【第二章 事件と猫】01
「それで?神野。これからどうやってそいつを捕まえるんだ」
早速動き出そうと僕は神野に尋ねるが
「いや、どうやってって――どうやるんだ?」
・・・・・・
「ちょっと待て、神野は確保対象について見当がついているんじゃないのか?」
「そんなわけないだろ、僕だってちょっと力を持ってる一人の人間だ。そう言った事はわからないよ」
はあ?
「じゃあなんだ?僕らは一から手探りでそいつを見つけなきゃいけないってのか?」
こくりと堂々と頷いてから神野は話し始めた。
「僕が持っている欲望を生みだす者についての情報は三つだけだ」
「たったの三つ?!」
「一つ目、大城が住むこの都市、霧結市に居るという事。二つ目、そいつは月に一度だけ人の欲望を解放する事。三つ目、僕はそいつの性別や名前といった情報を一切持ち合わせていないという事」
「え、じゃあ私たちはそれを頼りに欲望さんを捕まえないといけないの?」
「「欲望さん?」」
なんとも拍子抜けする名前に僕と神野は霧縫さんに振り向く。
「夜靄、欲望さんて?」
神野が尋ねると
「その人の名前が分からないなら分かりやすくこれで良いかなって――」
「まあ夜靄が良いならそれで――なあ大城」
「あ、あぁ」
霧縫さんの言葉で本題から外れてしまった。本題に戻さないと。
「神野の示した三つの情報で僕らは欲望さんを見つけると――無理じゃね?」
人口五十万人弱居るこの霧結市に居るたった一人の名前も分からない欲望さんを手探りで見つけるなんて不可能だろ――
「情報だけで言えば無理だ。だけど欲望さんを見つける方法は一つだけあるよ」
「どんな方法だ?」
「欲望を解放されたものを僕の前に連れてきてくれればちょっと問い詰めれば欲望さんの情報を吐き出させる事ができる」
「警察よりも先に犯罪者を捕まえろって事か?」
「そうだね、警察に捕まったら確実に欲望を解放された者は刑務所行きだ。人を殺してしまっているからね、警察より早く僕らが見つけて僕が欲望さんの情報を吐かせるしか見つける方法はない」
「事件についてのあてはあるのか?」
「ある」
確信を持って神野は言い、
「今月君が遭遇した事件だ」
「――兎のマスクのやつか」
あれは自殺ではなく殺人だったという事か。
「それじゃあ私たちは兎マスクの犯人を警察よりも早く見つければ良いんだね!」
ワクワクといった感じで霧縫さんは無理難題を口にした。
「まじかよ、警察は犯人に関する証拠を持っている。それに対して僕らはその事件に遭遇しただけで犯人に繋がる証拠を一つも持っていない。優位性でいったら警察が上だぞ――」
「それに加えて君の両親もこの事件に携わるだろうね」
「そうだったね――」
霧縫さんも理解したようで声のトーンが若干落ちていた。
「僕らに課せられた制限時間は大体一週間だろうね、それ以上を超えると確実に警察が犯人を捕まえる」
「無理難題がすぎるぞ」
口から漏れたその言葉。
さっきまでの盛り上がりは絶望を前に一気に冷めてしまっていた。
「こちらが切れるカードはあるぞ」
そんな中でも神野はヘラヘラと笑った口で言った。
「大城はまた事件に遭遇する、そのタイミングが僕らの一瞬の勝機だ」
え?
