【最終章 始まりを迎える為の反抗 】02.5 【side kirinui】

「え?」

 ここはどこ?

 私のおかれた状況について把握しようと周囲を見回す。

 神社?

 いつの間にかここに来たのだろうか、頭が痛い、そう言えばあのタクシーが私たちの乗っていたタクシーにぶつかって――それで、私は――猫マスクに。

「やあ起きたのか」

「んんんん!」

 口に猿ぐつわをされているのか声が出ない、なんで、なんで私がこんな目に――

「おぉぉ、そんなに怖がられると早く殺したくなっちゃうじゃないか――俺の計画を踏みにじってくれて胸糞悪い気分だったが中々どうして、君のその顔を見ているとそんなこともどうでもよくなっちゃうな」

 猫のマスクを被っている君嶋はそう言いながらこちらを舐めまわすように見てくる。

「んんんんん!」

【誰か、誰か助けて!】

 言葉にならない悲鳴の声だけが口から漏れ出てくる。

 手足もタオルできつく縛られていてこの場から逃げる事すらできない。

「五月蠅いな!起きて早々不快な思いをさせないでもらえるかな、あとちょっとで完成するんだからそこで大人しく待っていてくれよ」

「んんんんんんん!」

 君嶋が怒りに身を任せて私の腹部を思いっきり蹴ってきた。

 つま先がみぞに入って過呼吸気味になる。

 何で私なの――どうして――

 ただその思いだけが頭の中を駆け巡る。

 私が彼を逃がしていなければ――私が大城君にいたずらをしなければ――

 自分のやってきた行いを思い出してはただ言葉にならない後悔と反省が湧きあがって来る。

「それじゃあいい子で待っててね」 

 うずくまってすすり泣く私を見て猫マスクは離れて行った。

「ん――」

【嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!】

 猫マスクの向かう先を見て思わず絶句する。

 脚立が置かれ、本殿の上部にある木に縄が縛られており、その縄に首からぶら下げられている虎のマスクを被った人物。

 狂ってる――何でよ――何で、

 偶然居合わせたのであろう神主さんらしき服装した人物がピクリとも動かず、失禁をしていた。

「んんんんんん」

【ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・】

 心の中で謝る事しかできなかった。

 許されるなんて思ってない、これは私が起こした事件だ。

 ただ己を感情で自傷するしか手段が無かった。

 あの人を助けるために何かをする事も出来なければあの猫マスクを捕まえる事も出来ない。

 思いあがるだけのただの凡人でしかない自分に呆れてくる程だ。

「もうちょっとで君の分も用意できるからね――けどマスクはもう使っちゃったし、どうしようかな?」

 脚立をずらして隣の場所に同じ様に縄を縛り始める。

 何も無かったかのようにお気楽に猫マスクはさも平然と言葉を口にする。

「まあいっかな!何となくやってみたいと思っただけだし!」

 力を込めて縛りながらも独り言のようにブツブツと口にする。

「よし出来た!」

 首を通し、命を落とす為だけに作られたわっかがついた縄。

 私の首を通すわっか。

「んんんんんんん!」

 心ではどんなに謝罪しても自身の命を落とすのは嫌だと声に出る。

 最低だろう、滑稽だろう、人を殺した殺人鬼を野放しにした張本人が自分に死の宣告を言い渡された瞬間に生にすがりつくなんて――それでも私は生きたいんだ。

 まだやりたい事だってある、今手に入れたどうしようもない程にくだらないけど大切な日常を手放したくない。

【助けて、お願い――誰か――】

 夜の静けさが狂気に満ち、神社周囲に人がいない事を告げる。

 叫べど叫べど誰も助けには来ないんだ。

「そんなに楽しみにしてくれるなんて作り甲斐があったってものだよ、そうだ!僕のマスクを君に被せようか!」

 君嶋はそう楽しそうに言いながら猫マスクを脱ぐ。

「ん」

 何故にそこまで顔が――顔が傷だらけなの。

 顔の皮膚は爪で引っ掻いたのかボロボロになっていて髪の毛はストレスでか抜け落ちていて見るに堪えない姿をしていた。

 飯塚さんという人が言っていた冤罪事件のせいなのだろうか、でもどうして――

「何でそんな目で見る!お前らが!お前らがやった事だろ!人に罪を擦り付けておいて自分は高みの見物!何もやってはいないのに金を払えとまくし立ててきては無理矢理檻の中にぶち込んでは言われないクソみたいな噓に対して首を振って自白しろと言ってくる!この悔しさが分かるか!この憎さがお前には分かるか!」

