第6話 バリバリ勃起してるじゃないですか!
結局、昼休みは強烈な腹痛が来たことにしてイプノスを誤魔化した。
だが、いつまでも同じ手を使うわけにもいかない。
俺は、香芝さんの靴箱に手紙を入れるという古典的な技を使うことにした。
待ち合わせの場所は校舎裏。あまり人通りのない場所である。
しかし、我に返ってみると、これは告白をするような状況ではないか。
緊張してきた。鼓動が激しく鳴る。何を言おう……。失敗したらどうしよう……。
「大丈夫ですよ。明久さんには催眠能力がありますから。大船に乗った気持ちでいてください」
その大船、タイタニック号って名前じゃないよな……。
待つこと十分ほど。校舎の曲がり角から、香芝さんが足早に歩いてくる。
「ごめーん! 待った?」
「いま来たところだ」
「ごめんごめん。あと、告白でしょ? それもごめん。無理です」
遅れてきた謝罪と一緒に振られてた。そんな軽いノリで振るのはやめてほしいものだった。
「そんな悲しそうな顔しないでよ。べつに、浅見くんのことが嫌いってわけじゃなくてさ。わたし、いまは恋愛とかそういうの、あんまり興味ないっていうか」
「……べつに告白のつもりで呼び出したわけじゃないから」
「あ、そうなんだ? それなら良かった良かった。それじゃあ、何だろう? あ、待って。当てるから言わないで」
勝手にクイズ大会をはじめやがった。香芝さんは、ちょっとおかしい人なのだ。
「うーん。わかった。西條さんに告白したいから、協力してくれって話でしょ」
「違う」と俺は即答した。
「え~。違うの? てっきり、浅見くんって西條さんに恋してるのかと思ってた。たまに、ほら、学校前のバス停で一緒にしゃべってるとこ見かけるし」
「家が隣で、幼馴染みなだけだ」
「それで、関係を一歩先に進めたい、みたいな相談?」
「違うって。そもそも、月乃には彼氏がいるし」
「へぇ。そうなんだ。じゃあ、その彼氏さんを、どうやって殺すか、みたいな話?」
「発想が物騒すぎるからな!」
香芝さん、思ってた以上にやべーやつだ。まあ、そんな変なところも可愛いけどさ……。
「うーん。じゃあ、香芝さんの弱みを握って、脅迫して、無理矢理恋人にする作戦に協力してほしいとか?」
「香芝さんは、俺をどういう風に見てるんだよ!」
犯罪者予備軍と思われているらしかった。
「漫才をやっている場合ではありません! さっさと催眠能力を使いましょう」
たしかに。イプノスの言う通りだ。
「ちょっとこれ、見てくれるか?」
「ん? 指輪?」
俺は眠りの神に、力を貸してくれるように祈った。指輪から紫色の光がほとばしる。あたり一帯が、すべて紫色に染まっていく……。
香芝さんは、眠そうな目つきになっていた。芽依のときと一緒だ。催眠に成功したらしい。これでなんでも命令し放題である。
しかし、なんでもか。うーん。なんでもできるとなると、それはそれで困るな。胸とか揉みたいしキスとかしたいし、あわよくば性行為とかもしたいけれど。犯罪だし。でも世界を救うためなんだから、少々の犯罪行為は許されるのかもしれない。世界が滅ぶという危機的状況なのだ。多少の犯罪行為には目を瞑ってほしいものである。マジすまん。そしてありがとう。
「それでは催眠能力について説明いたしましょう」
イプノスの言葉を無視して、俺は言った。
「まずは服を脱いで、ブラジャーを見せてくれ」
「……わかった」
そう言って、香芝さんは小さくうなずいた。周囲を気にしたようすもなく、セーラー服を堂々と脱いでいく。ちょっと恥じらいがなさすぎる。もっと恥ずかしそうに頬を赤らめて脱いでほしいものだった。
