモーレは一応足りてるとは思いますが、少し心許ないですね」
「そうか。頑張ってくれ。地球を頼んだぞ」
「は? 何を言っているんです? 明久さんが戦うんですよ?」
「マジかよ。きいてねえよ」
「言ってませんでしたっけ? ……えへへ」
「えへへ、じゃねえ! 可愛く言ってもダメだ! マジできいてねえ!」
「ま、契約したからには、しっかり頼みますよ」
「頼まれても困る。あんな大きな化け物、どうやって倒せば良いんだ?」
「アモーレの力で明久さんを強化するから大丈夫です」
「マジか……。本当に俺が戦うのか……」
「とりあえず変身してみてください」
「こういうのは可愛い女の子がするもんだろ……」男の変身なんて誰が得するんだよ。「それに、あんなやつと戦って、危なくないのか?」
「もちろん危険です。地球を滅ぼすほどの力を持っているんですよ」
「はぁ……。マジか……。俺が戦うのか……」
やる気が出ねえ。というか逃げだしたい。
「ひとまず、今日は本格的に戦うわけではないので安心してください。いまは時間をかけてアモーレを貯めるのが得策です。今回は先制攻撃というか、封印をする程度です。それほど危険ではありません」
「わかったよ……」
まあ、指輪の力で散々楽しませてもらったしな。世界くらい救ってやるさ……。
とはいえ、先に謝っておこう。地球上の皆さん。ダメだったらごめんね。
「軽いですね……まあ良いです。あと少しアモーレを貯めておいたほうが良さそうですけど」
「そっか。じゃあ、キスするか」と俺はイプノスを持ち上げて、口元へと近づけていった。
「やめてください!」イプノスは、俺の手のなかでジタバタと暴れる。「私と明久さんは契約を交わしているので、何をしてもアモーレは貯まりません!」
「なるほどな。じゃあ、俺がイプノスの胸をさわっても、急性アモーレ中毒になったりはしないんだな?」
「急性アモーレ中毒にはなりませんし、アモーレも貯まらないので無意味です!」
「しかし、じゃあ、どうやってアモーレを貯めれば良いんだ?」
「妹さんがいらっしゃるでしょう。抱きしめたりして、少しでもアモーレを貯めてください」
「へいへい」
俺はイプノスを自室に残し、隣にある芽依の部屋へと向かった。すでに芽依は眠りに就いているようで、部屋のなかは真っ暗だった。経験を頼りにベッドへ向かう。姿はよく見えないが、寝息がきこえていた。よしよし。ちゃんと寝てるな。
うーん。これって、なんというか、夜這いみたいだよな。芽依が起きないと良いんだが。まあ、地球を救うためである。芽依。すまん。犠牲になってくれ。俺は眠っている芽依を抱きしめた。起きるなよ、と念じながら……。
そして、ついでにキスをして、胸も揉んでおいた。いや、べつにさわりたかったわけじゃないんだけどな。アモーレが足りなくて、巨大赤竜とかいうやつに負けたら地球が滅ぶわけだし。
ということで、芽依の胸と尻を存分に堪能してから、俺は自室に戻った。
「待たせたな」
「遅かったですね。あと、抱きしめただけにしては、アモーレの量が多いようですけど」
「細かいことは気にするな」
「まあ、足りないよりはマシですか……。はい。少し待っていてくださいね」
イプノスが宙に浮いたまま、紫色に光りはじめる。あまりのまぶしさに直視できない。光が収まったとき、そこにいたのは大きなイプノスだった。一三〇センチメートルくらいだろうか。
でけえ。小学校高学年くらいじゃないか。金髪の美少女だった。
「お前、イプノスだよな?」
「はい。イプノスです。私のあまりの美しさに驚きました?」
「……まあな」
はっきり言って、驚いていた。
普段の小さい状態でも可愛かったのだが、大きくなるとここまで可愛いとは。
「今後、その姿なのか?」
「いえ、いままで通り、あの小さいサイズです。さすがに戦闘時には、体のサイズを戻さないと力が出ないので。本来、もっと大きくなれますけど、今回はそこまで力が必要ではないので、このサイズということで」
「なるほどな……」
「さあ、明久さんも変身しましょう。眠りの指輪に念じてください」
「へいへい……」
まったく戦いたくはなかったが、しかし仕方がない。
俺は眠りの指輪に、力を貸してくれ……と祈った。すると、いつものように指輪が紫色に光りだす。その光が、ゆっくりと俺の体を包み込んだ。あたたかい。まるで温泉に入っているかのようだ。そして背中から、なんだかぞわぞわとした感覚。
光が収まったあと、背中を見てみると、イプノスとお揃いの白い羽が生えていた。
「なんじゃこりゃ!」
「羽です」
「それはわかってるけど。なんだこれ」
「実際に空を飛ぶこともできますが、基本的にはアモーレの貯蔵庫みたいな役割を果たしてます。力は、この羽から供給されるわけですね」
「へぇ……」
あと、いつの間にか俺の服装もイプノスとお揃いになっていた。
白いローブである。あと頭の上に輪っかもついていた。
「なんかこれ、死んだみたいで複雑なんだが……」
「一時的に人間ではない状態になってますから、まあ、死んだようなものですね」
勝手に殺さないでほしいものだった。
「んで、これでどうやって戦うんだよ」
「今日は指輪の力で、巨大赤竜の力を封じ込めれば良いだけです」
「じゃあ、俺は祈ってれば良いのか?」
「その通りです。しっかり祈ってくださいね。それでは行きましょう」
「行くって、宇宙にか?」
「そうです」
「どうやって飛んでいくんだ? 地球から宇宙まで、かなり距離があると思うんだが」
科学のことは詳しくないけど、ロケットとかないと無理じゃね?
「アモーレを消費して、空間転移術を使えば良いのです」
便利な術があるもんだなぁ……。
「それでは行きましょう!」
イプノスが目をつむり、詠唱をはじめる。
「我らが眠りの神よ、力を授け給え。世界の平穏を乱す彼の者に、深い深い眠りを……」
そう言うと同時に紫色の光が室内に満ちていく。視界に映るすべてのものが紫色に染まっていった。イプノスの姿も見ることができない。それどころか、自分の手のひらさえも見えない。
そして、次に目を開けた瞬間、俺の体は、ふわりと浮いていた。
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