第4話 騎士のつけるブラジャーではなくて、夜につけるブラジャー

 電気の消えた暗い室内。俺は、ぼんやりと天井を見上げていた。枕元に置かれたティッシュケースからはイプノスの寝息がきこえている。昔、ハム蔵にも寝床をつくってあげたのを思い出した。というか、寝るのか。天使って。

 明日からは、催眠術を使えるのだ。楽しい楽しいスクールライフがはじまるはず。

 さっさと寝てしまって、明日に備えたいところではあった。しかし、どうも眠れない。天使などという存在が現れたのだ。その異常な状況に興奮しているのかもしれない。

 というか、目が覚めたら、すべて俺の見ていた夢だった、みたいなこともあり得る。


 そっと左手の薬指につけている指輪を撫でてみた。ひんやりと冷たく、ゴツゴツしている。

 ベッドライトをつけて確認してみたが、指輪は紫色のままだ。

 あとは、催眠能力というものが実際に存在するのかという疑問もあった。

 うーん。天使というものを実際に目の当たりにしても、ちょっと信じられない。


 試しに能力を使ってみるか。


 俺はイプノスを起こさないように、ゆっくりとベッドから起き上がった。そのまま自室を出て、隣の部屋へと向かう。芽依で試してみることにした。たとえ催眠術が失敗に終わったとしても、冗談で済むはずだ。きっと。たぶん。

 ドアの下にある微かな隙間から、明かりが漏れていた。

 ちょうど日をまたいだくらいの時間だが、まだ起きているようだ。

 軽くノックをすると「はーい」という声がきこえてきた。


 ドアを開けると、部屋の光が眩しい。目を細めて、光に慣れるのを待つ。

 勉強机に向かっていた芽依が、椅子を回転させてこちらを向いた。

 防寒のしっかりした、もこもこした可愛らしいパジャマを着ている。


「まだ起きてたんだな」


「うん。もう少しで寝るつもり。兄さんは? 寝てた?」


「まあな」


「何か用事?」


「ああ」


 しかし、どのように話を切り出せば良いのか難しいものだった。

 イプノスが言うには、指輪を見せて念じれば良いとのことだったが……。


「ちょっとこれを見てくれるか」


「何?」


 芽依が俺の指輪を見た瞬間、俺は念じた。


 眠りの神様よ……力を貸してくれ……。


 瞬間、紫色の宝石から激しい光がほとばしる。室内を紫色が満たしていく。

 指輪の光が少しずつ弱くなったが、まだ紫色に光ったままである。

 その光を見ていた芽依は、とろんとした眠そうな目になっていた。


「おーい」


 俺は右手を芽依の顔の前で上下させてみた。芽依は一切の反応を返さない。

 どうやら催眠に成功しているようだった。


「芽依?」


「はい……」


 普段とは違う、ゆっくりと落ち着いた声で、芽依は答えた。


 あとは何か命令をして、実際に催眠術が使えるかどうかを試せば良いわけだ。

 しかし、血の繋がった妹である。

 いくらエロいことをするといっても限度があるだろう。さすがに。

 小さな頃からずっと一緒にいる、最愛の妹なのだ。ひどいことはできない。

 というわけで。


「とりあえず、服の前のジッパーを開けてくれ」


「はい……」


 芽依は無表情で俺の命令に従い、ジッパーを開けはじめる。


 もこもこしたパジャマのなかに着ていたのは、薄手の白いインナーシャツだった。

 ぴったりとしたシャツなので、ブラジャーの存在がわかった。


「寝るときもブラジャー、つけてるんだな」


「ナイトブラ……」


 ナイトブラなるものがあるらしい。騎士のつけるブラジャーではなくて、夜につけるブラジャーだろう。いや、そんなことはどうでも良いのだが……。


「ついでにシャツもまくり上げてくれ」


「……わかった」


 芽依は俺の命令に従い、ゆっくりとインナーシャツをまくり上げていった。


 徐々に白い肌が露出していく。細い腰。痩せている。

 最近、体重を気にしているようだが、もっと食べれば良いのに、と思うほどに細い。

 そして見えてくるのは、色気のない黒色のナイトブラ。

 扇情的……とは言えないが、これはこれで素晴らしいものだった。

 大成功である。

 いや、妹のブラジャーを見てどうするんだって話ではあるが……。


 ついつい、じっくりと芽依の胸を眺めてしまう。それほど成長してはいないが、まったく成長していないというほどでもない。いわゆる膨らみかけというやつだろう。しかし、女性の胸というのは本当に柔らかいのだろうか? 非常に気になるところではあった。肉親の胸だとしても、さわってみたいと思うのが思春期の男である。


