絞殺欲求・十二支編

【第一章志向と異常】01

 通報してから数分もせず警察が駆けつけてきた。

 どうやら僕ら以外に先に警察に通報した人がいたらしく、その時にドアを開けたままここを立ち去ったらしい。

 一通りの事情聴取が終わった後に僕と霧縫さんは一旦現場から離れる事にして僕の住戸の玄関に居た。

「二人とも大丈夫かい?」

 開けたままのドアの横からひょっこりと顔を出して様子を見にきたのは母さんだった。

「僕は大丈夫だよ」

 霧縫さんの方は自殺現場を見て身体がガクガクと震えながら怯えて玄関の段差に座って腕を脚に回して俯いていた。

「そう――霧縫さん、貴方は大丈夫?」

 母さんは玄関に入り、しゃがみ込んで霧縫さんと同じ目線になる様にして優しく彼女の震えた手を握りしめて話しかけた。

「あ、あの――何が何だか――私、私」

 思考が混乱している様で母さんに顔を向けはいるが心ここに有らずといった感じだった。

「大丈夫よ、あの件は私たちは警察の役目だから貴方――」

「霧縫さんだよ」

 僕が彼女の名前を言うとありがとうと少し微笑んでから

「霧縫さんは何も気にする事はないのよ」

「で、でも!」

 納得がいかないようで霧縫さんが声を上げようとしたが母さんは頭をポンと優しく叩いて

「霧縫さんが見ていないだけで世の中は今も色々な理由で死者が出ているの、今回の件は偶々霧縫さんが発見者になっただけなの、非情な事を言うようで悪いのだけど貴方に出来ることはここまでよ。この件を忘れろとは言わない、この件で命の尊さや大事さを知ったのなら霧縫さんはめいいっぱい生きなさい、貴方の命も等しく一つだけなのだから」

 そう言うと母さんは霧縫さんの手を離してから立ち上がり

「私も現場に行くね、前の件は誤解だったらしいわね。しら、貴方もしっかりしなさいよこの前置いていったジャケット回収しに警察署に来てよね。それと霧縫さんを家まで送っていってあげて」

「そう言えばジャケット置いていったままだったな――」

 現状を見て以前の件が誤解であると理解した母さんはそう言って財布から一万円を取り出して僕に渡してから現場に戻っていった。

「そんじゃ、タクシー呼ぶか」

 この時間帯でしかも精神が不安定な状態で彼女を電車に乗らせるのはまずい気がする。

 以前タクシーに乗った時にもらった名刺を思い出し、ポケットに入っている財布を取り出して飯塚いいづかと書かれた名刺を取り出した。

「ちょっと待ってて」

 また俯いたていた霧縫さんに一応声を掛けてから自室に行きスマホで電話をかけた。

『もしもし、こちらミスタータクシーの飯塚です。ご要件は何でしょうか?』

 スリーコールしてから電話は繋がり少し疲れた声色の飯塚さんがでた。

「以前乗せてもらった者でして、あのビニール袋の中漁ってた――」

 言ってて恥ずかしいな・・・・・・

『あぁ!あの学生さんか!それで、今日はどうして電話を?』

 分かってくれた様で良かった。

 僕がタクシーを呼びたいという旨を伝えると

『おぉ、それなら丁度良かった。今空車だからすぐに行けるよ、場所は?』

 僕はスマホの位置情報で場所を見ながら伝える

『おぉ偶然!今その近くでタクシー走らせてたところ何ですよ。大体二分ぐらいでつくと思います』

「そうですか、ありがとうございます。後、一応名前、大城 白野って言います。」

『白野君か!良い名前だね。それとお礼を言われる筋合いはないよ。こっちは仕事なんだから、それじゃあ切りますよ』

 電話が切れてからスマホをしまって玄関に戻って霧縫さんに声を掛けた。

「霧縫さん、タクシー呼んだから下に行こう」

 返事は――無しか、

「――大城君は何でそんなに平然として居られるの」

 少し間が空いてから霧縫さんは聞いてきた。

「それは――何でだろうね」

 僕にもよく分からなかった。なぜこんなにも平然として居られるのか、あの現場に遭遇して僕は何も思わなかったのか。

「私怖いのよ、あんな光景を目にして自分がどれだけ能天気だったか思い知らされた。大城君に仕掛けたあのドッキリ、面白そうだからやっただけなの、命の重さや死の恐怖なんて考えずにただ単純な面白そうって言う理由だけで大城君のお父さんの依頼を受けたの。こんなかたちで本物の死体を目にして私は恐怖で動けなかった。貴方も昨日の夜に私を見た時にそう感じたんだと思うのだから今になって思うの本当に悪いことをしたって、あの時の私の思考がとてつもなく怖いって」

 僕に掛けたドッキリと今回の件で彼女は色々と思うことがあり、今こうして自分の愚かさを霧縫さんは僕を通して自傷的な言葉を吐き続けているんだろう。

 知ったこっちゃない

 僕は後ろから彼女の左腕を持ち上げて強引に立たせた。

 顔は外を向いていてどんな表情をしているか分からなかったが僕は話し始めた。

「怖かったさ、だけどそれはそれだ。これは僕らの責任じゃない、死の恐怖?命の尊さ?知ったこっちゃない!僕らには僕らなりの人生があるんだ。死者に思いを回す時間があるなら少しでも自分の人生が良くなるように変わる努力をしろってんだ」