「注文が多いですね……」とイプノスは言った。
「俺には俺のジャスティスがあるんだ」
「なにがジャスティスですか。やっていることは外道中の外道じゃないですか」
まあ、それはその通りである。とはいえ、世界を救うためだから仕方がないのだ。素晴らしい大義名分だ……。
さて。
香芝さんはセーラー服を脱ぎ、次いでヒートテックのインナーを脱いだ。
そして現れた美しい裸体。清純そうな白いブラジャーが素晴らしい。きめ細やかな肌。同級生の、好きな子の裸だ。興奮しないわけがない。
性欲が高まり、やや下腹部が反応していた。
「ややとか嘘をつかないでください! バリバリ勃起してるじゃないですか!」
「女の子が勃起とか言うなよ! 恥じらいを持て!」
「私は地球が生まれるより前から存在していますから、女の子ではありません」
何歳なんだよ。
「知りませんよ。まあ良いです。本題に戻りましょう。明久さんが実践したように、催眠状態の対象に命令を行うことで、ある程度操ることが可能なのですが……」
イプノスが説明をはじめたが、俺は無視して次の行動へ移る。
「次は太腿が見たい! スカートをたくし上げてくれ!」
「……わかった」
俺の命令に従い、香芝さんはスカートの裾をつかんでたくし上げた。現れたのは純白のパンツだった。いや、パンティだっけ。ショーツか? 女の子の下着のことをなんと呼べば良いのかわからんが……。
俺は少し近づいて、香芝さんの下着姿を観察する。
やっぱり興奮する……けど。ただの下着である。
たまに女性の下着に超興奮するやつっているけど、そこまで興奮するだろうか?
いや、クラスメイトの女子の下着だから興奮するはするけど……。被ったりしたいかと言われると疑問だ。俺は、どうやら下着フェチとしての能力に欠けているらしい。
「そのような能力、存分に欠けていただいて構いませんけど……」
「まあな。しかし、白パンか。準優勝だな」
「準優勝? なんです?」
「いや、俺ってブラジャーはともかく、パンツは黒が好きじゃん? だから準優勝」
「知りませんよ! なぜ明久さんの好きな下着の色を、さも当然かのように語るんですか!」
「どうでも良いけど、イプノスも今後は俺の前では黒い下着を履いてくれよな」
「なんで明久さんに指定されなければならないのですか! というか私は履いてません!」
あ、そうなんだ。履いてないんだ……。それはそれでアリだな。
「明久さん、なんでもアリですね……」
ストライクゾーンがめちゃくちゃ広い俺だった。
というわけで、それから五分ほど香芝さんの下着姿を堪能した。
「さきほどの命令ですけど、なぜスカートを脱げではなく、たくし上げろと命令したんです?」
「何もわかってないな。単にスカートを脱ぐより、たくし上げるほうがエロいだろ?」
「わかりません……。全然わかりません……」
男のロマンがわからんやつだ。
「さて、ばっちり下着を堪能しましたね? それでは催眠術の説明ですが……」
「わかってるって。これで、おっぱいも揉み放題なんだろ?」
下着を見たことで調子に乗っていた俺は、香芝さんの胸へと手を伸ばした。
「あっ! 待ってください!」
イプノスの制止する声を無視し、俺は香芝さんの胸へ触れる。
ブラジャー越しだけれど、柔らかい感触。ふわりと。いや、ふにゅっだろうか。ふよん、かもしれない。なんにせよ、いままでさわったことのない柔らかさだった。
「うーん。よくお育ちになっておられるなぁ」
ついつい謙譲語(?)を使ってしまう俺だった。
その瞬間、頬に衝撃が走った。
頭が揺れる。視界がぶれる。一瞬、何が起きたかわからない。
遅れて、痛みがやってくる。頬を……叩かれた?