「僕が事件に遭遇するのは一度だけなんじゃ――」
「それは奇跡に近いことだったんだよ、今までは一回の事件で君の両親達が解決してきた。だから一回でおさまっていたんだ。欲望さんに欲望を解放された者はその後欲望を抑制する事ができない、一回の事件で捕まらなかった場合は欲望のままに動き、連続して殺人が起こるだけだ」
「それってこの事件での犠牲者をもう一人出せって事だろ――」
神野は遠回しにそう告げている、そして僕がその発見現場に居合わせろと。
「僕は出せって言っているんじゃない、出るって言っているんだ。今回の事件、概要だけ聞いてみると確実に犠牲者が増える、今までの欲望のままの殺人とは違って理性を兼ね合わせている殺人だ。警察や両親も一筋縄ではいかないだろう。欲望を解放された者は言わば薬物中毒者と同じで一定の期間を超えると衝動に駆られて再度動き出す。それにより起こる事件が僕らが唯一、犯人に近づけるタイミングなんだ」
「僕は死者を目にしたくないから神野に協力する事にしたんだぞ――」
「協力した瞬間から死者が目の前から消えるなんて事を僕は大城に言った覚えはない」
「それは――」
言葉が出ない、神野の言う通り協力したから死者が目の前から消えるなんて夢物語はない、どれだけ足掻いたところで僕の目の前に死者は現れる。
「少しでも死者を見たくないなら今後君の前に現れる死者を活用しろ、でなきゃ君は数多の死者を見続ける事になるぞ」
その言葉は悪魔に等しいものがあった。
人間としての価値観を捨て、自分の価値観で動くという事。
「現状に足掻きたいなら使えるモノを使え、現状維持が最も愚かだって事はお前だって身に染みているんだろ、なあ大城」
「大城君――」
霧縫さんと神野がこちらを見て答えを待っていた。
本当になんなんだよこいつら――
「あぁあもう!分かったよ、遭遇したらどうすればいい?!」
二人の勢いに押されて僕は言ってしまった。
「よし!そんじゃあ~~これを遭遇した時に開いてその通りに行動しろ」
ガッツポーズをしてから神野は筆箱からシャーペンを取り出し、机に置かれたA4白紙を手にして箇条書きしたのちにその紙を四つ折りにして僕に渡してきた。
「今じゃダメなのか?」
「今開いたらお前絶対その通りに動かないもん、現場で頭が回らないときに見るからいいんだよ」
どんな事を書いてんだよ――
「今見たら駄目だよ~~」
念押しにもう一度神野は僕に言ってくる。
「とんでもない内容だったら殴ってやるからな――」
「え――」
そう言ってから僕はズボンのポケットに渡された紙を大人しくしまった。
「そ、それじゃあ、時間も良い具合だし帰るとしようか」
冷汗をダラダラと流しながら神野はそう言って席を立つ。
「本当に何を書いたんだよ――」
僕と霧縫さんも席を立ち、電気を消してから神野の後に続いて部室を出た。
「うわ!暗いね」
スマホで時刻を見てみると七時に差し掛かっていた。
二人よりも先を行き、ママチャリを持って二人の待つ正門前に向かう
「大城は自転車登校だっけか?――ってママチャリ、ぶふ!」
自転車を見た神野は隠すことなくゲラゲラと笑ってきた。
確かに所々錆びついていて今にも壊れそうな自転車であるから笑われてもしょうがないかもしれないが
「まあ、どっかの誰かさんが自転車のタイヤパンクさせやがったからな~~」
「だ、誰だろうね~悪い奴も居たもんだ」
「お前だよ霧縫さん」
「ひっ!ごめんなさい――」
すっとぼけるというなら今すぐ修理費を請求してやろうと思ったが一応罪悪感があるようだから見逃しておくことにした。
「それじゃあ二人ともまた明日」
ギリギリと錆たチェーンがけたたましい音を鳴らしながら自転車を走らせた。
学校へ行くときは気が付かなかったがペダルが重く、相当近所迷惑な自転車だと走らせながら思っていた。
「そう言えば二人とも今日は帰ってこないんだった」
母さんと父さんに言及したい事は沢山あるけど仕事の邪魔はできないし、休みの日にでも聞いてみるか――ん?
自転車を走らせること数分。
自宅に行くには二つほど大きな橋を渡らなきゃいけなく、現在一つ目の橋を渡り終えて二つ目の車や人通りがほとんどない橋に差し掛かったところだった。
「――何だ?」
暗がりの中でも分かるほどに太い縄が橋の中央にきつく縛ってあった。
自転車を縄の縛ってあるバラスター側に停めて近づいてみる。
「下に繋がってる――」
何かぶら下げているのだろうか?
バラスターから少し顔を出すも暗くて何も見えない。
スマホを取り出して照明機能をオンにして縄を辿って何が吊るされているのかを確かめてみる。
「ん?黒っぽい様な――って!ふざけやがって!」
すぐさま縄を自身へ手繰り寄せ始める。
最悪な事に神野の見立ては当たっていた。
一週間以内に事件発生が発生すると神野は言っていたがその言葉から一日にも満たないうちに被害者が出た。
黒い頭部に時折靡くスカート、
この太い縄で吊るされていたのは女性だったのだ。
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