 僕らは他者を思い、少しは協力が出来るがそれしか出来ないんだ。

 なら自分の人生を考えてひたむきに生きていくのが僕らが他者へできる最高の贈り物なんじゃないかと僕は思う。

「そんなのただの横暴じゃない」

「横暴だよ。人間なんてそんなもんだ。横暴だから人間は生きてこれたんだ。お前が僕の思うことが理解できないなら自分なりの意思を示せよ、それがどんな形であれ聞いてやる。だから今は前を向いてろ、ここでうじうじと自傷の言葉を連ねたって何にもならないんだから」

 僕が言えるだけの言葉ではないが今は彼女の為に言葉を借りて話すしかなかった。

「――痛い」

 喋っているうちに彼女の左腕に力がこもってしまったのか霧縫さんはそう言って左腕を強引に離した。

「ごめん」

 正直最低だと自分でも思うよこれは・・・・・・

 離した左手で顔を拭ってからこちらに振り向いて彼女は力強く言った。

「大城君の暴論には理解できない。だけど今私が示せる意思は見つからないの、だから貴方に示せる自分の意思をこの高校生活のうちに見つけ出して貴方に突きつけあげるわ!大城君が納得できる様な意思を私は示してあげる」

 目を腫らし、ひらりとワンピースを揺らめかせながら突き付けられた人差し指は心臓に向けられていた。

「あぁそうしてくれ」

 軽く受け流して僕は霧縫さんの横で靴を履いて外へ出た。

「何よその態度!私が心を入れ替えて頑張るって決めたのに」

 先程までの悲傷としていた彼女の姿は消え去っていた。

「まあ――頑張れ、後二年もないけどな」

 僕なりに応援していると遠まわしに言うと少しはにかんでから霧縫さんは「うん」と言った。

「飯塚さんですか」

 僕らは一階に降りて正面に停車していたタクシーの前で時間を確認していた中年の白髪交じりの男性に声を掛けた。

「お!白野君か、飯塚であってますよ。それじゃあどうぞ乗ってください」

 待ちかねた様に声色を変えて僕に言うと左の後部座席のドアを開けてから運転席に戻っていった。

 一応僕は乗った方が良いのかな?霧縫さんだけ乗って行けば片道運賃で済むし、けど一応忙しい中、飯塚さんは待っていてくれたわけだし~~乗るか・・・・・・

 少し悩んでから霧縫さんを乗せてから僕も乗車した。

「別に大城君はついてこなくてもいいのに」

 いやまあそうなんだけど――

「お金は僕が持ってるわけだし一応ね」

 何となくそう言うと納得したようで飯塚さんに住所を教えた。

「それじゃあ出発しますね」

 そう言って飯塚さんはタクシーを走らせた。

 その間、彼女は疲れたのかドアにもたれ掛かって目を閉じていた。

「白野君、昨日は大丈夫だったかい」

 飯塚さんは世間話程度に昨日の夜の事を聞いてきた。

「えぇまあ、大丈夫でしたね」

 元凶がよこで気持ちよく眠っているのを少し睨みながら飯塚さんに言うと

「そりゃあ良かった。最近は物騒だからね、心配したんだよ」

「物騒ですか――」

 確かに物騒ではあるよな。

「その子、彼女さんかい?」

「ブッ!ち、違いますよ!ただの部活メイトですよ」

 いきなりの突拍子もない言葉に部活動仲間とクラスメイトを混合していってしまった。

「はは、それは失敬。いい雰囲気だったもんでね、てっきり彼女さんかと」

 男女二人が乗車したら思われても仕方が無いか。

 それからは飯塚さんと雑談をして時間を潰した。その間霧縫さんは起きることなくぐっすりと眠っていた。

「そろそろ着きます」

 会話にひと段落着いた辺りで飯塚さんは僕に言ってきたので横でぐっすりと眠っている霧縫さんをゆすって起こす。

「もうそろそろ着くってよ」

 寝ぼけまなこでこちらを見てから大きな欠伸と伸びをしてから「ありがとう」と言ってきた。

 このありがとうはいったいどのことを示しているのだろうか?

「着きましたよ」

 路肩にタクシーを止めて飯塚さんは霧縫さんの方のドアを開けた。

 少しぐったりとした様子で霧縫さんはタクシーを出ると一言

「今日は色々と迷惑かけてごめんなさい。それとありがとう、また明日ね」

 少しかがみながら霧縫さんは手を振ってからドアを閉めた。

「飯塚さん、さっきのマンションまでお願いできますか」

 僕が飯塚さんに言うと

「分かりました」

 と飯塚さんはナビの設定をしてから元来た道をタクシーで引き返していく。

 後ろの窓から霧縫さんがこちらに手を振っているのを見てから元の姿勢に戻り、何故だか安堵で急に眠気が襲ってきた。

「疲れたでしょうから眠っていて大丈夫ですよ、着いたら起こしますので」

「すみません。お言葉に甘えさせてもらいます――」

 飯塚さんの言葉で気が緩み切った僕は瞼を閉じ、少しの間眠りに着くことにした。

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