 誤解してほしくないのだが、欲情しているわけではないのだ。

 単なる学術的興味である。なんて、誰に言い訳をしているんだって話だが。


 ……とはいえ、妹だ。実妹である。

 胸をさわるというのは、さすがに犯罪ではないだろうか。

 というか、いまの時点でかなり犯罪な気もする。

 うーん。どうしよう。さわっても相手が認識していなければ犯罪にはならないか?

 などと考えたけれど。そういえば。


 俺は催眠術でエロいことをして、世界を救わなければならないのだった。


 犯罪がどうとか言っている場合ではない! 地球の危機なのだ!

 本当は嫌だけれど、俺が我慢して、罪を被り、地球を救わなければならないのだ!

 ということで、妹の胸をさわる決意を固めた。本当は嫌なのだが仕方がない。地球のためである。


「胸、さわるぞ」


「……はい」


「良いんだな?」


「……はい」


 うーん。しかし、妹だしなぁ。

 下着を見るところまでは、まだぎりぎり許される範囲かもしれないけど。胸をさわるのはなぁ。

 それに、俺の大切なファーストタッチを妹に捧げるというのもなぁ。

 もっと普通に恋をして、愛しあって、その上で胸をさわるべきなのではないか、とか。

 いや、というかイプノスの胸をさわったっけ、とか。あれは小さすぎてノーカンにすべきだろうか、とか。いろいろ考えたけれど。まあ、妥協案でいくか。


「やっぱり太腿を触らせてくれ」


「はい」


 芽依は着ていたもこもこのパジャマの下を脱ぎはじめた。


 黒地に白い水玉模様の下着が現れる。悪くないというか実に素晴らしい。何を隠そう、俺は黒い下着が好きなのだ。芽依は右足を前に出して、太腿をこちらに見せつけるようにする。

 きゅっと引き締まった白い細足。

肉感的な太腿も良いけれど、この細い太腿も、これはこれで良いものだった。

曲線が美しい。

 俺は、そっと芽依の太腿に手を伸ばした。

 

 ふにふに。うーん。普通に太腿だな。

 柔らかい。けど、そこまで興奮するというほどでもない。

 妹だからか……。

 俺の太腿と大して変わらん、というと失礼かもしれないけど。

 なんにせよ、素晴らしい柔らかさなのはたしかだ。

 よし。これくらいさわっておけば良いだろう。これでアモーレなるものが貯まったのだろうか?

 俺が手を離しても、芽依は太腿を曝け出したままだった。

 そういえば、どうやって催眠って解除すれば良いんだ?

 その方法をイプノスからきいてなかったな。


「……とりあえず服を着てくれ」


 俺の指示通り、芽依がもこもこのパジャマを着直した。

 催眠をかけたときは指輪に祈ったのだから、解除するときも一緒かもしれない。


 俺は指輪に祈ってみることにした。

 睡眠の神よ……。いや、眠りの神だっけ。眠りの神よ……催眠の力を貸してくれてありがとう……。もう良い……。返す……。と念じていると、指輪が光らなくなっていった。

 それと同時に、芽依の体がびくん、と震えた。


「あれ?」


「あんまり夜更かしするなよ。成長が止まるぞ」


 特に胸部とか太腿とかな。もうちょっと成長したほうが良いと思う。


「あ、うん……。あれ?」


 芽依が首をかしげている間に、俺はさっさと部屋を退散することにした。

 自室に戻り、ベッドに飛び乗る。さきほどの太腿の感触が、まだ手に残っていた。


 最強の能力を手に入れてしまった……。

 明日から、なんでも俺の思った通りになるのだ……。


 幸福感に包まれたまま、夢オチだけは勘弁してくれと願いつつ、俺は眠りに就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る