【第二章 事件と猫】07

 淡い夕焼け空が僕らに夜になると告げようとする時間帯。

「お前分かってんのかよ!そんな事を続けたってどうにもなんないんだぞ」

「分かってますよ、いつもいつもうざいんだよ――俺の邪魔をしないでくださいよ!」

 歩いていると前方の路地裏から何やら荒々しく口論する声が聞こえてきた。

「何でしょうか?」

「さあ――」

「行ってみるか」

 この声が聞こえなかったら気にも留めなかったであろう人一人が入れる細い路地裏に僕らは走って壁際からバレないように覗いてみた。

「え――」

 ビルとビルの間にある路地裏で陽が射しこまないこの場所ではあるが、それでも微かに見える異様な後頭部。

 被り物だろうか?獣耳、猫?猫のマスクを被っている――

 僕と同じ様にして路地裏に目をやる二人に顔を向けると

「大城、彼奴の足元を見てみろ」

 神野の言葉で足元に視線を向ける。

 微かであるがだらりと垂れる足が男のずっしりとした足とは別にあった。

「こんなに早く見つかるとはな」

 嘲笑交じりに神野はそう言う。

「どうする」

「そりゃあ――決まってる」

「おま――馬鹿野郎」

 神野は僕らを押し退いて路地裏の入り口に堂々と仁王立ちをしながらポケットからスマホを取り出し「はい、チーズ」なんて面白半分に言いながらフラッシュをたいて路地裏に居た二人を写真に収めた。

「おい、なに撮ってんだよ――」

 フラッシュに気が付いた猫のマスクを被った男性はどこか狂気を醸し出した雰囲気でこちらを振り向き、前方で抱えていた者を手放して近づいてくる。

「お、正面ももらい!」

「言うてる場合か!逃げるぞ霧縫さん、とにかく漕いで神野と逃げろ!」

「大城君は――」

「あとで追いつく!とにかく行け!」

 この状況では二人の命を優先だ。

 霧縫さんを僕のロードバイクに乗せ、次に荷台に神野を乗せて背中を押して無理やりロードバイクを走らせた。

「逃がすかよ――」

 猫マスクが路地裏を出て僕の方へ寄ってきた。

「いや~すいませんねうちの馬鹿野郎が御宅を撮っちゃったみたいで」

 後ろ歩きをしながら冗談交じりにそう口にするが相手は歩く足を止めず、着々と距離を詰めてくる。

「いつもいつも邪魔ばかりしやがって――」

 猫マスクの手元には鋭利なバタフライナイフが携えていた。

「何すかそれ――面白そうですね、オモチャですか?」

「オモチャに見えるかこれが?」

「ですよねえ――」

 周囲の人がこちらを見ているのが気が付かないのだろうか――ならこのまま周囲の誰かが警察を呼べば――

 そこで僕は思い出す。

 神野の前にこいつを連れて行かないと僕のこの不の才能を取り除けない事に。

「最悪じゃねえか――」

 ならばここは大事にしてはいけない、犯人を野晒しにする事になるが仕方があるまい。

 車道に差し掛かった所で一台のタクシーが勢いよくこちらにやって来て後部座席を自動で開ける。

「白野君、乗って!」

 飯塚さん?!

「飯塚ぁあ!」

 知り合いなのだろうか?

 猫マスクは激高してこちらに走ってくる。

「ヤバい――お願いします!」

 僕はタクシーの後部座席に頭から突っ込んでそう言うと飯塚はドアを閉める事なく急発進でその場から離れる。

 間一髪。

 ドアを閉めていたら猫マスクは確実に追い付いていた距離だった。

 猫マスクは車道の中央で怒りに身を任せてバタフライナイフを地面に叩きつけていた。

「よかった――他の人はどうしたのかな?」

「僕の自転車で逃がしました」

 僕の言葉に胸をなでおろす飯塚さん。その隣の助手席には女性が居た。

「この人は――」

「さっきの子だよ、いや助かった。本当に、君達が居なければ殺されていたかもしれないよ」

 猫マスクと口論していたのは飯塚さんだったのか――

「あの猫マスクについて話してもらっても良いですか?」

 僕がそう尋ねると一度路肩に止めてから息を整えて僕に

「良いよ、君にも随分迷惑をかけてしまったんだ。彼の先輩として話すよ」

「ありがとうございます。ちょっと電話を――」

 僕はスマホで神野に電話し僕が霧縫さんとはじめて出会った公園で落ち合う事を伝え、飯塚さんに場所を言ってから

「ここについてから猫マスクの事は話してもらいます」

 と言った。

「分かった」

 すんなりその要望は聞き入れられ、飯塚さんは目的地である公園に向けてタクシーを走らせた。

「隣の女性、大丈夫なんですか?」

 ピクリとも動かない女性に怖くなって飯塚さんに尋ねる。

「大丈夫だと思う。彼は眠らせて誘拐するから――」

 暗い声音でそう返す。

「そうですか――」

 会話は長続きせず、公園につくまでタクシーの中は異様な静寂が空間を支配していた。

「う~す大城!」

 いつもながらヘラヘラしながら神野はタクシーに近づいて後部座席から出てきた僕に声を掛けてきた。

「馬鹿野郎が!危ない事すんなよ」

 デコピンをしてから強めにそう言うと素直に「ごめん」という言葉が帰って来た。

「大城君大丈夫だったんだ!良かったあ~――せきちゃんね、実は心配してたんだよ、自分があんな事をしたから」

 まあ、反省しているんだったらそれで良いんだけど――

「白野君の友達さんかい?」

 運転席から出てきた飯塚さんがこちらに尋ねてきたので

「同級生の霧縫さんと神野です。そんでこっちが飯塚さん」

 両者の仲介に入って名前を教えた。

 両者ともにお辞儀をしてから僕は飯塚さんに言う。

「それじゃあ飯塚さん、猫マスクについて知っている事を教えてくれますか」

「じゃあ全員タクシーに乗ってくれるかい?外で話すにはあまりに物騒だからね」 

 和やかな顔は消え、緊張で張り詰めた顔をしながら飯塚さんはそう言って再び運転席に戻っていった。

 僕らも指示に従うように後部座席に乗る。

 全員乗り終えるとガチッとドアのロックが掛かり、一度深呼吸をしてから飯塚さんは猫マスクについて話し始めた。

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