ヨクボウニオボレル

【ヨクボウニオボレル】Ⅰ

 また黒い影の様な者が私の顔に手を添えてきた。

 影の視線が私の瞳孔を超えて脳に注がれる感覚に襲われる。

「ねえ、貴方の欲望をさらけ出して――」

 脳髄にまで響き渡る雑音交じりの声に全身が震え上がる。

 先程までの憤りが嘘の様に消え、代わりに抑えきれない程の欲求が沸々と湧きあがって来る。

「あぁ見せてやる、私の身命を賭してでも見せてやるさ」

 今まで私がどれほど苦しんできたか彼らは知らない、いや、知ろうともしないだろうな、毎日毎日毎日毎日、身勝手な彼奴らの首を絞めてやりたいとずっと思ってきた。

 思うだけで留めてきた。

 だがもう我慢できない。

 欲望のままに彼らを、いや、彼らじゃなくても別に良い、同じ様に私にする者達を絞め殺してやる。

 私は生まれて初めて自らの欲望につき従って生きている。

 誰かに束縛されずに自らの欲望のままに全てを成せる。

 これほどまでに人生を謳歌出来る時がくるなんて、まるで夢でも見ている気分だ。

 麻縄と鼠と龍のマスクをバッグに詰め込んで夜の街に繰り出す。

 そうして私は自らの欲望に溺れる。


「惨めな人――」

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