催眠術で、世界を救え! Eros Will Save the World
河東遊民
第一章 The world is faced with an unprecedented crisis.
第1話 これは家宝にし、先祖代々受け継ぐことにしよう。
一月十五日、水曜日。昼休み。
食堂で弁当を食べたあと、教室へ戻ってきた。まだ昼休みは30分以上残っている。俺は自分の席で惰眠でもむさぼろうかと思っていたのだが。
俺の席がクラスメイトの女子たちに占領されていた。
悪いけど、昼寝するからちょっと退いてくれよな、とか言えたら良いんだけど。
残念ながら、俺はコミュニケーション能力に欠けていた。
どれくらい欠けているかというと、高校に入ってから友人がひとりも出来ていないくらいだ。
致命的である。
俺は女子とも男子ともうまく話せないのだった。
少し離れたところで、早く退いてくれないかなぁ、などと思っていると。
「あ、
「悪いな」
「なんで謝るの~。こっちこそ、机、勝手に借りちゃってごめんね」
そう言ってくれたのは、クラスメイトの
香芝さんに促され、俺の机周辺にたむろしていた女子たちが移動をはじめる。
やっと席が空いたので、自分の席へ戻ろうとしたところ。
「席、借りてたお礼」
香芝さんが、スカートのポケットから板ガムを取りだした。
「ああ、うん。ありがとう」
「どういたしまして」
と笑顔で微笑み、銀紙に包まれた板ガムを机の上に置いた。
香芝さんは他の女子たちと一緒に教室から去っていった。
椅子に座り、机の上に置かれたガムを手に取る。
いまどき板ガムって珍しいな、と思った。最近はグミとかを買う人のほうが多いと思うけれど。もらったガムはミント味だった。
ガムをもらってしまった。超嬉しかった。めちゃくちゃ嬉しい。べつに香芝さんは俺のことをなんとも思っていないんだろう。単純に、席を借りていたお礼にガムをくれただけだ。それはわかっている。わかっているが、それでも嬉しいものは嬉しいのだった。
普段、他人から好意を向けられることなどない。
ガムをポケットにしまう。
これは家宝にし、先祖代々受け継ぐことにしよう。嘘だが。
昼寝の前に、スマホを開いてニュースを確認する。前々から知っていた話だが、今夜、流星群が見られるらしい。
香芝さんが、俺なんかのことを好きなわけはないけど。
ダメもとで、誘ってみるのも良いかもしれないな、と思った。まあ無理だろうけど。
何事もなく授業は終わり、放課後。
香芝さんが教室から出て行ったのを確認して、後を追いかけた。階段を降りて下足場へ。香芝さんのようすを横目で確認しながら、靴を履き替える。
あとは勇気があれば良い。
ほんの少しの勇気さえあれば……。
俺は右手で、左手の薬指につけている指輪にふれた。灰色の宝石がついた、綺麗な指輪だ。母の形見である。指輪にふれていると、少し緊張が緩和された。
香芝さんからは、ガムをもらえる程度には好意を抱かれているはずだ。
嫌いなやつにガムなんてあげないだろう。
大丈夫。嫌われていないはずだ。たぶん。
大丈夫大丈夫。きっと。おそらく。
香芝さんが下足場から出た瞬間を見計らい。
「あのさ!」俺は声をかけた。緊張のあまり、必要以上に大きな声になってしまった。
「うわ!」と香芝さんは大きな声をあげて振り返る。「びっくりしたぁ」
「それに関してはすまん」素直に謝っておく。
香芝さんは俺の顔を見る。
「どうしたの? 浅見くんから話かけてくれるのって、珍しいよね」
まあ、珍しいというか、はじめてのことだった。
「たまに目があったとき、そらされたりするからさ~。わたし、嫌われてるのかなって、ちょっと思ってたり」と香芝さん。
「嫌いなわけないだろ」
むしろ、好きだから目を合わせられないのだ。秘密だけどな。
「嫌われてないなら良かったけど。えっと、何か用事?」
「ニュースって見るか?」
