【第一章 志向と異常】05

「失礼します」

「おっ、来たな!お前の席はそこな」

 ニヤニヤとやっと来たかという表情をしながら神野は円卓を挟んだ自信と対面の丸椅子を指さした。

 霧縫さんは左側に座っておりスマホをいじっていた。

 僕も言われた通りに椅子に座ると霧縫さんはスマホをしまって神野の方を向く。

「それじゃあ本題に入るとするか」

「たしか僕がただの一般人でないって話だっけ」

「そうそれ!私が見るに君、昨日の兎の事件が初めてじゃないでしょ」

「どうして事件の事を」

 昼休みの時も事件に関する言葉は避ける様にしていたし兎なんて単語が出る訳ないのに・・・・

「それに関しては昨日夜靄に聞いた」

「話したのか・・・・・・」

 霧縫さんの方へ向くと

「一応ドッキリの計画が成功したかどうかだけをせきちゃんに伝える筈だったんだけど様子がおかしいのバレちゃってしょうがなく・・・・・・」

 まじでか、まあ僕も同じ状況で友達がいれば話してたかもしれないし咎められない。

「そっか、まあ仕方ないか」

「それで~大城、どうなんだよ~」

 机の下で足をぶらぶら揺らしているのか身体を左右に揺らしながら生姫は問う。

「どうなの?」

 霧縫さんまで食いついてきたか、隠す――のは無理そうだ。

「神野の言う通り初めてじゃないよ」

「大体何回ぐらい事件に遭遇してるのかな~」

「なんでそこまで聞く」

 初めてじゃないだけで十分だろ。

「必要な事なんだ。僕の言う質問に答えてくれ」

 溜息を一つついてから

「分からない」

「はて?分からないとは?数が多すぎて分からないという事で良いかな?」

「そうだよ」

 神野の口角が微妙に上がる

「事件に遭遇する頻度は月に一回かな」

「?!どうしてそう思う」

 先程よりも神野の口角は上がり、まるで祭りの屋台を回る子供のような目でこちらを見ながら

「何となくかな、それで?どうなんだい?」

 一瞬躊躇ったがもし生姫が僕のこの才能について何か知っているのであれば聞かせてもらいたいと言う思いから僕は答えた。

「そうだよ」

 確信を得たのか身体の揺れは大きくなり円卓に両肘を付いて頬杖しながら

「そんな事が起こり始めたのはいつから?」

「丁度十年前くらいから」

「ビンゴ!もしやそれはバスジャック事件を機に起きたんじゃないかな」

「何でそこまで知ってるんだよお前は」

 不気味な笑みでこちらに右手の人差し指と親指でパチンッ!と鳴らして神野は僕にとっての最悪の日を当てた。

「どういうことなの?」

 横で僕らの会話を聞いていただけだった霧縫さんが僕と生姫を交互に見て尋ねてきた。

「どういうことって言われても説明がしにくいな、だけど一つだけ分かった。大城、お前は普通じゃないって事が――」

 神野から言い放たれたその言葉に戸惑う。

「どうしてそう言える」

「どうしてってそりゃあ僕が調律師だからさ」

 調律師?

「なんだそれ?」

 音楽関係で言っているわけではないのは分かるが――どういうことなんだ?

「調律師、言わば日本をいい具合に調整する事が仕事の神の使いだ」

「せきちゃん、今は厨二病は――」

「誰が厨二病じゃい!」

 苦笑いをしながら霧縫さんが注意しようとすると言葉を被せてぷんすかと腹を立てた。

「それを証明できるものは?」

 冷静に考えて証明できるものが無ければ生姫の言う事は嘘も同然だ。

 神野は少し悩んでから

「う~ん、そうだな~、まずこれから聞くけど君たちは十七年前に起きた事件を知ってるかい?」 

 十七年前、僕が産まれて間もない時か腹の中の時。

「首都崩壊」

 霧縫さんはポツリとそう呟いた。

「首都崩壊?」

「そう、十七年前に起きた帝京都信野区で起きた一人の少女の自殺をきっかけに連鎖的に殺人事件が首都圏で起こり一年間で首都圏の死者述べ十万五千人をだした最悪の事件、その総称を首都崩壊と警察は名付けた。政府の人間も亡くなっていたりして一時的に首都としての機能が停止した事からきてるとか」

