第2話 催眠術が使えますように催眠術が使えますように催眠術が使えますように。
夕食を終えたあと、俺はすぐに食器を洗いはじめた。流し台に置いたままにしていると、どんどん洗う気が失せていくからだ。こういうのは、やりたくなくても、さっさと終わらせるに限る。遅れて食べ終えた妹の
「兄さん、今日は先にお風呂入る? もうお湯入れる?」
「いや、今日は星を見るから。芽依は?」
「ちょっと勉強。最近、部活で忙しくてサボってたからさ~。でも、先にお風呂にしようかな。やっぱり」
風呂のあとに勉強か。殊勝なやつだ。
実は、我が妹であるところの芽依を流星群鑑賞に誘おうと思っていたのだが。
当てが外れてしまった。
まあ、残念だけど仕方がない。ひとりで見る流星群も悪くはない。
自室に戻り、厚着をした。外はまだまだ寒い。コーヒーの入った水筒と、アウトドアチェアを手にベランダへ出た。吐いた息は白かった。凍えるように寒い。けど、俺は、この寒さが嫌いではなかった。チェアにもたれ、夜空を見上げる。
浅見家は、少し街から離れた小高い丘の上にある。星を見るのに絶好のロケーションだった。
今夜の流星群は、街中でも肉眼で確認できるほどの光を発するらしい。日本に近づくのは、十数年ぶりなんだとか。俺は数ヶ月前から、ずっと楽しみにしていた。
星をぼんやりと眺めながら待った。星座なんかも、一応、知ってるけど。そんなことはどうでも良い。のんびりと、美しい星空を堪能することにした。
そうしているうちに、ぽつり、ぽつりと星が流れはじめる。赤い光が頭上を流れる。何度も何度も。
一瞬、スマホで撮ろうかと考えたけど、やめた。記憶のなかに留めておこうと思った。
美しいものを、美しいまま写真に残すのは難しい。
空を眺めていると、なんとなく母の言葉を思い出してしまった。
『空のこと、忘れないで、しっかり覚えてて』
なんで母がそんなことを言ったのかは思い出せない。
一緒に夜空を眺めているときに、そんなことを言っていたのだ。
過去の記憶を思い出していると、不意に、強烈に赤く光る流星が見えた。
それを追いかけるように、紫色に光る流星。その光は、あまりにも長い。
流星群が流れるまでに、三回唱えると、願いが叶うという言い伝えがある。一応、唱えておくことにした。
「催眠術が使えますように催眠術が使えますように催眠術が使えますように」
まあ、こんなことを唱えても無駄なんだけど。
催眠術が使えるようになりたい。
その力があれば、なんだってできるわけだし。香芝さんと仲良くなったりとか。月乃と仲直りしたりだとか。というか、好き放題に学校生活を送ってやりたかった。
我ながら、欲望に忠実な願いごとをしてしまった。
さて。三回唱え終わったあとも、星は光りつづけている。
うーん。長く光りすぎである。というか。近づいてきてねえ?
赤い光は消え去ったけれど……。
紫色の光は強さを増して、徐々に大きくなっているように見えた。
やばい……か? いや、星が落ちるって、そんなこと、あり得るか?
さらに光は増していく。轟音とともに、地面が揺れはじめる。
さすがにやばくねえか?
脳裏に芽依の姿がよぎった。
俺の命はどうなっても良いけど。せめて、芽依だけでも助けないと。
そう考えている間にも、紫色の光は強くなり、こちらへ近づいてくる。
もう間に合わない。
俺は目をつむった。
その瞬間、強烈な地響きが耳を刺激した。一瞬の激しい揺れ。しかし、何も起こらない。
痛みもない。
目を開ける。
大丈夫だ。ちゃんと生きてる。
周囲を見回してみると、庭の隅から煙が立ちのぼっていた。
もしも燃えてたらやばい! やばすぎる!
俺の家庭菜園が!
慌てて部屋に戻って、そのままの勢いで廊下へ出た。階段を降りて一階へ。
ちょうど風呂場から出てきた芽依と鉢合わせる。バスタオル一枚という格好だった。
なかなか良い体をしているな……と思わなくもないが、そんな場合ではなかった。
「さっきの何? なんかやばそうな音してなかった? 地震?」
「わからん。庭から煙が立ってるけど。ちょっと見てくる」
「大丈夫なの?」
「やばそうなら消防に電話するから。いつでも逃げられるように準備しといてくれ」
「準備って言っても、何をすれば良いの?」
「とりあえず、銀行のカードとか通帳とかさ。いろいろ」
「わかった!」
家のことは妹に任せ、俺は庭に出た。ほんの少し焦げ臭いが、それほどでもない。燃えているような光は見当たらない。真っ暗だ。我が家の隣には月乃の住む西條家がある。もしも火事が隣の家にまで燃え広がったら大変なことになる。スマホのライトを使って闇を照らしながら、煙のほうへ近づいていく。
家庭菜園……壊滅。
俺の育てていたブルーベリーの木がぺしゃんこになっていた。去年の冬に植えて、大事に大事に育てていたというのに! ……まあ良い。被害がこれだけで済んだんだから。
さて。ブルーベリーの苗木が潰れており、その隣に。謎の白いものが生えていた。
うーむ。人形の足のように見えるが、なぜ、人形の足が……こんなところに?
謎すぎる。
俺は少し迷ったが、ゆっくりと人形の足へと手を伸ばした。
すると、その足は、ぴくんと反応した。
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