「見るといえば見るけど。朝ご飯食べながらとか。あ、そうそう。そういえば、明日から寒いんだってね。風邪引かないように気をつけてね」
「おう。気をつける」
「じゃあね~」と手を振って去っていこうとする。
「いや待て待て。話があるんだ」
香芝さんは俺のほうを向いた。
「何の話?」
「流星群が来るってニュース、見た?」
「あ、見た見た。スマホに通知着てた」
「香芝さんって、星とか好きだったりする?」
「星? いや、べつに~?」
「流星群とか、興味ない?」
「まったくないな~。あんなのさ、夜に、ちょっと光るだけでしょ? 何が面白いの? 夜景でも見てたほうが良くない?」
「……だよな!」
つい同調してしまった。
「だよね~」と微笑む香芝さん。「それで、話って何?」
「……なんでもない」
「そっか。じゃあね~」そう言って、香芝さんは去っていった。
はぁ……。
実は、俺は星を見るのが好きだ。だから、香芝さんと星を見られたら素敵だと思ったんだけど。
全然ダメだった。
もう少し自分に自信があれば……。流星群の素晴らしさなんかを説明して……。
今夜、一緒に星を見ようぜ、くらいは言えたのかもしれないけど。
ダメだった。
ひとり、反省会を開きながら学校を出る。歩いてすぐのところにバス停があった。バス停には古びた椅子が置いてあるのだが、どうも汚らしくて座る気がしない。ぼんやり突っ立っていると、軽く右の太腿に衝撃があった。知りあいの女子生徒に、革靴で太腿を蹴られていたのだ。蹴るというよりは、軽く靴が触れる程度だが。
「いてえ!」とオーバーなリアクションを取ってみたけれど、無視される。
「あんた、さっき振られてたでしょ。だっさ」
「振られてたわけじゃない」
「流星群、一緒に見ようって誘おうとして、失敗してたでしょ」
俺は何も言えなかった。
こいつの名前は
小学校に入る前からのつきあいなので、何を言っても無駄である。思考がすべて筒抜けなのだ。いろいろあって、いまは疎遠になってしまったけれど。俺が緊張せずに話すことのできる、唯一の異性だ。あ、妹とも普通に話せるから、唯一ではないか。
「香芝さん、みんなにやさしいから、勘違いする男子、多いんだよね」
「やっぱり、勘違いだよなぁ」
「勘違い。絶対に勘違い」
「でもさ、昼休み、ガムくれたんだけど」
「あれ、みんなに配ってるから」
「そっか。やっぱり、脈なんてないよなぁ」
「ないない。あるわけない。現実見なよ。あんた、男友達すらいないじゃん。学校で誰とも話してないじゃん。そんなやつとつきあう? あり得ないでしょ? バカじゃないの?」
そこまで言わんでも良いだろ。さすがの俺でも傷つくわ。
「正論だけど、正論すぎる」
「正論に耐えられないほうが悪い」
辛らつなことを言う女だ。この話をつづけていても分が悪い。俺は話を変えることにした。
「流星群、月乃は……彼氏とみるのか?」
「は? そうだけど? それが何か?」
「なんでもない」
「言いたいことがあるなら、はっきり言いなよ」
俺は何も言えず、黙った。
そうしているうちにバスが到着したので、俺と月乃は乗り込んだ。空いていたのでひとりがけの席に座る。後ろの席に月乃が座っていた。会話のないまま、バスはゆっくりと進んでいく。
さっき、一瞬だけ。
俺は月乃に、流星群を見ないかと、誘おうと思った。しかし、やめた。
月乃には大学生の彼氏がいる。高校に入ってすぐの頃、月乃がバスケ部の二年生の先輩に告白された。超イケメンで勉強も運動もできるような男だ。そのときに月乃は『彼氏がいるからお断りします』と断ったのである。それまで、月乃に彼氏がいるなんて知らなかった。ずっと一緒にいたのに。なんとなく、俺と月乃は、幼なじみとして関係がつづいていくのだと思っていた。あれ以来、俺は月乃とうまく話せなくなってしまった。
次の更新予定
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