「ご名答、いやあ流石夜靄、博識だね」

 パチパチと乾いた拍手をしてから

「その事件は本当はもっと続く筈だったんだ。だけどそうはさせたくない神様はとある手段に出た。一人に欲望が降りかかる能力を与え、もう一人に欲望を生みだす能力を与える事によって鎮静化した。そして君、大城が前者の欲望が降りかかる能力を持っているって事」

 話が壮大過ぎて頭がパンクしそうだ。

「そもそもそんな能力を与えたところで無意味なんじゃないか?首都崩壊?だっけか、それは起きたまんまなんだ。どうやっても結びつかないだろう」

「そもそも首都崩壊の原因は欲望の暴走が引き金になったんだ。大城、君の手に持ってるコーラをくれないか」

「どうして?」

「いいからくれよ」

 神野の言われるがままに僕は手に持っていたコーラを机の上で転がして神野に渡した。

「簡単に説明すると人間の欲望がこの炭酸飲料でペットボトルが許容量でキャップが抑制、これを外的要因、首都崩壊で言う少女の自殺がペットボトルを振るという行動になる」

「僕のコーラが!」

 まだ一口しか飲んでいないコーラを神野は思いっきり上下に振った。

「この場合はまだ大丈夫。抑制が働いているから。だけど不思議な事に抑制が突如として消失したんだ。溢れ出た欲望はたちまち暴走しだし、欲望のままに動いた者達が事件を起こした。」

 コーラのキャップを捻り中身があふれそうになったところで絞めて僕に返した。

「そして今は君がその代用品のキャップとなっている」

「僕がキャップ、人々の欲望の抑制になっているのか」

「そういう事。そしてもう一人の方、罪を生みだす者は言わば定期的なガス抜きの為の能力だ」

「ガス抜きってのは?」

「欲望にも許容量がある、増える欲望という液体はキャップで抑制されているが限界がきていつしか破裂してしまう。そうしない様にする為に罪を生みだし、欲望を定期的に外に流しているんだ」

「月に一度」

「そう月に一度。分かって来たかい?」

 僕は頭を掻きながら

「それで神野はこれからどうするんだ?」

 僕を見つけたところで観察するだけなら黙っていればいい筈だ。

「罪を生みだす能力を持つ方の確保」

「おいおい、ちょっと待てよ、神野が説明した通りだとガス抜きを無くすって事か?」

「そうなるね、元々はこれらは代用品でしかないんだ。抑制が出来た今必要が無いんだよ」

「話がややこしくなってきたな。ちょっと休憩にしないか?」

 流石に全てを理解するには情報量が多すぎる。

「そうだね、夜靄さんも僕らの話についてこれてないみたいだし」

 呆然と僕らの言葉に耳を傾けているだけだった霧縫さんも頭がくらくらしている様だった。

「じゃあ十分後再開で、それまでに整理しといてね」

 そう言って神野は立ち上がり部室を一度出ていった。

「ねえ大城君、今の説明を聞いてどうだった?」

 こちらに顔を向けて尋ねてくる霧縫さんに

「僕が月に一度、事件に遭遇する理由がそうなのであれば一応は納得できるが他に関しては感覚でこうなんだろうって自己解釈してるだけだよ」

「私は点で分からない、現実味が無いからなのかもしれないからかもしれないのと今までせきちゃんがあそこまで真剣に話しているのが普通じゃなくて驚いているの」

「そうなのか――」

 少しの間、この部室内は沈黙に包まれた。

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