【最終章 始まりを迎える為の反抗 】01

「やあ、こんにちは」

 次に目を開けた場所は白い空間だった。

 とにかく白く、果てのない部屋。

 その部屋にある二つの椅子。

「またお前か」

 片方に僕が、対面する位置にあるもう片方の椅子に黒い影が座っている。

「随分と不機嫌そうだね、まあ何があったかは心中お察しするよ」

 声にはノイズがかかっておりいつもながら正体は不明のまま。

「なら早く元の世界に戻りたいのだけど」

 僕が事件に遭遇する様になってから月に一度、意識の中に現れるおかしな影。

 名前も性別も何もかもが不明の影。

「そう急くことはないさ、どうせ君は気を失っているんだから戻ったところで暗い闇の底で起きるのを待つだけなんだから」

「だからといってお前と喋って待つこともないだろ」

「まあそうだね、う~~ん、じゃあこうしようか!これからは私とこうして会話をしてくれたら君にいい情報を一つ教えてあげるよ」

「――分かった」

 少し逡巡してから情報を貰えるのは願ってもない事であるから了承する事にした。

「それじゃあ今月はどうだった?楽しかったかい?」

 影は僕の了承後、間髪入れずに世のお母さんが子供に聞いてきそうな質問をしてきた。

「色々あり過ぎてよく分からないってのが僕の心境だ。この不幸の能力もどうにかなるかもしれないと分かったし、総評で言えば仲間もできたし楽しかったかな」

 どうせよく分からない者なのだから隠してもメリットなんかどこにもないのだからと僕は包み隠さず影に答えた。

「おぉ、能力どうにかなるんだ。それはおめでたい事だね、それで仲間ってのは転校した高校での仲間かな?」

「そうだよ、同じ学年の部活仲間」

 以前の影との会話でなんとなく僕は転校する旨を伝えていたのでまあいいかな程度に影との会話を続ける。

「部活仲間――珍しい事もあるもんだね、君はいつも一人だったろうに、どうして急に部活なんかに?」

「急って事は無いだろ、前の高校でも僕はバスケ部に所属しているんだし」

 おかしなことを聞くもんだ。

「いやいや、入っていたのは私も承知の上でだよ、だって君、私とこうしてお話しをし始めた時からバスケ部だろ?」

「まあそうだな――」

「それなのに君の口から部活仲間なんて言葉を私ははじめて聞いたよ、いつもは部活のやつとかって一つ壁を作っていたのにどういう心境の変化何だい?」

 不思議そうに影は僕に尋ねる。

 確かに以前は壁を作っていたのは事実ではある。

「なんだろうな、今回の部活は何につけても親密なんだよ、僕を驚かしたいからって馬鹿みたいに頑張ってるやつや僕のこの能力を使ってある人を捕まえたいって言うやつが居てさ、今までは僕が外から見れていたのに今回は内から見ることが多いからなのかもしれないな」

 言葉を重ねていけばいくほど自分でも理解していく、俯瞰から覗いているだけだった今までの人生の中で主観的な立場でいた今回のはこれで二度目な気がする。

「面白い仲間と出会えたんだね、君をそこまでして駆り立てる人物が現れてくれて私は嬉しいよ」

「何でお前が嬉しがるんだよ」

 薄ら笑いをしながらそう尋ねるも返答は来ず、代わりに影は

「時間だ。これ以上此処に居たら全てを逃してしまうからね、お楽しみを失うのは私にとっても嬉しくないからね」

 と口にした。

 その言葉と同時にどこまでも白かったこの場所が黒いモノに侵食されていく。

「それじゃあ約束通り君に良い情報を教えようか」

 椅子から立ち上がり、右手を椅子に寄りかかりながら影は情報を口にする。

「彼奴を止めたければ手段を問うな、使えるモノを全部使って立ち撃たないと君はまた一人になるぞ。神野を信じてみろ」

「――何でお前が神野を!」

 影の言葉の終わりと共に黒いモノは僕をも飲み込み、白かった場所を完璧な黒に変えた。

 黒の世界に取り残された僕はただ藻掻くしかなかった。

 空気も無ければ平衡感覚もない、まるで水中に取り残された様な感覚に陥る。

「――ろ――おお――大城!――起きてくれ・・・・・・頼む・・・・・・」

「―――神野?」

 泣き声が混じりの言葉と身体を揺する感覚で現実に戻ってきた。

 涙で真っ赤に腫れた目で僕を必死に呼びかける神野に驚きながらもその事で一瞬にして目が冴えた。

「霧縫さんは!」

 神野の奥を見るが霧縫さんはそこには居なかった。

「夜靄は――猫マスク――に――連れてかれ――ちゃった」

 泣きながら答えた神野の言葉で僕は再度霧縫さんが猫マスクに連れていかれた事を思い出した。

「僕が――あんな事しなきゃ――夜靄は――夜靄は――」

「とにかく冷静になって下さい、神野はどこも怪我してないか?他の二人は――」

 前方の女性と飯塚さんに目をやるが、僕と同じで気絶しているだけだ。神野の方は見るからに大丈夫そうだ。

「とっさに――シートベルト――したから――大丈夫だった」

 あの一瞬で神野は危機を察知したのか

「けど――意識あったのに――夜靄を――離しちゃった」

「あれは少女一人でどうにかなる相手じゃないよ、神野が無事なだけでも運がいい方だ。一旦外に出よう」

 神野をそう促して外に出た。

 外気に触れて少しばかり落ち着いた神野は僕が気を失っている間の事を話してくれた。 

 霧縫さんが猫マスクの君嶋に連れていかれてどこかへ行ってしまった事、僕が十分くらい気を失っていた事。

「さて――これからどうするか」

 もうこうなると警察に電話しなきゃいけないよな、能力がどうのこうの言っている場合じゃないし――

「霧縫さんを――助ける」

 袖で涙をぬぐいながら神野は言った。

「当てはあるのか?」

「ないけど――でもこのままじゃ、霧縫さんが――」

 言葉では何とでも言える、その言葉を行動に移せるかは別だ。

 幾度となく本を読んでいて突き付けられた言葉を思い出す。

 今までの僕なら言葉を口にするだけで何もしなかっただろうな、けど

「まあでも――やってみるか」 

 行動に移せるだけのお膳立てがあれば別なのかもしれない。

 スマホを取り出し、とある人に電話する。

「もしもし、依頼したい。一人の依頼者して」

『五十万だ』

 掲示された額はいっぱしの高校生が払える額ではない、だけど、それでも

「――分かった、後払いでも大丈夫?」

『いいぜ、それで?どんな依頼かな?白野』

 一度として頼った事は無かったが今はそんな事で立ち止まって居られるほどの時間はない。

「殺人事件を未然に防ぎたい」

 無理難題に近いその言葉を口にすると電話越しにケラケラと笑いながらも

『承知した』

 と父さん二つ返事で了承した。

 逃げてきた僕だけど今回だけは別だ。全てを始める為に絶対に霧縫さんを助ける。

 終わりなんてこさせやしない、せっかく手に入れた居場所を二度もこんな能力に奪われてたまるか。

 スマホを持つ手に力が籠りながら僕はそう決意する。

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