Prologue4「骨董品の枕」

 布団はなぜキチンと三つ折りになるのだろう、と考えながら笹木は布団を見つめていた。もともと三つ折りになりやすいよう、敷布の下は三分割された綿が入っているのかしら。それとも、買ったばかりの時はまっさらで、毎日毎日折って畳むから、自然、折り目がつくのかしら。

 布団のことについて、笹木は生まれてこの方二十六年間、一度も深く考えたことはなかった。今となっては記憶もない、赤ん坊の頃から当たり前に寝かされ続け、寝具について「寝るためのもの」以外の認識はない。そんな笹木が布団のことについて考え出したのは、今日上司から聞いた話がきっかけだった。

「百年ものの枕で、自分の見たい夢を自由に見られるってものがあるらしいんだ。俺は子供の頃からずっと空飛ぶ夢を見てみたいって願いがあってな。ハハ。たまたま骨董仲間の桑田が見つけてきたらしくって、譲ってくれたのよ。そうだお前、一日貸してやるよ。見たい夢が見れたら、ぜひ教えてくれ」

 上司は白髪の混じり出す年齢の割に、ずいぶん子供っぽい笑顔で調子良く笹木の肩を叩いた。つまりは実験台にされたわけだった。

 骨董品にはいわくつきのものも少なくない。人に使われて何年も経ったものには風格が出る。不幸があったものなら尚更凄みが出る。血を吸わせ続けた日本刀と同じようなものだった。そういうモノは、何かを連れてくる。そうでなくとも、何かをもたらすことがある。

 上司の目論見は、笹木にその骨董品のフシギ枕を体験させてやる代わりに、“ナニカ”が起こらないかどうかを確かめてもらいたい、ということなのだろう。

 それにしても、枕───。

 笹木は「枕の骨董品」というのはどうにも不気味だな、と思った。あの後あれよあれよという間に、上司から少し黄ばんだ、西洋の白い枕の入った茶色の紙袋を手渡されてしまった。幾らしたのだか知らないけれど、ビニールで簡単に包まれただけの枕が紙袋にゴソッと入っているものだから、その包装の簡潔さに拍子抜けしてしまった。「百年もの」と謳われると、ものすごく高いもののイメージがあった。乾燥剤だか何だかがゴロッと入っていて、紙だのビニールだのにわんさと包まれて、大層大切に、大仰にされていると思っていたのだが。

「……。」

 人間の睡眠時間は、およそ八時間。一日二十四時間として、その三分の一もの時間を、ヒトは枕と布団に身体を預けて過ごしている。人生の三分の一は、人間は寝具と共にいる。当然、それは使い古せば買い替えられるものであるが、百年も使われたものとなると、この枕が吸ったのが、寝汗だけとはどうにも思えない。そんな凄みのある枕だったのだ。

 笹木は紙袋から取り出した枕を、自分の布団の上に置いてみた。百年経っても破れなかった分厚く丈夫な生地は、自分の使っている折り目の付いたせんべい布団とは全く佇まいが違った。今から自分はこれに頭をつけて寝るのか、と考えると、何だか妙な気分であった。


 ソッと枕に耳をつけてみて、笹木はオヤッと思った。ぼすっと空気の抜ける音がして、その後に小さくさらさら……と音が鳴った。ビーズでも入っているのかしらと思ったが、はてさて百年前の枕にビーズなんて入っているものか。西洋の枕にそば殻や、それに似たものが使われたりしていたのかしら? 寝具の歴史に詳しくない笹木は、そんなことを考えて寝返りをうつ。

 もすり、さらさら……。もすり、さらさら……。

 まるで笹木の布団とこの枕が会話をしているようだった。耳心地のよいその不思議な音は、川のせせらぎにも似て、心を一本の糸のように落ち着かせてくれる。頭の中の雑音がかき消えていくような感覚に、笹木は無意識の内にほうっとため息を吐いた。

 いつの間にか笹木は、「見たい夢」を思い浮かべる前に、船を漕ぎ出して睡眠の川へと向かってしまった。不眠症の笹木にとっては、これが大変幸せなことであった。


 夢に、見るほど。



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