「んんんんんん」

 発狂した君嶋は私に怒りの言葉をぶつけ、蹴り続ける。

「どれだけ否定しても結局は偽りの肯定に飲み込まれる!足掻けば足掻くほど自分の首が締まっていく現状がお前には分かるか!」

 自身の味方になってくれる人はその場には誰も居なかったのだろうか、どれだけ足掻いてもどれだけ相手に感情をぶつけてもまるめ込まれる彼の事を考えるとこんな痛みなど軽いものなんだろうと思う。 

 だが思うだけで肯定はしない、だってそれじゃあ貴方を慕ってくれた飯塚さんの気持ちはどうなるの、その場に居なくとも彼の無罪を信じ、動き続けた飯塚さんの想いはどうなるの、だからこれは罪をぶつけるだけの子供の戯言と同じなんだ。

 そんなものを私は肯定できない。

「なんだよその顔!俺が悪いってのか!あぁもういいよ!お前も彼奴らと同じで俺を悪者に仕立て上げるつもりだろ!俺は悪くない、俺は悪くない!」

「んんんん!」

 私を抱えて縄の場所に持って行こうとするのを私は必死に抵抗する。

 自分の命の為に、他の人達の償いの為に、彼を捕まえなければいけないんだ。

「大人しくしろよ!」

 君嶋の拳がみぞに入ってもだえる。

 泣いちゃ駄目なんだ。

 今は足掻かないと、誰かがこの人を助けるために、私がボロボロになってでもこの人を捕まえないといけないんだ。

 彼も被害者なのだから、ここまで追い詰めた私たちがどうにかしないといけないんだ!

 足掻くことを止めず、ただ必死に動き回る。

 だけどそんなので誰かがここにくることは無かった。

 動き疲れて抵抗もできなくなって君嶋の成すがままに縄の前に連れてこられてしまった。

「本当に世話をやくクソガキなこった。だがこれで終わりだよ」

 滑車の要領でできた片方の紐を引っ張ると首を吊る側が浮く仕組みの縄。

 私の体重ではどうやっても彼の力で浮き上がってしまう。

 最後だからなのか自分の力で他者の首を締め上げる為に作り上げられた自己満足の絞殺縄。

 彼を締めているものが外れる訳はないのに君嶋の顔にはやっと解放されるという安堵にも似た表情が浮かび上がっている。

「それじゃあ――お前もあいつらと一緒に死ね」

 本殿の端に置かれていたバックからホワイトボードを取り出して何かを書いてから私の首にかけ、その上から先程まで君嶋が被っていた猫マスクを無理矢理被せられた。

「んんんんんんん!」

 どうにもならないけど、ただ必死に願った。

【誰か助けて――】

 段々と紐は張りはじめ、私の首を絞め始める。

「んんんんんんんん!」

 恐怖に悲鳴と涙がとまらない。

 猿ぐつわが唾液と動き回った事によって若干外れた。

「助けて・・・・・・大城君、せきちゃん・・・・・・」

 浮き上がりつつある身でもしかしたら最後の言葉になろうともしてるのに何故だか二人の名前が出てきてしまう。

 どうしようもない程に自分勝手なせきちゃんに最近仲良くなれそうだと思っていた大城君。

 私が人生ではじめて出来た二人の友達・・・・・・

「死にたくない――」

【【待ってろ夜靄‼】】

 神社の鳥居から聞こえてきた最近はずっと聞いていた二人の声。

 マスク越しでぼやけているが息を切らしながらも下を向かずただこちらを見る二人の姿。

 最高におかしなミステリー研究部の大城 白野と部長の神野 生姫の姿が――

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