「いってぇ!」と半ば自動的に声が出た。
「耐えてください! 集中を切らさないで」
視界の外、上空からイプノスの声がきこえてきた。
俺の視界に写るのは地面だった。そして香芝さんの上履きが見えた。
どうやら頬をはたかれ、その勢いで地面に倒れたらしい。
「あれ?」と香芝さんの声がする。「いま、胸を……あれ? わたし、制服を脱いで……」
やばい。催眠術が解けてやがる。万事休す! なんと言い訳をすれば良いのか!
俺は、まだ頬が痛いし、下着を見上げる姿勢も悪くないので寝たまま考えていた。
制服が汚れてしまうが、まあ、下着を見た必要経費だと考えれば安いものだ。
「だから、集中を切らすなと言ったでしょうに」
イプノスの呆れたような声。
「まあ良いです。今回は私が場を収めて差し上げます」
そう言った瞬間、イプノスの体が紫色に光りはじめた。あの指輪から発される光とよく似ている。催眠術が解けはじめていた香芝さんは、再び催眠状態へと移行していった。目がとろんとして、焦点があっていない状態になる。
「さきほどあなたに起きたことは、すべて夢です……」
「すべて夢……」
イプノスの言葉を、香芝さんが復唱する。
「そうです。すべて夢ですよ。さあ、衣服を整えてください」
イプノスの言うことを素直にきいて、香芝さんはセーラー服を身に纏った。
うーむ。脱衣も良いけれど、着衣もこれはこれで良いものだった。
「明久さんは、こんな状況でも下劣なことしか考えないのですね……」
「そう褒めるな」
「呆れているんです」
だろうな。知ってた。
宙に浮いているイプノスは、俺から香芝さんのほうへと向き直る。
「私がゼロまで数えます。そして指を鳴らすと、あなたは目を覚まします」
イプノスが宣言通り、十、九、とカウントをはじめる。
「ゼロ!」
イプノスは同時に指を鳴らした。天使の小さな手に似合わない、大きな音が鳴り響く。
香芝さんは、ぱちぱちと目を何度かしばたたかせた。
「あれ? えっと、なんだっけ。寝てた?」
「おう。大丈夫か?」
「格好つけて言われても……。浅見くんこそ大丈夫? そんなところに寝転んで」
まったくもって大丈夫ではなかった。
「なんでそんなところで寝てるの?」
「まあ、いろいろあってな」
「いろいろありすぎだと思うけど。それで、話ってなんだっけ?」
寝転んだままの俺から話をきこうとするなんて、変な女だ。まあ、人のことは言えないが。
「とりあえず、これを見てくれないか」
俺は眠りの指輪を香芝さんに見せた。指輪は現在、光を失っている。
眠りの神に、力を貸してくれと祈るが……。
「可愛い指輪だね」
「あれ?」
紫色の光は現れなかった。
「言っていませんでしたが、催眠状態が強制的に解除されたあと、連続で催眠はできません」
先に言ってくれよ!
「私は説明しようと思っていましたが、明久さんが説明をきく前に暴走したのです」
まあ、それはその通りである。俺が悪かった。
「ほら、そんなところに寝転がってたら、制服が汚れちゃうよ」
「もう汚れてるけどな」
「浅見くんのただでさえ汚い性根が、さらに汚くなっちゃうよ~」
「お前は俺の何を知ってるんだよ!」
「あはは。冗談冗談」
そう言って、香芝さんは俺のほうへ歩いてきて、手を差し伸べてくれた。
彼女の手に捕まる。ふんわりと、柔らかい手。おっぱいに負けず劣らず柔らかい。
彼女に引かれた勢いを利用して、俺は立ち上がった。
「……手、柔らかいな」
「やだ~。えっち~」
「エッチじゃない。エッチなのは香芝さんの手だ」
「なにそれ。浅見くんの変態」
「まったくです」
イプノスが香芝さんに同意してうなずいていた。
まあ、特に反論するほどのことでもないだろう。
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